The World's End
――ねぇ――
突然彼女の声が浮かび上がる。その声は聴覚器官を介さずに、僕の脳内に直接流れ込んでくるようだ。きっとテレパシーというやつなのだろう。
――いつまで寝てるの――
彼女が語りかけてくる。
返事をしなければ。テレパシーを送り返すのは可能なのだろうか。でも、どうやって?強く念じれば、勝手に伝わってくれるのか?
僕は一文字一文字意識しながら念じた。
僕の寝覚めが悪いのを、君は知らなかったっけ。もう少し、あと数分でいいから、眠らせておいてくれないかい。
――はいはい。そんなことを言って、何分経っても起きないじゃない、瑛輔は――
通じた。会話の成立に歓びを噛みしめる。しかし、その歓びはすぐさま、ある疑問に掻き消された。そして、さっきと同じ要領で、その疑問をテレパシーで送る。
瑛輔?瑛輔って誰のこと?僕はそんな名前じゃない。
――ベランダの窓開けるわよ。清々しい朝の空気を吸えば、しゃっきり目が覚めるんじゃないかしら……。ほら、ひんやりしてこんなに気持ちがいい――
彼女は僕の問いかけに答えない。いや、そもそも僕の問いかけは届いてすらいなかった。
そこで、ふいに僕は気付いた。これは夢。そもそもテレパシーなんてある訳がない。何故、簡単に、その存在を信じてしまったのだろう。瑛輔が誰なのか。そんなこともどうでもいい。そもそも僕は自分の名前すら知らないじゃないか。
しょうがないさ。夢の中なんだから。夢の中の出来事は意味のない、支離滅裂なことばかり。しかも、普段はあり得ないと思うことも、当然のように受け入れてしまうから困ったものだ。目を覚ましてから、夢の中の自分の行動が常軌を逸したものだと気づくなんて、ままあるし。
そこまで考えると、不意に笑いが込み上げてきた。夢の中の自分が自分自身を夢の中の存在であると気づいている。そんな今の状況がなんだかとても可笑しかった。
あれ、でも、これは笑い事じゃないのかもしれないぞ。夢の中の存在である僕。そして、僕の居るこの夢の空間は、現実の僕が目覚めると同時に消えてなくなってしまう。
そう考えると、なんだか怖くなってきた。そこで、またあの声が語りかけてくる。
――いい加減に起きないと、その布団剥ぎ取っちゃうわよ――
さっきまで、愛おしいとさえ思っていたその声が急に憎らしくなってきた。
やめろ!やめろ!僕を起こすのをやめてくれ!お願いだ!僕を殺さないでくれ!
僕は叫んだ。そして、沈黙した。一秒後の世界がまだ存在しているか恐怖した。一秒後、世界の無事が確認できると、さらにその次の一秒後の世界の安否を気遣った。それが確認できると、さらにその一秒後――一秒後――一秒後――一秒後――一秒後……
――Good morning, mom.
子どもの頃、母に起こされてたのって僕だけですかね。なんであんなに朝起きるのが辛いのかなと考えて、夢の世界の自分が抵抗してるのでは、と考えました。