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イカロスの聖櫃  作者: フリークス
9/14

第六幕 サバイバー

「よう。遅かったやないか」

 僕たち、僕と珠季とミサキは、離れの和室の襖を開けて目を見開いた。

 そこに茜がいたからだ。



        ▽        ▽        ▽



 昼休み。僕たちは離れで初めて集合することになり昨日の噴水の前で待ち合わせをしていたのだが、四時間目の終わりを告げる鐘が鳴ると共に茜から携帯メールが入った。


 先に行っとくわ 


 たった一行のメールだけれど、僕は不思議でならなかった。

 あいつ、場所わかるのか?

 僕は学食でパンを買い、急ぎ足で歩いて噴水に向かった。


「ケンボー遅いっ。お昼休みがなくなっちゃうじゃないっ」

 ミサキと珠季は先に来ていて、いらいらした顔で僕を待っていた。

「ごめんごめん、学食が混んでてさ」

「あれ? 茜は? 一緒じゃなかったの?」僕の背後を覗き込むようにしてミサキが聞いた。

「うん。なんか先に行くってメールがきてたんだけれど、来なかった?」

「見てないよ。先に行ったのかなあ」

「それじゃたぶん真珠と黒曜に足止めされてるわね。早く行ってあげましょう」

 珠季に促され、僕たちは離れに向かって歩き始めた。


 敷地の入り口のところにまで来ると、真珠さんと黒曜さんがインカムをつけ、手に何かをもってばたばたしているのが目に入ってきた。

 もっと近くまで寄って見てみると、


 ぶっ。


 そっ、その手に持ってるものってFNP90じゃないんですか?

 ぼぼぼ、防弾ベストでも貫通するんですよねそのサブマシンガン? 珠季が言ってた武装してるっての脅しじゃなかったんだ。

 そのとき、頭の上をものすごい爆音を上げながらヘリコプターが飛び去っていった。見上げてみると、

 ぶぶっ。

 EC665ティーガーっ。

 なんだなんだなんだこれは?

 昨日、茜にサバゲ―の話を聞いて夜中にネットで関連サイトを見て、そのまま流れで『世界の武器』みたいなのをつらつら閲覧してたんだけど、まさかそんな一夜漬けの知識が生かされるとは。


「どうしたの? なんだかものものしいわね」珠季がきょとんとした顔で真珠さんに声をかけた。

「あ、お嬢さま。危険です、おさがり下さい」

「だからどうしたのよいったい?」

「侵入者です」真珠さんが険しい顔つきで言った。「5分ほど前、B区画の警報装置が何者かに破壊されました。それとほぼ同時に地下ケーブルが断線。予備ケーブルも切断され、現在、AからD区画の防犯装置が作動しておりません。テロ組織による犯行の可能性もあります」

「へえ。どこから入ったのかしら?」

「不明です。現在、私設防衛軍が展開して侵入者を捜索中ですが、いまだ補足できておりません。あ、ちょっと待って下さい」そう言いながら真珠さんは、頭につけていたインカムに手を当てた。「……了解。黒曜、コードCおりたわよ。敵影補足次第、発砲していいわ」

 真珠さんの言葉を聞くと、黒曜さんは黙って肯いた。


 あの、

 私設軍が国内で勝手に発砲許可なんか出していいんですか?


「あのー真珠さん。それはそうとして、こっちに女の子来ませんでした? あたしたちと同じ制服で、背が低くてボブカットの」ミサキが聞いた。

「いえ、見ておりません」

「あっれえ? おかしいなあ」

「まあいいじゃないミサキ。真珠、いま言った風体の子って私のお友達だから、見かけたら私に連絡をちょうだい」そう言いながら珠季はずいずいと屋敷の方に入っていこうとした。

「おっ、お嬢さま。危険ですっ、おさがりくださいっ」

 真珠さんが珠季の前にすばやく回りこみ、両手を大きく広げて行く手をさえぎった。

「おどきなさい、真珠」珠季は顔色一つ変えずに言った。

「し、しかしっ」

「……おまえはいつから私の前に立てるようになったの?」

 珠季の眼光がぎらりと光った。

「あっ。も、もうしわけありませんっ。ついっ」真珠さんは、飛びのくように脇に下がった。

 珠季が悠然とその前を通り過ぎようとした。

「で、ですがお嬢さまっ。もしもテロリストの襲撃だった場合」

「……真珠。おまえは飛鳥の家の者が、テロリストが怖くて自分の屋敷の庭も歩けないような腰抜けだと思っているの?」珠季は一瞥すらくれず前を見据えたまま、足を止めずに言った。

「しっ、しかしっ」

「……私に意見したかったら先に侵入者を捕まえなさい。もしも取り逃がしたりしたら……わかっているわね? おしおき」

「はっ、はいっ」真珠さんの顔が引きつった。

 あの、おしおきって?

「おじゃましまーす」ミサキが能天気な声をあげながらその横をすり抜けていった。


 だけどまあ、ほんと、あんまり心配ないかもな。離れに続く道を歩きながら僕は思った。

 だって、そこかしこに迷彩服を着た人たちが走り回っているんだもの。みんなネゲブとかAG36グレネードランチャーとか担いで目いっぱい武装しているし。おまけに120mm迫撃砲引っ張ったジープは通るわ、ルクレールはきゅらきゅら通るわ、ティーガーが上空を何機も旋回しているわ、物々しすぎてなんだか日本じゃないみたいだ。

 少年兵と眼帯の女性が混じった危なそうな集団がニタニタ笑いながら走っていくし、白いドレスの女性が木の上に立ってるし。

 あまりに突っ込みどころが多くて逆に突っ込めず、僕は黙って肩をすくめながら歩き続けた。ミサキは物珍しそうに目をきらきらさせながら写メを撮りまくり、珠季は涼しい顔をして足を進めていく。

 だけど展開しないとき、この私設軍の人たちってどこで何してるんだろう?


 で、離れに着いて三階の和室に上がってきたら茜がにかにか笑って座っていたわけだ。

 いやびっくりしましたほんと。


「あ、茜だ。やっほう。先に来てたんだね?」ミサキが能天気な声を出した。

 おい、なにか不思議に思わんのかおまえは?

「あんたが珠季はんか? 聞いてもうとると思うけれどうちが箕島茜や。勝手にあがらせてもうとるで。よろしゅうに」

 茜は制服姿のままこちらを向いて立て膝をしていた。

 おいっ。パンツパンツ。

「飛鳥珠季よ。よろしくね」そう言いながら珠季は、ひゅうと口笛を吹いた。「茜、でいいわよね? で、どうやってここに入ったの?」

「まあ、ちょこちょこっとな。ぼちぼち面白かったわ。そやけど、珠季んとこのセキュリティもろ過ぎやで。ちょっと平和ボケしとるんとちゃうか?」

 あの、茜?

 おまえ一人であの中突破してきたの?

 ていうかおまえが犯人?

「言ってくれるじゃない、気に入ったわ」珠季は楽しそうに笑い、続けて襖に向かって声をかけた。「珊瑚、珊瑚はいる?」

「およびでしょうかお嬢さま」

 襖がすうっと開いて珊瑚が顔を出した。そして茜の顔を見ると目を丸くした。

「あ、あの、こちらの方はいつ……」

「お客さまにお茶もお出ししないで何をやっているのあなたは?」珠季が冷たい目で珊瑚を睨んだ。

「あ、いえでも、あの、どこから? そんなはずは……」珊瑚はしどろもどろになった。

「とりあえず屋敷内の警戒警報解除しておいて、ターゲットは私のお客さまでしたって。もたもたしてると自衛隊が到着しちゃうわよ」

「あ、はいっ。すぐに」珊瑚はメイド服のポケットから携帯を取り出した。


 あの、珠季?

 なんでそこで自衛隊が?


「それと珊瑚?」珠季がさらに冷たい声で言った。

「は、はい。何でしょうかお嬢さま?」

「お客さまがいらしていたのに気がつかなかったのは飛鳥家のメイドとしてあまり好ましくないわね?」

「あのっ、でもわたしちゃんとっ」

「現にここにお客さまがいらっしゃるじゃない?」

「は、はい……」

「……あなた、おしおき決定だからね」珠季が氷のような声で言った。

「ひいっ」珊瑚の顔が一瞬にして真っ青になった。

「早く連絡を入れなさい、おしおきがきつくなるわよ? それと、お客さまと私に日本茶をお願い」

「……か、かしこまりました」

 その返事は、まるで消え入りそうな感じに虚しく響いた。



        ▽        ▽        ▽



 翌日の放課後。

 僕、茜、マスター、リツコ先生は、離れに向けて園庭をとことこと歩いていた。珠季は生徒会の手伝いが、ミサキはバスケがあるので先に行っておいてくれとのことだった。


「珠季もいいとこあるじゃねえか、場所提供してくれるなんてよ。あのバカの娘にしちゃあ上出来だ」

 陽気がいいせいもあってか、マスターが上機嫌っぽく笑顔で言った。

「そうねえ。講堂は演劇部が使っちゃってるから助かったわね」

 相変わらずぴったりスーツで美脚を見せているリツコ先生もにこにこして言った。

 あの、マスター?

 あなた劇団作るだけ作っておいて練習場所も考えてなかったんですか?


「でもまあ、これで練習が開始できますよね」僕は、マスターに声をかけた。

「んあ? なんだそりゃ?」

「あ、いや、あるんじゃないですか? 発声とか早口言葉とかエチュードとか一本橋とか」

 そうは言っても、僕は演劇部がどんな練習をするのか何も知らない。

 僕がいま並べ立てたのだって、単なるネットの受け売りだ。

「はっ。そんなもん、屋上だって河原だってできるじゃねえか。場所なんかいらねえよ」

 ええと……。

「有森。おめえ、なんか勘違いしてんじゃねえか? 俺たちゃ演劇部じゃなくて劇団だぞ?」

「はい? 違うんですか?」

「演劇部ってえのは学生さんの課外活動だ。そいつを否定する気はねえが、一緒にされたくもねえ」

「あ、いや、僕らまだ学生ですし……」

「屁理屈言うんじゃねえ」

「はあ……」

 屁理屈なんだろうか? 僕の言ってること。

「しやなあ。なんやケンボーは何でも理屈で理解しようとするとこがあるよって」

「ほっとけよ、茜」

「それよか、どこにあんだよ? その離れってのは」

「あ、もうすぐ行くと道にメイドさんが立ってますから、そこを超えてしばらくです」


 そんな話をしながら小道を歩き、飛鳥家との境界線に近づいた。

 あれ? だけどあそこに立ってるのってメイドさんじゃないぞ? 真珠さんとか黒曜さんお休みかな?

 少しいぶかしみながら近づいていくと……


 ぶっ。


 そこに立っていたのは、猫ミミ娘になった真珠さんと、タヌキの着ぐるみを着た黒曜さんだった。

 真珠さんは猫ミミに加えて猫手猫足、おまけにトラ模様のビキニスタイルで尻尾までつけている。黒曜さんは首から下が丸っこい着ぐるみで、鼻の頭が黒く塗られ、頬にマジックでひげまで書かれていた。


「い……いらっしゃいませ……だニャン」真珠さんが顔を真っ赤にして肩をすぼめながら頭を下げた。

 うわ。

 どうでもいいことだけれど真珠さんってメイド服脱いだらこんなに胸あるんだ。

「なんだなんだあ? 変わったメイドだな」マスターが無神経な声を出した。

「真珠さん? 寒くないですか?」

 僕は気を使って声をかけた。

 昼間とはいえ、春先に戸外でビキニスタイルってのはなあ。

「うっ、うるさいわねっ。じゃなくて、うるさいニャンっ」真珠さんは半分涙目になって僕を睨みつけた。

「あの……失礼ですけれど、そういうご趣味だったんですか?」

「だからうるさいって言ってるでしょっ。じゃなくて言ってるニャンっ。はっ、早くさっさと行けニャンっ」


 な、なんですか?

 なんですかそのベタベタな語尾は?


「……昨日のおしおき。……だポン」反対側にいたタヌキ姿の黒曜さんが静かな声を出した。

 この人はまったく表情が変わらない。

 名前の通りつやつやしたストレートの髪が春風にそよぐ。

 顔にひげ書かれてるけれど。

「おしおき?」

「……そう。侵入者を許したおしおき。……だポン」

 あ、そういうことなんですか。

「なんで……なんでMBAまで取得した私がこんなことしなきゃなんないのよ。じゃなくてなんないのニャン」

 真珠さん、

 あなたMBAまで取ってメイドさんやってるんですか?

「えとあの…ご、ご愁傷様です」

「いいから早くお行きなさいよっ。じゃなくて、さっさと行けニャンっ」

 真珠さんは僕に向かって真っ赤な顔をしながら大きな声を出した。

 あ。

 ご丁寧に付けキバまでされてるんですね?


 僕たちは真珠さんに追い立てられるようにして屋敷の敷地内に入り込んだ。マスターとリツコ先生は、あらかじめ連絡が入っていたのかノーチェックだった。

「なんかよくわかんねえけれど面白れえところだな」マスターが楽しそうな声を出した。

「あの猫ミミっ子かわいかったわ。わたしもやってみようかな?」

 何バカなこと言ってるんですかリツコ先生。

「おい茜、おまえのせいだぞ」僕は言った。「おまえが普通に入ってきてたらこんなことになってなかったんだからな」

「そんなもん、女子高生に簡単に進入許したあいつらが悪いんやんか」茜はまったく悪びれずに言った。

 いや、普通の女子高生は地下ケーブル切って防衛システム無効化させたりしませんって。

「だけど、そのおかげで真珠さんと黒曜さんがあの姿なわけだしさ」

「ええやんあのぐらい。うち、珠季が怖い顔しておしおきとか言うとったさかい、もっとリョナなもん想像しとったんやけどな」

 おいっ、女の子がリョナ言うなっ。


 僕たちがそういうくだらない話をしたがら小道を折れると、日本庭園と離れの城郭が見えてきた。

「おう。なかなか立派じゃねえか」マスターが口笛を吹いた。

 庭園の池にかかった橋を渡り建物に近づくと、珊瑚が出てきた。


 あの。

 えと。

 どう見ても昔の魔法少女にしか見えない珊瑚が。


 星と羽をあしらった帽子にふりふりの超ミニスカート、白ニーソ、やたらひらひらの多いドレス。背中に羽根が生えていて手にはきらきらした魔法ステッキ。いまどきこんな造形、よっぽど深い枠かCSでもない限りやらないぞ。

「い、いらっしゃいおにいちゃんたち。ま、待ってたよお……」珊瑚もまた顔を真っ赤にして棒読み調の台詞を言いながらぺこりと頭を下げた。

 うーん、かなり恥ずかしいんだろうなやっぱり。こいつ気位高そうだし。

 だけど背が低いし全然胸がないから思いっきり似合ってたりして。

「あ……あがってあがって。さ、珊瑚、がんばって……お、おいしいお茶入れてあげるからね」

「きゃーっ、かわいいっ。ねね、写メ撮っていい?」リツコ先生はそう言うと、珊瑚の返事を待たずポケットから携帯を取り出してパシャパシャとシャッターを切り始めた。

 や、やめてあげたら?

 思いっきり涙目になってるし。

「珊瑚。あんまり無理せんでええで」茜が気の毒そうな顔をして声をかけた。

「……ううん。いい。わ、悪いのは珊瑚だから……が、がんばる」

「その物言いも指定なんか?」

 珊瑚は黙ったまま、右の羽根をちょんちょんと動かした。羽根に付けられていた鈴がしゃんしゃんと音を立てた。どういう仕掛けになってるんだあれ?


「まあ、入れと言うんだから入ろうじゃねえか」そう言いながらマスターがずんずんと建物の中に入っていった。

 茜とリツコ先生がそれに続き、僕と珊瑚が最後に並んで入る形になった。

「……てめえ。絶対ぶっ殺してやるからな」珊瑚がぼそりと言った。

「なっ、なんだよっ。昨日のことは僕関係ないだろっ」

「うっせえ。てめえの身内が仕掛けてきやがったんだろうが。……ミンチにして魚のエサにしてやるから覚悟しとけよ」

「なんでおまえ、僕にばっかりつっかかってくるんだよ」

「つっかかりたくなる面してんだよてめえは」

 そのとき、先に離れの中に入っていた茜が大きな声で珊瑚を読んだ。

「珊瑚お、ついでやからちょっと教えてもらいたいねん。こっち来てくれるか?」

「は、はあい。珊瑚、いま行くねえ。ちょ、ちょっと待っててえ」

 そう言いながら珊瑚はパタパタと屋敷の中に入っていった。


 あーあ、後ろからパンツ丸見えだし。

 


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