幕間 菓子パンと牛乳パックと不敗神話
アパートに帰って部屋の床で大の字になってくつろいでいると、ほどなくして茜がやってきた。
「ケンボーおるか? 入るで」
茜は、ぶかぶかしたTシャツの重ね着に、同じ素材でできたギャザーのフレアスカートといういでたちだった。慣れた調子でずかずか入り込んできてコンビニのビニール袋をちゃぶ台の上に置き、自分もその横にぺたんと座った。
「晩ごはん済んだんやろ? うちは勝手にやらしてもらうで」そう言いながら茜は、ビニール袋の中から玉子サンドイッチと菓子パン、紙パックの牛乳を取り出した。
「ああ、好きにやってくれ。だけどおまえどこ行ってたんだ? 学校までさぼって」
「ん? ああ、サバゲーの連中にちょっと誘われてな。学校にはちゃんと昨日中に届け出しといたで。法事で休みますって」茜はしれっとした顔で言った。
「サバゲーってなんだよ?」
「サバゲーはサバゲーや。ま、平たく言うたら戦争ごっこやな」
茜は菓子パンのビニール袋をぴりぴり引き裂いた。こいつは普通の女の子みたいに袋から半分だけ顔を出させてパクついたりせず、袋から取り出して素手で持って食べる。
「なんでそんなこと茜がやってるわけ?」
「昔、近所に住んでたお兄ちゃんがマニアでな。いっぺん遊びに連れてってもうて、ま、そこそこ筋が良かったみたいで、それから数合わせで呼ばれるようになってん。まあ、後は腐れ縁みたいなもんや」そう言いながら茜は菓子パンにかぶりついた。
「筋がいいって?」
要するに戦争ごっこだろ? そんなのに筋もへったくれもあるのだろうか。
「一応、七年間無敗やし」茜は口をもぐもぐ動かしながら言った。
「な、七年って、おまえ、いつからそんなことやってんだ?」
「小学校の三年生ぐらいからやな」
「無敗って?」
「撃たれたことがないっちゅう意味やな」茜は、牛乳パックを手に持ちながら言った。
「うちも、そろそろ辞めよと思ててん。せやけど、勝手にファンサイトとかでけててもうてな。で、うちがこっち引っ越してきたっちゅうことで関東のファンから連絡が来て、そいでまあ、集まりに顔だけ出しに行ったんやけど」
いや、そういうこと牛乳をちゅうちゅう飲みながら平然と言わないでください。
てか、ファンサイトって何なんだファンサイトって?
「そっちはどうやったん? なんかおもろいことあったんか?」
「あったなんてもんじゃないよ」
僕は今日あったことやわかったことを茜に説明した。
クラス編成のこと、『アヴァロン』という正規の演劇部と観音寺山田さんのこと、珠季のこと、お城みたいな『離れ』のこと。
茜はパンを食べたり牛乳を飲んだりしながら面白そうに僕の話を聞いていた。
「なんやえらいおもろかってんやなあ。学校サボってもうて大損や、うちもちゃんと行ったら良かったわ」一応の話を聞いた茜は、脚を伸ばして後ろに手を付きながら残念そうに言った。
あの、茜さん?
もうちょっと驚くとか突っ込むとかしてくれてもいいんじゃありません?
「まあええわ、なんやちょっとおもろなってきた。関東っちゅうのもなかなか捨てたもんやないんやなあ」
茜はそう言いながら僕の顔を見てニッカリ笑った。