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イカロスの聖櫃  作者: フリークス
6/14

第四幕 アヴァロン

「うあ~っ、やっと終わった」

 4時間目の授業が終わり、僕は椅子に座ったまま大きく伸びをした。


 昨夜、茜は本当に帰ってこなかった。朝、迎えに行っても留守のままだったし。あいつ学校どうしたんだろう? 遅れてでも来たのかな? それともサボったのかな? まあ、学校に来てるんなら理事長室に行けば会えるだろう。

「おい有森、おまえいっつも昼飯時にいなくなるけどどこに行ってんだ?」梶原が不思議そうな顔で聞いてきた。「おまえ部活も入ってないだろ? 誰とメシ食ってんだよ? 一人寂しく食ってんだったら付き合ってやるぞ?」

「あ、いや。いいよありがとう。同じようにここに転校してきた従兄妹がいて、そいつと一緒に食べてるんだ」

「へえ。そんなのいるんだ。誰?」

「一年の箕島茜って言うんだけど」

「なっ。ぬわにいいいっ!」梶原が大きな声を上げて立ち上がった。「おっ、おまっ、おまえって箕島の従兄妹なの?」

「なんだ、知ってるのか?」

「評判じゃねえか、一年にすっごい可愛い子が入ってきたって。うちは中高一貫だから新顔の情報は早いんだぞっ」

 ふうん。

 さすがモブキャラ。そういう情報だけは早いんだ。

「有森っ、てかおにいさんっ。紹介して紹介っ!」

 ああもう、めんどくさい。

 つまんないこと言うんじゃなかった。

 さてどうやってお断りしましょうかと考えていると、教室の入り口あたりから僕を呼ぶ声が聞こえてきた。


「有森小太郎っ。有森小太郎はいるかっ」

 はあ?

 僕がそちらを振り向くと、戸口に男女合わせて5人ぐらいの生徒がずらりと並んで教室内を睨みつけていた。

「有森小太郎っ。神妙に出てこんかあっ!」

 うげ。

 な、なんなんだこいつら?

 あんまりかかわりたくないけれど、ここで騒がれると他のみんなに迷惑かかるよな?

「あ、あの。有森は僕ですが?」僕はおそるおそる立ち上がった。

 すると、大声を上げていた男子の後ろから背の高い女の子が姿を現し、つかつかと僕に近寄ってきた。

「君が有森小太郎くんか?」

 う。ほ、ほんとに背が高い。目の高さがほとんど僕と同じぐらいだ。

 黒髪をショートカットにしていて、顎が鋭角的に尖っている。美人といえばかなりの美人だけれど、なんだか凛としていてやけに怖い。乗馬服でも着て口に薔薇でも銜えてたらすごく似合いそうだ。

「騒がせてすまない。少し聞きたいことがあるんだ、顔を貸してはくれないだろうか?」

 な、なんですか?

 なんなんですかその芝居がかった物言いは?

「時間はとらせない。それに、こんなところで立ち話をしていては他の人たちに迷惑がかかるだろう?」

「あ、あのえと、少しぐらいなら……いいですが」

「話がわかる人で助かるよ。行こう」そう言うと女の子はくるりと後ろを向いて、つかつかと歩き出してしまった。

 え、えーと……

 これ、いったい何フラグなんだ?

 なんでこういつもいつも、僕の都合をまるっきり無視して強制イベントが始まるかなあ。

「有森小太郎っ、早くせんかあっ!」最初に怒鳴っていた男子生徒がまた大声を出した。

 すると、僕に話しかけてきた女の子がその男子の肩にぽんっと手を置いて言った。「おい、あまり騒ぐな。他の生徒に迷惑だろう?」

「あ、す、すみません」男子生徒は恐縮して頭を下げた。

 あの。

 迷惑だってわかってるなら最初っからそのへんの連中に「有森くんって誰?」って普通に聞けば良かったんじゃありませんか?


 僕は定番的に校舎裏にまで連れて行かれた。

 だけどどうしてこういう時って校舎裏とか体育館裏が定番になるんだろう? 昼休みだから空いている特別教室なんかいっぱいあるし、そういうところの方がドアも閉められるし教室からも近いから絶対に段取りいいよな?

「さて」女の子は、ざっと僕に向き直り、脚を肩幅に開いて腰に手をあてた。「自己紹介がまだだったな。私は二年S組の観音寺竜華。本名は山田まどかという。本校の演劇部『アヴァロン』の部長を勤めさせてもらっている。よろしく」

 あの……、

 本名ってなんですか? そのやたら画数の多い名前って芸名なんですか? それと高校の演劇部になぜ劇団名が? それにその名前、権利的に大丈夫ですか?

 ああだめだっ、突っ込みどころが多すぎて逆に突っ込めないっ。

「単刀直入に言おう。本校に第二演劇部を作ろうとしている輩がいるという情報がある。そしてそれに君が加担しているらしいという噂がある」

 は? なんでそんなこと知ってるんですか?

 てか、別に悪いことしてませんよね僕たち?

「本当のところを教えて欲しい。君もW組に転入できたぐらいだからそれなりの力はあるのだろう。それなのに、なぜそんなことをする?」

「あ、あの……W組に転入できたぐらいってどういう意味ですか?」僕は意味がわからず、素直に聞いた。


「なんだ、そんなことも知らないのか?」観音寺さんは、いや山田さんは(どっちで呼べばいいんだややこしいな)あきれた顔をして僕の顔を見つめ、言葉を続けた。「本校には一学年に十二のクラスがある。最上位に位置するのがS組だ。通称星組。ここは成績、スポーツ、人格、容姿すべてに秀でたものだけが入ることを許されるエリート学級だ」

 あの、成績とかスポーツあたりまではわかりますが、クラス分けに容姿って?

「あと、AからIまでの9クラスは成績順に振り分けられる。A組、通称月組は偏差値70以上の大学に入学するのがノルマだ。G組以下は、まあ学費を滞納せずに卒業してくれれば特に何も言われない。ちなみにS組とA組にはそれぞれ学食に専用サロンが与えられ、食事代も全額免除だ。その分、H組とI組の連中は各メニューの値段が倍になる」

 うおいっ。そんな非人道的なっ。

「あの、星とか月とかって?」僕はおずおずと聞いた。

「名は体をあらわすと言うからな。ちなみにBからIまでの8クラスはまとめて地上組と言われていて、上から順に、大公組、公爵組、伯爵組、平民組、愚民組、犬組、虫組、石組と呼ばれている」

 下三つは人じゃないのかよ、石なんか生物ですらないし。

「J組、通称『汗組』はスポーツ推薦入学者の専用学級だ。学費は裏金で処理されるから一切かからない。勉強も全くしなくて良いが、最低でも全国大会に出場しないと即時退学となる。ほとんどの生徒が単年度契約で、複数年契約をしてもらえる生徒はめったにいない。他の名門校とのトレードが盛んなので生徒の入れ替わりも激しい」

 ぶっ。

 名門校にしてはスポーツ成績がいいと思ったらそんな裏があったのか。

 てか、高校生に単年度契約とかトレードってあるんだ? 

「そして君のいるW組。ここは一芸による無条件推薦入試枠だ。学内では通称『わけあり組』と呼ばれている」

 はあ?

「ここは、関係者から推薦があって理事長が承認した者だけが入れられる。推薦される理由は様々だ。資産家の息子で学費を百倍払うからという輩もいれば、料理コンクールで全国優勝した者、学生企業家、隠れ原型師、早食い世界一、モサドのサーバに侵入できたハッカーなど、理事長がよしと言えばなんでもありだ」

 げっ。

 し、知らなかった。

 だけど早食いって高校の推薦対象になるのか?


「そういうわけで、W組にいるぐらいだから君にも何か一芸があるのだろう。それなのになぜ第二演劇部の設立などに加担するのだ? 演劇関係の一芸者なら我々『アヴァロン』に入ればよかろう?」

 いやいや、僕になぜって聞かれましても。

「あの……すみません。『アヴァロン』ってそんなにすごいんですか?」僕は素直に聞いた。

「きさまっ、我々を愚弄するのかっ!」横にいた女子生徒が気色ばんで言った。

 だけど観音寺山田さんがすうっと左手を水平に上げてそれを制した。「よせ、白銀灯。どうやら本当に知らないようだ」

 あの、その危なっかしい名前もどうせ芸名ですよね?

「あまり自慢にならないかも知れないが、一応、我々は関東演劇コンクールを七連覇している。全国大会も三連覇中だ」

 思いっきり自慢してるじゃないですか。

 あ、でも、

 マスターがオーディションしたけれどもお眼鏡にかなう役者がいなかったって。


「さて、ここからは君の話を聞かせてもらおう」観音寺山田さんは僕を鋭い目で睨んで言った。「君はいったい何者だ? 何の目的があってこの学校に入った? 知る知らずにかかわらず、我々に敵対行動をとる限りは相応の理由があると思うのだが」

 う~ん……

 こういう流れで本当のこと言っても、親が転勤になって適当に編入試験受けたら変な喫茶店のマスターに無理やり劇団に放り込まれましたって説明しても、信じてもらえそうな気がしないな。

「話してくれたまえ。我々はなるべく紳士的に問題を解決したいのだ」

 紳士的にってあんた女じゃないですか。

 あーでもどうしよう?

 マジで困ったぞ。

「黙秘を続けることはお互いのためにならないと思うのだが?」

 観音寺山田さんがそう言うと、後ろにいた連中が肩を揺すりながらずいっと前に踏み出してきた。

 おいっ、演劇部ってこんな体育会的なことでいいのかっ?


「山田。そのあたりにしておきなさい」人垣の後ろから声がした。

 演劇部員たちがさあっと後ろを振り返ると、そこにとんでもなくきれいな女の子が立っていた。

 身長は観音寺さんと同じぐらい、170㎝近くあるだろう。大きなウエーブのついた金髪のように明るい茶色の髪が流れるように広がり、トップの部分がカチューシャで止められていた。外国人のように目鼻が大きくて鼻筋がきれいに通っている。唇は薄く、口元は真一文字に結ばれていた。

「あ、飛鳥珠季……星組の級長がどうしてこんなところに?」

 演劇部員達が驚いたように目を見開いて言った。

 珠季と呼ばれた女の子はそれに答えず、つかつかと優雅に歩み出てきて観音寺山田さんの肩にポンと手を置いて言った。「山田。転校生をこんなところに呼び出して問い詰めるなんてあなたらしくないわよ? 星組のあなたが学園の品位を下げるような行動は慎んでくださる?」

「珠季、おまえには関係がない。それに私をその名で呼ぶなと言ったはずだ。私はすでにその名は捨てたっ」

 おいっ、そんなもん勝手に捨てていいのか?

「そういうわけにもいかないのよ。だってこの私が」そう言って珠季と呼ばれた女の子は口元にかすかな冷笑を浮かべた。「その第二劇団の役者なのだから」


 ぶっ。

 ししし、知らなかった。

 もう一人の役者ってこの子のことなのか?


「たっ、珠季っ。きさま何をっ」観音寺山田さんが肩に置かれた珠季の手を振り払った。

「並木学園生徒総則第四章二十六条七項の三」珠季は冷静な、というか冷ややかな声で言った。「理事長の承認を受けたる生徒の学内外集団的課外活動は、理事会、生徒会、教師会、父母会、その他いかなる関係者からの制限も受けない。あなた、そのぐらい知っているわよね?」

「まっ、まさか二十六条が発令されていると言うのか? 施行以来一度も発令されたことのない形骸化された条文だぞ」

「……そのまさかなのよ」珠季はそう言って、ふっと小さく笑った。「そういうわけで山田、あなたにこの件に口出す権限はない。おわかりいただけたかしら?」

「だ、だけどこいつらは理事長室を部室代わりに勝手に使っているらしいではないか。課外活動における学内共有施設の排他的占有利用は生徒会承認事項のはずだぞ。それと私をその名で呼ぶなっ」

 その話を聞くと、珠季は鋭い目で僕の顔をギロリと睨んで聞いた。「……あなた、本当にそんなことしているの?」

「あ、いや、ごめん。だ、誰もいないから勝手に使っていいのかなって」

「そう。誰もいないし入っても来ないということであれば排他的占有利用には該当しないわね」そう言って珠季は観音寺山田さんに向き直った。「とは言え、見え面が悪いことは認めるわ。その件は私が何とかする」

「し、しかし……」

「聞こえなかったのかしら? この私が、何とかすると言っているのよ?」珠季が鋭い目で観音寺山田さんを睨みつけた。

「わ、わかった。そういうことなら……任せよう」観音寺山田さんは悔しそうに横を向きながら言った。

「ありがとう。持つべきものは物分りの良い学友ね」


「俺は納得できねえっ!」横で聞いていたアブなそうな男が叫んだ。「星組の級長だかなんだか知らねえけれど、てめえなんざに好き勝手はさせねえぜっ!」

 男は指をパキパキ鳴らしながらずいっと前に歩み出て舌なめずりをした。

 でかい、180㎝は軽く超えている。

 そして目がキレている。というか、いっちゃってる。

「こんな野郎、裸にひん剥いて足の一本でも折ってやりゃおしめえじゃねえか」

 あの……演劇部って文化部ですよね一応?

 てか、なぜこんなやつがお芝居を?

「やめろ、寒寧」観音寺山田さんが制しようとした。

 おいっ、

 おまえらアブなくない芸名つける気ないのかっ。

「俺は女でも容赦はしねえっ。いくぜえっ。うらああああああああっ!」男は観音寺山田さんの制止を聞かず、雄たけびを上げながら珠季に突進した。

 や、やばいっ。


 だけど次の瞬間、

 男の体が高々と宙を舞った。

 そして音を立てて背中から地面に叩きつけられた。


「がっ、ぐああああっ」男が苦しそうなうめき声を上げた。

 珠季はその横にすうっと立つと、右足を高々と振り上げた。身体が一直線に伸び、踵が太陽を向いた(あ。こいつ高校生のくせにガータとかつけてるんだ)。

 そしてそのまま、珠季は脚を男の腹部に振り下ろした。

 どぐおっ、という鈍い音がして男の体がVの字になった。

 男は珠季に腹部を踏みつけられたまま泡をふき、そのままばたりと伸びてぴくりとも動かなくなった。

 うひゃあ、容赦なしだ。

「ほかに誰か、私とお話をしたい方はいらっしゃる?」

 珠季は男の腹に片足を乗せたまま、冷ややかな目で演劇部の連中を睨んだ。

 全員、黙ったまま首を横にぷるぷると振った。


「そう? それじゃお話し合いは終わりね」珠季はそう言って涼しげに笑い、それから僕の方に向き直った。「あなた」

「はいっ」僕は直立不動の姿勢で答えた。

「今日の放課後、六時十五分に第二園庭の噴水のところに来なさい。他のメンバーにもそう伝えておいて」

 あ、えーと、

「返事は?」

「はっ、はいっ。わかりましたっ」

 それを聞くと珠季は少しだけ頷き、男の腹から脚を下ろした。それから晴れやかな笑顔を浮かべ、演劇部の連中に向かって手をぱんぱんと叩いた。「それじゃあみなさん、お開きにいたしましょう。こんなところで話し込んでいると食後のお茶を楽しむ時間がなくなってしまいますわよ」

 その声を聞くと、演劇部の連中がバラバラと校舎の方向に向かって歩き始めた。のびていた男も二人がかりで担がれて回収された。

 珠季もまた、一度も僕を振り返らずにすたすたと歩き去っていった。

 あとには、僕一人がぽつねんと取り残された。


 なんだ?

 いまのはいったい何だったんだ?

 てか、僕らって文化部のはずですよね?

 三つ巴になって他の高校シメて回るような勢力争いとか絶対にしませんよね?



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