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イカロスの聖櫃  作者: フリークス
3/14

幕間 懺悔のどろどろソース

 その日の夜。

 僕と茜は制服からジーンズに着替え、僕の部屋でちゃぶ台に差し向かいに座って焼きそばを食べていた。

 茜も、ちょっとは悪いと思ったのか調理をかって出て、この焼きそばを作ってくれた。関西風のどろどろソース味だが、けっこういける。


「いつまでもぶーたれてんとき。男のくせに往生際が悪いで」茜がお茶をすすりながら言った。

「よくないよ。脚本なんて僕に書けるわけないじゃないか」僕は肉の脂身を口に放り込みながら言った。

「なんで? ケンボーって本読むのが好きなんとちゃうん?」

「本が好き程度のやつがみんな作家や脚本家になったら日本はどうなる?」

「文化立国として世界中から尊敬されるやろな。本屋も儲かるし」茜はちゃぶ台の上に湯飲みを、ことん、と置いた。「まあ、誰かて初めは素人からスタートするんや。のんびり始めたらええやん」


 お気楽に言ってくれるなよ。

 だいたい話がうますぎると思った。普通に考えて僕が並木学園になんか入れるわけがない。リツコ先生にそのことを聞いてみたところ、ああキミはおとうさんが内申書見て決めたんだから転入試験なんて名前書けてりゃ良かったのよ、ということだった。

 それならそうと最初から言ってくれてれば……入ってないだろうな、やっぱり。

 それとさ、

 大真面目に勉強してきて試験に落ちたやつ可哀そうじゃありません?


「まあ、一つ一つ課題をこなしていったら何とかなるんとちゃう?」茜はさばさばした調子で言った。

 そう、マスターは最初から脚本を書けとか台本を渡して読んでこいとは言わず、よくわからない課題を僕たちに課しただけだった。

 茜には、渋谷でバカップル、それもなるべく女がバカそうなのを見つけて尾行し、その立ち居振る舞いを見てこい、という課題が出されていた。

 僕には『火曜日の誘惑』というお題で、千文字以内で何か書いてこい、という課題が出た。脚本としての体裁は何もいらないから、お題からイメージを膨らませて面白いものを書けということなのだが、漠然とし過ぎていて何がなんだかわからない。

「あの課題、何なんだろう? 意味わかんないし」僕は口に出して言った。

「あんまし深いこと考えへんで言われたことちゃきちゃきやった方が建設的なんとちゃう? うちらどうせ素人なんやし」茜は大きめのキャベツを口に放り込みながら言った。

 まあ、それはそうなんだけれどさ。


「そう言えば、他の役者も経験ないって言ってたよな? どんな子なんだろ? あと二人だけ決まってるって言ってたけど」

「一人はマスターの店の常連さんで、バカ話してるうちに気に入って引っ張り込んだんやろ? もう一人はその子が引っ張ってきたっちゅう話やったな。二人とも二年生やからケンボーと同級生やで。どっちも可愛い子らしいさかい楽しみにしとき」そう言いながら茜は、こぽこぽと音を立てて湯飲みにお茶を淹れた。

「楽しみって、そんなんじゃないよ。ただ、どんな子かなって」

「ほう」とん、と湯飲みを僕の前に置きながら茜が言った。「彼女いない歴十六年のわりに強気やないか」

「うっ、うるさいなっ。そんなの茜に関係ないだろっ」僕は湯飲みをひったくった。

「うあちっ」

「すぐに動揺するんやから。そんなんで『火曜日の誘惑』なんて書けるんかいな」

「ほっ、ほっといてくれよ」


「そもそもケンボーてキスとかしたことあるん?」

 ぶっ。

「なっ、ばっ、なにをいきなり」

「なんでやねん、誘惑ネタなんやからそのへんの経験あるなしは大事やろ?」そう言いながら茜がじりじりと猫のようににじり寄ってきた。「ほいで?」

「な、何が?」

「キス。したことあんの?」茜は僕の顔を下から覗き込むようにして言った。

「あの、えーと、その……あ……ありません」

「うちがさしたろか?」

 は?

「じょ、冗談だろ?」

「子供んとき、一緒に海行った時なんかようやってたやんか」

 え、ええっと。

 そうなんだよな、茜のご両親って日本人離れしていると言うか、人前ですぐにぶちゅっとやっちゃう人だったから、茜が面白がって真似して。

 はい、それが僕のファーストキスです。

 だけどそれカウントしていいんですか? 小学校の二、三年生ぐらいの話ですよ?

「またしてみたいと思わん?」茜は僕の顔を見ながら悪戯っぽく言った。

 僕は思わず、茜の唇を見てしまった。

 小さくまとまったその口は、両端が細くて下唇がふっくらとしていた。焼きそばの脂がついているのだろうか、その下唇が艶やかな光を帯びていた。心持ち開かれたその唇の間から、眩しいほどに白くてきれいな歯がほんの少しだけ覗いていた。


 違うっ!

 のおっ!

 なに見とれてエロい描写してるんだ僕はっ。


「お、思わないよ。全然思わない」

「ほう」茜が口を小さくすぼめて声を出した。それからすうっと身体を離して元いた位置に戻り、体育座りをした。「えらい強気やないか。それとも何か? 女の子には興味あらへんなんてアホなこと言うつもりか?」

「きょ、興味ぐらいあるよ。だ、だけど茜はそういうの対象外だから」

「つまり、うちのことは女として見てへんと?」茜が冷静な口調で言った。

「ああ、見てない。全然見てない。意識したこともない」

「言うたな?」

「ああ言った。だってほんとのことだもの」

「ほうか。ほならそれはそいでええわ」そう言うと、茜はすっくと立ち上がった。


「な、なんだよ」

「うち、今日は色々動いたさかいに汗掻いてもうてん」茜は僕を冷たい目で見下しながら言った。「せやから、お風呂もらうことにするわ」

 それだけ言うと茜は、着ていたトレーナーの裾に両手をかけて持ち上げた。細くしまったウエストと、形のよいおへそが見えた。

「ばっ、馬鹿っ。や、やめっ」

「女として見てないんやから裸なんか見たかてどうってことないやろ?」そう言うと、茜は一気にトレーナーを持ち上げて頭から引っこ抜いた。そして、そのトレーナーを、ぽいっと床に投げ落とした。

 し、白ブラ。

 ジーンズの上、白ブラだけの上半身は全体が引き締まっていて手が長く見えた。腰骨からウエストにかけては、少女から大人に変わる時期特有のたおやかなくびれの線を描いており、ぺたんとしたお腹には少しだけ腹筋のラインが窺えた。そして引き締まった身体に似つかわしくない程のふくよかな胸が、白ブラの間にやわらかな谷間を形作っていた。


 だから違うってばっ!

 いいかげんエロい描写やめろよ僕っ!


「やっ、やめろこらっ、茜っ」

「ケンボーが言うたんやん。うちはキスする気もせえへん、おもんない女やって」そう言いながら茜は、ジーンズのホックに手を掛けた。「色気ない女でも汗ぐらい掻くよって、シャワー借りるわな」

 じじじ、という音を立てて、フロントファスナーが下まで降ろされた。

「や、やめっ。ご、ごめん、ごめんなさいっ、嘘つきましたっ!」

 僕は思わず茜に向かって土下座した。

 ああ、今日これで二回目だ。

「きょ、興味ないなんて嘘ですっ。だ、だからあの、早く服着てっ」


 沈黙。

 さらに沈黙。

 さらにさらに沈黙。


 やがて、茜がすうっと動いて床からトレーナーを拾い上げる気配がした。

「顔上げて」

 僕はおそるおそる顔を上げた。

 茜が手に持ったトレーナーで胸元を隠しながら僕のすぐ横にひざをついた。

「……なんで、嘘なんかついたん?」ぼそりとした声で茜が言った。「……正直に言うてみ」

「あ、あの、茜は従兄妹だから……いや、ごめん。違う。あの……引っ越してきたばかりで独りぼっちだから。僕以外に頼る相手いないから」

 茜は無表情のまま僕の言うことに耳を傾けた。

「それなのに……もし僕が変な目で茜のことを見ちゃったら行き場失くすだろうなって。だからその……そんな目で見ちゃいけないんだって。僕は兄貴代わりで、茜は妹なんだって。家族なんだから、そういう目で見ちゃいけないんだって」

「……そやから、朝はあないに動揺したんやね?」

「あ、はは。そう」

「うちのこと、ちょっとは可愛いと思てくれとるん?」冷静に確認をするような声だった。

「……思う」

「こういう関係やなかったら、ただの他人やったら、うちのことを意識する?」

「……たぶん、すると思う」

 あああああ。なんてバカ正直な僕。

「せやけど妹やから、家族やから、そういう目では見ない。むらむらっときても、そういう気持ちは押し殺す。そうやね?」

「……はい」

「絶対、やね?」

「はい」

「約束してくれるんやね?」

「はい」


「うれしいっ」茜はいきなりそう叫んで僕に抱きついてきた。


 え?

 土下座をしていた僕は、その勢いで床に仰向けに倒れ込んでしまった。茜は何ら勢いを止めず、僕の上にのっかって首に腕を回し、ぎゅうぎゅうと締め付けてきた。

「あ、茜っ、おいっ」

「合格やっ、ケンボー、うちのお隣さんとして最高に合格やっ」

「あ、あの、合格って?」

「あんな、うちな、不安やってん。関東なんて始めてやろ、ケンボーしかおらへんやろ、病気とか何かあったら助け合わなあかんやろ。せやのに変な色目とか使われたらどないしたらええのかずっと考えててん」

 い、いいから離れろ、茜。

 おまえ、上半身ブラジャーだけなんだぞっ。

「ごめんな、試すような真似してごめんな。うちかて男の生理ぐらいわかってんねん。せやけど嘘言われるのは嫌いやねん。言えんことは嘘言わへんで、言えんと言うて欲しいねん。せやけど正直言うてくれて、約束までしてくれて、ああっ、もう最高やっ」


 だ、だからっ、そんな喜ぶようなことじゃないだろっ。

 そんなにぐいぐい締め付けるなっ。

 ああ、ブラが。

 ななな、生肌がっ。


「ケンボー、頼んないし弱っちいけど合格やっ。約束やで、絶対うちになんにもしたらあかんでっ」

「わ、わかったっ。約束するっ。や、約束するから離れろっ」やっと声が出た。

「ええやんか。嬉しいんやから、もうちょっとくっつかせてえな」茜は不満そうな声を出しながら、それでも少しだけ上半身を起こした。

「ば、馬鹿。おまえ、裸だぞっ」

「裸って、ブラしとるやん。それに、兄妹やったら裸ぐらい見たかてどうっちゅうことないやろ?」

「だからっ、そういうのじゃないっ。理性と本能は違うっ」

「ほなら理性で本能を克服し」そう言うと、茜はまたがばっと抱きついてきた。


 今度は茜の上体が少しずれて、僕の頭が茜の胸に抱きかかえられる体勢になった。ブラが、胸が、顔にぎゅうぎゅう押し付けられる。う、うわ、あったかい。

「や、やめっ、茜っ」

「いやや。堪忍したげへん。それに、なんにもせえへんって今約束したとこやしな」

「やり過ぎだっ、無理っ、そういう問題じゃないっ」

「そういう問題や。うちはそのうち帰ったげるさかい、後は自分で処理し」

「おっ、女の子が処理とか言うなあっ!」


 あ、いいいいいかん、けけけ、血流が。下半身が。

 いいから僕から離れてくれえっ。






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