「目玉焼きには醤油だろ。」
プロローグ
昼も大きく過ぎて、ラーメン屋の店内には女がひとり、カウンターの端にいるだけだった。
カウンターとテーブル席3つだけの店内は朝から降り続く雨で、蛍光灯がついてはいても薄暗く感じる。
カウンターの中では強面と一言で表現できる男が無骨な指で器を洗っている。
黒いTシャツにゴム引きのエプロン、足下には白い対長靴をはいて、白いタオルで頭髪をまとめている。
カワサキ・ハルトはあらかたの食器を洗い終えたあと、スープの寸胴だけをのこしてガス火を止めると、頭のタオルを取り、外へと向かった。
静かに降る雨は夜半まで続きそうだ。あたりを舞う、凍てつく風に人々は首をすくめ、白い息を吐きながら早足で駅へと向かう。ハルトはすこしまわりを見渡したあと、あたりを見渡すと入り口に架かっていた「春鳴軒」とかかれた赤いのれんを下ろした。
店内に戻ると、女は食べ終わったようだが、まだ立ち上がる気がない。
ハルトはキッチンに入るうなり続けているキッチンの天井電灯をきり、手元の作業灯だけを残した。
飲食をやっていると多々ある状況だときく。ハルトは亡くなった親方から聞いたことを思いだしてた。 年末に子供をつれてきて三人で一杯を頼む親子連れとか、物で支払おうとする客とかこの業界いろいろある。そのとき親方は寸胴に向かって振り返らずいっていた。
「ふう」
ハルトはため息をつくと、時計を見た。午後二時半。ミキが帰ってくるまではあと一時間ほどある。
(まあ洗い物でもやらせとくか。)
ハルトは頭にタオルまくと、まな板に置いた白ネギを細く刻み始めた。
1.「目玉焼には醤油だろ。」
未来というのはわからないものだ。例えばこの俺、ヤマハナ・アキラ。28歳。現在彼女募集中。小学校のときから野球一色で、高校でも貴重な青春を頭髪と共に散らしてしまった。将来の夢はもちろんプロ野球選手。小学校の卒業論文に「タイガースで四番でピッチャーになって三冠王と沢村賞をとる。」とイチローもびっくりな目標をでかでかとサインペンで書いたのをいまでも本気で後悔している。しかし幸いにして、そこそこ勉強のできた俺は、野球に見切りをつけ、世界でもまたに駆けるかと県外の公立大学に入学して、卒業したあと一人旅で、まあ順当に世界を股にかけた結果、気づいたら一周回ってしまったみたいで、今、なぜか地元で就職している。
さて、人には想定外のものにぶち当たる瞬間というものが一度はある。未曾有の災害、あり得ない完全犯罪、などなど様々なものがあるだろうが、俺にとっては、大学時代、卒業直前、同じサークルで一番仲のよかった後輩マサルに、「ヤマさん、実は異性として意識していました!」と終電のなくなったマサルの部屋でカミングアウトされたときの事かな。そして、そのとき既に腹の中に納めてしまっていた四本のビールのせいでそこから先のきおくがないのが本当に想定外だ。次の日マサルのベッドでめざめた俺は這々の体で家に帰り、それからあいつには会っていない。
さて、なんでそんな話を今したかというと、今俺の目の前にくりひろげられている光景が、実はその当時の衝撃を背面跳びで大きくオーバーしてしまっている状況だからだ。
心底衝撃を受けると人間ってやつは恐怖すらふきとんでしまうんだなあ。正常化バイアス、そんなやつだったけ。
今、目の前には駅前の広場とそのそばに八年前に建てられた再開発の店舗兼マンションのでっかいビルがあったはず。
そうあったはずなのだ。
駅前の広場全体を覆っていた土煙がうすくのびていく。駅前一の高さを誇ったビルは二階部分で折れ、傍らに横倒しになっている。ビルの裾には巨大な怪物がうなりながら転がっている。どうやら一撃の効果があったようだ。
そして、その前にて道を阻むように、大地につきささって立つ巨大な人影。
それがハルトで俺たちの未来を決める戦いがそのとき始まったのだということを俺はまだ知らなかった。
1.
駅前の喧噪を少しはなれて、旧商店街のあたりにハルトの店、「春鳴軒」はある。あたりは再開発の波がまだ及ばず、かつて人手でにぎわったはずの場所は今やサビた看板が目立つシャッター街になっている。
しかしながら駅に近く、また昔から店があったせいか、周りのように閉まることがなく、春鳴軒は大きくならないまでも、なんとかやっていくことができた。
だけども、長いからこそ招かざる客も来る。例えば・・・。
「おーっす!」
ホンダ・シュンイチが二日ぶりに春鳴軒に顔をだしたのは予約席よろしく、いつものようにアキラが窓側の席でパソコンを広げ始めた時だった。
「おまえなー・・・。」カウンターから首をのばしハルトがうなっている。
「うちは漫画喫茶じゃねーぞ。」
「あー・・・じゃっ、コーヒー頼むわ。」首をすくめながらも悪びれず、アキラはノートパソコンを組み立てる手を止めない。
「おーす、ハルト、アキラ」「おう」「おーす」シュンイチは二人の間を割ってカウンター席に腰をかける。表面が赤く塗られたカウンターテーブルは開店を控え、水拭きの跡が見える。
「アキラ・・・。」
「わーってるって、混み始めたらさ、いつものようにカウンターに移るから、絶対。まあコーヒーいれてーや、頼むわ。」
根負けしたのか、あるいは初めからあきらめていたのかハルトは息を吐くとステンレスのキャビネットからインスタントコーヒーの瓶を取り出し、二つの湯飲みにいれた。
「アキラ、今日も取引?」コーヒのご相伴にあずかりながらシュンイチはアキラを見る。
ああ、数字の羅列を移すディスプレイから目を外さず、アキラは返した。
営業は時間があるのか、アキラはいつもこの時間になると仕事を抜けては春鳴軒でパソコンの画面とにらめっこをしている。結婚してるわけでもなく、さも金に困っているようでもないのに、時間を作っては小銭を稼ごうとするアキラを不思議に思って、シュンイチは一度聞いた事があった。
「いやぁ、ただ楽して金持ちになりたいのさ。」
そのときはアキラはうやむやと甘苦い顔をしてごまかすばかりだったのをおぼえている。そして友達といえどもあまり内情に踏み込まない方がいい時があることをアキラの様子でその時知った。
「へーおれもやってみようかな。」
「ハルトー、シュンもやるってよ。どうよお前もやってみるか?ラーメンだけじゃつらいときもあるんじゃないのか。」
「冗談ー、親子二人でこれ一本でなんとかやっていけるだけの腕はあるんだぜ。それにー」
「親方が手を広げるなっていっていたしさ。」
こちらをみずにハルトは削ったような無骨な横顔をみせて、まな板に向かって黙々と切り物をつづけていた。
一時間前・・・・
「いやーなんか一周して今はこれが一番だわ。」
シュンは能書きをたれて、ラーメンの最後の一杯をすすり終える。
時計は既に十一時半を回っており、すべての仕込みを終えたハルトはカウンターのピッチャーに水と氷を入れて回り、最後に自分のコップにそそいでのんだ。
「よっしゃー利益確定」
エンターキーを叩きおえるとアキラは叫び、大きく伸びをした。
「いやーやっぱり情報は大切やね、情報は。」
「情報。」
「そ、いやさ、こないださ、飲食の展示会いったんだけどね、醤油メーカーが新しい梱包方法を考えたって発表してたからさ、これ来るんじゃないかって株買ってみたら・・・」
「これがもうどんぴしゃで、・・・吉祥天醤油、儲け二百万いただきました!」
「二百万!」シュンイチは目をかがやかせた。二百万でできるあれやこれやが目にうかぶ。
「すごいな!」
「こらこらなにいってんだよ、シュンイチ、お前にとっては大したことないだろうが。」
「いやいやアキラこそなにいってんだよ、俺がどんなけ困ってるかしらないなー。今さ、小遣い制でさ、ホント、大変なんだよ。鬼嫁の目をぬすんでここに食いに来るのが精一杯だよ。」ちらりとシュウイチはハルトを見る。
「ありがたいね」ハルトはシュウイチの下げたどんぶりを洗い終わると、別のどんぶりを湯に沈め、温め始めた。
「ナオキ、仕事終わったんだろ、食ってけ・・ミニチャーハン付きの全部のせで千円だ。」
「全部のせ!」シュンが目をむく。それはシュンのトラウマだった。
食べても食べても減らない山はどこか昔読んだ本の拷問を思い起こさせた。
「ハルトー、俺が食細いのしってるだろー。いつものにしてくれ、肉はのせてくれてもいいからさ。」
「野菜ものしてやるよ、もちろん追加でな。」
「九百円な。」
「へいへい」
ハルトは太い指で暖め終わったどんぶりをつかむと、醤油だれを一杯いれ、寸胴からスープをそそぐ。水切りをつかむと、湯を切る。湯気でハルトが白くぼかされる。
「ヒロキ、悪いけどナオキにわたして。」できあがったラーメンがヒロキからアキラに手渡される。醤油豚骨野スープの上にチャーハンが敷かれ、その上にもやし、キャベツ、人参などの野菜が盛り上がっている。麺は少なめがアキラのいつもの注文だ。ごくり、さっき食べ終わった満腹感で差し引いてもうまそうだ。チ
ャーシュー一枚ぐらいもらえるんじゃないの。シュウイチは思った。
「おー、うまそう、いただきます!」
アキラは湯気経つラーメンに手をあわせるとすすり始めた。
「あーうまいわー。稼いだ金で食う麺はうめえわー。」
薄いくちびるをスープでぬらし、ナオキは右手でパソコンをさわりつづけている。
「アキラ。」不作法をしかるようにハルトの低い叱咤が飛ぶ。
「わーってるって、もう移る。」じいちゃんにもよくおこられたっけな、アキラは苦笑いを浮かべた。
ハルトは入り口を見た。そろそろ店を開ける時間だ。
事態がおこったのはそんな時だった。
「!」
とつぜん音をたてて世界が揺れはじめた。
「おいでけえぞ!」アキラの叫びは奥で鳴る鍋と寸胴の悲鳴でかき消された。
「机の下に潜れ!」ハルトの低い声はよく通る。
アキラは思い出したように机の下に四つん這いでもぐりこんだ。
しかし、本当の異常はそのときにわかった。
机に潜っていても本来ならカウンターでイスの足に紛れて見えないはずのシュンが見えるのだ。それどころかカウンターの向こう側で窮屈そうにステンのシンクに潜り込んでいるハルトの角張った図体もみえる。
「ハルト!」ハルトはこちらに気づくと珍しく動揺した顔をした。
「おい、アキラ透けとるぞ!?」「いやおまえこそ!?」
目をこらしてよく見てみると、イスや、テーブルはたしかにそこにある。それらが、輪郭だけを保ったまま色を失っているのだ。まるで線で形を書いただけのように。
人物も例外ではない。自分の手のひらを凝視するシュンイチ、ハルトは透けるシンクをたたいている。乾
いた金属おんが響く。物は確かに存在するようだ。
地震は五分ほど揺れ続けた後、止まった。
しかし、透明化は戻らなかった。
「ハルト、アキラ、おい、いったいなにがおこってるんだ。」震えながら立ち上がったシュンが叫ぶ。ひょろりと高い背丈を縮めておびえているのか震えている。
ハルトはふいに天井をみた。灰色の石膏パネルがしきつめられているハズの天井からはなぜが空が透けて見える。宙に浮かんだような蛍光灯を挟んでパネルの目だけ残して頭上に空がある。雲を漂わせた春の空がナイトクラブの照明のように鮮やかに色を換え続けていく。紫、緑、青、黄色、やがてもとの淡い青にもどると同時に透過も止まった。
そのときだった。
鳴り響く地響きとともに窓から見える光景は三人にさらに追い打ちをかける想像以上の光景だった。
窓の向こう、駅前のモニュメント広場をはさんで、先のほうに再開発で建てられたビルが見える。一階が店舗になっていて上階を住宅用に分譲した。白と茶色を基調とした上品な外装が好評ですぐ売り切れたのだが、今、そのビルと並び立って巨大な何かが立っていて、吠えていた。
「おいあのビル三十メートルぐらいあるんだぞ・・・」アキラがつぶやく。
その姿は異様としか言いようがない。ぬめぬめと艶めく白い皮膚が重なり合ってクラゲの様に層をつくり、その中に半透明になって、黄色い核が見える。そして腹のあたりにエビよろしくつきつめられた小さい足は、空を蹴っている。
その怪物が今、ビルの隣で黒い液体を吐きながら暴れているのだ。
絶句した三人の沈黙を破ったのはハルトだった。
「なんか映画の撮影とかじゃないのか?」ハルトは厨房で乱れ散った皿の破片を集めている。
窓にかじりついていたシュンが怪訝な顔をしてつぶやく「め・・めだまやきのたたりだ!」確かに3つ4つの目玉焼きを縦に束ねたような形をしている。
「やばいそういわれると俺もめだまやきにしか見えない」アキラはふとおかしくなった。それになんだかさっきから腹のあたりが濡れている。
あっ・・。
振り返ってみて、アキラはそのときになって初めて自分がラーメン鉢を抱えていることに気づいた。
※※※※
「オオオオオオ」
怪物は苦悶していた。しかしながらその嘆きは雄たけびとしか聞こえず、あたりを威圧するばかりだった。
彼の足下には突然の厄災にちりぢりに走り逃げる人々が時々振り返り、どの顔もおぞましさに歪んでいる。
(俺はどうなってしまったんだ)
人生も終盤を迎えて、すっかり皺がめだつようになった手は、今や白い粘膜がぬめつく、くらげの様な手に変わり果ててしまっている。
手だけではない、恐ろしいことに、今腹を埋め尽くす触手のような多脚の感覚ですら自分の体として、確かにあるのだ。、なんということだ。
意識はある、なのにどうしたのだこの体は。しかしながらそんな驚きや嘆きよりもまず沸き立つのは怒りだった。ふつふつとわいてくる怒り。自我を失うほどにこの世界がにくい。すべてを破壊したくなる。
おれをばかにしやがって。
さっき逃げ惑った下界の人々の顔が思い起こされる。
体液か、熱い物が胸をおしてあがってくる。口からふつふつとそれがあふれ、地面に雨のようにおちる。
足下にいた逃げ遅れた男がまともに頭にかぶる、男は叫び声をあげ、ころげまわり、拭きおとさんとするのだが、ふとそのことに気づいた。
「ぺっぺっ・・ん・・これ、ソースの味がする・・・。」
さっきまでアサイ・ヒロヨシは自宅でゆっくりと昼食をたのしんでいたはずだった。
自宅マンションは駅前の再開発で建てられた物件で、高級感ある室内と駅へ歩いて5分すらかからないアクセスが自慢だった。退職金をローンの頭金にして購入をした時、嫁もよろこんでいてくれたことを憶えている。
しかし三年前、子供が自立し、定年退職した後、嫁とマンションで二人で向き合う時間が増えてくると妻と衝突する時間が長くなった。当初は気をつかってくれていた妻がいまではあけすけにほうきで追い払うような仕草をする。思えば気づかなかっただけで、ずっと以前から妻は不満という毒をふぐのようにちくちくと貯めていたのかもしれない。
そして決定的な事件が今朝起こった。
昼頃起きてきたヒロヨシの前には目玉焼とキャベツだけが用意されていた。
手を抜きやがってと胸までこみ上げた言葉を飲み込む。つとめて冷静を装いながら妻へと声をかける
「あー、アケミ、ソースほしいんだけど。」
「ソース?あっ、すみません、今切らしておりまして。」
妻のアケミはつめたくいいはなった。昼から友人とランチにいくといって、アケミは隣の衣装部屋で自らを着飾る手を止めようとしていない。
「ちょっと、こっちこい!」我慢しようとした矢先の拒絶に一気にヒロヨシのボルテージがあがる。
「なぜ切らす!目玉焼きにはソースがあたりまえだろうが!なぜ買っておかない!」
「しりませんよ、醤油があるでしょうが」隣室から顔をだしてアケミが冷たい目がこちらをにらむ。
空腹もどこかへ吹き飛んで、あたりを怒号と非難が飛び交う。
やがて最後に「でていけ」とヒロヨシが言い放ち、アケミがドアを投げ閉めて、口論は終わった。
音一つなくなった部屋でヒロヨシは屈辱に震えていた。
異常が起こったのはそのときだった。
「ん、地震か?」
とつぜんの大きな揺れと共に、目の前の皿の目玉焼きがすうーっと消え始めたのである。透明は机に移り、やがて床すら消え始め、下の階層がつぎつぎと透明なCGのように見える様にヒロヨシは戦慄を覚えた。
そのときだった。
ドックン。
ヒロヨシの体の中で何かがはじけたような気がした。
はじけ出たものは体内で渦巻き、ヒロヨシを充填していく。
声が聞こえる。
「お前の存在を示せ」
内側に鳴る声はなおも呼びかけ続ける。
「俺は・・・・。」
「俺は・・・・。」
とおまきに見つめる豆粒のような人々を震えあがらさんと、怪獣は口の中の液体をまき散らしながら大きく吠えた。
「メェダアマアヤキニハソースダアロオ!!」
それは自尊心の崩壊に直面した男の哀しい叫びだった。
****
破片をひろいながら、ふと時計を見たとき、ハルトは何かに打たれたようにして、駅のほうへ駆け出した。
ハルト!どうしたんだと叫んでアキラは気づいた。あっ、この方角・・・学校か!そうだ今時ぶんミキちゃんが下校する時間だ。
夕方の繁盛時、三角巾を頭にまいて手伝いよろしくカウンターを拭く小さい手を思い浮かべる。
ミキちゃんがあぶねぇ、アキラも駆け出していた。
「アキラ!」
「お前はナナミさんの安否確認しとけ!仕事できてるかもしんねーだろ!」
入り口を蹴破る勢いでとびだすと先をいくハルトの背中を追った。
少し走ると目の前から怪獣からのがれているのか、ちりぢりに人が逃げてくる。やはり下校時とかぶったのかちらほらと泣き叫ぶ子供も見てとれる。
ハルトはそれなの中にミキがいないか首を振って確認する。
「ミキーッ!」あんな思いは嫌だ。ハルトはめったに出さない、怒号としかいいようのない声をはりあげる。
「ハルト!いたーッ!あっち!」
となりに追いついたアキラが指さす先には前屈みになりながら、走り来る女の子が目に入る。お気に入りの赤いスカートに後ろで束ねたポニーテールが揺れている。ミキだ。その顔は引きつっている。
「ミキー!」こちらの声に気づいたのかミキが方向を変えてこちらに向かってくる。
そのときだった。
「オオオ・・・・」
轟く空に、はや雷鳴かと上をみればさっきの巨大怪物がゆらゆらとゆれながらこちらに進もうと体を傾けている。
その移動の先にはミキがいる。
ミキがやばい、声にならない悲鳴がアキラの中で走る。
背後の音に振り向いて、怪物との距離をミキも気づいたのだろうか、よそ見して石に足をとられ転んだ彼女は顔をあげると泣き叫んでいる。「・・・とん!・・・おとん!・・・おとんーッ助けて!」
「おおおおおお!!」
まばゆい光と共に、鈍くはじける金属の轟音があたりに鳴り響いたかとおもったら、あたりに砂埃が沸き立った。
砂煙にぼかされる光景のなか、突然目の前に現れた黒い人影が巨大怪物を跳ね返していく。
巨人の影はラリアットよろしく怪獣の首を引っかけるとそのまま、その先のビルへとぶちかました。
轟音よろしくビルがすさまじい音をたてて二階で崩れ始めた。
あまりの事に見上げたまんま腰を抜かしているアキラの中に突然ハルトの声がする
『アキラ、ミキを頼む。』
その声にはっとして見ると、アキラと巨人たちとのあいだでこれまた衝撃のあまりこけたまんま、金縛りになっているミキがいた。
「ミキちゃん!」アキラがそばによって背中をなでるとミキはすこし生気を取り戻したようだった。
「アキラさん・・あれ・・。」
「ああ・・」
見上げるとアキラの目の前には足もとでのたうちまわる怪獣を見下ろす巨人の背中がみえた。
その姿は機械とも違い、鎧とも違う、しかしそのどちらにでも見えるような不思議な外形だった。
筋肉をおもわせるふくらみをもった足から筋肉か、盛り上がった背中まで、一色で占めるどこかで見たようなくすんだ黒い色。これは使い込んだ中華鍋の色だ。そうまるで筋金入りの頑固なハルトの性格がそのまま巨大化して、表に出てきたように思えた。
そう。
「あれはハルトだ・・・・。」
抱きかかえた腕のなかで震えるミキを落ち着かせながら、アキラは呆然とした顔でつぶやいた。