08話:裏話
赤い……、紅い……、赫い……、真っ赤な髪を持つ彼女、ヴァル子こと、ルシルフ・レイラ・キリュー・メリアル・フォン・ヴァルヴァディア=ディスタディア。彼女は、今、傍観者として、戦いの様子を見ていた。同じように傍観している者が2人いることには気づいていた。
黒い長髪の美しい女性と銀髪の男装の麗人。男装の麗人は、ギルのことである。ヴァル子は、その身のこなしから、暗隠王国の人間であると悟った。暗隠王国の人間は、正規のルートを通らないで侵入する事ができるというから、不思議ではないと、思った。
しかし、その2人は、何故、このようなところで、謎の決闘を見届けようとしているのか、それが分からなかった。
だから、ヴァル子は、忍び寄った。ギルでも気づかないように、存在を消して、背後から2人に声をかけようとして、……苦無が飛んできた。
軽々と避けながら、ヴァル子は、姿を確認する。黒い髪の女性の姿だ。今、苦無を投げたのは、黒い髪の女性だったからだ。
腰元まである長髪を頭頂部で結んでいる。ポニーテイルだ。まるで輝くような黄金の瞳を持ち、それが宵闇の中に浮かぶ月のようだった。同性のヴァル子でも目を惹かれる美貌の持ち主。それとプロポーションも抜群だ。たわわに実る胸は、暗隠王国で生きていくには、邪魔なのではないか、と思うくらいに大きかった。臀部の肉付きもよく、男心をくすぐるのであろう、とヴァル子は観察した。
「お前は……?…………っ?!ヴァルヴァディア様」
ギルは、気づいた。ヴァルヴァディア様と呼んだ。そう、ギルは、覚えていた。「赫紅の忍者」のことを。
「あら、ハイジ。久しぶりね。男っぽくなっていたから、すっかり分からなかったわ」
などと肩を竦め嘯くヴァル子。そのギルの畏まる様子に、隣に居た女性が不思議そうに見ていた。
「ギル、貴方が畏まるなんて珍しいじゃない?誰なのぉ?」
少し気の抜ける能天気な声で、黒髪の彼女は、ギルに聞いた。ギルは、少し咎めるような目で見ながら言った。
「彼女は、フォン・ヴァルヴァディア=ディスタディア様だ。ウチの貴族に連なる者の一人だよ」
フォンとは、暗隠王国の貴族固有の名前である。他にも「ド」などがそれにあたる。
「あらぁ?貴族?あたし、貴族って大っ嫌いなのよねぇ~。だから、臭いで分かるんだけどぉ?貴方、そう言う臭いがしないのよねぇ」
そう言った。確かにヴァル子は貴族っぽくない。しかし、暗隠王国の貴族は、一般で言う、例えば機械帝国の貴族とは違う。機械帝国の貴族は、偉ぶった有権者の集まりであり、暗隠王国の貴族は、優秀な忍……中でも御庭番衆と呼ばれる者たちのことである。黒髪の彼女が言う嫌いな貴族と言うのは、俗に言う機械帝国の方の貴族である。
「そもそも、お前の知る貴族とは根本的に違うからな。貴族になっても名前が長くなるくらいしか無い。我等が王国は、絶対君主制だ。王一人が絶対有権者なのだから、貴族になろうがなるまいが関係の無いことだよ」
ギルがそう言う。実を言うと、ギルの兄も貴族の地位にあり、それがきっかけでヴァル子と面識があるのだが。
「な~るほど。豚みたいで、偉そうで、いやらしい、そんなクズどもとは違う、と。それはよかったわぁ~」
そう言う黒髪の女性を見ながら、ヴァル子は、肩を竦めて、ギルに気になっていることを聞いた。
「それで?そちらは、どなたかしら?」
ヴァル子の言葉に、ギルが、バツが悪そうな顔をして、黒髪の女性を見た。黒髪の女性は、「うふふ」と笑ってヴァル子に言う。
「あたしは、ナナ・ヤツギ・メーヤ。メーヤよ。明夜」
自己紹介をしたメーヤ。そう、あのメーヤである。ナナとメーヤ。二人で一人の存在。姿が違えど、彼女は、あのメーヤなのである。
「七夜……?まさか、大陸外の……?」
ヴァル子が驚嘆の声を洩らす。恐ろしい存在を目の当たりにしたかのような反応だった。恐怖の象徴。
「ええ、その通りです。こいつは、その七夜を継ぐ者です」
ギルの言葉に、メーヤは、「うふふ」と妖艶な笑みを浮かべる。そして、ヴァル子に向って言う。
「ええ、七夜の夜鬼。それがあ・た・し」
ヴァル子は、少し引き気味にメーヤを見た。あの恐るべき存在が、こんなにも軽い態度の女だったのか、と言う心情を隠しながら、メーヤに言う。
「それで、何でここにいるのよ?」
ヴァル子の問いかけに対して、ギルは、ちらりと戦場を見る。今は、リヒトが「神殺しの器」と接続した辺りだった。そんな中、注目するのは、燈火の焔弓でもリヒトの黒鎧でもなく、アオイだった。
「あら、彼に何か用?もし、手を出すんだったらただじゃ置かないけど?」
そう言うヴァル子の声には、どこか殺気が含まれていた。その殺気に、ギルが思わず息を呑んだ。
「いえ、彼が任務対象と深く関わっているようなので観察していただけですよ。しかし、貴方が居るなら、ここはお暇させてもらう」
そう言って、まるで消えるように帰る2人。そうして、居なくなったのを確認してヴァル子は息をついた。
「さて、と」
そう言って、ヴァル子は戦場を確認する。全身を炎で包んだ女性と黒甲冑の女性の勝負だった。アオイは、主に傍観しているだけ。
「こりゃ、皇帝に関しては、関係なさそうね」
皇帝の勅命で、最近、帝国の内部事情を調べている人間が居るから始末しろ、と命じられたヴァル子は、騒動が起きていそうなところを探ったのだ。そしてここにたどり着いた。
「それにしてもどちらも面白い魔術を使うわね……。炎化と纏系統、どちらも珍しい、と言うか、見たこと無いわね。魔術体系も魔法王国のものと全く違うし、呪文の形式も別。かといって詠唱連結式とも違うわね」
詠唱連結式は、ヴァル子が幼い頃、師匠から教わったものだ。威力が桁外れに大きいので普段は封じていて、幼少の頃より、今まで、師匠のもとを離れてからこの時点まででは、一度も使っていない。
「魔法王国でも魔導師か賢者クラスね……」
他にも魔法を使う類の人間をヴァル子は何人か、この機械帝国で確認している。例えば、アオイを教えている講師の一人であるエリミネ・セルト・イルシリア。彼女も、また、魔法を感知している。
「エリミネは、髪が紅いから、こちらの人間かと思ったんだけれど、きっと魔法王国の人間ね……」
こちら、とは当然、暗隠王国のことである。前にも言ったかも知れないが、機械帝国において紅い髪は滅多にいない種族なのだ。それも、純粋な機械帝国人には、まず無い、ハーフになるのだろう。
「しかしセルト……」
聞いた事が無いな、とヴァル子は、肩を竦める。あるいは、燈火ならば、「セルト」の名に聞き覚えがあったかもしれない。何せ、彼女の呪文の中には、「セルト」の名が出ているのだから。
「むっ、今度は、何?」
黒い炎と黒金の刃の激突だった。凄まじい衝突に、衝撃波によって、軽く髪が乱れるヴァル子。
「共鳴反発反応?」
まるで、共鳴しているかのように反発する反応のことである。実にそのままだ。その反応を感じ取ったヴァル子は寒気がした。
「これより大きな反応が来たら、ここら一帯が焦土になるわよ!」
ヴァル子は焦ったが、向こうの戦いは続く。燈火が透明な炎を生み出し、リヒトが翼を生やす。
「翼……、聞いたことの無い魔術だわ……。そもそも、この世界の魔術の大元は、火、水、風、土の四つの魔法。それに加えて、陰や光、聖なんてものもあったはずだけど……翼を生やすなんてことはできないはずよね?」
自問自答を繰り返すが、リヒトは、力場で構築したのであって、魔法ではない。ヴァル子は、様子を観察するが、何も分からない。
「ん?」
ヴァル子は声を洩らす。戦況がおかしい。止まったのだ。茶髪の男、シャリエが魔法を放ったところで全員の動きが止まったのだ。
「何かあったのかしら?」
そう思いながらも、様子を観察する。ヴァル子は、話しているのだ、と悟った。説得しているのだろうか、とも思ったが、すぐに戦いは再び始まった。
「あ、あれは、大きな共鳴反発反応?!」
そう先ほどとは比べ物にならないくらい大きなものだった。それこそ、一国を焦土にするには十分な。今は均衡を保っているからいいものの、それが崩れたら、その瞬間に、莫大な反応が生じるだろう。
そもそも共鳴反発反応は、反発する力が衝突した時に、互いに打ち消しあって相殺する力、自然力なのだ。しかし、それらは、均衡を保てば、変化は生じないが、少しの変化で大きく崩れる。配合量が少し違えば爆発するのだ。
ヴァル子は、慌てて、手を胸の前で組んだ。そして、歌を歌うように、軽やかに呪文を唱える。
「【調和せよ】【回復の調】【七天の鐘の音】【空間の調律】!」
――音は福音と成り整える。それは、調和の魔法。暴走した力をなかったことにして、完全なる無へと返す魔法。その分、魔力消費は、半端がなく、無効化する力の倍くらい必要になる。
「っ……。はぁ……はぁ、はぁ」
肩で息をするヴァル子。魔力の使い過ぎによる過労だろう。膝が笑う。気も遠くなる。ガクガクと足元から崩れ落ちた。
眩しい朝日に、うっすら目を開ける。まだ視界がボケている。寝ぼけ眼をゴシゴシと擦るヴァル子。そこに一人の女性が駆け寄ってくる。
「おはよ、ヴァル子。しっかりしなさい!」
バシンとデコを叩かれて、「あうぅ」と間抜けな声が洩れた。ぼんやりと何も考えずにベッドから立った。ヒリヒリとする頭を撫でながら、欠伸をして、目の前の女性に声をかけた。
「朝から酷い仕打ちじゃないの、アオヨ」
蒼色の髪を頭頂部で括り垂らしているポニーテイルだ。元がさほど長くないので、尻尾の長さも大して長くない。そして、真っ青な瞳は、青空を髣髴とさせる。白い素肌は、柔らかそうで、可憐な雰囲気。胸はあまり無いが、活発で元気そうなその様子に元気付けられる男は少なくない。
そして、フリルがあしらわれたエプロンが特徴のメイド服。それはコスプレでもなんでもなく、彼女の仕事着なのだ。フレンチ型のメイド服で、ガーターベルトと黒ストッキング。
「あら、ヴァル子が寝ていたのが悪いのよ」
そう言って肩を竦める。そんなやり取りをしながらヴァル子は気づいていた。夢だと。夢を見ているのだと。
「もう、アオヨ。子供を身籠っているのだから激しい運動はダメだと言っているでしょ?」
そう、この頃、彼女は、子供を宿していた。あの方の、子供を。リリラの子供を。
アオイ・シィ・レファリスは、黒髪黒目の青年である。そして、アオヨは蒼髪蒼眼、リリラは、金髪碧目。遺伝性は皆無だ。今更ながら、ヴァル子はそう思う。名前でそう判断していたが、アオイは、本当に二人の子なのだろうか、何てことを今更ながらに思うヴァル子。
「大丈夫よ!」
まあ、大丈夫でしょうね、などと思ったヴァル子。昔からそうなのだ。アオヨは、何でも大丈夫な幸運を持っていた。
「でも、この城から出て行くんでしょ?」
そう、アオヨはこの城を出て行かねばならない。いや、それは自ら言ったことである。アオヨに後悔なんてなかった。
「子供を殺せば、城に居ていいって言われてるんでしょ?」
ヴァル子は、絶対に子供を殺すわけがないと知っていながらも、それを言った。アオヨは、即答した。
「それはダメ。命は粗末にしちゃいけないのよ。男の子か、女の子か、それは分からないけど、この子は、大事にしなきゃだめ」
慈しむアオヨ。その表情をヴァル子は覚えている。動物を助けた時、人を助けた時、そんなときは、いつもアオヨはそんな顔をするのだ。
「ヴァル子は、さ、わたしがこっちに来たときどう思ってた?」
その言葉に、ヴァル子は、そうね……、と顎に手を当てて考える。であったときってどんな印象だったかしら、と。
「そうね、怪しかったわ」
一言で言い表した。そう、怪しかったのだ。何か目的があるのではないか、そんな風に思った。
「妖しい?妖艶って意味?」
そんな風に、茶化すところがアオヨのいいところであり悪いところでもある。ヴァル子は、やれやれと肩を竦めながら笑った。
「はいはい、妖艶だったわよー。誘惑されちゃったわよー」
凄い棒読みだった。と、そこに、パタパタと小柄な女性が駆け寄ってくる。
茶髪を両側の肩元で縛っているお下げが特徴。アオヨと同じく胸は無い。と言うより、アオヨよりも胸は無い。まさに幼児体系、とまでは行かないものの、14歳くらいの体系で成長が止まっている。城の中でもきちんと着ている白色のローブ。ローブのあちらこちらに金色の刺繍があり、高級感を漂わせている。
見た目は14歳でも、彼女の年齢は、もうじき28歳だったはずだ。彼女曰く、「魔力が高いと、無駄に余っている魔力が、かってに無駄なところにエネルギーを使って、溜まるのを勝手に防ぐから、体の維持に勝手に魔力が使われて若い体なだけです」とのことだ。もう数十年して魔力が低下し出したら、そこから成長していくらしい。
「アオヨちゃん!仕事は他の侍女に任せて座ってなさい!」
彼女はアオヨに怒鳴った。アオヨは、口をへの字に曲げて、拗ねたような表情をしていた。
「ちょっと、アオヨちゃん!」
彼女はなおも怒鳴る。アオヨは、渋々、と言った表情で、彼女の頭に手を置きながら言った。
「はいはい、すみません、お師匠さま」
アオヨのふて腐れた返事。その様子を見て、ヴァル子は、とても懐かしい気持ちになった。この後、この城から去ってしまう二人のやり取りを見たからだろう。
「あら、なに笑ってんの、ヴァル子!人の不幸を笑うとか最低よ!」
そんな風に言うアオヨの耳をぐいぐいと引っ張ろうと背伸びをして、むぎゅっと摘む茶髪の女性。
「みゃっ、いたっ、痛いっ……!痛いです、お師匠さまぁ!」
アオヨは、女性に引っ張られて、その場を去って行った。ヴァル子はふと考える。この頃は確か、暗隠王国と手を切って数年経った頃だったか。
「ホント、一番いい時期だったわね」
平和で、とてもいい時期。そう考えていたヴァル子の前を一人の男が通った。その男を見て、ヴァル子は、膝を付き、頭を下げる。
「ご苦労、ヴァルヴァディア公爵」
そう言って、ヴァル子を労うのは、ラオラ・ララリース。ララナの父だ。その横に付き添っているのが、ネーナ・ララリース。旧姓、ネーナ・ド・ヴァスガンテ。貴族の娘だった。ララナの母で8歳以降のアオイの育ての親である。ネーナは、ヴァル子に優しく微笑みかけて、会釈をして通っていく。
「いつもすまんな、ヴァルヴァディア」
リリオが、ヴァル子に言葉をかけてきた。金髪碧眼の優男。機械弄りが好きなのは、リリオの父もだった。その辺は、遺伝していたのかもしれない、とヴァル子は心の中で思った。
「どうってことありません」
一応、仕えている身、ヴァル子は、敬った。しかし、リリオは苦笑する。そして、頬をぽりぽりと掻きながら言う。
「もう畏まらなくていいよ。俺は、もうじきアオヨとレイーナさんと一緒にこの城を出るんだ」
そんな風に言うリリオの顔には、一切の後悔がなかった。
朦朧とする意識で、フェンスの網目に手を掛け、立ち上がる。どうやら、夢を見ていたようだ、とヴァル子は、苦々しげに笑う。
「懐かしいわ……」
そんな風に、静かに呟いた。「ふぅ」と息を吐いた後、景色が夜に移ろっていることに気づいた。
「それにしても、未だに信じられないわね。あのアオヨが死んだなんて」
馬鹿で能天気で、それでも死ぬなんて信じられないような女。それがヴァル子にとってのアオヨだった。
「あの馬鹿の子は、長生きすると思ったんだけれどね……」
リリオは、生まれつき体が弱かったので死んだのにも納得がいった。しかし、アオヨだけは、ヴァル子には納得がいかない。
「まったく……。考えてもしょうがないわね」
肩を竦め、ふらつく体を引き摺りながらヴァル子は、帰路へつく。あの平和でよかった頃の城とは違う、今の思惑と思想がごちゃまぜの城へと帰る。「帝城・ララリース」へと。
その頃、隣国、魔法王国では、会議が開かれていた。王国会議、通称「円卓会議」。王と3人の「大賢者」、10人の「賢者」の14人で行われる会議。なお「賢者」が1人、永久欠番となっているため、13人しかその場にはそろっていない。
魔法王国における階級は、「大賢者」、「賢者」、「魔導師」、「魔術師」、「魔法師」、「魔法使い」の順でランク付けされている。「大賢者」は最大4人と取り決めで決まっているほか、「賢者」も10人までと決まっている。
この現状では、「賢者」の誰かが空いている「大賢者」に入る事で、「魔導師」から1人「賢者」になる事ができる。なお、他の階級には、人数の制限がなく、また、「魔法使い」は、他人に教えるほどではないが、魔法を使える者なので、一部の人間を除き魔法王国の一般人はこの階級を持っている。
現在の「大賢者」は上手い具合に属性で分かれている。「炎帝大賢者」、「氷帝大賢者」、「嵐帝大賢者」の三人。だが、歴史を紐解けば、同じ属性の「大賢者」が居たこともあると言う。
「円卓会議」は、魔法王国の王城、「湖畔の城」で行われている。13人がその場に揃ったことを確認した王は、重い雰囲気で口を開いた。
「諸君ら、聞いて欲しい」
誰も喋って居らず静かだった部屋が、全員の動作も止まり、衣擦れすら聞こえないシーンとした空間になった。その様子に、「うむ」と頷き、逞しい髭を撫でながら、王は、告げる。
「今の魔法王国の不作を凌ぐべく、隣国に助けを求めることにした」
その発言に、全員が口をポカーンと開けて、唖然とした。そして、皆がざわざわと騒ぎ出す。そんな中、「炎帝大賢者」のシャイン・ペンドラゴンがざわつく皆に嫌気が差し、怒鳴る。
「静かにしろ!」
美しい銀髪が軽く揺れた。美しい顔立ちの青年。それがシャイン・ペンドラゴンである。長めに伸びている髪は、少し雑に揃えられているように思える。それは、シャイン自身が自前の剣で切っているからである。まるで女性のように白い肌も相まって、遠めで見れば女性かと間違えそうになるが、彼はれっきとした男性である。それも美青年。
「そうカッカするなよ、『炎の』。こいつらにも少し考える時間が必要だったんだろうさ」
そう言うのは、少し年配の男。見た目は40歳を過ぎたおじさんだろうか。それでもいまだ健在の男前な顔は、シャインと人気を二分している。角刈りの頭と少しがっしりした体格が特徴的な男。
彼こそ、「嵐帝大賢者」のリーゲル・デストだ。彼は、称号の頭の部分で人を呼ぶ癖がある。例えば「炎の」や「氷の」など。
「そうは言ってもだな、王の御前だぞ」
そう言うシャインに対して、王は、「まあまあ、落ち着け」と手で合図を送った。そして、王が話を始める。
「突然の話で驚いただろう。しかし、考えて欲しい。現在のこの状況を打開するには、土地を肥やすしかない。しかし、我が国には、土系統の魔法を操る者は少ない。雨も日照りも十分に揃っているのに、だ」
そこでひとまず話を区切る。なお、魔法王国に土系統が少ないのは、ただ単に人気が少ないからだ。しかし需要は高く、陶器や建築などには、大いに役立つため、今求められている。
「ならば、他国に助けを求めるしかあるまい。さて、ここで問題が生じた。どちらの国と提携を結ぶか、だ。機械帝国は魔力を動力源としか思わんような者たちばかりだ。しかし、暗隠王国どもは、何をしてくるか分からん。先日も奴らのスパイが見つかったばかりだ。だからこそ、どちらを選ぶか、諸君らに決めてもらいたいのだ」
王に問われ、迷う面々。どちらに表を入れるか、シャインもリーゲルも決めかねているようだった。
「わたしは、機械帝国を選びますよ」
そう言ったのは、女性。最年少で「大賢者」へと登りつめた「氷帝大賢者」であった。現在、齢50近い。「大賢者」になったのが、相当前、14の頃である。
「何故か、聞いてもいいか?『氷の』」
リーゲルが問う。それに対して、「氷帝大賢者」は、「ふぅ」と息をつき、その理由を明かす。
「向こうの科学水準は、我が国の魔法技術と比肩します。それなら、協力したらいい。暗隠王国は、どの位力になってくれるか、全く分からないんです。だから、明確に分かる機械帝国を選んだだけですよ」
至って正論を述べる「氷帝大賢者」に、皆が「ふむ」と考える。そして、それで決まりだった。一番の古株である彼女が決めたのなら、それはほとんど決定のようなものなのだから。
「では、機械帝国……ララリースと協定を結ぶ方向で決定と言うことでよいな」
満場一致と言うことで全員から拍手が上がる。そして、その拍手がやみ始めた頃、シャインが言った。
「ふむ、やはり、かの『氷結魔女』の判断は、皆の判断と言うことか」
最近「大賢者」になったばかりのシャインは、得心がいったと言うように頷いた。シャインは26歳で「大賢者」になった、二番目の年少記録だ。最近塗り替えたものである。
「そんな名前、とっくの昔に捨てたわ」
肩を竦めて笑う。そんなやり取りと共に「円卓会議」は解散となった。そして、全員が出て行く様子を見ながら、「氷帝大賢者」、レイーナ・ミルディアは、立ち上がった。そこに王が声をかけてくる。
「ミルディア卿。少々よろしいかな?」
王に声をかけられ、「氷帝大賢者」は、少しかしこまった用にピンと背筋を伸ばす。そんな様子を見て王は苦笑する。
「ははっ、ミルディア卿は相変わらず真面目ですね。父の代から『大賢者』を勤めていらっしゃるのに、息子の私にまでそのような態度をとって下さって」
王が敬う言葉遣いになる。それほどまでに「氷帝大賢者」の地位は凄いのだ。かつて、もう一人、「大賢者」へと至ろうとした「賢者」を育てるほどに。その「賢者」は永久欠番となってしまっている。
「王は、王ですので……」
そう言う「氷帝大賢者」。それに対して、王の苦笑いは消えない。先ほどとは違ってフランクだが、それよりも「氷帝大賢者」を敬っている感じがする。
「まあ、それはひとまず置いておきましょう。実は、お願いがあるのです」
王の言葉に、「氷帝大賢者」は、すっと息を吐いた。予想はついているのだ。どんなお願いをされるのか、すぐに分かった。
「機械帝国に行け、と言うことですね」
先読みして、答えを言う「氷帝大賢者」に、王は、少し驚いたような顔をしてから、また苦笑いに戻る。
「何でもお見通しですか……」
王は、頭を掻いた。そんな様子を見ながら、「氷帝大賢者」は、やれやれと肩を竦め、王に向って言う。
「ええ、行きますよ。気になる弟子も残してきたままですからね」
そう言って、部屋から出る「氷帝大賢者」。彼女は、部屋から出るとき、ぼんやりと、あの蒼髪の少年のことを考えていた。
次話:07/26 (土) 00:00 更新予定(予約済み)
>次々話:08/02 (土) 00:00 更新予定(予約済み)
>>次々々話:08/09 (土) 00:00 更新予定