05話:雷殺の異端児
アオイは、燈火から受け取った四角形の箱を手に、家の中へ戻った。四角形の箱の正体は分からなかったものの、接合した跡も、溶接した跡も無いのに、あけるところがない箱だった。しかも振ると中から音がするのだから、アオイにとって興味深いことこの上ない。どのようにしてこれを造ったのかが気になって仕方が無かった。
「既存のどの方法を用いても、なんの痕跡も残さずに、中に空洞を造って、ものを入れるのは難しいな。実に興味深い」
例えば、ガラスならどうだろうか。熱して中に空気を入れ膨らますガラス。あの方法は、中に空洞を造る事ができるが、熱するために、中に物が入っていると熱に耐えられない上に、もし耐えられるものでも、ガラスが柔らかくなったときに、ガラスにくっつくか、ガラスを破って出てきてしまうだろう。
例えば天然の石などには、無数の穴が開いていたり、妙に軽かったりする物が存在する。しかし、それもまた、中に物を入れることは不可能だろう。
「魔法、魔術要素を込めれば、可能性はいくらでもあるが、だとしたら、俺には再現不可能だな」
そう言ってから、箱を持ったまま、直接地下の工房へ入る。工房に入るなり、コンピュータを起動して、箱をスキャンにかける。箱に赤外線を当て、中の形を断続的に撮影するCTスキャンだ。
「む?箱の中が撮影できない。赤外線が通らないようになっているのか?そんな馬鹿な」
そう言って撮れた外装の写真をくまなく見る。どこかに何かの手掛かりが無いか、と探した。
「これは、……」
そして見つけたのが、外部との接続場所だった。その端子を差し込む場所は、現行の端子が差せるものだった。
「リヒトと同じか……」
そう言いながら、箱に端子を差し込んだ。コンピュータのARモニターに表示が浮かび上がる。
――「外部装置・ThePandoraBoxと接続しました」
その表示に、アオイは、眉根を寄せた。そして、唸るように呟く。
「パンドラの箱、だと?」
アオイには、その言葉の意味は分からなかったが、この箱の特殊性には、すぐに気が付いた。
「この箱、外部接続装置なのか?」
そもそも、箱に接続用のポートをつける理由は、それ以外には考えにくい。だとしたら、この箱は何なのか、それがアオイには理解できなかった。
「内部ファイルを閲覧しよう」
アオイは、箱に入っているファイルを覗き込んだ。そのテキストファイルは、パスワードなど無く、いとも簡単に開いた。
「何だ、このデータは……」
そして、データに驚かされた。そのデータは、ただのプログラムの羅列ではなかった。ただ、一つ言えることは、そのプログラムは、危険である、と言うことだけだ。
「このプログラムは、一体、何のために、この箱の中にあるんだ……。箱と何かをつなげたら、これが作動するってことか?」
アオイは戦慄した。総毛立つ。震えが止まらなかった。これを見たのは間違いだったのでは無いか、と思うほどに、嫌な予感がした。
「それは、黒歴史みたいなものよ」
そんな風に、燈火が言ったような気がした。無論、燈火は、この場にいない。気のせいなのだろう。だが、「黒歴史」の意味は分からずとも、アオイは、この箱を開けてはいけないものだと気づいたのだった。
ちなみに、黒歴史とは、とあるアニメの用語であり、それが世に広まったものを言う場合もある。そして、その口ぶりから燈火は、そのとあるアニメシリーズが好きなようだ。
「とりあえずは、危険すぎる。封印しておくのが一番だな」
そう言って、アオイは、箱を、独自のセキュリティーを張り巡らせた金庫に入れる。この金庫は、多重にセキュリティーがかけられており、開けられるのは、おそらくアオイと、天才ハッカー「リリス」の二人だけだろう。
階段で上の階に上がり、部屋に入ると、リヒトがアオイに飛びついてきた。この時点で、アオイは、ようやくリヒトを置いて家を出ていたのだ、と思い出したのだった。つい、さっきまで、箱のことで頭がいっぱいだったのだ。
「アオイさん!心配したんですよ!」
そうやって泣きながらギュッとアオイのことを抱きしめる姿は、決して人形には見えない、儚げな女性である。
「ああ、すまない。あんたには、心配をかけたな」
そう言って、微笑みながら、頭を撫でてやる。そして、リヒトを体から引き離しながら、伝えなくてはならないことを伝える。
「とりあえず、あんたの居場所がばれたわけでは無いらしい。まだ、目下捜索中って感じだったな。まあ、俺がヒントを与えてしまったから、これから監視カメラの映像でも探すんだろうな」
そう言うアオイに対して、リヒトは目を丸くして、そして、一瞬、おびえるようにして、アオイに聞いた。
「それってまずいんじゃないんですか?」
その言葉に、アオイは笑った。にやりと、人の悪い笑みを浮かべて、自分のパソコンを軽く操作する。
「そうやすやすとあんたをあいつらに渡したりするかよ。既に監視カメラの映像は全部消しといた。あんたは、絶対に俺が守ってやるよ」
その、お世辞にも柔和とは言えない、にやりと笑う様子に、リヒトは、機体の奥が締め付けられるような不思議な感覚に囚われた。そう、それは、まるで恋のような。
(恋……。データでは知っています。でも……。機械の私が……恋を?それは、ありえることなのでしょうか)
そんな風に、ふと芽生えた思い。そもそも、ロボットであるリヒトに感情があるのか、と言う話である。
「あ、あの……」
だから、リヒトは聞いてみる。その答えを知っていそうな目の前の青年に。決死の思いで。
「アオイさん。私には……、機械の私にも感情は、あるんでしょうか?」
そんな急な問いに、アオイは、目を丸くした。あまりにも脈絡のない話に、妙な気分だったが、アオイは、聞かれたことに対して、自分の見解を話す。
「そもそも、あんたは、機械と定義するには非常に曖昧だ。確かに、全身、金属や鉱物から造られた機械ではある。しかし、機械と言う物は、与えられた命令を実行するものでしかない。だが、あんたは、自分の意思で、全てを選択している。意思があれば、そこには感情が生じている。だから、あんたには、感情はあるはずだ」
そう、選択する意思を持つと言うことは、それが必要か不必要かを考えなくてはならない。それが、迷いを生じる選択なら、……迷いが生じることがあるのなら、きっと、それは、感情があると言うことなのだろう。
機械にとっての選択とは「1」か「0」かの命令であり、条件を満たせば「1」、満たさねば「0」。もしくはその逆である。ただ、それだけなのだ。
ただ、リヒトは、意思を持っていれば、迷いもする。間違いもするし、主張もする。笑い、泣き、怒り、悲しみ、戦う。
それは、機械足りうるだろうか。人間と言えないのだろうか。はたまた、それでも機械なのだろうか。それでも人間と言えるのか。
「人工知能とはなんなのだろうか。そう言った疑問を、この家の主は、一度俺に向かって聞いてきた事があってな。無論、俺は、たかだか学生に過ぎない。そんなことを聞かれたからと言ってせいぜい、『人工的に造られた頭脳。即ち自動命令機関に過ぎない。まあ、ただし、それら全てが人工知能とは一概には言えないが』としか言えなかった」
それだけ言えれば、既に学生の域を脱していると思うのだが。そして、アオイは言葉を続けた。
「それに対して、家主は、さらにこう聞いた。
『では、限りなく人間に近い人工頭脳を造ったとして、それは、何が人間と異なるのかしら?材質?造られたと言う事実?それ以外は、人間と遜色ないはずよね?』
と。それに対して、俺は、
『確かに、それは人間の脳味噌となんら遜色がないな。しかし、人間の脳に限りなく近い物なんて、造ることは不可能だろう。ボトムアップ型人工知能は実現不可能だ。現行のトップダウン型は、命令の集合体に過ぎない。あらゆる仮定とそれに対する回答を全てインプットされ、それにしたがって実行しているに過ぎないんだ。しかし、面白いな。確かにボトムアップ型ができれば、それは人間そのものだな。脳があるということは、意思を持ち、悩み、考え、そして、欲求や感情が生まれる。それは、もはや人間と言っても過言ではないな』
と、そう言ったはずだ」
トップダウン型人工知能は、人工無能、あるいは人工無脳と呼ばれるものである。例えば、「○と言われたら■と答えろ」と言う様な命令を大量にインプットしていて、状況に応じて、それを答えるものである。そのため「○と言われたら■と答えろ」としかインプットしていないのに「△」と言われたらどう反応していいか分からなくなってしまう。つまり、インプットされていないものに対しては何もできないのだ。
それを克服するのが自動学習機能だが、例えば「○と言われたら■と答えろ」としかインプットしていないのに「△」と言われたら、最初は反応できなくなるが、次からは、「△と言われたらどうすればいい」と言うことを学んでいく事ができる。しかし、応用性は皆無のため、まだ、人間の思考へは追いついていない。ただの命令の集合体でしかないのだ。
それに対して、ボトムアップ型人工知能は、所謂、真の人工知能である。人工的に人間の脳味噌と全く同じものを作り出そうという物なのだが、ほぼ実現不可能とされる。人間と全く同じなので、考える事ができ、感情も無論ある。
この二つを比べた上で、メリット、デメリットを見ると、どっちもどっちと言うのが正解だろう。トップダウン型は、大量生産できるが、不完全である。ボトムアップ型は、コストがかかるが完全である。しかし、ボトムアップは、人間の脳を再現するため、最初から、人間で言う赤子の状態から育てなくてはならない。そうした点を踏まえると、ただのロボットへと導入するのには、トップダウン型で十分だろう。
しかし、実際に、そんなものを造ろうとした事があった。この国、機械帝国の皇帝、ララオ・ララリースとそのお抱えの技師だ。実際に奮闘して、丸一年ほどの月日をかけて、十二のボトムアップ型人工知能を半完成状態まで仕上げた。しかし、様々な事情からその計画は凍結。十二の人工知能が、どうなったのかは、誰も知らない。
「まあ、ようするに、あんたは、おそらくボトムアップ型の人工知能に分類される。人間の脳と幾分違わぬように造られているはずだ。まあ、それでも造られた物であるから、プログラムはあったが、それはあくまで、脳から命令を送られた時の体の動き、連動だ。思考自体はプログラムではない。即ち、あんたには、感情がある」
そう断言した。言い切ったのだ。その言葉は、リヒトの心の奥深く、コンピュータの奥深くまで刻み込まれた。
「じゃあ、私は、……」
そう、この悩みが、リヒトの心を蝕むように疼く、その痛みが、恋と言う感情であると、そうであると言える。
「……」
それが、なぜか、リヒトは、どうしようもなく嬉しかった。
シャリエは、機械の山の中に一人佇んでいた。主である燈火を連れずに一人で、である。燈火は、ホテルで休んでいるか、さもなければ、鍛錬が書類仕事だろう。
シャリエは、機械の山の中で、ゆったりと、ただ、佇んでいるだけ。何もしていない。もう、日も暮れて、月が昇っている頃合だと言うのに、何もしていない。
「監視カメラに映像は残っていなかった。全て抹消済み。どこの端末からかは、追えないほど巧妙に隠されていた。このことから、何者かが、抹消したのだろうと予測できる。目的不明」
そう報告のように呟くシャリエ。無論、映像は全てアオイが消去したので残っていないのは当然だ。
「相手は、何者なのでしょうか。自分から、こうも上手く逃げる相手なんて。地の利があるとか無いとか以前の問題ですよね……」
そう独り言をぼやくが、答えは返ってこない。そうして、シャリエは思い出していく。かつての、あの日のことを――。
「自分からこうも上手く逃げられるのは、お嬢だけだと思っていたんですけどね……」
かつて、シャリエは、一人だった。独法師だった。孤独な存在だった。それゆえに誰とも会わずに、孤高の存在として、不滅ゆえの時間を過ごしていた。スタリスの名前を知ったのもこの頃だ。とある山奥に行ったときに、黄金の龍から聞いた子孫の話。リューラ・ファーフナーと言う少女の名前。龍の友人の【観測者】を名乗る女性の名前から取ったと言う名前。
そして、雷を纏い、自然を破壊するその様子から、いつしか、シャリエは、「雷殺の異端児」と呼ばれるようになっていた。
雷を纏い、雷の如く神速で襲い、幾多の地域を潰した異端の徒。それが、シャリエであった。
そして、そんなシャリエがあるとき出逢ったのが、「焔燈の神童」と称された火々夜燈火だった。とある島国に隠れ住むように生きていた魔法使い達の希望的存在。最強、天才、様々に呼ばれた少女は、「雷殺の異端児」に狙われたのだった。
「っはぁはぁ、ったく、何なのよ!」
雷の速度で追ってくる敵から、消えるように姿を晦ました燈火。燈火が、逃げているのは、高層ビルが立ち並ぶ、機械帝国には、まず無い光景。そんな場所で、陰に潜むように、ビル群の合間を駆け抜け、室外機や換気扇の陰に隠れながら、「雷殺の異端児」から逃げる。街中で魔法を使うわけにも行かず、できる限り魔法無しで逃げているのだ。しかし、それも限界であった。
「ああ、もう!
熱して揺らめけ――陽炎」
陽炎。姿を晦ます系統の魔術だ。炎の魔法で言えば陽炎や蜃気楼。水の魔法で言えば水面反射や氷屈折。光の魔法で言えば光学迷彩。闇の魔法で言えば陰纏など。燈火にとっては簡単に使える魔法だ。
「完全に消えるわけじゃないんだけど……」
そう、燈火の上司であり、元諜報局長、つまりスタリスの二代前の諜報局長だが、その人物は、本当に消える。姿、気配、匂い、音。全てが消えるのだ。まるで、そこに居なかったかのように。光学迷彩と陰纏の複合なのだが、使える人間がいないため、燈火もその事実は知らない。
「それにしても、何なのよ。私が何したってのよ……」
そんな風に言いながら、周囲を警戒する燈火。炎のスペシャリストである燈火は、周囲の熱量を感知して捉える事ができる。そして、雷を放出していると言うことは、常に質量を纏い、電気が移動しあっているということだ。その放電の際の熱量を感知できる。それこそ、一般人とは圧倒的に違う熱量の存在が近づいてくるのだ。すぐに分かる。
「『天明炎姫』は伊達じゃないのよ」
天に轟く灯りを持つ炎の姫。故に、サラマンダー。そんな称号を貰った燈火は、まさしく炎の姫だった。別に王家の出身ではない。東の島国の旧家の分家の家系と言うだけで、それでも裕福な家庭だっただろう。地位も高いのだ。
炎魔家。それが燈火の家の本家に当たる。【轟炎の魔女】・炎魔火ノ音を始めとする多くの有能な魔法使いを輩出した名門だ。その家の分家に当たる火々夜家に生まれた燈火は、本家の人間よりも有能だった。有能すぎた。無論、妬みはあったが、それよりも崇められた。
「雷唱雨陣!」
そんな時、そんな声が裏路地一帯に響いた。そして、壁を伝う電線中を雷撃が駆け巡った。莫大な電気が流れたことで、電線がショートする。電気が大抵のことを行っているビル群の中でそんなことをしたら停電して何もできなくなってしまう。幸いだったのが、まだ日があることだろう。
「あの馬鹿っ、何考えてんのよっ」
そう言いながら、燈火は、わざと姿を見せる。これ以上、一般人に目立つ行為はされたくないからだ。そして、シャリエに向って言う。
「ちょっと、あんた、私に何の用か知らないけど、人気の多いところでこんなことすんなっつーの!場所変えるわよ!」
そう言ってつかつかと裏路地を歩く燈火の背中を見ながらシャリエは、思う。心の中で心底驚きながら、思う。
(全く気づけなかった)
そう思うのだった。
「ほら、何やってんのよ、早く行くわよ」
いつまで経ってもついて来ないシャリエに文句を言う燈火。その無防備な背中に、シャリエは、動揺していた。
(何者なんだ。……あの隠密性を持ちながら、この無警戒さ。今だって殺そうと思えばいつでも殺せる。背中が無防備すぎる。なのに、何で、動けないんだ……)
そんな風にシャリエに思わせる不思議な雰囲気が燈火からは出ていた。まるで、炎のように掴めない、そんな雰囲気。
ビル群を抜けると、すぐに過疎地域になっていた。中心にビルが集まっている逆ドーナツ過疎地域だ。そんな地域の一部に、人が滅多に訪れない公園があった。
「ここなら誰も来ないから、思う存分やれるわね……」
そう、どこか寂しげに言う燈火に、何故そんな顔をするのだろうか、と不思議に思うシャリエ。それを表情から汲み取ったのか、燈火はふと洩らす。
「ここ……、柊公園は、昔、よく遊びに来てたのよね……。魔法の訓練をしたり、実験したり、学校サボったりね。でも数年前に潰れる事が決まって、それ以来、誰も来なくなっちゃったのよ」
その寂しげな顔を見たシャリエに動揺が走った。何故だろう、とても守りたい、とそんな風に思ってしまうシャリエ。しかし、そんな思いを振り切って、シャリエは魔法を放つ準備をする。
「穿ち眩ませ――雷光!」
そして、目晦ましの攻撃がシャリエの手のひらから放たれ、周囲を明るく照らす。太陽を直接見たときのように一瞬、視界が真っ白になる。
「終わりだ……。
疾風とともに落ちろ――落雷」
無数の雲が生まれ、燈火目掛けて雷が落ちる。雷鳴を轟かせ、落ちてくる。その速度は雷速。秒速150kmで迫り来るそれを避ける術は無い、……普通なら。
「【悠久聖典第六節】
――劫火の章。
――転節。
全ての始まり、そして、終焉を告げる【原初の炎】。終息するは白炎。司るは、飛天姫。
【血染眼】と【死染眼】。重なり合う視界の先に【狂った聖女】は笑う。
七つの夜は、終わりを告げ、やがて来る別の孤児へと継ぐ時が来る。
天から熾んに降る炎の雨、――血炎雨。
さあ、身に纏え」
その瞬間、迫る雷を上回る速度で掻き消えた燈火が、シャリエの背後をとっていた。まさに瞬間移動の如き移動。
「赤は3倍速いってね!」
まるで、炎そのものになったように体中から炎が燃え盛っている。そして、その力は、炎から炎へと転移ができる。その他にも炎と同化できるなど、もはや人間業では無い。
「任意の解除ができない辺り、初期のトラン……」
燈火の言葉の途中で、シャリエが背後に向って、無数の雷撃を捩じり飛ばす。勢いよく飛んだそれを燈火は受ける。
「捻って貫け――螺雷」
しかし、それらは、燈火を擦り抜け、燈火の背後に落ちる。燈火の蹴りが、シャリエの背中に突き刺さる。
「ゴハッ……」
前のめりに倒れるシャリエ。その背には、蹴られた跡がくっきり残っていた。まるでやけどをしたかのように。そう、燈火の体から出ている炎が、シャリエの体を焼いたのだ。
「話の途中で攻撃とか、……あんた、搭乗中に攻撃してくるタイプの人間?」
シャリエの背中を足で踏みつけ、グリグリと踏みにじりながら、そんなことを言う。無論、燈火も戦いの最中なら卑怯な手を使って然るべきだと思っている。
「戦いは非情な者が勝つ」
シャリエの呻くような声。その声に、燈火は、にんまりと、悪人のような……サディストのような笑みを浮かべた。
「ええ、そうね。妙な甘えがあるほど隙ができるわ。だから『撃ちたくない』とか『撃たせないでくれ』とか言ってられない。『コックピットを狙わない』とか、『生身の人間を撃たない』とか言わないで、急所を突くべきよね」
そう、それが、一般論であり、悪として扱われる所業である。正しいことであるのに。間違っていないのに。それでも間違っている。
「『撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ』とは、何の小説の探偵の台詞だったかしらね……。まあ、その言葉を初めて聞いたのは、アニメだったけれどね」
そう言って、シャリエを踏む足に力を込める。ようするに、魔法を放ってきたのだから、魔法を放たれる覚悟はあるよな、と言うことである。
「ぐっ……
囲って放て――驟雷」
周囲を囲むように流れる電気。しかし、炎である燈火には効かない。だが、目晦まし程度には役に立ったようだ。その一瞬の隙をついて、足の下から転がり出る。そして、魔法を放つ。
「喰ろうて捩じ切れ――牙雷!」
無数の雷の獣が現れ、燈火へと襲いかかる。燈火の体に、無数の傷ができる。炎で形成された燈火の体に、だ。
「くっ、魔力を喰らうドレイン系の魔獣ね?」
魔獣とは魔物とは違い、魔法で造られた獣である。ドレイン系と言うのは、相手の魔力を吸い取ることで、造る時に与えられた魔力が尽きても維持できるものである。
そして、燈火の炎は、魔法によってできているため、魔力を吸う事で、そのとき、その部分は一時的に生身になる。そこを攻撃しているのだ。
「バリアをそぎつつ中身を攻撃とかエグいわね」
と言いながらも、別に怒っていないどころか、当然だ、と言う様な表情で、雷獣たちの攻撃をいなしていた。
「熔け――炎熱の紅牙!」
雷獣を一掃するように、炎の旋風が巻き起こる。まるで爪で抉ったように、空中に炎の残痕が浮かぶ。雷獣たちは、自ら魔力を吸うことはできても、来る魔力攻撃を吸いきることはできず、無残に四散した。
四散した、と言っても、魔力が散っただけなので死んではいない。そもそも魔獣に生死と言う概念は無い。
「まずいっ!
囲って放て――驟雷!」
そう言って、雷を自分の周囲に防壁のように展開する。それを突っ切るように、燈火が炎化して侵入してくる。
「燃やして刻め――刀火!」
炎が剣の形……、と言うより刀の形をとり、そのままシャリエを貫こうとする。しかし、シャリエは、寸前で上体を逸らし炎の刀を避けた。
「今だ!
生じて痺らせ――電痺」
シャリエは、掠めた相手を痺れさせる電気を放つ。しかし、燈火は炎の刀でその電気を絡め取り弾き飛ばす。
「ふんっ、幸いだったわね。月が出てなくて」
そう言って、不敵に微笑む燈火。ちなみに、燈火は月が出ていたところでなんら能力に変化は無い上に、暗いと、体が炎で明るくなっているのですぐに場所がばれてしまう。それはシャリエも同じなのだが。二人揃って隠密に適していない。
「月が出てたら月の太陽光発電所から……」
またよく分からないことを言い出す燈火。ちなみに、燈火は衛星砲を持っていなければ、衛星砲を積んだ機体を動かすためのコントローラーを持っていることも無い。
「おっと、危ない。
爆ぜて消し飛べ――爆焔!」
シャリエの攻撃をかわしながら、魔法を放つ燈火。巨大な炎の球体が現われ、破裂するように膨張し、拡散した。それらは、まとわりつくように、シャリエの体を燃やす。シャリエは、咄嗟に、体の表面を電気の膜で覆ったが、意味をなさず、全身が焼き尽くされる。そして、炎が鎮火した、そのとき、一瞬で、瞬き一回の時間で、シャリエは蘇っていた。
「不滅の呪い……?」
燈火が唖然とした声を洩らす。ちなみに、シャリエが不滅なのに燈火の攻撃を避けていた理由は、炎で燃やし続けられると、不滅でもダメージが大きいからだ。リヒトの「愛の束縛」と同じで、燃やし続けられれば、蘇ったそばから死んでしまう。
「ああ、だから、死なない!」
シャリエの言葉に、燈火は警戒するように、数メートル跳躍して距離をとる。無論、相手のほうを向いたままだ。燈火は、厄介なのが相手だ、と本気になる。いままで本気でなかったのか、と言われると、シャリエには悪いのだろうが、本気ではなかったのだ。
「生じて爆ぜろ――炎月
堕ちて感じろ――地獄の炎
魔法融合――闇夜逆巻く業火の剣!」
両腕から放たれた炎の魔法が混ざり合い、漆黒の炎を纏った一振りの刀が生み出される。その刀は、燈火の身長よりも長く、切っ先が地面についてしまっている。しかし、炎は、草木へと燃え移っていない。
「さあ、本気の勝負を始めましょうか、不滅の人間君」
燃え上がるような炎をその身に宿し、赤々と揺らめいている燈火自身と、その手に持つ漆黒の炎を放つ刀。対照的な色合いが、燈火をより幻想的な姿へと見せる。
そして、シャリエは、燈火の何気ない「人間」と言う言葉で止まった。彼は、今まで化物と呼ばれることはあっても「人間」と呼ばれたことはなかったのだ。特に、不滅を知られてからは。いくら人助けをしたところで化物扱いされてしまう。だからシャリエは、こんな歪んだ性格へとなってしまった。
「ふっ、見せてやる。
落ちて怒れ――雷神!」
眩い閃光とともに数百もの雷が怒涛の勢いで降り注ぐ。それも狙ったように燈火に向って確実に落ちるのだ。
落ちてくるたびに、炎化して躱す燈火だが、いつまでもつか微妙なところである。消耗が激しすぎる。
「くっ……。だったら、天空ごと焼き尽くすまでよ!!」
まるで炎をマントのように纏い、闇夜逆巻く業火の剣を、天を突くように上へ向ける。そして、魔法を放つ。
「吾が呼びかけに答えし――炎王。
来たれ、全てを焼け――地獄の劫火。
迸れ、そして、消えろ――紅蓮の炎。
天は死に、地は燃え熾る。
さあ、最悪の結末を――燃える大空!」
切っ先から迸る劫火は、天空を焼き、雲はなくなり、雷も霧散した。それでも空を焼き続ける炎。地獄を空に映し出したような業火だった。
「んなっ」
思わず口を開けて呆けるシャリエ。あまりにも凶暴な力。自分を越える化物と言わざるを得ない存在。シャリエが「異端」なら、燈火は「埒外」だろう。人の身に余る力を有する女。
「ふむっ、なかなかいい戦いだったわね」
にっこりと笑う燈火。上空で燃える炎を見上げながら、シャリエにそう言った。シャリエは、そんな彼女に惹かれたのだった。しかし、その感情は恋愛感情ではなかった。自分を認めてくれる、仕えるべき人だ、そう思ったのだった。
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