04話:愛の束縛
ハッキング事件から数日。早くも、学園には、平常へ戻ろうとしていた。普通、あのような事があったのだから、多少なりとも後を引きそうなものだが、事件に際して、皇帝が動いた、と一報があり、全員が安心したのだ、と言う。皇帝、……機械帝国の皇帝ともなれば、家族名は、ララリースである。その名前をララオ・ララリースと言う。
ララオ・ララリースは、若干15歳にして皇帝の座に着き、機械帝国の発展に大いに貢献したとして知られている。表に出てくることは無いが、皇帝として、仕事を果たし、最近では、皇帝お抱えの機械技術師とともに、機械関係の事象に全力で取り組んでいると言う。
ちなみに、そのお抱えの機械技術師は、個人で魔造人形を製造する事ができると言う。それがどうした、と思うかもしれないが、魔造人形の製造は、各パーツの専門工場があって、そこから取り寄せたものを最終工程で組み上げているだけに過ぎない。それを一人で全て製造できる技術師は、プログラム、製造、加工、全てにおいて最高でなければ不可能だと言える。
そんな皇帝と技術師が、解決に一役買おうと言うのだから、皆が安心しきって、平穏に戻るのも無理はない。
そんな会話をしながら、安穏と、帰宅するクラスメイトを尻目に、アオイは、少し慌しそうに、機械置き場に寄らずに帰路につこうとしている。そんな様子を見たアオイの後輩であるミュウ・ラ・ヴァスティオンは、怪しんだ。
「先輩、今日はゴミ溜……機械廃材置き場に行かないんですか?」
その質問に、アオイは、ちらりとミュウの方を見てから、暫し考えて、言うことをまとめてから言う。
「いや、なに。少々厄介ごとを押し付けられてな」
そんなことを言いながら、軽く走って帰るアオイの背中を呆然と見るミュウ。そんな様子を全く気にしないでアオイは、家へと急ぐ。
これは、別に、アオイがリヒトと会いたいがために早く帰宅しているわけではない。やむにやまれぬ事情があるからだ。
そんなアオイを尾行するように、見ている燕尾服の青年が居た。青年の人相は、茶髪で緑色の目をした優男、と言った感じだ。背が高く、燕尾服とも調和が取れている。服に着られていない。着こなしていると言うことだ。電柱の陰からニュッと顔を出し、様子を窺う様子は、怪しさ満点だ。不滅である証として普段から目に見えている唯一のものである緑色の瞳で、ジッとアオイを見つめる。
青年の名前を、シャリエ・フォルビーと言う。火々夜燈火の執事を務める。彼女、燈火は、機械帝国にいるはずの無い、「漢字」で全ての名前を構成されている女性だ。そんな女性に付き添っているのだから、彼も普通では無いのだろう。
シャリエは、この数日、学園のハッカー事件で、自分を撃退した二人のハッカーについて調べていた。一人は、自分から名前を記してくれたため、後回しにしよう、と二人目、学園から二台の備え付け低スペックパソコンで迎撃した人間離れした方を調べることにしたのだ。
そして、どのパソコンからかつきとめ、その日、そのとき、そこに誰が座っていたかを聞き込んだ。すると、アオイ・シィ・レファリスとレア・ユン・ノヴァと言う男女(シャリエ視点)が浮かんだのだった。
レア・ユン・ノヴァに、それほどの能力があるのか、と言う疑問に当たり、しかし、もう一人の底辺がそんな事ができるはずが無い、とシャリエが思っていたのだが、よく聞けば、底辺なのは、全て白紙でテストを終えているからである、とのことだった。ならば、アオイの能力値は未知数。
だから、シャリエは、アオイを尾行しているのだった。先に、分からない方を潰しておくのが一番だ。そこが知れない分、危険すぎる。
「……とは、言ったものの、家の中まで入れるわけではありませんし」
そう言いながら、アオイの後方を、つけながら歩いていく。そして、アオイが家に着くと、外から中の様子を窺いながら張り込みをするのであった。
一方、つけられていたアオイは、と言うと、家の中に入るなり、乱雑に制服を脱ぎ散らかし、コンピューターの前に腰を下ろす。そんな様子を見たリヒトは、半裸のアオイをチラチラと見ながら、恥ずかしそうにする。しかし、それでも制服等の乱れが気になるようで、恥ずかしいながらも、脱ぎ散らかされた制服を綺麗に伸ばしハンガーにかけて吊るす。
「あ、アオイさん。半裸でうろつくのは、その……少し、遠慮して欲しいんですが……」
リヒトの言葉に、アオイは、「あ?」と不思議そうに声を洩らす。そして、リヒトを見ながらアオイは、言った。
「ふむぅ、いつもの習慣を急に変えろと言われても困るな。文句は、この家の家主に言ってくれ。無理難題を押し付けるから着替える時間も無い、それだけだ」
習慣っていいませんでした?無理難題押し付けられる前からそうなんですよね、そうなんですよね?と思いながらも口に出さないのは、リヒトの良いところなのだろう。
「しかし、無理難題とは、一体、どんな?」
リヒトの問いかけに、アオイは、「ふむぅ」と考える。どこまで言って良いものか、と悩んでいるのだ。
「まあ、単純に言うなら修理の仕事を請け負ったんだ」
その言葉に、リヒトは首を傾げた。別に、何かを修理している様子はない。ただパソコンの前に座って、キーボードを奏でているだけ。
「何を修理しているんですか?」
リヒトの問いに、アオイは、微苦笑を浮かべながら、パソコンの画面を見せた。その画面には、不規則な文字列が羅列してある。
「これは……機械語、ですか?」
機械語とは、人間が機械を操作する上で、必要なものである。機械……コンピュータなどは、2進数で機能している。それは「0」と「1」だけの世界。それを人間が、いくら勉強したところで、完全に操作できるか、と言うと不可能だ。パソコンの演算技術や利便性が上がるにつれて、難しくなっていく。今では、人間がそれを再現するのは、ほぼ不可能と言っても過言ではない。だとしたら、どうすれば、動かせるのか、と言うことになって至った結論が、機械に自分達の言語を打ち込んで変換し、機械が分かるものにして読み取ってもらうと言うものである。
ようするに、機械語とは、2進数で表された言語。人間の言語を翻訳して、機械語にして読み取ってもらうものである。そして、機械に翻訳される前の言語は高水準言語と呼ばれる、限りなく人間の言葉に近い言語が使用されている。
その高水準言語で書かれたプログラムを見て、リヒトは、「ほぇ」と抜けた声を出した。仮にも機械なのだから、もっと感心を持って良いと思う、とはアオイの心の声だ。
「ああ、そうだ。少し調整プログラムの穴を修理していたところだ」
そう言って、再び、作業に戻るアオイ。そんなアオイを見ていると、リヒトは、家の前の不審な気配に気づいた。
「――【天球の瞳】起動。……先日のデータと一致」
リヒトは、察知する。これが先日自分を襲った雷の使い手だと。そして、勘ぐる。勘ぐってしまう。
「……まさか、私の居場所がっ」
シャリエの目的は、あくまでアオイだが、そんなことを知るはずも無く、自分の居場所が感知されたのだ、と思うリヒト。
「どうかしたのか、リヒト」
その言葉に、ハッと我に返るリヒト。リヒトは、アオイを巻き込むわけには、いかないと思った。
「いえ、何でも……」
リヒトのその言葉に、アオイは、「ふぅ」と息を吐いて、目を細め、真剣な面持ちで、リヒトに言った。
「ふぅん、何でもない、ね。まるで、先日襲ってきた奴が家の前にいる、みたいな顔をしておいて、何でもないのか?」
その言葉に、リヒトは、思わず思考が停止しかけた。まるで、全てを見抜いているような口ぶりに、全ての機能が止まりかけたのだ。
「な、何で、それを」
リヒトの口から漏れた言葉に、アオイは、パソコンのモニターを見せる。先ほどまでの文字列とは打って変わって、鮮明な映像が映されていた。その映像には、茶髪の燕尾服を着た青年が家の中を窺っている様子が映し出されていたのだった。
「この男、それと、別の映像を比較させてもらった」
そう言って、アオイは、タンタンと軽く二回キーを叩いた。すると、映し出されたのは、二箇所の監視カメラの映像。暗さを考えると、別の日の別の時間の映像なのだろう。
一つの映像には、黒い鞭を振るい、二人の男女を翻弄しつつもやられるリヒトの姿が映っていた。
もう一つの映像には、同じ男女が、別の機会廃材置き場で端末に手を当て何かをしているところだった。
それは、あの日の、リヒトとアオイが出会った日の……、そして、その翌日の敵の行動が映っていたのだ。
「これを見て、あんたを追っている相手を知った上で、俺の家の前に居る男を見れば、それがどんな奴なのかが分かるって訳だ」
アオイの能力の高さにあらためて驚かされるリヒト。そして、リヒトは、話す。自分の正体と、それに内蔵された機能の数々を。
「あれは、……私を壊すためにやって来た人間です。あの人たちは、……ある意味正義なんでしょうね。そして、私は危険だから。唯一無二の【黄金の果実】と、そして、【神に背く者】、【天球の瞳】。これらがあれば、国の陥落など思いのまま。だからこそ、破壊に来たのでしょう」
リヒトの悲しげな言葉。その言葉に対して、アオイは、顎に手を当てて、興味深そうに唸って聞く。
「なあ、この映像だとあんた、いつの間にか鞭を持っているよな。もしかして、転送や生産の能力があるのか?」
先ほどの言葉など、全く気にせずそんなことを聞くアオイにリヒトは、目を丸くした。それから、暫し、無言で唖然とし、そして、我に返ったリヒトが質問に答える。
「い、いえ、それは、【神に背く者】……、私の機能の一つです」
そう言って、【神に背く者】を……【彼の物に背きし者】の力のコピーを起動する。すぐさま手元には、薔薇色の持ち手が付いた黒い鞭が現れる。
「この鞭は、【愛の束縛】です。熱量を持つ鞭で、高温で敵を焼き、逃げようとすればするほど絡まり、深く棘が刺さる。そんな束縛するためだけにあり、相手をじわじわと苦しめていくだけの、そんな武器なんです」
「かごの鳥」と言う名の美しくも残酷な武器。束縛と苦しみ、人間の愛のような武器だ。
「転送や生産とは異なり、構築です。……こちらにある既存の言葉では表現できませんが、生み出す、と言う意味ではなく、組み立てると言う意味での生産ですかね」
力場による高濃度力場収束物体構築。ようするに、魔力に例えるなら、魔力を固めて剣を造るようなものだろうか。
「ふむ、構築か。なるほどな。……、言ってしまえば、それも【黄金の果実】があるから機能するものなのだろう?」
アオイの問いかけに、リヒトは、目を見張りながら、アオイの顔を覗きこんだ。推理、と言うレベルではなかった。
「なぜ、分かったんですか?」
それは、まるで知っていたかのような物言いをするアオイに対しての質問だった。理解力が高い、頭の回転が速い、そんなレベルではなかった。確固たる証拠を持って、聞いているとしか思えない。
「最も危険だと、向こうが危惧しているのが【黄金の果実】だ。しかし、プログラムの記述なら、動力機関でしかない【黄金の果実】がそれほど危険だとは思えない。なら、何らかの力が生み出される。それにより、なんらかが動くようになっていると考えた。この場合、動くものは構築する力、もしくは、その源だな」
そう、【黄金の果実】は、ただの動力機関ではない。動力源……人間でいうなれば心臓。その心臓は、血を体中に回すと言う役割を持っている。同様に、【黄金の果実】も、エネルギーをリヒトの全体に回す力を持っている。それと同時に、供給されることの無いエネルギーを生み出すこともでき、そして、摂取した別のエネルギー、例えば食事など、を自分のエネルギーに変換することもできる。ようするに、人間の内臓の役割を果たしているのだ。
「そうなると、確かに危険なものだ。それがあれば、一般的な魔造人形とは比べ物にならないくらい、長い時間を耐えられる人形が生み出せるのだから。まあ、尤も、ここにおいては、6つ目の禁忌に該当するがな」
そう言って、溜息をつくように、やれやれと肩を竦める。危険すぎるから、破壊する。造っておいて、なんて我が儘なのだろうか。
「さて、と、とりあえず、家の前に居座られても迷惑だ。話をつけてくるか」
アオイは、そう言いながら立ち上がり、リヒトに向かって微笑みながら、上着を羽織って、ズボンを穿いた。念のために言っておくが、アオイは、ここまで半裸であった。
「リヒト。あんたは、ここにいな」
その言葉を聞いたリヒトは、一瞬、アオイを引きとめようかと思ったが、アオイを信じて、その言葉に従うのだった。
玄関の戸を開け、数歩前に進む。すると、そこには、何気ない顔をしたシャリエが居た。無論、シャリエは、アオイに自分の事が気づかれているとは思ってもいない。シャリエは、一旦、この場からさりげなく立ち去ろうと考えたが、歩き出す前に、アオイに止められる。
「なあ、あんた」
その言葉に、シャリエは、アオイを見る。正面から見る機会はあまり無かったが、シャリエから見たアオイは、眠そうな目をしているものの、十分に整った顔立ちをしていた。レアとお似合いだ、ともシャリエは思う。シャリエが思っているだけであって、レアは男であり、シャリエはその事実を知らない。
「ん、自分でしょうか?」
シャリエは恭しく頭を下げながら、アオイに対して聞いた。内心、このタイミングで話しかけられるとは思っていなかったので、少し慌てている。
「ああ、先ほどから、家の前にずっといるから、何か用かと思ったんだが、違ったか?」
初対面の相手に対して、少し攻撃的過ぎる口調だが、アオイにとっては、リヒトを狙っている敵だと言う認識なので、それが無意識に出ているのだろう。
「何故、自分が、外に居る、と?」
何故分かったのか分からないと言うような表情でアオイに尋ねるシャリエ。アオイは、指で軽く、自分の後方を指した。
「ああ、監視カメラがサーモグラフィーで感知し、一定時間以上、この家の前に留まっていると連絡が来るのさ」
そう言うアオイ。無論、嘘だ。監視カメラが付いているのは本当だが、サーモグラフィーなど搭載していない。
「ああ、そうなんですか。いえ、すみません。人を待っていたもので」
そう言い訳をするシャリエ。その言葉に、アオイは、「へぇ」と言いながら、辺りを見渡す。誰かが通りそうな気配は無かった。しかし、シャリエの言っていることはあながち嘘ではない。ここで、監視をしながら燈火を待っていたのだ。
「でも、なんで、こんな場所で?あいにくと、俺の家は、目印になるようなものじゃないんだが?」
そう言うものの、それなりに大きいアオイの家、もとい、アオイの住んでいる家は、十分に目印になる。
「ああ、いえ、それは偶然ですよ」
そう言って、ニッコリと人のよさそうな笑みを浮かべたシャリエ。アオイは、胡散臭そうに、その顔を見た。
「へぇ、偶然、か。まあ、いいや。それで?何が目的なんだ?泥棒でもするつもりか?」
そう言って問うアオイに対して、シャリエが、ハッとあることに気が付いた。
(監視カメラがあるということは、中を窺っていたのがばれていた?)
そんな風な結論に至ったシャリエ。しかし、中を窺っていたのがばれていたのなら、何故、普通に話しかけてきたのか分からなかった。普通は居なくなるまでやり過ごすか、急に外に出て、驚かせ、シャリエを家の前から退かせば良い。現に、シャリエは、先ほど、家の前を去ろうとしていた。それなのに、アオイは引き止めたのだ。
「ウチの機械を盗む気かな?ハッカーさん」
この場合のアオイが言う機械と言うのは、リヒトのことである。しかし、シャリエがそれよりも気にしたのは、後半の方である。
「ハッカー……、はは、何のことですか?」
乾いた笑いを浮かべながら、少し動揺しつつ、それを抑えながら、シャリエはアオイにそう言った。
「とぼけんな。国立機械技術師育成学園、総合ネットワークに侵入しただろう?あれの防壁修復と強化を頼まれたの、俺なんだよ。面倒な仕事増やしやがって。しかも、防犯カメラには魔法を使うあんたがしっかりと映ってるしよ」
そう言った、アオイの言葉に、シャリエは、暫し、目を丸くした。そして、思い至らなかったことに気が付いた。
「ぼ、防犯カメラに映っていた……。と言うことは、もしかして、アレも映っていましたか?アレ……いえ、金髪碧眼の女性が、倒れている映像が防犯カメラにあったなら、教えて欲しいんですが」
シャリエの言葉に、アオイは、訝しげな顔をした。無論、シャリエたちがリヒトの居場所を嗅ぎ付けてここにきたのだと思っていたのに、どうやら違うようだったからだ。しかし、そんなアオイの顔に、シャリエは、勘違いをする。
「ああ、いえ、暴漢だ、とか、借金取りだ、とかそう言った風に勘違いをなさるのは、無理も有りませんが、しかし、自分は、決してそう言う者ではなく、むしろ、これ……、彼女が原因なんです」
途中、リヒトを何度か、「これ」など、物扱いするような言葉を言ってしまって、それを慌てて訂正しながら聞いた。それを聞いたアオイは、暫し考えるような仕草をした。
「金髪碧眼と言うと、ボロ布を羽織った女か?」
あえて、そんなことを聞くアオイ。そこに、長く、くるっとしたオレンジ色の髪を靡かせて現れた一人の美少女。
映像の不鮮明さや遠さからは、分からなかったが、とても美しい、とアオイは思った。その美貌は、リヒトと並ぶ。
「シャリエ、……それと?」
その少女、火々夜燈火は、シャリエの側にいたアオイを見て、数秒、時が止まる。ピクリとも動かない。
「お嬢?」
シャリエの言葉に、止まっていた燈火の時間が動き出す。頬を真っ赤に染めた燈火は、アオイを注視できない、と顔を逸らす。
「あ、ああ、あの。お、おな、お名前は?」
燈火がテンパって、そんなことを聞く。無論、燈火はアオイの名前を知っている。しかし、そんなことも分からないくらい混乱しているのだ。
「ん?名前を聞くなら、まず自分から名乗るのが礼儀じゃないのか?」
そう言うアオイに対して、燈火は、慌てて名前を名乗ろうとするが、シャリエが止めようとする。名前を名乗って得することは無いからだ。
「わ、私は、火々夜燈火、です」
しかし、シャリエが止める前に名乗ってしまう燈火。そして、燈火の名前を聞いて、アオイが、眉根を寄せた。
「カガヤ・トーカ?」
奇妙に思うアオイ。この国では、全て日本語の発音をする名前を持つ者はいないので、不思議だったのだろう。
「ええ、火々夜燈火です。火を重ねた夜に燈る火、と書いて火々夜燈火です」
と、漢字の説明をするが、アオイには理解できなかった。そして、一応、アオイが自己紹介をする。
「ああ、それで、俺の名前だったな。アオイ・シィ・レファリスだ」
そう言って名乗るアオイに、燈火は、目をハートにして見入った。そんな様子を見てシャリエが、やれやれと肩を竦める。
「お嬢。彼が件の化け物さんですが、どうします?」
そんな風に、燈火に耳打ちするシャリエ。それを聞いた燈火は、ますます、アオイが欲しくなる。
燈火の達成したいこと、それは――恋をすることであった。燈火は、一応、名家の生まれであり、文武両道。地位も高く、求婚してくる人間は、くだらない者ばかり。仕事が生き甲斐であった燈火は、恋と言うものをした事がなかった。
しかし、彼女は、今、この瞬間、――恋に落ちた。全く知らない感情であったにも関わらず、それが燈火には理解できた。これが、恋なのだと。
「あ、あの、わ、私と付き合ってくださらない?」
テンパるあまり、そんなことを口にしてしまい、言ってから頬を赤く染め顔を覆ってしまう燈火。
「残念だが、無理だ。諦めてくれ」
即答するアオイ。その言葉に、燈火がショックを受けた。膝をつき、項垂れる燈火。アオイは、燈火に向かって、声をかける。
「まあ、俺にもいろいろあってな。今は、誰ともそう言う関係にはなれないんだ」
その言葉に、燈火は、慌てて顔を上げた。そして、アオイに聞く。
「誰とも?!ほ、他に、そう言う人が居るわけじゃないのね!……ないんですね!」
偉そうな口調で言ってしまって、言い直す燈火。アオイは、呆れながらも頷きながら返事を返した。
「ああ、そうだが?」
アオイの言葉に有頂天になる燈火。まだチャンスがあると思っているのだろう。オレンジ色のくるくると巻かれた髪がはねる。
「ふむ、こうして見ると、炎の魔術師も普通の人間だな」
ふと、そんな風にアオイが呟き、ピタリと、燈火の動きが停止する。そして、目を見開いてアオイを見た。シャリエは、そう言えば、と思い出す。
「彼は、お嬢と自分のことを監視カメラの映像で見て知っていたみたいです。そこから、魔法が使えると判断したのでは?」
そう補足したシャリエの言葉に、燈火が「そう」と頷くが、どうにも腑に落ちないようだ。そして、燈火が聞く。
「どうして、私が『炎の魔術師』だと判断できたのよ……、ですか?私が炎の魔法を使ったからと言って、炎だけを使うとは限らないじゃないですか?」
そう聞かれても、アオイは、魔法と言うものを知っていても、どう言ったもので、それを使う者がどのような者なのかは知らない。
「この世界における魔法も、おそらく一人一種なんて言う括りは無いと思うんだけど」
そう言う燈火の言葉に、アオイはどこか違和感を覚えた。そして、それを燈火に問うてみる。
「この世界における?まるで他世界の出身のようじゃないか。……と言うか、その口調、素の方が好ましいからそっちの口調で頼む」
アオイの指摘。それは、尤もなものだった。そう、この世界の者ならば、「魔法は一人一種なんて言う括りは無い」と言えば良いのだから。
「気のせいよ」
そう言って、素の口調で言う燈火。それに対して、シャリエが補足のようにアオイに言う。
「お嬢は、魔法を使えるものの、世間知らずでして。それゆえに、自室と世界が同義のようなものですから」
その言葉に、「なるほど、引きこもり……いや、箱入り娘か」と小さく言った。自らの意思で引きこもっているわけではないので、箱入り娘なのだろう。まあ、尤も、燈火にそんな過去はないのだが。
「それで、そんなお嬢様が、魔法を使えるのは良いとして、そっちの執事は魔法王国の人間か?」
そんな風に聞くが、燈火とシャリエには理解できない。まだ十分に、こちらの地理や情勢、そして世界観を知らない。
「マリ……?いえ、違いますが」
思わず、素で返してしまったシャリエ。しかし、その返事は失敗だった。この孤独大陸に生きる人間で、孤独大陸の三国を知らないわけが無いし、大陸外から人が来ることは、まず無いので、おかしい。
「なんだ、違ったのか。まあ、どうでもいい。とりあえずは、な」
そう、アオイにとってはどうでもいい。アオイのパートナーに害をなす存在でなければ。しかし、一度でも害をなせば、その者は、この世から抹消されるだろう。
「しかし、……レファリス。まさか、ですよね」
シャリエが意味深に呟いた後、自分の主である燈火を連れて、その場を去る。その去り際、シャリエは、アオイに言う。
「神救の器……。もし、貴方が使う事があれば、使ってください」
そう言って、小さな四角い箱をアオイに手渡した。これは、ハッキングをした日、燈火が機械廃材置き場で拾ったものだ。
「では、これで。行きましょう、お嬢」
箱を渡したシャリエたちは、アオイの家から暫く行ったところで、足を止めた。そして、ゆっくりと息を吐き出し、呼吸を整えると同時に、警戒を解く。
「それにしても、意外ね。まさか、彼にあの箱……、あれの危険性は知っているでしょ?月光……まあ、ナノマシンを大量にばら撒いて世界を滅ぼす兵器くらい危険なのよ?」
何か言いそうになって、名称まで言い切るのは自重した燈火。燈火は意外とアニメ好きなのかもしれない。
「確かに危険です。ですが、正しい使用をすれば、神をも救える。それ故に、『神救の器』。夜明けの器なのです」
そう、正しい使い方をすれば、である。だが、そもそも神救の器の知らないただの人間であるアオイに渡した意味は分からない。
「彼の名前。アオイ・シィ・レファリス。どこかで聞いた事があるんですよね、自分は。それが、どこだったかは、思い出せませんが。特に『レファリス』。この名前は……」
言い難そうに、言葉が詰まるシャリエ。その様子に、燈火は微笑みかける。そして、言った。
「別に言いたく無ければいいわ」
燈火はそう言うが、シャリエは、渋々口を開いた。何故、アオイにあれを渡したのか、と言うことについて。
「彼が、何者であれ、もし、彼がノン・クリアと接触する事があるならば、もしかしたら……」
そんな風に言うシャリエの言葉に、燈火は、神妙に頷いた。それが、いつの日にか、役に立つことを切に願いながら。
「でも、もし、私たちが、先にアレを見つけたのなら、そのときは、容赦なく、潰すわよ」
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