03話:間幕
【間幕・魔法使いの思惑】
突然の命令だった、と、彼女は言うだろう。無論、本当に突然の命令だったのだ。ある日突然、命令依頼が届いたのだ。
「『未完成品達の破壊を命ずる。鳳泉』」
そんな命令に対して、彼女は、どうしたか、と言うと従った。どんな残酷な命令でも遂行するのが使命であり、ルールであったから。今回は、機械が相手だからまだマシか、などと考えてしまうくらいに、残酷な命令を遂行してきたのだった。
「行くわよ、シャリエ」
シャリエ、と彼女が呼んだ男。シャリエ・フォルビー。職業は執事。彼女に仕えている従者である。先ほどから、彼女、と称している女性の名前は、火々夜燈火。燈火は、一般の人間ではない。所謂、魔法使い……女性なので魔法少女や魔女と言うべきか。
燈火は、長いオレンジ色の髪の一部をドリルのように巻いている、所謂縦ドリルの髪型をしている。瞳は、燃えるような赤。高くもなく低くもない身長は、一般的少女の身長だろう。しかし、その割には胸がなく、本人もそこを気にしている。しかし、胸がなくとも十分に美少女と言える容姿をしていた。そして、何よりも、彼女の象徴と言えようものは、両腕に施された真っ赤な刺青。まるで、炎が燃え上がるような模様が赤く刻まれている。
そして、燈火に付き添うように後ろに控えて行動するシャリエ。彼は、一般的な執事が着ている燕尾服を着ている。……記述上、一般的執事が着ている、と書いたが、本来、執事が燕尾服を常に着ていることは、滅多にない。しかし、シャリエは常に身に纏っている。
「はい、お嬢。しかし、今更、何故、あれらを解体しろと……?」
シャリエが突然の命令に疑問を抱き、主である燈火に問う。しかし、燈火は、肩を竦めて言う。
「さあね。上の考えることはいつだって唐突で意味不明でしょ?考えてたらキリがないわ」
そう言ってから、「ただ……」と言葉を続ける。
「強いて言うなら【黄金の果実】、【銀翼の堕天】などの危険な物が内蔵されているからでしょうね」
その言葉に、シャリエは、静かに頷いた。そう、それが危険なことは、シャリエも知っていた。だが、何故、今なのか、と言うことだ。
「クリアシリーズは、ノン・クリアシリーズとは違って、平常に稼動しているんですよね。お嬢、クリアとノン・クリアはどう言った違いがあるのでしょうか?」
シャリエは、気になったことを問う。リヒトのような存在を「ノン・クリアシリーズ」と言い、「クリアシリーズ」はその後継機である。
「シャリエ、貴方、もう少し勉強が必要ね。まあ、いいわ。ノン・クリアシリーズは、加減せずに危険な物を積み込みすぎたのよ。さっき挙げた【黄金の果実】、【銀翼の堕天】の様に、七機それぞれに、様々な能力を。それが危険すぎる故、未完成品で放置された。そして、力を抑えて造りなおされたのがクリアシリーズよ。融通が利く分、ノン・クリアよりも威力が落ちるけど暴走された時のことを考えたんでしょうね」
燈火の説明に、シャリエは、理解したのか、していないのか、どちらともいないような、曖昧な返事をした。
「ですが、あまりにも、今更過ぎませんか?何か、裏があるのでは?」
シャリエの深読みに対して、燈火は、やれやれと肩を竦めながら、「何もわかってないのね」と思いながら口を開く。
「違うわよ。どーせ、隊長のところに依頼が来てたんでしょうけど、忘れてて、今更ながらに私たちに丸投げしたんでしょうね」
そう言って、自分の上司を呆れた風に言う。今は不在でどこかに行っている上司を燈火は、あまり好いていなかった。
「まあ、隊長はお忙しいですから。それで、お嬢。ノン・クリアの位置は捕捉できているんですよね」
燈火に向かって、「当然捕捉できていますよね」と言う意味を込めて、シャリエが問う。しかし、燈火は、あっけらかんと言った。
「できてないわ」
その言葉に、ガクンとシャリエが転びそうになった。てっきり、このまま、ノン・クリアの元へ向かうものだと思っていただけあって、シャリエにとって、今の返答は予想外すぎた。
「だって、今、命令が来たのよ。それで捕捉できていたらおかしいじゃない」
「それはそうですが……」
やる気があっただけあって、虚をつかれ、シャリエのやる気は消えうせた。それと同時に、ドッとつかれが押し寄せて、座り込みそうになった。
「ちょっと、何してるのよ。とっとと諜報部行って、場所を聞くわよ」
そう言って燈火がシャリエを引っ張って、諜報部と呼ばれる場所へと向かっていく。
諜報部と呼ばれる場所には、数十のモニターがあるだけで、誰もいなかった。それを不審に思ったシャリエが燈火に聞いた。
「何かあったんですかね?」
そんなシャリエの問いに、呆れたように肩を竦めた燈火が、自分の後ろをチラリと見てから、腰元にある苦無に手を掛け、自身の左手前に投げた。
「む、……流石」
すると、燈火の背後から、ぬっと、黒装束の寡黙な美少女が現れた。その手には、燈火が先ほど、投げた苦無を持っていた。
「お久しぶりね、諜報部長」
燈火がそう言うと、諜報部長は、口をへの字に曲げて、頭と口元を覆っていた黒い布を取る。そして、燈火に向かって言った。
「流石元部長です。……敵いませんね」
そう言ってから、褐色の肌を覆うように、再び黒い布を纏う。そして、軽くシャリエに視線を向けてから、燈火に言う。
「シャリエ・フォルビー。執事でしたね。……技能、特殊能力は特に無く、使用魔法は、電気系列の雷浄。さほど珍しい魔法でもありません。正直言って、元諜報部長ともあろう方が、何故、この様な人間を執事として雇ったのかが分かりません」
諜報部長の言葉に、そんなことまで知っているのか、とシャリエは感心しつつも、少し違うところがあるな、と思った。
「一箇所訂正させてもらうよ」
そのシャリエの言葉に、諜報部長が、眉根を寄せて、その美顔を歪めさせた。その様子に苦笑を浮かべつつも、シャリエは言う。
「『この様な人間』の部分を訂正させてもらえるかな」
その言葉に、諜報部長の顔がますます険しくなる。そして、燈火の顔色を窺いながらシャリエに問う。
「そんなことを信じるとでも?」
諜報部長は、あくまで、自分の集めた情報を信用していた。目の前の相手がブラフを言って、自分に信用させようとしているのだ、と思ったのだ。
「そうですね。信じないでしょうね」
そう言って、ニッコリと、笑ってから、シャリエは、燈火に目線を向ける。その視線に気づいた燈火は、シャリエを見る。
「よろしいですか、お嬢?」
その言葉だけで十分だった。燈火にはシャリエが何の許可を求めているのかが分かったからだ。だから、頷いた。
「許可が下りたので……。お願いがあります。自分を殺してみてください」
この場合の自分とは、シャリエのことだ。シャリエは自分のことを自分と称する。そして、諜報部長は、燈火の顔を窺う。すると、燈火が言う。
「良いわよ。やっちゃって。殺しなさい」
燈火の言葉に、諜報部長は、迷ったものの、殺すことを決意し、姿を晦ました。影に溶け込むと言う表現が似合っているか。先ほどまで確実にそこに居たのに、気づけばいなくなっていたのだ。盲点に入る、など言う表現が的確か。限りなく気配を消して、存在をかき消すと、この様に、その場にいたはずなのに認識ができなくなる。それほどまでに稀薄な存在になっているのだ。
そして、諜報部長は音を立てずに、シャリエの背後へ回り、先ほど、燈火が投げた苦無を使用して、シャリエの喉元を切り裂いた。
鮮血が勢いよく飛び出す。そして、シャリエは、死んだ。確実にしとめた。この辺は、流石、隠密専門の諜報部。正確には、もっと別の名称があるのだが。特務調査部。狗。隠密隊とも言われる。
「終わりました」
返り血を浴びて、汚れた黒い布を取る。そして、倒れたシャリエに、彼の首を裂いた苦無を投げて、体に突き刺して、残念なものを見るような目で、一瞬シャリエを見てから、燈火を見た。
燈火は、執事を殺されたと言うのに、全く動じていないどころか、口元には笑みすら浮かべていた。
「どうして、笑みを……」
その言葉は最後まで続かなかった。諜報部長の感覚が、背後の蠢きを感じ取った。咄嗟に飛びのく。
「ふぅ、流石に、痛かったですよ」
シャリエが、そう言った。そう、死んだはずのシャリエが、そう言ったのだ。ゆらりと立ち上がるシャリエ。立ち上がれるはずが無い。生きていたとしても、血が足りなくて動けもしないはずなのだ。
「な、何で……。まさかっ、不死身……」
諜報部長がそう呟いた。その言葉にシャリエは、「う~ん」と少し唸る。そして、笑って、諜報部長に言った。
「少し、……違うかな。自分は、不死身じゃなく、不滅だよ。リューラ・ファーフナーさん」
その言葉に、諜報部長は、戦慄した。誰も知るはずの無い、自分の名前を知っているシャリエと言う存在に。そう、彼女の名前は、リューラ・ファーフナー。しかし、その名を知る者はもういない。現在は、スタリスと名乗っている。
「何故、その名前を、知っている?」
スタリスの問いに、シャリエは、不敵に微笑む。そして、自分に突き刺さった苦無を引き抜き、地面に捨てながら言う。
「秘密ですよ。それより、自分が人間じゃないと言うこと、分かってもらえました?分かってもらえたら、ノン・クリアの居場所を教えて欲しいのですが」
飄々と言うシャリエに対し、背中に冷や汗をかきながら、スタリスは、たくさん並ぶモニターの前に座り、タッタッと素早く数回キーを叩く。モニターには、とある機械置き場が映りこんだ。
「ここに、ノン・クリア・アインツが居ると思われます。正確な位置までは把握できていませんが。彼女達の反応を補足するのは、なかなかに難しく、各地をウチの精鋭が駆け回っています」
スタリスの言葉に、「もう十分」と言って、燈火は、漆黒のマントを羽織る。そのマントの端は、陽炎のように揺らめいている。
「行くわよ、シャリエ。とっとと片付けて、私は私のやりたいことを達成しないとね」
バサァとマントを翻し、姿を晦ました。
気がつけば、二人の姿は、機械置き場にあった。その機械置き場は、アオイのよく行く機械置き場の近くにある、なかなか人の来ない機械置き場だった。ここにある機械は、大破しているものが多く、中には、液漏れしているものもある。
「うわぁ~、きちゃない」
燈火の言葉に、シャリエが、自分達の足元を見た。とても汚い場所だった。そこらを虫が這っているような、そんな場所。
「こんなところに、本当にアインツが居るの?」
燈火がそう言いながら、機械置き場の機械の山を崩していく。そんなとき、視界の端に、妙な気配を感知した。燈火は、咄嗟に、魔法を放つ。
「【悠久聖典第六節】
――劫火の章。
全ての始まり、そして、終焉を告げる【原初の炎】。色は、紅。司るは、紅蓮の巨人。
王と紅炎龍。神話より聖典へと書き連ねた紅蓮の炎。
【氷の女王】と【紅蓮の王】。【血塗れの月】と【血塗れ太陽】。【妖精王女】と【ラクスヴァの姫神】。
幾多の戦士の屍をも焼き尽くす、――死の劫火。
さあ、死を齎せ」
【悠久聖典】に記されし碑文を読み上げる燈火。それは、聖典に記されし、業火を呼び出す儀式。無論、力を抑えて放っている。
――ゴォオオ!
音を立てて機械の山を燃やし尽くす勢いで炎が沸き起こる。まるで、炎の海のように、炎が広がっていく。
「――【神に背く者】、起動」
――ブォン
一瞬、そんな音がしたと思った瞬間には、燈火の眼前に広がっていた炎の海は、真っ二つに切り裂かれた。
「自動防御モードに入ります」
そう言葉を発しながら機械の山の上に立つ一人の女性。法衣のような布を纏った金髪碧眼の美しい女性。その女性は、後にリヒトと呼ばれるノン・クリア・アインツだった。
その手には、いつの間にか、ドス黒く禍々しい鞭が握られていた。その長さは、優にリヒトの身長を超えていた。そして、特徴的な連結部。まるでどこまでも伸びるかのようにうねる。
炎を切り裂いたその鞭は、棘薔薇のような見た目の鞭だった。持ち手の部分は紅く綺麗な薔薇色。黒い鞭の部分は、幾重にも伸び縮みするように、連結されており、黒い花弁が幾枚にも重なっているようにも見える。
「何あの鞭!」
燈火の声に、リヒトは、鞭を縮める。そして、鞭を振った。その瞬間、連結部分が伸びて、鞭の長さが一気に倍ほどになる。
燈火は、予想以上の長さに、虚を突かれた。そして、尖った鞭が燈火に迫る。そして、咄嗟に、指をパチンと鳴らした。
「焼けて広がれ、――閃火!」
炎の壁が、鞭に衝突する。ジュワと鞭が熱せられる音がする。しかし、元から熱を持っているかのように、逆に炎を纏った。その炎は、鞭全体を伝い、リヒト自身にまで到達する。
燃え上がる法衣と体を全く気にせずに、リヒトは、鞭を横に薙ぐ。それを、シャリエが庇うように食らい、燈火を守る。
「っ……、こ、これは……、痛いですね……」
シャリエが、顔を歪めた。突き刺さるように、シャリエの体に刺さる尖った鞭。そう、それは熱を持っていた。
本来、鞭を戦闘で使う際に優位な点は、相手が間合いを取りにくくなるということにある。例えば、剣を持つ敵と相対したときに、相手は、鞭がどこまで届くか、どの軌道で向かってくるか、が分からないところにある。
しかし、それを可能にするには、鞭を自在に操る技量が必要になるのだ。そして、リヒトは、その技量を十分に持っている。なぜなら、その鞭は、リヒトがリヒトのために構成したものなのだからだ。
そして、その扱い方に関してはコンピュータの中にあるため、自在に、それこそ手足のように操れるのだ。
「ヒートロッドとでも言うのかしら?」
などと冗談めかして言う燈火。その意味は誰にも通じなかったが、ロッドと言う意味が表すのは、「棒状の」、と言う意味である。それは、鞭が伸びるときに、棒が伸びるようにまっすぐ伸びることもあるからだろう。
「【神に背く者】による攻撃に、あまり効果がみられません。引き続き、自動防御を続けます」
炎を纏って、体のところどころが煤けながらも、リヒトは、鞭を振るう。しなやかにうねりながら、シャリエの体に巻きついた。そして、鞭が放つ高熱でシャリエを焼く。
「ぐぅ……」
熱さと痛みをくらい、じわじわとダメージを負って苦痛を味わう。死んだ方が楽ではないのか、と言う痛みを与えられ続けるのだ。そして、この場合、シャリエにとって、最も相性の悪い武器だった。
熱さと痛みの末に死んだとしても、シャリエは蘇る。そして、再び熱さと痛みに耐えなければならない。いわば、永遠に熱さと痛みを感じる牢獄のようなものだ。
不滅だからこその、最悪の相性。では、不滅でなければ、相性が良いのかといえば、そんなことは無い。不滅でなければ、普通に死ぬ。しかし、死ねるだけマシと言うものだ。だからこそ、不滅との相性が最悪なのである。
「鳴って轟け――雷空」
シャリエの体を雷が包む。そして、そこから雷が、鞭を伝ってリヒトにもダメージを与える。ちなみに、シャリエは、燈火のように【悠久聖典】の節を読む事ができない。と言うより、読める燈火が特殊なのだが……。燈火ですら、【炎の聖典】の部分しか読めないのだし。
「捻って貫け――螺雷」
そして、リヒトの追撃が来る前に、突貫力のある魔法を放って、距離を開ける。案の定、螺旋を描く雷撃が、リヒトの体を突き飛ばす。その体は、宙を舞い、そして、遥か遠く、見ないところへと落下する。……その前に、さらに迎撃に4発、螺雷を放つ。
「だぁあ、もう、なんなのよ!」
と、言ったのは、燈火である。正直に言うと、燈火はアインツ……リヒトのことをなめていた。これほどまで強いとは思っていなかったのだ。
「流石は、【彼の物の人形】ってことね」
そんなことを言いながら、燈火は、ふぅっと息を吐いたのだった。初戦は、完全敗北だった。
リヒトは、と言うと、シャリエの雷撃により、天高く放られ、そのまま、別の機械置き場に墜落した。迎撃の螺雷で脚と腕の骨格パーツが壊れていた。そのため受身が取れず、ガシャンと大きな音を立て、電化製品を巻き込みながら、崩れる山の下敷きになる。そこに一人の青年がやって来た。自分の所為で山が崩れたのでは、と心配してやってきた青年。
「誰もいないよな……」
そう言ってライトを照らして、周囲を確認するようにした。その青年こそ、アオイ・シィ・レファリスだった。
そして、翌日、燈火とシャリエは、行方不明になったリヒトの捜索を開始した。昨日、すぐに捜索を開始しなかったのは、疲労回復と傷を癒すためだ。傷が完全に癒えたわけではないが、シャリエは、近場の機械置き場を回っていた。しかし、どこにも目的の物は無かった。
「どう、見つかった?」
燈火の言葉は、見つかっていないのがわかっていながらも、念のために聞いてみた、と表現するのが適切な言い方だった。
「いえ、ありませんね」
シャリエの言葉に「そうでしょうね」と言いながら燈火は、機械の山を見下ろした。見下ろした先には、機械だけ。動くものは、何一つ無い。
「仕方ないわね。こっちでも監視カメラとか防犯カメラ、ネットの類はあるでしょ?シャリエ、ちょっとクラックしなさい」
クラック、とはクラッキングのことである。ハッキングをして、相手のデータを破壊したり、盗んだりする好意をクラッキングと言う。そのため、ハッキングが悪いことだと思っているのは大違いである。ハッキング大会などと言うものが開かれるほどハッキングに関しては、悪事ではないのだ。それを利用してクラッキングする者たちが悪なのである。
「え、よろしいのですか?」
シャリエの問いに、燈火は、大いに頷いた。そして、あくどい笑みを浮かべて、シャリエに向かって言うのだった。
「その能力を使ってでも倒す。それが、私たちって訳よ」
その私たちと言うのは、彼女の隊長が率いる……いや、その隊長が所属する組織のことである。所謂、国家、あるいは、世界規模での直属組織に当たる。
「相変わらず『狗』の思考ですね、お嬢」
そう言って肩を竦めるシャリエ。燈火は、笑いながらも、少し、皮肉めいたことを考えていた。
「まあ、そう言う考えしかできないのよ。そう造られて来たのだから。……まあ、人形が人形を殺すと言うのも、皮肉よね」
上からの命令に、ただ、従順に従う傀儡、人形が、【彼の物の人形】と言う本物の人形を殺そうと躍起になっているのだからおかしな話だ、と苦笑したのだ。無論、前者が燈火。後者がリヒトに当たる。
「まあ、私も隊長も含め、ウチの隊の出身の八割が『狗』の出なんだからウチの隊が、暗殺思考に偏っているのも仕方ないことよね」
そう言いながら、機械の山の端にある或る物に目をつける。それは、ただの四角形の箱に見える。しかし、燈火には、それの正体が何なのか、簡単にわかったのだ。
「へぇ、面白いじゃない」
そうやって、唇の端を吊り上げ、四角い箱を持ち上げながら、シャリエに怒鳴るように言いつける。
「シャリエ、とっととクラックしなさい。こっちに魔法があるかどうかは、定かじゃないけれど、貴方を越える電気系列、電子系統の魔法を自在に操れる使い手はいないでしょ?」
指示されたシャリエは、軽く溜息を吐きながら、機械置き場の端にある電子端末に手を添えた。その瞬間、シャリエの掌から、電気が流れ込む。
電子信号によって制御されている機械の中へ、電気信号として自分の意思を流し込んだのだ。
「むっ、なかなかに硬いプロテクトが……。突破しました。『ノン・クリア』……『NC』を捜索します」
データの全てに目を通しながら、シャリエは、探していく。目標の人物を。まずは、怪しそうな施設から、と学園のコンピュータにアクセスしたのだが、なかなかに曲者で、ハッキングに時間が掛かったが、侵入した。
「どこにも見当たりませんね……」
そんなことをシャリエが言った瞬間だった。シャリエに動揺が表れる。驚いたのだ。表現の仕様が無い寒気に襲われて、シャリエが思わず呻いた。
「ぬぁ……」
そんな声を洩らしたシャリエは、その寒気の正体に、総毛立つ。その正体は、逆ハッキングだ。
「誰が……」
シャリエは思わずそう呟いたが、知り合いなはずも無い、と思い直し、慌てて、相手のハッカーが何者か、と探る。
魔法使いならば、相手の思念も、この電子の海にいるはずだ。しかし、シャリエがみる限り、そんなものは見当たらない。そこにあるのは、ただの孤独な電子の海だった。
しかし、魔法使いでも無い相手が、魔法で全権を操作していたシャリエを、逆にハッキングできるなどと言う途方もないことは、ありえない、と思った。
「相手は……二人」
そう、相手は二人だった。一人は、教室から二台のパソコンを使い、防壁を築いているアオイ・シィ・レファリス。魔法使いではない一般人だ。
そして、もう一人。第五の禁忌を犯した「リリス」がハッキングしていた。「リリス」とは、何者なのか、と言うのを知る者は、おそらく十二人しかいないだろう。
「魔法を、機械で返した、とでも言うのですか……」
シャリエは、思わず、一歩、下がった。そして、魔法を慌てて解く。そして、肩で息をしながら、燈火に言った。
「この世界には、化け物が居るみたいです」
その言葉に、燈火は、「へぇ」と笑う。良い話を聞いたときのように、にやりと、笑う。化け物。その言葉に、燈火は、会ってみたいと思ったからだ。
「どんな化け物かしら?」
燈火の言葉に、シャリエは、焦りと驚きを隠せないような表情で、恐る恐る口にする。自分のした体験を。
「魔法を、たかだか機械の制御で、跳ね返されました」
その言葉に、燈火は、一瞬、目を見張る。だが、それも数瞬のことだった。すぐさまにやりと笑って、そして、その笑いが大きく高らかな笑いへと変わる。
「あはっ、あははっ、あははははははははは!」
とても自分の地位としては、滅多にしてはいけない下品な笑いにも、全く気にせず、燈火は笑った。
「いいわね。いいわね、いいわね。ホント、最高よ!魔法に、機械で勝つなんて、ホント、興味深いわ。もしかしたら、私の達成したいことを叶えてくれるかも知れないわね」
そう言って、燈火は、その相手を探すようにシャリエに命ずる。命じられれば断らぬシャリエだが、密かに心の奥で思う。
(ノン・クリアの捜索はいいのでしょうか?)
そんなことを――。
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(2話連続なので注意)