15話:氷の師弟
レイーナは、帝城に入ると、まっすぐに、かつての自分の部屋を目指した。この帝城・ララリースに住まい、「黄土の魔女」と呼ばれていた頃の部屋だ。レイーナは少し懐かしい感じがしながら、かつて、この部屋に最後に訪れたときのことを思い出していた。
それは、アオイと件の約束をしてからしばらく経ち、機械帝国を発つ日のことだった。その日、レイーナは、アオイやアオヨ、リリオに別れを告げ、ラオラやネーナに挨拶をしに、帝城・ララリースを訪れた。帝城を訪れるのは、久々だったが、別れの挨拶を終えた後、ネーナに、自室に色々置きっぱなしだけれどいいのか、と問われ、かつての自室に訪れたのだ。
相変わらず、自身の小さな体躯とは逆で大きな部屋に、自分には広すぎるな、と思いながらレイーナは部屋を見回した。
色々と置きっぱなしだったなぁ~、などと思いながら、あれこれ物色を始める。衣服類は放置して構わないだろう。要る物はすでに持ったので、持っていく気はなかった。まあ、何せ数年前の服だ。レイーナは、流石に、もう着れなくなっているかしら、と思いながら、一着、服を身体に当て……、投げ捨てた。
そう、一切成長してないのだから、服が自分の身体に合っていないわけが無いのだ。まあ、そんなこんなで、投げ捨てた服をハンガーにかけ、クローゼットに戻すあたり、レイーナは本当に真面目であると思う。
次にレイーナは、何をしようかと考え、ベッドに寝転がった。まだ、仄かに自分の香りがするベッドに、レイーナは驚いた。
流石に数年も経てば、匂いが残っているわけなど無い、というか、いろんな匂いと混じって臭くなっているか、洗っていたなら洗剤や柔軟剤の匂いに変わっているはずだった。なのに、それでも残り香がある自分の体臭に不安になったが、レイーナはそういえば、と思い出した。
レイーナの残り香があるのは、結界……というより、魔法を使うものとして、自分の縄張りを主張するために、何らかの特徴を残しておく習慣がある。普通は、物を置いたり、魔法で作ったものを置いて主張するのだが、レイーナの場合は、自分の匂いを氷の魔法で閉じ込めて結晶化させたものをこの部屋のあちらこちらにセッティングしていたので、それが溶け、匂いが漏れ、匂いが保たれているのだと悟った。
あ~、これはあと数年は保つかな、と思いながらレイーナは、ベッドに自分の匂いを染み込ませるように転がった。
アオイとの別れを惜しむレイーナは、アオイのことをずっと考えていた。これでよかったのか、と。
「よかった、……んですよね」
今更ながらに、アオイを突き放すようにして、さらに騙すように別れたことが、胸の奥でつかえとなっていた。
いくら魔法王国に戻らなくてはならないとはいえ、
いくらアオイのためだとはいえ、
アオイにあんな約束をしてしまったことが悔やまれた。
いや、違う。違うのだ。そう、それをレイーナは分かっていた。アオイに、ああ言って、そして、成長して、自分のことを忘れて、別の子を好きになる日が来ると思って言った、それを悔やんでいるでは無い。心のどこかで忘れないで、ずっと好いていて欲しいと思ってしまっている自分がいる、ということがレイーナの悔やみなのだ。
アオイに忘れてもらえたなら……、そう思いながらも、忘れて欲しくないし、忘れたくないのだ。
そう、そして、レイーナは、終ぞ、アオイのことを忘れることは無かった。ずっと、ずっと、魔法王国に戻ってからも、ずっとアオイのことだけを思い続けた。魔法王国で、大賢者は、非常に持て囃される。婚約の話や見合いなどは、ひっきりなしだったが、レイーナは、それを全て断った。求婚は全て断ることから「氷の処女」と言う不名誉なあだ名が付けられたくらいである。
そんな未来のことを知る由もない、このころのレイーナは、アオイのことを思いながら、ベッドの上で暫し事に興じたと言う。
そんなこんなで数時間を部屋で過ごし、レイーナはあることを思い出した。それは、自分の持っていたオレンジ色の箱のことだ。
鮮やかなオレンジの箱。何らかのよく分からない物質で形成されていることだけは分かったが、それ以外が不明だったと言う。レイーナは、その箱を祖国へ持って帰ろうかと思って持っていたが、もしかしたら、この国にあったほうがいいかもしれない、と思い直した。
祖国の物だとして、祖国の危険物だったら困るし、何らかの重要なものなら交渉に使えるので持っているのは危険。
ララリースの物だとして、この国で重要な意味を成すものなら、別の国へ持っていくのは好ましくないし、もしかしたら大きな混乱をもたらすかもしれない、とレイーナは思ったのだ。
まあ、結果としてどちらでもないのだが。そんなことを知らないレイーナは、この部屋に置くことを考えた。
無難にベッドの下に隠したレイーナは、そこで、ふと思う。もし、自分が死んで、この箱が偶然にも誰かに渡って、それが危険を招いたら困る、と。だから、アオヨに向けて、窓に氷の中に魔力を閉じ込めた文字を書く。氷が解けても魔力はしばらく……数年単位で保つので、アオヨがいつ来ても大丈夫だといえる。アオヨが持っていれば、安全である、とレイーナは思い、こうしたのだ。
まあ、結局のところアオヨはそれから一度もこの部屋を訪れなかったのだが、それはそれである。アオヨに代わり、アオイがキチンと箱を手にし、保管しているのだから、作戦は成功だったといえる。
「これでよしっ、ですね」
レイーナは、窓にメッセージを残すと、部屋を出た。アオイを思い、この国との……アオイとの別れを惜しむように、ローブを翻しながら帝城の廊下を踏みしめた。
と、言うような出来事を思い出していたレイーナは、窓に未だに残留する魔力文字を見ながら、もぞもぞとベッドの下にもぐりこんだ。箱の確認をしているのだ。
もぐりこんだ際にスカートがベッドの縁に引っ掛かりパンツ丸出しである。傍から見れば、ベッドの下から生えたパンツ丸出しでもぞもぞ動くケツである。
そこに、学校での仕事を終えたヴァル子が、レイーナがいるという話を聞いて、レイーナの部屋にやってきた。
「うわ、なにこの物体?」
ヴァル子はレイーナを見て疑問の声を上げた。ヴァル子ことルシルフ・レイラ・キリュー・メリアル・フォン・ヴァルヴァディア=ディスタディアは、レイーナと、かつての仕事仲間だった。かつて、というのは、レイーナがこの機械帝国に来た頃のことであり、魔法王国時代ではない。
「赫紅の忍者」と呼ばれていて、「黄土の魔女」と呼ばれていたレイーナ、「青蒼の侍女」と呼ばれていたアオヨの三人を合わせて三番人と謳われていた。
「その声、ヴァルヴァディアちゃん?」
レイーナも50歳近いのだ、ヴァルヴァディアを「ちゃん」付けしてもおかしくない。しかし、見た目は幼いので、一見、「ちゃん」付けがふさわしくなく見えてしまう。
ベッドの下に潜ったまま、もぞもぞフリフリとお尻を揺らす。その様子にヴァル子は、「イヌかっ!」と言いたくなるのを我慢して、上ずる声を抑えながら聞いた。
「な、なにやってるんですか?」
一応、見た目がどうであれ年上なので、ヴァル子も敬語を遣った。しかし、ヴァル子は、少々焦っていた。ヴァル子の中でのレイーナのイメージは、アオヨに厳しく、時に甘い、よき師匠と言うイメージだったのだ。飴と鞭で言うなら、飴が2割、鞭が8割と言う印象だった。いわゆる思い出補正と言うやつなのかもしれない。
「ん~、少し、ベッドの下の確認をしてるんですが……」
レイーナが未だにベッドの下に潜って、パンツ丸出しでいる様にヴァル子の中の厳格なイメージは音を立てて崩れ落ちる。まあ、尤も、アオイと話していた時点で随分とイメージが崩れかけだったので、大きな亀裂の入ったイメージが、今崩れたという感じなのだが。
「やはり、ありませんね……」
しかし、このレイーナの何かを探しているのに見当たらないという趣旨の発言を聞いたヴァル子はすぐさま思い至った。
(もしかして、あのときのオレンジ色の箱のことかしら?)
つい先日、アオイが寝込んでいたこの部屋に、見舞いと言うか監視でここへ来たとき、アオイがオレンジ色の箱をベッドの下から見つけたのを思い出した。
「ふぅ……」
少々、埃っぽかったベッドの下から這い出たレイーナは、軽く自分の身体についた埃を手で払った。ポスポスと服と体の間の空気が逃げるような音と主に埃が払われた。本当なら、風魔法を使って、全て落としてもよかったのだが、レイーナは自分の匂いも消してしまいそうで嫌だった。
「お久しぶりですね、ヴァルヴァディアちゃん」
にっこりと少女のような明るい満面の笑みを浮かべてレイーナはヴァル子に言った。見た目としては、100%合致するが、年齢としては不相応な笑みに、ヴァル子は苦笑を禁じえなかった。
レイーナは、ベッドにポスンと軽く飛び乗った。ばねの効いた軽く弾むベッドに、懐かしさを覚えながら、ゴロリと寝転がり、……止まった。
「どうかしました?」
ヴァル子が、その様子に思わず問うが、レイーナは、スンスンと鼻を利かせ、布団の匂いを嗅いでいる。
「ちょっと、この布団、アオイの匂いがする……」
頬を真っ赤に染め、犬のように、布団に鼻を擦り付け嗅ぎまくる。その様子に、再びヴァル子は「イヌかっ!」と言いたくなった。
(しかし、この師弟、どんな嗅覚をしてんのよ?)
互いの匂いをすぐさま察知するあたりがよく似ているなぁ、などと思いながら、ヴァル子は、苦笑しつつ言った。
「この間、アオイ君がこの部屋を使ったときに残った匂いでしょうね?」
思わず笑いを堪えるのに集中しすぎて敬語を忘れたヴァル子の言葉に、レイーナは、一層激しく匂いを嗅いだ。
「それにしても、アオイがこの部屋に……」
どこまでもすれ違うなぁ、とレイーナは、少し落ち込み……そこでハッとした。
「この部屋をアオイが……?アオイの匂いと私の匂いが、交じり合って……1つに……」
顔を真っ赤にして乙女の顔になるレイーナ。やたらモジモジしだして、あわあわと慌てた表情で言う。
「わ、私と、アオイが、1つに……」
もはや、そういう言い方をしたら別の事柄になってしまっているが、とにかくレイーナは乙女のように頬を染めていた。「女性は恋ができる間は、一生乙女である」などと言う言葉があるくらいに、50歳近くのレイーナも乙女なのだ。
「と、とにかく、今は……」
レイーナは、布団をギュっと抱きしめた。まだ、再会できていない愛すべき弟子の匂いを嗅ぎながら、頭に思い浮かべる。そして、自然と手が自分の下腹部へと伸びていた。
「ご、ごほん」
ヴァル子がわざとらしく咳をした。その咳で、レイーナはハッとする。ここにいるのは自分だけでないことを今更ながらに思い出して、羞恥に顔を赤くした。
恋と羞恥によって、レイーナの顔は真っ赤になっていたが、ヴァル子は何事も無かったように、レイーナに話をする。
「そ、それで、ベッドの下にあったオレンジ色の箱ですけど」
ヴァル子が切り出した話題に、レイーナの顔色が正常に戻った。そして、レイーナ・ミルディアの顔ではなく「氷帝大賢者」として、ヴァル子と会話する。
「あの箱、一体、何だったのですか?」
レイーナの疑問の声に、ヴァル子は首を横に振った。何も知らない、と言うアピールだった。
「こっちには情報が来てないんですよね。アオイ君が1人で安全に保管しているってことぐらいしか分かりません」
肩を竦めて、紅い髪を揺らしながら、ヴァル子は少し申し訳なさそうに言った。一方、箱をアオイが手にしていることを知ったレイーナは、疑問の声を上げた。
「今は、アオイが持っているんですよね?では、箱をここでとったのは、アオヨですか?」
その疑問に、ヴァル子はまたしても首を横に振った。当然のことながら、箱が拾われたのはつい先日、アオイによってだ。
「あの箱は、先日、アオイ君が、この部屋に訪れたときに、窓のメッセージがどうとか……。それで、ベッドの下を漁りだして、オレンジ色の箱を手にしたんです」
ヴァル子の言葉に、レイーナは、なるほど、と頷いてから、アオイの次に気になる事柄をヴァル子に問う。
「ヴァルヴァディアちゃん。1つ聞かせて?アオヨはどうなったんですか?」
レイーナがこの国を去ったときには、確実にアオヨは生きていた。それがどうなって、アオヨは死んだことになったのか、レイーナは分からなかった。
「機械帝国からの定期便で、私にアオヨの訃報が届きました。でも、私には、アオヨが死んだとは思えなかったんです」
そう言ったレイーナを前に、ヴァル子は、少々戸惑っていた。何せ、ヴァル子もアオヨの死因はしらないのだから。ただ、死んだらしい、と言う話は聞いた。アオイも覚えていないという。この状況から、ヴァル子は、確実にアオヨが死んでいると考えている。ただ、しかし、気になる点はたくさんあった。
「そうですね、ひっかることはたくさんあります」
そういいながら、ヴァル子は、アオヨと最後にあった日のことを思い出す。静かな宵闇のあのときを。
「赫紅の忍者」・シルフ・レイラ・キリュー・メリアル・フォン・ヴァルヴァディア=ディスタディアは、帝城の監視網に引っかかった謎のテログループを潰すように命令を受けて、仕事に出ていた。その日は、一般に言う休日と同じであり、夜でも多くの帝国臣民が街を闊歩していた。そんな中でテロなど起こされてしまったら大変なことになる。それ故に、ヴァル子が出動する羽目になったのだ。
「ったく、こんな時期にテロ、ね」
主であるラオラ・ララリース現皇帝の容態が芳しくないというこの時期に、テロなど起こされてはたまったものではない。このタイミングで、帝王が急死でもしたら、国はテロリスト達の手に傾きかねないのだ。
家の屋根の上を駆け、テロリスト達がいるという一軒のビルへと向かう。基本的に機械帝国の建造物は、上流階級の一軒屋地域以外は、ビルなどの同じ形、高さの建物が並んでいるところが多い。まあ、商店街や貧民街は除くのだが。
「とっとと片すとしましょうかね」
指をコキリコキリと鳴らしながら、颯爽と屋根を駆ける様子はまさしく忍者だった。しかし、それにしては、目立ちすぎる紅の長髪。それが地面の方からの人工的な光と天からの星や月の光によって、キラキラと輝いていた。
夜闇に潜もうともしていない紅色のライダースーツは、前面のジッパーが大きく下げられており、そこからヴァル子の肌が見えている。
なぜ、ジッパーを下げているかと言うと、ライダースーツの内側に小型通信機が入っているため、すぐに通信できるようにするためである。
ならば、へそが見えるまで下げる必要があるのだろうか、と思うかもしれないが、ライダースーツは意外と肌に密着するために少し下げた程度だと物を取り難過ぎるのだ。
ともかく、そんな理由で、痴女的格好のヴァル子は、屋根の上を走っていた。
「目的地は、あそこね」
目的地が見える距離まできたところで、ヴァル子は、気を引き締める。そして、通信機で帝城の方へ連絡を入れた。
「こちら『赫』。敵地に侵入します」
通信機の向こうからの返事を待たずに、ヴァル子は、音を立てずに、帝国機械技術開発部から渡された、帝国にある全ての建物のセキュリティロックをハックすることが出来るカードを使って侵入した。無意味に全てのセキュリティを解除すると怪しまれるので、入り口のキーロックだけを解除したのだ。
通信機の向こうからの返事を待たなかったのは、指示されても従う気はないし、単なる報告の様なものだったからだ。
「特にこれといった一般人の気配は感じないわね」
ヴァル子は、静かに、周囲を警戒しながら、すばやく1階、2階と監視カメラに映らぬようにカメラの死角を狙いながら階を移動する。罠やセンサの類は見受けられない。ヴァル子は、それでもなお慎重にテロリスト達が居る階を目指し、そして、辿り着く。
そっと、部屋の戸を開け、中の様子を確認しようとしたヴァル子に、異常な冷気が戸の隙間から襲い掛かった。前を肌蹴させたライダースーツのせいで、もろに身体に冷気をあびたのだ。
「あら、ヴァル子、久しぶり」
戸の方を見るように、ヴァル子に声をかけたのは、蒼色の髪をポニーテイルにまとめた女性であった。彼女を中心に、渦巻くように氷の花が咲き乱れている。
「アオヨ……?」
そう、その女性こそ、アオヨ・シィ・レファリスだ。「青蒼の侍女」と恐れられた「賢者」である。そして、アオイの母親でもある。
「何でアオヨがここに」
ヴァル子には分からなかった。アオヨが何故、こんなところでテロリストを一掃しているのか、そもそもどこから聞きつけたのか。
「ちょっと、ねぇ。まあ、ここを発つ前にちょっとした暇つぶしかしら?」
ここを発つ、と言う表現に、ヴァル子は、不審に思った。レイーナが出て行くという話は聞いたが、アオヨは残ると思っていた。それに、レイーナからもアオヨは残ると聞かされていたのだ。
「魔法王国に帰るの?」
ヴァル子の短い問い。ヴァル子はいい加減寒くなってきたのか、自身の体を抱きしめていた。
「ん~?違うわよ。ちょっとね」
そう言った後に、すぐさま、窓を開けて、そこから氷の滑り台を作って滑り降りたアオヨをヴァル子は見送った。
その数日後のことだ。情報ネットワークにより、アオヨとリリオの死亡の通達が来て、すでに処理されていたのは。
この国を発つ、とアオヨが言っていたことを思い出したヴァル子は、まさか、と、思う。流石に、他国か大陸外に子供を置いて出て行くとは思えない。しかし、死亡届けぐらいは、改竄できるだろう。機械弄りの天才、リリオ・ララリースがいたのだから。
「アオヨは、ここを発つと言っていました。でも、それが事実かは分かりません」
ヴァル子の言葉に、レイーナは、少しの間考えるように「う~ん」と唸ってから、ヴァル子の方を見た。
「機械帝国から出て行くとして、暗隠王国、魔法王国、大陸外、いずれにも行くのは難しいでしょう。暗隠王国はコネクションのあるヴァルヴァディアちゃん以外では入るのは不可能でしょう。御庭番衆が国境周辺を常に警戒しているそうですし。魔法王国ではアオヨの方が有名ですし。この大陸の外へ行くには、船がありませんしね」
この国、いや、この大陸に船はない。船を造れるだけの技術も、船を造る材料もあるが、船はない。なぜなら、この大陸から出る必要が無いからだ。どの国も、大陸外よりもかなり進歩している。それをむざむざ外へ広める必要がない、と言うことだ。
機械帝国は、外よりも数百年単位で進んだ機械技術力を持って
いる。外では、燈火から言わせてみれば中世の街並み程度だろう。大した技術力もない。まあ、いくつか、偶然に辿り着いた商業船に魔造人形を売りつけていたので、外にも魔造人形はいくつかある。
魔法王国は、外よりも数十年単位で進んだ魔法技術を持っている。また、狭い環境の中で、魔力の高いもの同士が交わることによって、高い魔力を持つ者が非常に生まれやすくなっていて魔力水準値も高い。外の人間の低いものを1とすると、魔法王国の低いものが、最低でも120程度。外の最高値と魔法王国の最低値が大体同じと言うことになる。
暗隠王国は、外でも珍しい、絶対君主制で政治の水準は、群を抜いて高い。まず特徴的なのが、名ばかり貴族がほとんどであり、本当に王が全てを握る絶対君主制。されど、世襲制度は無く、全てが実力のみで決まる。今、王を殺せば、その者が王。なお、現王が病死、寿命で死んだ場合、御庭番衆が暫定的に王となり、貴族同士で戦い、頂点に立った者を新王にすることになる。前にも記したが、貴族は、結果を残した者に与えられる。つまり本当の実力主義だ。
こういった事情から、船を造ることはせず、たまに流れ着く商業船や戦船(あくまで戦艦ではない)などに荷物を渡すだけだ。稀に、それに乗って外へ出るものも居る。それはどの国も共通らしいが、機械帝国は魔造人形の調整のために出荷品と、魔法王国は外の国の秘術を学ぶため、暗隠王国は任務のため、と理由は様々だ。
そして、ここ数年、この大陸への漂流はなし。よって、外へでることはできない、と言う結論に至るのだ。
大陸外では、シャールス帝国、ウビロフ王国、スマノイ連邦の三つ巴戦争などをやっているが、大陸の人間から見たら、幼稚な戦争をしている、としか思っていないらしい。
「と、なると、どこへ行ったのやら、皆目検討がつきません」
レイーナは、はぁ、と溜息をつく。まあ、それはそうだろう。それ以外となると、空か海か、地中か、そんな様な選択肢しかなくなってしまうのだから。そして、何故、アオイを置いていったのかは、未だ不明のまま。
「まあ、そうなると、何か手がかりが無いか、アオイ君に聞くしかないんですけど」
ヴァル子がそういうが、アオイが何も覚えていないのは、ネーナから聞いていたし、アオイの反応を見ても明白だろう。
「アオイね」
レイーナは、思わず幼き日のアオイを思い浮かべた。成長しているだろうが、レイーナにとってのアオイは、そのアオイなのだ。
「アオイ……、会いたいなぁ」
思わず一瞬、少女らしい本音が出たが、ヴァル子には聞こえなかったようだ。しかし、まあ、聞こえていたところで、ヴァル子はスルーしていただろう。
「アオイは……、アオイは今、どこにいるんですかね」
レイーナがヴァル子に聞いた。ヴァル子も正確に知っているわけではないが、場所は知っていた。
「そうですね、たぶん、家の方ですかね、この時間なら」
家、と聞いてレイーナがピクリと眉を動かす。そして、ヴァル子に真剣な表情で問いかける。
「ヴァルヴァディアちゃん、アオイの家はどこですか?概観は?居住者は?」
まくし立てるように聞かれて、ヴァル子は、その剣幕にちょっと引き気味になりながら、一歩、二歩と下がる。
「え、えっと、帝城からだと、歩いてさんじゅ……いえ、27分ほど。上流と言うより、えっと高級住宅街の第2地区にある帝王家別邸に。概観はかなり広めの2階建て一軒屋です。居住者は、アオイ君と人形が1体」
人形が1体という表現に対して、レイーナは違和感を感じた。いくら精巧な人形でも、それをヴァル子が居住者として扱うのか、と言うことである。
「ヴァルヴァディアちゃん、人形って言うのは?」
その問いに、ヴァル子はバツの悪そうな顔をした。非常に答えにくいのだ、リヒトのことは。別にアオイはレイーナにならリヒトのことをばらされても何も言わないだろうが、ヴァル子は、正直、リヒトのことをよく分かっていない。
「えっと、リヒト・シィ・レファリスと名乗っている人形です。アオイ君曰く、通常の魔造人形とは異なる構造、機関、動力、素材で動いているらしいんですが。女性型の人形で、少し前にアオイ君が拾って直したみたいですね。かなり複雑な構造で、まあ、おそらく、アオイ君以外には直せなかったでしょうね。かなり不思議な人形ですが、危険性は無いでしょう」
レイーナは、そういうことが聞きたいわけじゃない、と思いながらも、得られた情報を整理して、リヒトについて考える。
「ふむ、高級住宅街の第2地区でしたか?」
しかし、結論が出なかったレイーナは実際に会うことにした。ヴァル子は、レイーナの言葉を聴いて、少し驚く。
「いえ、今から行くのは、やめたほうがいいかと……」
もう夜だ。あまり夜分にたずねるのは関心されない。それに、高級住宅街は、住人以外の出入りが午後6時以降制限されている。無論、リヒトのように人形とされるものなどは別だが。
高級住宅街の人間は、その関係上から、夜は仕事やカジノなど家にいないことが多い。そこを空き巣に狙われないとも限らないからそういう制度になっている。
「……そう」
ヴァル子に言われて仕方なく諦めるレイーナ。その様子を見て、ヴァル子は、仕方なく代替案を提案する。
「じゃあ、明日、私が学園に行くのについてくる、と言うことでいいですか?そうすれば、アオイ君が休まない限り会えるとは思いますが」
その提案にレイーナは即刻頷いた。
翌朝、レイーナは、ヴァル子とともに、国立機械技術師育成学園にいた。そして、今2人が居るのは、アオイがいつも講義を受けている部屋だ。何度か言ったように、この学園は、大学の様なものだ。しかし、あくまで大学の様なものであって、大学ではないために、講義室が決まっている。それと担任の教師も居るし、連絡事項を伝えるためのショートホームルームの様なものもある。
「じゃあ、行きますよ」
ヴァル子が、部屋の戸をノックした。すると、部屋からは、イルシリアの間延びした返事が返ってきた。
「は~い、どうぞ?」
その返事を聞いて、ヴァル子が戸を開ける。そして、ヴァル子だけがずんずんと部屋の中に入っていく。レイーナは踏ん切りがつかず廊下にいた。
「あら、ヴァルヴァディア教諭、どうかしました?」
イルシリアの言葉に、ヴァル子が、「あ~」と自分の後方、戸の方を見た。そして、チラリとアオイがいるか確認をする。
「何か用か、ヴァル子。昨日のハッキングの件なら解決したはずだろ?」
アオイがヴァル子にそう言った。ハッキングとはリリスの起こした事件のことである。ヴァル子はアオイがいることを確認し、はぁと溜息をつく。
「実は、さるお方とこの学園に来たのよ。そんでもって、この講義室に寄らせてもらったわ」
このタイミングで「さるお方」などと呼ばれる人物に講義室中が「まさか」と思った。レアも思ったようで、隣の席に居るアオイに聞く。
「もしかして、『氷帝大賢者』かな?」
しかし、アオイは、レアに返事をしない。無論、アオイは、「さるお方」がレイーナである予想はすぐに立った。故に、硬直しているのだ。心の準備をする前に、まさか向こうから来るとは思っていなかったのだ。
「ほら、早く入ってきてくださいよ」
戸まで戻り、無理やり引き入れるヴァル子。レイーナは、まだ心の準備が終わっておらず慌てた。
「ちょ、ヴァルヴァディアちゃん」
無理やり、レイーナは講義室内に引き込まれた。そして、室内がシーンとする。流石に、かの「氷帝大賢者」がこのような少女の様な女性だとは思っていなかったのだろう。しかし、その中で、一人、予想通りの彼女の姿に、別の意味で何も言えなかったものが居る。アオイだ。
一方、レイーナの方も、一瞬で、アオイを見つけた。流石に蒼い髪が良く目立つためか、それとも別の理由か、すぐに分かった。
「し、師匠」
「アオイ」
小さな互いの呟きは、通常なら互いに届かなかっただろう。しかし、幸いにも、講義室が静まり返っていたために、届いた。
「アオイ!」
たん、たん、と少し風の魔法を応用したブーストをかけて、アオイ目掛けてレイーナが突っ込んだ。それをアオイは、立ち上がりそっと受け止めた。
「師匠」
「アオイぃ……」
頬を染め、笑顔と泣き顔が混じったような奇妙な顔でアオイに抱きつくレイーナ。それを優しく抱きしめるアオイは、いつ似ない満面の笑みを浮かべていた。
「えっと、あの方が?」
この奇妙な空気の中、イルシリアは、恐る恐るヴァル子に問いかけた。それを苦笑で答えるヴァル子。
「ええ、あの人こそ、魔法王国最強の『氷帝大賢者』、レイーナ・ミルディア様よ」
まさか、レイーナの方から抱きつきに行くとは思っていなかったヴァル子は、尊敬する人物の意外すぎる事実に、もはや苦笑しか出来なかった。
「アオイ君の母、アオヨ・シィ・レファリスや私とも交流があるから、こういう感じなのよね」
ヴァル子の一応のフォロー。
「そうだ、アオイ!あの約束、果たさなきゃいけないね」
レイーナは、少し恥ずかしさが混じる笑顔でアオイに言う。一方、アオイは、その言葉が嬉しすぎて天にも昇る気分になったとか。
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