14話:蒼紅の龍族
機械帝国の帝城「ララリース」。その前に到達したレイーナは、城の前に居座る魔造人形に出会った。
周囲の衛兵が何を言っても動こうとしない人形だった。武力行使をしても傷つかず、動かない。何なのだろうか、とレイーナは首を傾げる。
そして、レイーナが横切ろうとした瞬間に、その人形は、怠けた声、声を出すのも面倒くさそうな声でレイーナに言った。
「俺は怠惰の禁忌を犯した人形だ。あ~、俺と勝負をしてみないか?」
やはり面倒くさそうに、そう言った。元から勝負する気などないように、そう言った。怠惰の人形。
「また、人形ですか……?」
レイーナが面倒くさそうな口調でそう言った。
「俺はベルフェ・ルーチェ。俺を……、そうだな、動かしたらあんたの勝ちってことでどうだ?」
レイーナは、杖を地面に降ろし、一言呟く。
「《土よ》」
それだけでベルフェの下に土塊が出来上がり、ベルフェが上に動かされた。
「はい、私の勝ちです」
そう、動かしたのでレイーナの勝ちだ。あっけなかった。レイーナは、ベルフェの横を通り過ぎようとする。
「ああ、俺の負けだ。さぁて、帰って寝よ」
ベルフェはのっそりと立ち上がり、城とは別方向に歩き出そうとして、何かに弾き飛ばされるように城前に転がってきた。
「アホか!」
銀の髪をポニーテイルにした女性がベルフェを蹴り飛ばしたのだ。ベルフェは、地面に寝転んだまま、女性に言う。
「なんだ、デル子か」
その物言いに、女性は憤慨する。そして、ベルフェの元まで歩み、ベルフェの上に足を置いて言う。
「誰がデル子だ、誰が!」
グリグリと固いヒール部分でベルフェを踏みつける。当然のことながらベルフェは人形であるから痛くはない。
「あたしゃ、破夜・アーデルハイトっつー名前があんのよ!」
破夜・アーデルハイト。念のために言っておくが、ギル・アーデルハイトとは全くの無関係である。
「はじめまして、『氷帝』!あたしは、破壊の人形。破壊の禁忌を犯した破壊者よ!」
そういって、バン!と地面に足を打ちつける。地面と破夜の間にベルフェがあったが、間一髪避けた。
「危な!何す……いいや、怒んのもめんどい」
そういって、ごろごろと転がって怠けるベルフェ。破夜は、そんなベルシェを殴りたくなったが、蹴っ飛ばすほうが速い、と蹴っ飛ばす。
「『氷帝』相手なら文句なしっ!そっこー殴って、敵国の強者を討ち取る!それこそ、燃え!」
そのときベルフェは、
(あ~、またバラムに変なことを吹き込まれて、……。しかも間違ってるし……、いや、燃えか?萌え?いいや、どっちでも。考えんのめんどいし……。訂正すんのもめんどい)
とか考えていた。
「なんだかよく分からないけれど、とにかく戦うってことですか?」
レイーナの「またか」的な顔に、破夜が不思議な顔をする。そして、レイーナはため息をつきながら、破夜に言った。
「もう、何なんですか、貴方達は。また、【禁忌の十二】とか言う組織ですか?」
そう言って、レイーナは、「高貴なる原初の王」を地面に突き立てた。そして、呪文を唱える準備をする。
「なぬ!ちょっとベル!何でこの女、あたしらの組織の名前知ってんのよ!」
破夜は、怒りと共に、またベルフェを蹴ろうとした。ちなみに、ベルとはベルフェの略称である。
「何で、って言われても、エルファムっていっぱいいた人形が名乗ったんですけれど……」
レイーナは、エルファムに名乗られ、組織の名前を知っていた。当然そのことを知っているとばかり思っていたのだが、破夜は知らないらしい。
「ちょっ、ま、エルの奴やられたの?」
確認の意味を込めて破夜がベルフェを見た。しかし、ベルフェも知らなかったようで、「さぁ」、と顔で答えた。無性に腹が立つ顔だったので破夜は再び殴りたくなった。
「まあ、あいつは俺等12人の中で最弱……、奴らと俺等を……えーと……」
「途中でしゃべんのやめんじゃないわよ!あと、最弱はアンタ!」
ベルフェの言葉に破夜が即座にツッコミをいれた。レイーナは夫婦漫才を見せられている気分になって、やる気をそがれた。
「まあいいわ!仲間の仇も含めて、アンタをぶち壊す!」
そう言って体の中から出したのは、一本の棒だった。いや、正確には薙刀のような、棒の先に刃物が付属したもの。
燈火がこの場にいれば、「ナタク?!」と叫んだかも知れない……。
「《地土竜》!」
地中から土の化け物が作り上げられる。巨大にして、強大な、もぐらと龍の中間の化け物は、破夜目掛けて食らいつく。
「ハッ」
それを一突きで弾き飛ばした。モグラと龍の中間の化け物は一瞬で瓦解した。そこに残ったのは、土の塊だけ。
「こんなもん?この程度の強度、あたしの棒の相手じゃないわ!」
その言葉に、レイーナの中の何かが揺れた。強度、固さ、硬さ、堅さ、そう硬ければ壊されない。地面、土、鉱物、金属。
「《鉄錬》《金精製》《最硬物》」
地中より、全域から鉱物を集め、その中から金属と分離する。そして、最も硬きもの、人工物を除き、最も硬いとされる鉱石、ダイヤモンドを抽出する。
機械帝国では、前述のように、魔鉱石系列以外は、さほど価値がないとされている。それゆえに、ダイヤモンドの発掘などは行われていない。だから、地中には十分にあるのだ。
「《土壁》!」
そして、そのダイヤモンドで壁を作り上げる。
「ハッ、ガラスみたいで、もっと柔そうねっ!!」
破夜が「棒」でその壁を突く。ギィンという音と共に、「棒」が砕けた。そう、破夜の「棒」でもダイヤモンドには勝てなかった。
「んなっ……」
驚愕の表情を浮かべる破夜。破夜の一撃は、大地を砕くほどの威力があったかもしれない。だけれど、それは、地面が土だった場合だ。
「ダイヤモンドは、天然石の中で最も硬い鉱石。それを集めた壁の強度は、ダイヤモンド以外では砕けないほどに強いんですよ」
それこそ、ダイヤモンドは砕けない、だ。レイーナは、こうして、また二人、【禁忌の十二】を撃退した。
レイーナが4人、アオイが1人、合計5体を撃破。残りは、7体。
一方、その頃、某世、某所にて、火々夜燈火とシャリエ・フォルビーは、仕事が一段落して、切り株に腰を掛け、森の中で話をしていた。
「それで?データベースで調べていたみたいだけれど、一体何を調べてたの?」
それは、シャリエが仕事前に、統括管理局のデータベースにアクセスしていたのを知っていたゆえの問いだった。燈火に聞かれ、シャリエは、少し考えるようにして、燈火への説明方法を考えた。そして、一番適したものを導き出す。
「お嬢は、【《コウ》龍王】という言葉を知っていますか?」
それを聞いて燈火が真っ先に思い浮かべたのは、「甲龍王」だった。硬い甲羅を持つ龍の王。
「えっと、アレよね。サヴァリエで【血塗れの月】が戦ったって言う最上龍種でしょ」
そう、それは「甲龍王」であって、「《コウ》龍王」ではない。そもそも概念からして二つは違うものなのだが。
「その『甲』ではありません」
そういわれて、燈火が思いつくのは、「紅」、「鋼」、「光」、「劫」、「皇」など。それを思いついたであろうころあいに、シャリエは言う。
「【《コウ》龍王】とは、『甲龍王』を宿した蒼紅深紅の子である蒼紅ミララの名前なんですよ」
その名前を聞いて、燈火は目を見開いた。燈火は、その名前に覚えがあったのだ。蒼紅と言う一族に。
「んなっ、あの動物一族って元は龍王だったの?」
その動物一族と揶揄されるゆえんは、天狐や狼などの血が混じった子孫がいるからだ。
「いえ、天狐、狼神、狗式神……、あの一族には数多の異種の血が流れているんですが、その原点は、【悪魔】と【馬】ですね。【バルムンクの悪魔】と称された蒼刃深魔……【クリームヒルトと契約せし者】が、【天甲】・北上紅馬……【天なる馬を宿した者】と婚約して【蒼紅】の一族が生まれたのです。
そして、二人の子、『甲龍王』・蒼紅深紅は、天馬、悪魔、龍王の力を継ぎ、クララと結婚をすることで二人の子を儲けたのです。そのうちの一人が、【《コウ》龍王】・蒼紅ミララなのです
この【《コウ》龍王】と言うのは、【甲龍王】、【紅龍王】、【光龍王】、【鋼龍王】、【劫龍王】、【皇龍王】と、《コウ》の呼び名を関する龍王の内、【皇龍王】以外の《コウ》龍王が宿ることから【《コウ》龍王】とされたらしいのです」
甲龍王・アルシャリグノス。その身は硬き甲羅に守られ傷つかぬ。その甲羅の強度は、ダイヤモンドを優に超え、人工的に造った金属の強度の数億倍とされる。それを超えられるのは、僅かな魔法や超科学などの末に生まれた謎の金属か、神造金属のみだとされる。
紅龍王・ベルシャリグノス。紅炎龍ベリオルグのレプリカとされ、その口から吐かれる炎は、鉄すらも熔かすと言う。マグマにすら耐えられる皮膚の構造をしているが、長時間は耐えられない。
光龍王・エルシャリグノス。光の象徴でもある始祖の龍の眷属。闇、悪魔に対して絶対の加護を持つ聖なる龍。その翼が振るわれるたびに、光の剣が地に降り注ぎ、聖なる者には癒しを、邪なる者には痛みを与える。
鋼龍王・ガルシャリグノス。鉱物の象徴にして、鉄造の加護を持つ。鉱物を食らい、その体内で高濃度に圧縮され、排泄される。それにより精錬された金属は、アルシャリグノスの甲羅すら切り裂ける刀を生み出せる。
劫龍王・ワルシャリグノス。永劫の「劫」にして、劫火の「劫」を背負いし龍。その炎は紅炎龍ベリオルグの炎にも勝るとも劣らない威力を持ち、まるで地獄の劫火のようだと言われている。
皇龍王・ディルシャリグノス。皇帝の龍であるが、全てを統べる龍ではない。皇族にして、高貴な龍。その力の加護は、「地位」と「名誉」と「才能」である。
「ふぅん、それで、なんでそれを調べてたの?」
あまり興味なさげな燈火。まあ、そうだろう。燈火の専門は、基本的に暗殺と密偵、対人戦闘だ。今回の人型兵器の暗殺なんていうのは例外中の例外で、しかし、まあ、例外の方が多い例外なのだが、それでも例外なのだ。ましてや対龍なんてものは、上の人間がやることであって、燈火は、たとえ目の前に龍が現れても逃げるだろう。
「実は、蒼紅深紅の婚約者の名前、クララなのですが、正確に言うなれば、クララ・シィ・レファリスなのですよ。蒼刃から派生した二つの家系、『蒼紅』と『シィ・レファリス』。それゆえに、蒼天騎士団長の【蒼刻】をも継いでいるはずです」
シィ・レファリス、その名を聞いて、燈火の目の色が変わった。アオイ・シィ・レファリス、同じ、シィ・レファリスの名。とても偶然とは思えなかった。
「じゃあ、あのアオイ・シィ・レファリスと言う名前は……」
燈火が推測を立てて、驚いたように口を開いた。アオイの正体、「蒼刃」の派生。それは三神の一柱の血を引くということである。
「ええ、ですが、まだ……」
シャリエが言いにくそうに、声を潜めた。その様子に怪訝そうに燈火がシャリエに何事か聞く。
「何よ、まだ何かあるの?」
燈火の声に、シャリエが、口を噤んだ。燈火は、問い詰めるようにシャリエの顔を見つめた。
「……お嬢は《レリファス》をご存知ですか?」
レリファス。レファリスと似て非なるもの。そもそも文字の順番が変われば、それは別の何かに認定される。そういうものだ。
「れ、《レリファス》?何よ、それ」
燈火は、どうやら知らなかったらしい。シャリエが、そんな燈火を少しあきれた顔で見て、溜息とも似つかぬ息を吐き、言う。
「【時空剣】です」
シャリエの物言いに、燈火はハッとなる。【時空剣】、それは、逆月から派生した3つの家に伝わる。
「まさか……、《輪廻》っ!」
【輪廻】と言う言葉によって導き出されるのは、【輪廻転生】だろうか。それとも【転生輪廻】だろうか。どちらにせよ、人が死んでどうなるか、と言うものである。しかし、この場合の【輪廻】とは異なる。
燈火曰く、【輪廻】は特殊な【魔法】。詠唱連結式やレイーナの使う魔法とは根本が異なる。それこそ、2つとは次元の異なる魔法である。
「ええ、その【輪廻】の三縞に伝わる剣こそ【時空剣】です」
時空剣、その名の通り、時空の剣。時空を切り取り、時空を歪ませ、時空を破壊し、時空を生み出す、そんな剣。
「でもそれがどうしたの?」
燈火は、シャリエに聞いた。そう、レファリスとレリファス、似て非なるそれは、無関係である、少なくとも燈火はそう判断した。
「確かに、二つは別のものではあるのですが……」
シャリエは、知っていた。一列に伝わる剣の名前が【時空剣】と呼ばれると言うことを。
「一列に伝わっていた【時空剣】、三縞の【時空剣】。そうなれば、二本に伝わっていた剣は……」
【時空剣】は、某世外れに巣くう龍神の形成源、中心部品のようなものになっている。
「なるほど、【時空剣】ね」
レファリスもまたレリファスと同様に時空剣を指すのかも知れない。
「待って、でも二本の家は、確か、完全に滅んだのよね?」
そう、いまや残っているのは、三縞だけだといわれている。だから、二本は存在するはずもないのだ。
「ええ、確かに。三縞以外の家は完全に滅び【輪廻】は存在しないとされています。しかし、【時空剣】の伝承が形を変え、シィ・レファリスと言う一族が生まれたのかも知れません。そして、それが、蒼の一族と結ばれ、そして、アオイ・シィ・レファリスと言う人間が生まれたと言う仮説は立てられます」
だが、それだとしても、意味はない。ただの名前と言うだけだ。苗字が少々特殊と言うだけに過ぎない。
「でも、だから何なのよ?」
燈火もそう思ってシャリエに問いかけた。すると、シャリエは、自分の仮説が正しいと言う確証もないのに言っていいものか、と悩みながらもしぶしぶ話すことにした。
「彼は、運命の収束点の一つなのかも知れません。彼を基点に世界が広がる可能性もあります。だからこそ、彼に箱を託してよかったものか、と」
運命の収束点、というのは便宜上の呼び名であり、実際、そう言ったものがあるのかすら不明だといわれている。
「ふぅん、何だ、そんなこと?」
燈火は呆れた様子でそう言った。燈火は、マントとも羽織とも言えない妙な着物を羽織り、体を炎と化しながら、シャリエに言う。
「箱を託す相手なんて関係ないわよ。それに分岐点だってんなら、まさに正解よ。それこそ、あの人形である未完成を完成にするにはアレがないといけないってんだから。アレが彼の手にあってこそ意味を成すのよ。他の誰でもない、彼の手に合ってこそ。あの人形は、謂わば彼専用機なのだから」
どういう意味を込めてそう言ったのかはシャリエには判断しかねたが、その真意を聞く前に燈火は、炎から炎へと転移をする。
「あっ、お嬢!」
慌ててシャリエは後を追った。
天鐘の皇……、そう呼ばれた男と、【貫通の大槍】……【障壁突破】を持つ第五神造人形・ノン・クリア・フュンフと言う幼き少女の姿をかたどった人形との戦いへと彼女等は足を踏み入れたのだ……。
その結果がどうなったかは、またいずれの機会にでも語るとしよう。
アオイは、自身の先祖の話など知るはずもなく、部屋で、今からどうしようか考えていた。むろん、どうしようというのは、今からどう動こうか、と言うことである。
「帝城に行くか。いや入れ違いになったら嫌だな」
誰と、と言うのは無論、レイーナ・ミルディアのことである。彼の愛してやまない師匠。そして、愛されてやまない師匠。
彼にとって、師匠と言うのは、この世でレイーナ・ミルディア、唯一人であり、あるいは、唯一人ではないのかもしれないが、そんなものはその人の感受性しだいなのでなんともいないのであるのだが、この場合、アオイ・シィ・レファリスと言う成年の場合においては、彼自身が思っている言葉で言うのなら、彼自身が考えていることを代弁するのなら、彼にとっての師匠は、他の誰でもない、レイーナ・ミルディア、唯一人である。
などと尤もらしく語らって――あるいは、書きつらって――いるのだが、それが彼自身の意見であるとは彼以外には誰にも分からないものであるし、もちろん、こうして書いている身でありながらそれが事実かは知らない。
アオイにとって、レイーナ・ミルディアと言う女性――あるいは少女と言えなくもない――が、どのような存在であるか、と言うことを説明するに当たって、彼と彼女――無論、アオイとレイーナ――は、唯の師弟関係ではない。複雑な師弟関係であり、姉弟と言えなくもなく、親子のようとも言えなくもなく、また、恋人のようとも言えなくもない、そんな複雑怪奇で、筆舌しがたい幾重もの感情が雁字搦めのようにぐるぐると渦巻いているわけなのだが、それでも、唯一つ、確かに言えることは、互いに思いあっていると言うことだろう。相思相愛という言葉があるが、まさにそれだろう。互いに思い、互いに愛しあう。ただ、その「愛」と呼ばれるものが、恋慕である「愛情」なのか、親から子への母性から来る「愛情」なのか、また、家族、親愛から来る「愛情」なのか、と言うことは、誰にも分からない。本人達にも、きっと分からないのだろう。
こんな風に、どこかの物語の語り部のようにつらつらと書き連ねたが、こんなものは、唯の文字稼ぎに過ぎないのかもしれない。そうでないかもしれない。
「先ほどから何をしてるんですか?」
うろうろ、ブツブツ、と言った表現が、果たして擬音として正しいと言えるのか、と言うことはさておき、アオイが先ほどから「帝城へ行くか行くまいか」と言う議題に対して賢明に思考しているうちに、リヒトが室内に入ってきていたらしい。
リヒト。「光」と言う意味の名を持つ神造人形、いや正確に言うならば未完成――あるいは、失敗作――である。
「ん、ああ、リヒトか」
アオイは、そう言った。ほとんど無関心に、そう言った。興味がない、と言うかのようにそう言った。いや、この場合、本当に興味がなかったのだろう。彼は、今、師匠のことで頭がいっぱいなのであるから。いっぱいで満杯。それ以上、入る余地がないということである。それゆえに、リヒトまで気が回らなかったと言うのが正しいか。
「ん、ああ、リヒトか、じゃありませんよ!私、かれこれ数回話しかけましたもん!ボーっとしているとかそんなレベルじゃありませんよね!」
もはや怒鳴っていた。怒っていた。当たり前、と言うべきか。何度話しかけても答えがなければ、怒ってしまうだろう。しかし、それも度が過ぎれば、心配しだすのだが、今回はまだ数回ですんだから怒る、でとどまったのだろう。いや、心配させたほうがいざこざがなく済んだかも知れない。
「ボーっとはしていない。考え事をしていたんだ」
そんな風に弁解をするアオイは、どこか、リヒトではない何かを見ているように、そう言った。どこか、と言うより、誰か。正確には、誰でもない、レイーナ・ミルディアである。彼の思考は、現在彼女のことだけで構成されている。
「考え事……?何か、あったんですか?」
アオイの蒼く染まった髪を見ながらリヒトは言った。今日は、蒼く染まってから初の登校日だった。髪の件で何かあったと思うのが当然と言うものだろう。
「ああ、少しな。今、動くべきか、動かざるべきか……。リリスの言い方からすれば、もう、何人かは向こうへ行ったと考えるべきだろう。しかし、残りは……」
魔造人形には、禁忌とされる項目が11個存在する。しかして、その禁忌は、造られた側である魔造人形に、どうにかできる事柄であろうか。そう造られてしまった魔造人形は、それを覆すことが出来ないのはなかろうか。
第一の禁忌、殺戮の禁忌。殺戮の人形。人間を殺す術を持つ人形は禁忌だとされている。
第二の禁忌、生殖の禁忌。生殖の人形。人と子をなせる人形は、禁忌だとされている。
第三の禁忌、知識の禁忌。知識の人形。人間以上の知識を持ち合わせた人形は禁忌だとされている。
第四の禁忌、怠惰の禁忌。怠惰の人形。人よりも働かず怠ける人形は禁忌とされている。人形名はベルフェ・ルーチェ。
第五の禁忌、美貌の禁忌。美貌の人形。人間よりも格段に美しい人形は禁忌とされている。人形名はリリス・ヴィルヘルミナ。
第六の禁忌、不死の禁忌。不死の人形。人よりも長い時間を行き続けられる人形は禁忌とされている。人形名はエルファム・フェネクス。
第七の禁忌、創造の禁忌。創造の人形。人間の専売特許である創ることを造られたものがすることは禁忌とされている。人形名はシュバイン・ストラトス。
第八の禁忌、叛逆の禁忌。叛逆の人形。人に叛逆、逆らうことは禁忌だとされている。人形名はジュジュリア・シャルゲン。
第九の禁忌、自爆の禁忌。自爆の人形。人間の意思に反して、自らを解体することは禁忌とされている。
第十の禁忌、破壊の禁忌。破壊の人形。人の造ったものを破壊することは禁忌とされている。人形名は破夜・アーデルハイト。
第十一の禁忌、病魔の禁忌。病魔の人形。人間が患うはずの病魔を患うことは、人に近いということから禁忌とされている。
第十二の禁忌、最後の禁忌。最後の人形。最後の禁忌。本来存在しない禁忌。あってはならぬ禁忌。それゆえに、存在しない。
はて、11個存在するなどと言って、書き連ねたのが「12」個あってしまうのは、甚だ遺憾である。しかし、「12」存在するのだ。正確には、12個目は存在しない。故に、11個の禁忌ではあるのだが、存在しないながらに「12個目」は存在する。存在しないのに存在する。なんとも矛盾めいた話であるが、存在しないと言うのは、存在を認識して初めて言える話である。
たとえば、ここにはリンゴが11個しかない、つまり12個目がないということは、11個のリンゴを認識した上で、かつ、その近くの物体をすべて認識して、「12個目が存在しない」と言う事実を認識しなくてはならないのだ。
だが、この場合、12個目の禁忌というものは、存在する。明確に、存在する。存在してはならないけれど存在する。
矛盾だらけの禁忌。禁忌ゆえの矛盾。
「エルファム、シュバイン……。そしてリリス。残るは9体。そのうち、好戦的な破夜は師匠の方へいくだろうな。ってことはセットでベルフェも」
その予想はおおむね正しかった。よって残るは、7体。そのどれもが危険極まりない魔造人形だった。ある1体を除いて、だが。おそらく、その1体だけは、攻撃をしてこないとアオイも予想しているだろう。
「アルミサエルは、除外してもいいか。戦闘能力は皆無だし」
生殖の人形、アルミサエル・ヴィオレット。ただ、人間とまぐわうことが可能と言うだけの、ただの魔造人形――いや、人間とまぐわえるだけで「ただ」のと言う表現はおかしいのだけれど――しかし、それ以外は、ただの魔造人形である。
この場合、ただの、と言う表現は、本来正しくはない。アルミサエルは、確かに性能は普通の魔造人形と変わりない。ただ、脳は、この場合の脳と言うのはコンピュータだが、そこに積まれている人工知能は、「ただの」ではない。間違いなくボトムアップ型人工知能だ。
「バラムも直接手を出してくることはないだろう、っつーか、きっと、今回の発案がジュジュリアで、計画はバラムなんだろうな」
知識の人形、バラム・グルーデ。ベルフェの思考の中でも名前が出ていたが、【禁忌の十二】の参謀役だ。
「ヴィーズも出てこないかな?」
病魔の人形、ヴィーズ・レート。病魔を患っただけの魔造人形。だから戦闘に出てくることはない。
「そう考えてみると実質、4体だけなのか……。いや、でも、その4体は……」
そう、殺戮、叛逆、自爆、最後。この4つの危険きわまりない禁忌を犯した――或いは現在進行形で犯している――人形達は、最悪と言っても過言ではない。
「師匠、どうか無事で……」
この人形達の叛逆が起こらなければ、おそらく、今頃再会していたであろう二人だ。アオイは、静かに息を吐き出した。
「先ほどから何を考えているのか分かりませんけど、きっと、大丈夫ですよ」
リヒトは、アオイに微笑んだ。アオイは、その笑顔を見るだけで、どこか落ち着いた気分になったという。
アオイ・シィ・レファリス。彼の造った12体の魔造人形たち。まるで人と見紛うほど精巧で、人間じみた、人形達。しかし、その人形達には、ある致命的な欠陥があった。それこそ【禁忌】である。
なぜ、人形達が【禁忌】を犯さねばならなかったのか。それは、アオイが彼等を、或いは、それらを造ったときに起因している。
「ボトムアップ型人工知能を造るには、難しい点がいくつもあるが……」
アオイは、苦悩していた。ボトムアップ型人工知能とは、人間の学習機能と同じで、ゼロのところから一個ずつ教えていかなくてはならない。教えるのに時間がかかるのは仕方がないことだ、とアオイは割り切っていたが、問題はそこではない。
「悪、か」
人間には感情がある。無論、ボトムアップ型の人工知能も同様に感情と言うものを有していた。しかし、そうした上で、善悪感情、損得勘定、すべてひっくるめて、「善」だけの、いわば偽善の人形を造ることは出来ない。
しかし、悪の感情だけを制限することは出来ない。どこからが悪で、どこからが悪でないものなのか、それが誰にとって悪で、誰にとって悪ではないのか、そんな
細分化されてしまっている感情について、明確な区分を作れるはずもないのだ。
また、悪の感情を抹消することも出来ない。一つの感情を消すということは、他の感情も道連れにしてしまう恐れがあった。悪が消えれば、善は、機能しない。善とは悪でないもの。悪と言う概念を認知できなければ、すべて「善」だ。
「善」を認識するには「悪」がいる。「悪」を認識するには「善」がいる。当たり前だからこそ、簡単に消すことの出来ない概念。
「悪ってのは、ダメなもの。要するに【禁忌】か」
だからアオイは【禁忌】に目をつけた。悪の象徴、【禁忌】。【禁忌】を犯すことは最大の悪である。最大の悪があれば、他の悪がなくとも善を認識することが出来る。
「つまり、【禁忌】に抵触するように誘導すれば、……」
アオイはそうして、ボトムアップ型の人工知能にそれぞれ知識を与え、誘導した。【禁忌】に抵触するように。
「本末転倒って言われてもおかしくないな」
小さな悪を滅するために大きな悪に染めた。むしろ、ある意味「悪化」である。小さな悪を溜め込まないようにするという「本末」のために、巨大な悪を設定すると、それは、「本末」を取り違えている、すなわち「顛倒」ではないか、と言うことだ。
しかし、だ。「何が起こるか分からない箱」と「爆発する箱」、どちらの対処がしやすいだろうか。そんなもの、「爆発する箱」だ。「爆発する」と分かっているのだから、川に捨てて爆発を待つなり、解体するなり、色々解決方法があるだろう。
ただ、「何が起こるか分からない箱」は、すなわち、起こるまでは「無数の可能性」を有しているのだ。箱が爆発する可能性もあるし、箱から毒ガスが出るかも知れない。どうすればいいか分からないのだ。対処の使用がない。解決方法を模索できない。
さて、どちらが楽だろうか。対策の立てられる大事件と対策の立てられない小さな事件。対策が立てられる方だろう。
「【禁忌】の人形達」
罪を持った人形を造ってしまうことをアオイは心苦しく感じた。
次話:未定
予定変更すみません。しばらく書き溜め期間に入らせてもらいます。




