13話:氷帝大賢者
孤独大陸を三方に分かつ大山脈、「アスティア山脈」。その山々を貫く形で、国を結ぶトンネルが掘られている。しかし、その通路は、無理やり山中を掘ったために崩れやすく、灯りもない。それゆえに、各国が厳重に管理していて、一部郵便や外交官を除き、両国が認めた特別な場合以外、通ることが許されていない。
その道をレイーナは歩いていた。もう、機械帝国にだろう。分断する山脈と言っても、さほど大きいわけではない。せいぜい歩いて半日から一日だ。
歩幅の狭いレイーナですら18時間程度で着く。そして、トンネルに入って18時間。レイーナは、もう、出口が近いことを理解していた。徐々に光量が増しているからだ。
そして、しばし、自分で生み出した火球だけで過ごしていたせいで、太陽の眩い光が目にしみる。レイーナは、目を細めながら、次第に目が慣れるのを待つ。
そして、やっと目が慣れると、トンネルの出口へと歩む。そう、それは、トンネルの出口であり、機械帝国への、そして、戦いの舞台への入り口だった。
トンネルの外へ一歩踏み出す。その瞬間に、すぐ側に居る人影に気づいた。レイーナは、見知ったその顔に微笑みかけた。
「お久しぶりですね、王女様」
そこに居たのは、ネーナだった。そして、レイーナに気づいたネーナもレイーナの元へ寄るが、その瞬間、レイーナの知覚領域にそれ以外に何かが侵入したことに気がつく。
「《姫鎖嵐》!」
足元から六本の鎌風が飛ぶ。その未知なる侵入者に対して、手加減無用で。何せ、殺気をむき出しに迫ってくる相手だ、問題はない、と判断した。
「ネーナ、下がって!」
レイーナは叫びながら、ネーナを比較的安全なトンネルの方へ突き飛ばす。そして、荷物を放り、聖杖「清楚なる氷の姫」を構えた。
「何者ですかっ!」
殺気の主に対して怒鳴るように問いかける。すると、その主は、静かに現れた。そして、レイーナに言う。
「【禁忌の十二】所属、エルファム・フェネクスと申します」
赤と黒を混ぜたような不気味な髪色をした青年だった。その瞳は、無機質でありながら狂気が宿っているように見える。
「かの、『氷帝大賢者』レイーナ・ミルディア氏とお見受けします。いえ、三番人の『黄土の魔女』とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
エルファムと名乗る青年は、恭しく狂気を漂わせて言った。そして、自分の腕の中からナイフを二本取り出した。
「っ?!」
腕が裂け、そこからナイフが出てきたように見え、レイーナが驚いた。しかし、彼は、人間ではなかった。それが分かったネーナが叫ぶ。
「気をつけて!それは、魔造人形よ!!」
ネーナの叫びを、すばやく理解して、人形用に攻撃を切り替えるレイーナ。瞬間的に、魔造人形の心臓ともいえる魔造機関に狙いを定め、撃ち抜く。
「《千火爛》!」
迸る火柱が、烈火の如く一直線にエルファムの体の中心を撃ち抜く。普通の人間でも即死レベルの攻撃だ。
「なるほど、一撃で魔造機関を撃ち抜こうとするとは、……、さすがですね」
だが、エルファムは無傷だった。いや、体の中央に穴が開いているのに、動いていた、と言う表現が正しいか。
「嘘っ?!」
ネーナが驚嘆の声を漏らす。それに対して、エルファムは、不気味に笑う。
「シュバインに感謝しなくてはね。この体が、こうであることを」
自分の仲間に感謝を示すエルファム。エルファム・フェネクス、彼の正体、そして、本当の名前。それらは、彼の所属する組織に答えがある。
「魔造人形にある11の禁忌の一つ、不死の禁忌の人形を冠する者にして、ボトムアップ型人工知能計画製作体06。それがこの自分です」
ララオとそのお抱えの技師、すなわちララナとアオイが行っていたボトムアップ型人工知能計画。それによって作られたのが12の人工知能。そして、それらは、それぞれ魔造人形の禁忌を犯す。
それにより生まれた組織こそ【禁忌の十二】である。
「不死の禁忌……、つまり、不死身ってことですか」
レイーナがあきれたように呟いた。そして、杖先をエルファムに向ける。先端の蒼海石にエルファムの姿が映りこむ。
「《果無氷》!」
エルファムの周囲に冷気が漂い、そして、急速に冷凍する。その周囲ごと氷漬けにする魔法だ。
死なないのならば、果てない氷に閉じ込めれば良い、と思ったのだろう。そして、エルファムは、動けない。いや、停止している。
「ふぅ……」
全て終わった、と言うふうに、息をついたレイーナ。
だが、そこに閃光とともにナイフが飛ぶ。
「っ?!《雪姫》っ」
レイーナは、瞬時に氷の盾を生んでカバーする。そして、ナイフの飛んできた方向を見る。そこには、エルファムが居た。
「そんなっ?!」
レイーナは、再度、エルファムが凍っていることを確認した。なら、目の前に居る、このエルファムは一体、何だと言うのか。
「言っただろう、不死の禁忌に触れた、哀れな人形だと」
間違いなく、目の前に居る男が……人形が、エルファムであると確信を持って言えた。姿形だけではない、中身まで、完全に、エルファムだ。
「なるほど、一体殺しても、死なないって言うことですか」
レイーナは、少々面を食らった。しかし、白のローブをはためかせて、杖を構えなおす。そして、一歩踏み込み、魔法を放つ。
「《氷染花》!」
周囲一帯に氷の雨……霰雹を降らせる魔法。その魔法で、あたり一帯に氷の散弾を撒き散らす。
「《瑠世嵐》!」
そして、暴風が、その雹を巻き上げる。それに対して、何も行動を示さないエルファム。そして、エルファムに向かって、いや、周囲に向かって風と氷の乱舞が襲い掛かる。
「《爆火裡》!」
そして、そんな中を業炎が駆け巡る。風に炎が乗って縦横無尽に駆け巡る。途中、氷を溶かし、炎と氷で蒸気が生まれる。
蒸気が風に巻き上げられ蒸気の渦が出来上がる。視界不良の上に、その中を炎が回っている。
その蒸気と炎の奔流は3分ほど続いただろうか。炎と風が消え、蒸気も晴れていく。辺りには、8体ものエルファムが転がっていた。
つまりエルファムを8度殺したのだ。いくら不死と言えど、よみがえるわけではない。ならば、上限があるはずだ。
「さすがは、『三色魔導』と言ったところでしょうか。土以外の魔法をこうもふんだんに使われるとは」
しかし、エルファムは生きていた。氷も炎も嵐も、全てをもって圧倒的なまでの魔術を使い、されど倒せない相手。レイーナは、恐怖を感じた。それとともに、相手に敬意すら覚えた。
「なるほど、禁忌とやらに触れた人形だけはありますね」
レイーナの言葉に、エルファムが笑う。ナイフを構えながら、笑ったのだ。狂気の目でレイーナを見る。
「ええ、そう、禁忌に触れたのですよ。我々は。しかし、それもまた定め。我々が、彼に、アオイ・シィ・レファリスによって、この世に生を受けた瞬間から、我々は禁忌に触れるようになっていたのですよ」
エルファムがそう言った。そう、言ったのだ。「アオイ・シィ・レファリス」と。レイーナは、瞬時に理解した。アオイがこの人形の製作者だと。しかし、アオイの指示では動いていない。
レイーナは感慨深くなる。
(約束、守っていたんですね……)
アオイとレイーナが交わした約束。「私が帰ってくるまで、きちんと待って、待ってる間に勉強をして、機械も造ったり直したりできるようになってたら、あのときのお願い、聞いてあげてもいいよ」。その約束。機械を造れるようになっていた。なら、勉強もしているし、直したりも出来るのだろう。
まあ、勉強できるかどうかはさておき、アオイは待っていた。すっかり忘れていたが、約束を守って待っていた。
「ふぅ、そう、ですか……」
そして、レイーナの顔つきが変わる。今までの、加減していた「氷帝大賢者」の顔を脱ぎ捨てる。
「なん、だ……」
エルファムが思わず声を漏らす。それもそのはずだ。レイーナの着るローブが、眩く黄金に輝いていたからだ。
いや、正確には、「聖法衣」の内側に縫われた金色の糸で描かれた魔法陣が開放され、それが黄金の輝きを放っていたのだ。
黄金の糸。前述の通り、魔力を蓄える役割を持つ。そう、その糸こそ、「金糸」と呼ばれる伝説の生物から取れる伝説の糸だ。
「《風量軽》解除」
そして、ドスンと言う音が響く。メリメリと、聖杖「清楚なる氷の姫」にヒビがはいる。
瞬く間に、剥がれ落ちる木片。それらは、外殻に過ぎなかった。いわば、中身を封じるための枷。
風量軽によって普段から風の補助で上方向に持ち上げられており、重さをあまり感じさせないが、それを解除したことで、本来の重さに戻り地面に勢いよく叩きつけられ、その衝撃で外殻が壊れたのだ。
そして、本来の姿を露にした。黄金だった。金色だった。黄金石を削りだして造った杖。それをリリオに「私、土属性は苦手だから補助が特大じゃないといけないから」と言って無理やり造らせたのだ。
その真名を神杖「高貴なる原初の王」。地の魔法を最大限に使うための最高の杖である。
「アオイの造った人形だと言うのなら、全力で叩き潰さないと、あの子に失礼ですから」
そう言ったレイーナは、地面にめり込む「高貴なる原初の王」に手をかざした。
「《土よ》」
初歩の呪文、「土よ」、だ。「火よ」、「水よ」、「土よ」、「風よ」は初歩の初歩、魔法王国内でも子供でも使える、と言うより「魔法使い」なら誰でもどれか一つは使えるものだ。
そんな初歩魔術でなめているのか、とエルファムが思う。いくらエルファムが機械帝国の人形であるからと言って、流石に、それが初歩呪文であることくらい知っていた。
ちなみに、少し威力が上がると「炎」、「氷」、「地」、「嵐」となる。「~よ」の呼びかけでないのは、初歩は、自身に呼びかけることで発動しやすくする、ようはイメージしやすくなるように仕向けるからだ。だから、応用段階なると呼びかけの必要がなくなる。
ちなみに、初歩4魔術は、「~よ」で呪文であり魔術名でもある。
「なめて……っ?!」
なめているのか、とは言い切れなかった。「土よ」とは、土塊を生み出す魔法だったはずなのだ。
だが……、レイーナの放った魔法は、エルファムの居る場所ごと地面を隆起させる。そう、その一帯を土塊にしているのだ。
「そ、そんな馬鹿なっ!ありえないですよ!いくら杖で増加されているとはいえ、不得意な土属性でここまでの威力をっ!」
ガタガタと地面が揺れる。地震のように揺れ動く。縦揺れだ。まあ、下から押し上げているのだから上下に揺れるのは当然だが。
「不得意、ですか」
得意げな笑みで微笑むレイーナ。そう、彼女は、決して土属性を使えないわけではない。氷属性は、一番好きな魔法であって最も得意な魔法ではないとは、前にも言ったことがあっただろう。
「残念ながら、地の魔法は、私の最も得意な魔法なんですよ」
その言葉とともに、バンッと地面が一気にせり上がった。巨大な土塊が出来上がり、その上にエルファムが乗せられている。そして、それが宙に飛び跳ねる。
「《重力石》!」
そして、加重により一気に下に叩きつけられる。この魔法は、土塊を鉄塊に変え、重量が増し落下する魔法である。
「ぐっ……」
急速な落下にエルファムは、四肢が千切れそうになる感覚を覚える。実際には、機械なので痛みなどないのだが、コンピュータが機体に損傷を受けることを自動的に回避したいので、どうすればいいのかのシミュレートが多重に行われて苦痛になる。
「《地九林》」
さらに追撃するように、地面から9の柱が立ち上がり、上手い具合に落下してくる鉄塊をよけながら、上に上がった柱が突き刺すようにエルファムに向かって落ちる。
ズドォン!
ただでさえ加重して落下していた鉄塊に土の柱の勢いも相まって、すさまじい勢いで地面に叩きつけられた。
その衝撃で地面が大きく揺れる。地面が砕け、砂塵や土が宙を舞う。視界が悪くなる中、レイーナは、さらに技を繰り出す。
「《岩飛礫》!」
岩石を生み出し発射する。高速で撃ち出された岩塊が、エルファム目掛けて突き進む。本来の岩飛礫は、拳大から顔ほどの大きさの岩を撃ち出すものだが、レイーナが使えば、直径5mくらいの岩塊が一瞬で出来上がる。しかも速度が変わらないのだから恐ろしい。
「化け物がっ……!」
エルファムが唸るように言った。度重なる加重と衝撃で、エルファムは再び死ぬ。そしてもう一体。
「驚きです。まさか、ここまで追い詰められるとは。シュバインの生み出した分身体がほとんど全滅ではありませんか」
シュバイン・ストラトス、創造の禁忌に触れた人形。仲間のコピーを造り上げる。そして、本体が、遠隔的にその人形を操作することで不死として造り上げた。
「まさに、神の様な力ですね、その魔法」
地神ミーサ。その実、ミーサは土魔法が得意だったという話がない。何せ、他の神とされている炎神は「赫灼紅魔」、氷神は「氷結深蒼」、嵐神は「風翠華迅」と言った名があったとされる。しかし、地神ミーサは「影牙魔忍」なのだ。
「神、ですか。それは違いますよ。私の力は、所詮、人の身にあったただの力に過ぎません。神とは、もっと偉大なものですから」
そう言って、再び杖に手をかざす。黄金の杖が魔力を受け、激しく輝いた。増幅させているのだ。
「《地土竜》」
そして、地中より、巨大な化け物が現れる。まるで、土竜と龍の中間とも言えるような巨躯。
「ぐっ」
あっけなく、エルファムは踏み潰された。おそらく、ああやって姿を見せたということは、残機が少なかったのだろう。
もはや、襲ってくることはない、と思ったレイーナはとっとと片をつけたのだった。
「ふぅ、酷い有様ですね……」
周囲のぐちゃぐちゃになった地面を見た。そして、杖に手をかざして、一言呟くように囁いた。
「《地重治》」
地面に圧力を掛け、綺麗に均す魔法。そう、レイーナさえいれば、機械帝国との協定など必要ないのだ。
しかし、レイーナは、人前で土属性の魔法を極力使わないようにしていた。それは、あまりにも強力すぎる力は、他人を傷つけるからである。
「ネーナ、大丈夫でしたか?」
レイーナは、トンネルに避難させたネーナに声をかけた。すぐにネーナから声が返ってくる。
「んもぉう、あんまり地属性を使わないでほしかったわ。トンネルが崩れるんじゃないかってビクビクしたもの」
トンネルは、崩れやすいので、あまり地盤に影響を与える魔法を使うとトンネル崩落なんてことになっていたかもしれない。
「ごめんなさい。敵が強かったから……。まあ、なんたってアオイの造った人形ですし」
と、自慢げに小さな胸を張ってレイーナが言った。すると、ネーナが笑う。レイーナの口からアオイのことが出てきたからだ。
「そういえばアオイちゃん、昨日、うちに来ていたわよ」
ネーナの言葉に、レイーナがきょとんとする。目を見開いて、動きを止めて、わなわなと震える口でネーナに問いかける。
「来てたって、て、帝城に?」
一応、アオヨとリリオは勘当された身。二人が亡くなったとは言えその息子をやすやすと城に招き入れて大丈夫なのだろうか、とレイーナは心配する。
「大丈夫よ。アオヨちゃんとリリオ義兄さんのことを現皇帝は知らないし、ラオラさんは倒れていて、アオイちゃんとは会ったことがないから」
あの頃城に勤めていたメイドたちは、全員、すでに城を出たか、ラオラに付きっきりで看病をしているかなので不在だ。
「そう、アオイは元気だった?」
レイーナは、ネーナに聞いた。ネーナは、それを聞いて笑い出す。
「もう、直接会って聞けばいいじゃない。城に着いて、明日にはゆっくりできるんだし、どうせアオイちゃんも学校に行っているでしょうから、会おうと思えば会えるわよ」
ネーナはそう言って、レイーナを引っ張って城へと歩き出す。
アオイを目指して、レイーナは、城へ向かうことに決めた。周囲に散らばるエルファムの残骸を魔法で焼却するとネーナにつれられ一歩ずつ歩んで行く。
アオイ・シィ・レファリスは、朝になっても髪の色と瞳の色が元に戻っておらず、ため息をつきながら朝の支度をした。支度といっても特にすることはないのだが。
そして、制服に袖を通して、ため息と共に、玄関のドアを開け、外へ出た。いつもより早めなのは、レアと遭遇しないようにである。まあ、どのみちレアとは講義室で会うことになるのだが、それでも朝早く追及されながら学園に向かうよりはましだろう。
「さて、と」
機械帝国において、蒼髪と言う色は、滅多にない、と言うより、ない色である。それこそ紅色よりも稀少だろう。
魔造人形の中には、何体か蒼髪のものもあるが、アオイのような鮮やかな色はしておらず、どちらかと言うと青である。
機械帝国における一般的な髪色は、金髪や茶髪であり、その他に稀少な色として、紅色やオレンジ色がある。特にオレンジ色は、ヴァスティオン家以外にはない毛色で、ヴァスティオンの人間は、たいていがオレンジ色の髪を持っている。
「どう言い訳したものか」
アオイは、通学しながら、言い訳を考えていた。しかし、急に髪と目の色が変わるなどと言う怪現象の説明がそうそう浮かぶはずもない。
「ま、何とかなるか」
そして、アオイは、言い訳を考えることをやめた。髪は染めたにしても、瞳色は説明のしようがなかった。機械帝国において、コンタクトレンズは存在しない。それゆえにカラーコンタクトなるものはない。
機械帝国では、臣民皆健康補助制度があるため、基本的に臣民には、太りすぎ、痩せすぎ、視力低下、早産、死産、性病感染などがなくなっている。そのため、生まれつき視力が低い一部の人間か、強い衝撃を与えられたことによる網膜剥離、眼球に直接のダメージが与えられたことによる眼球損傷以外で、眼が見えにくくなることがない。
しかも最初の一つ以外は、メガネの意味がないため、この国でメガネを常にかけているのは、滅多にいない。
ちなみに最初の一つ以外はメガネの意味がないのは、網膜剥離は手術次第で元に戻るし、眼球が直接傷ついていたらメガネの意味はないからだ。
なお、メガネをファッションでかける者や防護ゴーグル代わりにかけている者もいるが、常にかけているわけではない。
メガネが浸透していなければ、コンタクトが出来るはずもなく、コンタクトレンズなどと呼ばれるものは現存していない。かつては、あったかもしれないが、もはやないのだ。
「ん?何だ?」
アオイが登校していると、なんとなく普段より視線が集まっていることに気づき、違和感を覚えた。だが、すぐに髪色のせいだ、と気づく。
「まあ、気にしないでおくか」
そう呟きながら、アオイは、学園へと足を進める。道中、最近、機械廃材置き場と言う名の宝の山に行っていないことにアオイは気づくが、忙しくてそれどころじゃないから仕方がないか、と未練がましくごみ山を見てから、学園にたどり着く。
すると、アオイの視界にミュウが入る。ミュウ・ラ・ヴァスティオン、オレンジ色の髪をした子供にしか見えない20歳の女性である。なぜこうも、ミュウが出る度に本名を再確認するかと言うと、出番が少なく影が薄くなりがちだからである。
「おはよ、ミュウ」
何気なく、アオイは、ミュウに声をかけ、ミュウがアオイの声に反応して、満面の笑みで振り返り、動きが止まった。
「ん?どうかしたか?」
アオイがミュウに問いかけた。ミュウは、まじまじとアオイを見て、暫し沈黙してから、アオイに叫ぶように聞いた。
「あ、アオイ先輩、その髪……目も、どうしたんですか?!」
ミュウに聞かれて、アオイは機械廃材置き場のことですっかり忘れていた髪色目色の問題を思い出した。
「あ、ああ。そういえば。やっぱおかしいか、これ?」
やっぱり一日来なかっただけで、髪と眼の色が変わっているのはおかしいよな、と言う意味でアオイはミュウに言った。
「あ、いえ、似合ってますけど!」
しかし、ミュウは、似合ってなくておかしいか、と言う意味で捉えたらしく、アオイにとって予想外の返答が返ってきた。
「ん、そうか、似合っている、か」
まあ、昔は、この髪瞳色だったのだから、むしろしっくりくるくらいだからな、とアオイは、思う。
「まあ、昨日、色々あってな」
アオイはごまかすようにそう言った。それに対して、普通にごまかされた、と言うより、別の部分に引っかかったミュウ。
「あれ、一昨日の夜かなんかにこうなっちゃってて、病院とかで昨日休んだんじゃないんですか?」
てっきりそうだと思っていたミュウは意外に思った。そんなミュウの気持ちなど知らないアオイは、なるほど、そう言う言い訳もあるのか、と思った。しかし、色が変わった理由については根本的に触れていないため、あまり意味がない。
「いや、まあ、こうなったのは、昨日だ」
そう言って、いろいろとのらりくらりとミュウの質問をかわして、アオイは、いつもの講義室へと向かった。
講義室には、いつ着たのか、すでにレアが居た。アオイは、アオイのことを見て、驚いている講義室内の面々を放置して、備え付けのノートパソコンと格闘しているレアの横の席に座った。
「おはよう、レア」
アオイがレアに声をかけた。レアは、アオイの方をまったく見ていない。
「うん、おはよ、アオイ。今日は迎えにいけなかったけどちゃんと起きれたん……だ……」
そして、会話の最中でアオイの方を見て、動きが止まった。無論、アオイの髪と瞳を見て、だ。
「あ、アオイ?!どうしたんだい、その色?!」
色という表現はどうなのだろうか。せめて、髪とか瞳とかにしておいたほうが良いに違いないが、レアも慌てていたのだろう。
「あ~、まあ、色々あってな」
そう言った瞬間、ドアが開いて紅髪の講師、エリミネ・セルト・イルシリアが入室してきた。
「はぁ~い、注目、って、アオ、あんた、なにそれ?!」
イルシリアが驚いて眼を見開いて聞いた。アオイは、ため息をつきながら、イルシリアに向かって言う。
「なんでもない」
簡素な一言だった。その言葉で、イルシリアはアオイが話すことを否定していることを察する。
「まあ、いいわ。それじゃ、講義の前に連絡事項『氷帝代賢者』が今日、機械帝国に来るそうです。予定より早いですが、まあ、帝城に滞在するそうなので、皆さんには関係ないんで、来ると言うことだけ知っておくようーに」
イルシリアの簡単な連絡事項だが、それを聞いたアオイは、思わず立ち上がった。ガタンと椅子が倒れたりはしない。椅子は固定されているタイプのものだからだ。
「今日、だと……」
いきなり師匠が戻ってくると知って驚きとうれしさが入り混じり、思わず立ってしまった。
「ふふっ、ふはっ、ふはははははは!そうか、今日か!」
アオイの奇行にレアどころか講義室内がギョッとする。思わず後ずさったイルシリアがアオイに聞く。
「あ、アオ、大丈夫?」
アオイは、笑いながらも、答えた。
「ああ、大丈夫だ。問題はない」
満面の笑みで答えたアオイを不気味なものでも見るかのようなイルシリアが見た。その瞬間、警報音が鳴り響く。
「またハック?!」
レアが叫んだ。そう、間違いなくハッキングの痕跡である。しかし、同じ手は使えないはずだ。アオイがプログラムの穴を塞いだから。それにシャリエと燈火は、現在ここにいない。
「この速度。まさか、リリスか?」
アオイが、画面に注目する。アオイは、そのハッキングの手口から、画面の向こうが誰なのかを察する。
「リリスって、あのハッカーの?」
レアがアオイに問いかける。アオイは、少し考えるように指で頭を押さえ、思考を開始する。そして、誰にでもなく言う。
「……リリス・ヴィルヘルミナ。美貌の禁忌に触れた人形、か……」
そして、画面に浮かぶ挑発的なメッセージ。
「――It is very easy.Are you this degree?」
とても簡単ね、貴方はこの程度なの?と言った内容の文章であった。それを見た瞬間、アオイの中に火がともる。それは大火と化す。
「チッ、手ぇ、抜いてたら調子乗りやがって……」
自分のノートパソコンとレアのノートパソコン、それと周りの空席のノートパソコンを一斉に起動する。そして、凄い勢いで、学園のコンピュータに侵入する。
「え、ちょ、何が起こっているんだい?」
レアの問いにアオイは答えない。ただ一心不乱にパソコンを叩く。すると、画面の挑発的な文章の下に文字が浮かぶ。
「生みの親なめんじゃねぇよ」
その文章は、アオイが打ち込んだものだった。生みの親、レアやイルシリアにはさっぱりわけが分からなかったがリリスには伝わったようだ。
「とっとと潰す」
カタカタとキーボードを叩く音だけが講義室内に響く。高速で叩くあまりキーボードにひびが入るのではないかと思うほどだ。
「中枢制御、ファイアーウォール突破、管理者権限書き換え完了、パスワード設定変更、プロテクト、ロック、コンピュータに介入、制御奪取、同期機能停止。介入完了」
およそ10分くらいの電子格闘と共に、リリスとの電子戦を終了した。そして、アオイは、講義室のドアの方に話しかける。
「おい、リリス、いるんだろ?」
ドアが開いて、一人の女性型魔造人形が入ってくる。その風貌、まとう雰囲気が、一般の魔造人形とは全く違った。
美しき翡翠色はまるで翠嵐の森の色のようだった。薄肌色の人工皮膚は、まるで人間のように張りを持つ。
紅の瞳は、燃えるように輝き、翠の睫毛がそれを際立たせる。普通の人間と違って瞳を大きく造られている。顔立ちも整っている。
リリス・ヴィルヘルミナ。美貌の禁忌に触れた人形だ。
「リリス。さすがの腕だったぜ」
にやりと笑って言うアオイ。それに対してリリスは、負けた悔しさのにじみ出る表情でアオイに対面する。
「久しぶり、と言うべきかしら……。アオイ・シィ・レファリス帝国機械技術開発顧問さん」
リリスは、そういってさびしげに笑った。
「ふん、俺がお前らを生み出した『親』か」
どことなく感慨深そうにアオイは言った。
「今回は、完全に負けたわ……。わたしも、そして、エルファムとシュバインも」
リリスが負けを認めた。それは仲間の負けについてもだった。しかし、アオイはその覚えがなく、困惑の表情を浮かべた。
「エルファムとシュバイン、だと?覚えがないが」
アオイの言葉にリリスが首を横に振った。そう、二人を負かしたのはアオイではない。リリスが言う。
「二人を倒したのは、レイーナ・ミルディアよ」
リリスの言葉に、アオイの表情が輝く。そしてにんまりと笑って勝ち誇ったような笑みで言った。
「流石は師匠だぜ」
その言葉、あいにくと、レアにもイルシリアにも届いてはいなかった。ちなみに、リリスの言った帝国機械技術開発顧問の部分も上手く聞き取れなかったという。
「わたしは、負けを認めて引くとするわ。残りは、9体よ。気をつけて」
リリスはそう言うと姿を消した。
アオイは、未だ再会できぬ師匠に思いを馳せ笑うのだった。
次話:08/30 (土) 00:00 更新予定
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