12話:魔造人形
アオイが目を覚まし、ヴァル子と喋っているころ、リヒトは、ある人物……、ある物と対峙していた。それは、人を模した形をしているが、人ではないもの。それゆえに、リヒトの【天球の瞳】でも探知しにくい存在。
【天球の瞳】は、その性質上、生物を中心に姿形等の生体データを見抜き、さらに、その存在の本質すら見抜くものである。機械相手でも出来ないわけではないのだが、通常時は、人間しかサーチしないように自動設定されている。
そして、目の前にいるそれは、限りなく人に近い、人形。魔造人形である。
目も覚めるような鮮やかな椛色の髪。そこそこ長い髪をそのままにしている。
少しにらんでいるように見えるつりあがった目。
そして、その肉体。さほど強靭そうではないその肉体。その男は、いや、男のような人形は、到底人形とは思えないほど人らしい仕草で、頭をかいた。
「ほぉう?貴様、人形か……?」
その人形は、静かにそう口にしたのだった。リヒトは、その人形を観察するように見ながら、聞き返す。
「貴方も人形ですね」
リヒトの言葉に、答えるように人形は頷いた。流暢に、まるで、人間のように。しかし、だ。リヒトは思う。
(未完成人形も神造人形も全てが女性型で製作されているはず……。では、彼は、一体……)
リヒトの思考。人形は、それとはまったく関係なしに、話を続ける。眼をギロリとさせ、リヒトを見ながら。
「俺は、……そうだな。ジュジュリア・シャルゲンとでも名乗っておこうか」
ジュジュリアと名乗った人形は、妙な服を着ていた。しかもその服にはⅩⅡと書かれていた。
「あら、まさか、ⅩⅡ?」
十二なのに十一。それを言ったのは、ララナだった。ララナは、彼のことを知っていた。姿形は知らずとも、情報としては知っていた。
「ふん、駄王か」
つまり、ダメな王と言う意味である。ララナは、そう言われても仕方がないことを理解していた。
「ええ、そうね。貴方達から見れば、そうよね。貴族の機嫌取りの所為で『魔造人形人権保護法』なんて、お飾りの法律だけで手一杯なのだから」
肩を竦めて、そう言った。
魔造人形人権保護法。数年前に制定された法案。魔造人形を、奴隷として酷使している貴族は、その法案を却下しようとしたが、魔造人形保護団体「協和の果て」の主張により、国を脅かされてはたまらないと思い、形だけの法案を決定した。
ちなみに、魔造人形保護団体「協和の果て」とは、壊れた魔造人形や消耗の激しいパーツが足りないことに反論する団体であり、人権とは別のものを求めていたのだが。主に、エンペラークロイツ社やセブンインダストリアルの重役が基本的なメンバーである。
「自覚しているなら尚のことだ。お前は、あいつと違い、俺らと張り合えるものは何もないのだから」
その物言いにリヒトは、何か違和感を覚えた。誰かもう一人、それも彼ら、つまり彼の他にもいるであろう面々とまともに渡り合える人物がいると言うことだ。
「ふふっ」
思わずララナが笑みをこぼす。にやりと、ほくそ笑む。その笑みに、ジュジュリアは、眉根を寄せた、人間のように。
「何がおかしい」
ジュジュリアの怒気を孕んだように聞こえる声。ララナは、笑いながら、ジュジュリアに言う。
「アオイが貴方達と同列?馬鹿言わないで」
ララナは、はっきりと、怒りを表に出して、そういった。ジュジュリアの言う「あいつ」とは「アオイ」のことである。
「リリスと対等にハックできることぐらいしか脳のないあいつに俺達以上のものがあると?」
リリス・ヴィルヘルミナ。ジュジュリアの仲間にして、かつて、伝説のハッカーとして名を知らしめた。先の国立機械技術師育成学園ハッキング事件にてアオイとともにシャリエにハック返しをしたリリスのことだ。
「ふん、なめないで。アオイは、貴方程度に負けるほど弱くないわよ」
ララナがそう言った。その言葉に対して、ジュジュリアは、不思議な、コートとも上着とも言えない服をはためかせて、去りながら言った。
「そうか。ふん、まあ、試させてもらおう」
にやりと、笑ったように見えた。不敵に、愉快そうに。
アオイは、蒼くなった自分の髪を摘み、さらさらと弄る。どう見ても完全に染まっている。一部の隙もなく。黒かった部分は一切ない。
「しかし、綺麗に染まったもんだ」
アオイの独り言に、ヴァル子が、アオイの髪を見ながら、ため息をついて、言葉を投げつけた。独り言に対してなので返すのではない。
「まあ、アオヨも同じ色だったし、そう言うものなんじゃないの?」
ヴァル子の投げやりな言葉に、アオイは、ため息をつく。まず、ミュウとレアにどうしたのかを聞かれるだろう、と思うとアオイは、明日の苦労が先読みできてため息しか出ない。
「《氷》」
呟くようにアオイは、魔法を使った。まるで、ある一点を中心に、急速に凍りつくように冷気が渦巻いた。
前述したように、この世界における魔法は、外界の形に当てはめて変質させるものである。呪文の詠唱は、発動の条件に含まれないが、明確に当てはめる道しるべを作ることで速くはなる。そして、外界にすでにある形に当てはめるため、「分子運動が止まり凍る」のではなく、「冷気によって凍る」と言う形に当てはまる。分子とは目に見えず確認できないものであって、冷気によって凍ると言う方が、一般的に分かりやすい。
よって、冷気を生み出し、それにより空気中の水分が凍り、氷が生まれるのがこの世界の《氷魔法》である。
そして、生まれた氷を、ある程度思い通りの形に変える。今回は、花だった。冷たい、氷の花。【氷華】。
「へぇ、見事なものね」
ヴァル子が驚いたように声を上げた。それほどまでに綺麗な氷の花だったのだ。しかし、アオイは納得いっていない。
せっかく作った氷の花を握り潰した。
「師匠ほど上手くない」
そう言った。さすがに「氷帝大賢者」、魔法大国である魔法王国で、最も《氷魔法》が上手いとされる魔法使いに勝てるはずもない。しかも彼女は、氷を最も好いているだけであって、最も得意かは別な話なのだが。
「まあ、そうでしょう。って言っても……」
ヴァル子は、少し苦い記憶を思い起こす。【夜の女王】、忌々しげに言ったあの表情を。
某世、月面城【星空の楽園】。ズヴィズダーは、ロシア語で星と言う意味を持つ。スターやシュテル、ステラと同様の意味を持っているのだ。
「ふん、忌々しいわね……」
そう彼女、美しい艶やかな黒髪と光の混じった星舞う夜空のような瞳を持つ女性は言った。これは、まだ、全盛期の【夜の女王】、黒夜響花。
伝説の魔女にして、気高き女。そんな彼女には嫌いな属性があった。氷だ。その理由は、簡単である。
【夜の女王】を退け、全盛に立った世代。その筆頭の属性を取って【氷の世代】と呼ばれる彼女ら。筆頭、【氷の女王】。【帝華】、【氷上の妖精】、【氷河の乙女】など様々な名前をつけられたその女性。
響花は、その女性が大嫌いである。だから、氷も大嫌いなのだ。そして、響花はよく語る。その氷の馬鹿馬鹿しい強さを誇り、なお、美しい、最強の氷の話を。
「その氷は、透明で、一度目にすれば心を奪われる。まるで、その深氷に、ひきつけられるように。それこそ、ありふれた《氷の魔法使い》の中の一人が、最強を名乗ったんだもの、その氷の美しさと、そして、その威力があってこそよ……」
【氷の女王】は伊達ではない。その一撃の威力、彼女の得意とした【氷の墓標】は、巨大な十字の氷塊をたたきつける技である。その威力は、下手をすれば、天が裂け、地面が割れる。
そして、当人の美貌。美しい紫の長髪と、紫の瞳。
魔法……魔術だけでなく、体術、剣術、忍術、棒術、妖術など、幅広い分野に精通し、それらを全て最高峰まで会得した一種の化け物。まさしく、最強の【氷の女王】である。三神の一柱である「キサキ」の人間であるのは伊達ではない。
「だから、嫌いなのよ」
響花はそう言った。
話は逸れるのだが、三神の一柱と称した者は、今までに三人いた。【蒼刻】の「あおば」、【死眼】の「あまつき」、そして【氷】の「キサキ」。これらが三神、と言うわけではない。括りで言えば、一柱が「あおば」、もう一柱が「キサキ」、「あまつき」である。なお、「キサキ」、「あまつき」の他にも多数存在する。最後にもう一柱。合わせて三神と呼ばれているのだ。
月面城【星空の楽園】内、天龍寺邸にて、愚痴をこぼす響花。響花は、かつて、様々な弟子を抱えてきた。
たとえば、ヴァル子。他にも、天龍寺夜紅魔や五木林魔菜火などの弟子がいた。まあ、夜紅魔も魔菜火も人ならざるものだが。
そして、後に弟子……と言うか、世話係として雇われるのが、【唄姫】と謳われた雨月謳雨であった。歌で世界を救い、呪文を詠うことで敵を滅し、祝詞を謡い、【唄姫】と謳われた、そんな彼女。
特に魔法的な意味での師弟はないが、基礎などは、全て教わったと言う。【歌の体現者】、【原初を奏でる神遠の歌】とも呼ばれる。
響花が【暗き闇に浮かぶ夜の真珠】と呼ばれる夜なら、謳雨は【原初を奏でる神遠の歌】と呼ばれる朝だったと言う。
ヴァル子……、ルシルフ・レイラ・キリュー・メリアル・フォン・ヴァルヴァディア=ディスタディアに響花が付けた二つ名は、【天翼と悪翼の交錯する朱髪の忍者】である。長い。この天翼と悪翼と言うのは、ヴァル子の「ディスタディア」の名に起因している。アルカディア・ディスタディアと言う、響花の持つ本に登場する姫の名前だ。
他にも夜紅魔は、【光嵐と紅天を纏う龍を担いし神の使い】と呼ばれ、魔菜火は、【融和と断絶の業を背負いし悪魔】と呼ばれた。
と、まあ、そんな響花に教わったヴァル子は、氷について散々話を聞かされてきた。
そんな経緯があってか、ヴァル子は、氷の魔法使いの凄さの基準がいまいち分からなくなっていた。確かに、レイーナの魔法は凄かった。しかし、今のアオイの氷も綺麗だった。果たして、そのどちらよりも凄いであろう【氷の女王】とは一体、どんな人物だったのだろうか。
そんなことを考えてしまうあたり、ヴァル子は、意外と知りたがりなのだろう。興味あるものは、とことん追求したいタイプの人間である。
「って言っても何だよ?」
途中で言葉が途切れたヴァル子を不信に思い、アオイが問いかける。その問いかけに、ヴァル子が思考に耽っていたことに気づき、慌てて答える。
「何でもないわ」
そう言った。そして、ヴァル子は、ふと、思い起こす。かつて、響花の友人が言っていたと言う風に響花から聞いた予言の話を。
某世、月面城【星空の楽園】。【桜蘭】こと【桜花爛漫】と称される少女がいた。響花の友人で、四門……二代目四門と称される【飛天王】の妹だ。
「御久しゅう、響花はん」
彼女は、生まれは【飛天】だが、育ちは某世の京都府である。【桜花爛漫】以外にも【白翼】、【白炎】、【白帝】、【三白天】などと呼ばれる。
「あら、せっちゃん。お久しぶりね」
「せっちゃん」とは彼女のあだ名である。京都に居たころに名づけられた名前から来ているのだが、もはや、その頃の名前を知るものは、四代目天辰流篠之宮神、つまり三神の一人、くらいのものだろう。
「あら、これは紅い相やねぇ。それに、姫の相。そんでもって、死神の相や。響花はん、次に会う紅い髪の子を弟子にするとええよ。そして、その子は、蒼天はんの……。いつか、果て無き蒼を手にする子と手を取り合う言う風に、ウチの神託にでてますねぇ」
それが刹那の言う神託……予言だった。彼女の託宣は、預言書である【悠久聖典】を読み解き行うもので、信憑性は高い。そのため、これから先に現れる天辰流篠之宮神は、初代から数えて十二代目までは、予言済みなのである。
その十二の神の子孫にあたる者たちが、三神の末裔とされるものなのである。そのため、その家系に天辰流篠之宮神が現れる以前ならば、その家は、三神の家系には入らない。
「果て無き蒼?【蒼刻】のことかしら?」
響花が聞くが刹那は肩を竦め、首を傾げた。彼女が託宣で知れるのは、大まかなことだけ。その中身はよく分からない。
「さあ、わかりまへん。ただ、蒼色なんは分かりますねぇ。それが、海の蒼か、空の蒼か、はたまた、あの蒼か。それはウチには関係のあらへんことやさかい」
そう言う刹那。響花は、それに対して、笑った。そして言う。
「確かにそうね。貴方には関係のないことだわ」
響花はそう言いながら紅茶を啜った。刹那は、腰に提げた白い刀を揺らしながら、背に翼を生やす。
白い翼は、美しく輝いていた。刹那の白銀髪が揺れ動く。その姿は、さながら天使のようだが、彼女は【飛天族】と言う、背……腰より少し上に翼を持つ一族である。
【飛天族】の中でも白い翼は高貴の証とされ、紅い翼と並んで崇められている。なお、【飛天王】は紅の翼である。
「春場はんが、よんどるんで、ウチはこれで帰ります。ほな、おおきに」
親友であり、主であり、従者でもある人物に呼ばれていると、刹那は、その場を後にする。
と、そんなことがあった話を聞かされたヴァル子は、アオヨにあったとき、アオヨがその果て無き蒼を手にする子なのだと思っていた。
「果て無き蒼を手にする子……ね」
ボソリと呟くヴァル子。それに、アオイは目ざとく反応を見せた。
「何だ、それ」
アオイの問いかけに、ヴァル子は、静かにため息をつく。そして、アオイを見て、語りかける。
「ねぇ、アオイ君。貴方が、果て無き蒼を手にする子だと言ったらどう思うかしら?」
その語りかけに、アオイは、訝しげな顔をして、ヴァル子のことを見た。そして、ヴァル子に聞く。
「だから、それは何だよ」
アオイは不機嫌そうに聞いた。それに対して、ヴァル子も少しいじけて、アオイに対して言った。
「私も知らないのよ」
その言葉に、アオイは、なんじゃそりゃ、と思ったが口にはしなかった。蒼の極致。それが何なのか、それを知る者はいない。あるいは、【彼の物】ならば、知っているのかもしれない。
「アオイ君。貴方、煉翔桜花って知ってるかしら?」
その言葉に、アオイは、首を傾げた。知らない言葉だった。ただ、どこか引っかかるものがあるような気もした。
「じゃあ、【勝利】と言う単語に何か感じるものはないかしら」
その言葉に不思議に思うアオイ。特に感じるものはない。特に思いいれもない。ただ少し、かつての自分に重なるだけだった。はて、そのかつてとは一体いつなのだろうか。
「特にはないな。しかし、急に何なんだ?」
アオイは、急に質問を投げかけてくるヴァル子に疑問を提示た。ヴァル子は、少し考えてから、アオイに言う。
「アオイ君。貴方、【蒼刻】って覚えているかしら?」
そう、こく……?と疑問符を浮かべた。それに対して、ヴァル子が、少し意味深な顔をして、アオイに言う。
「貴方の今発動している力のことよ。その蒼髪蒼眼にしている」
そう、アオイにある……アオヨとアオイにある特異な力。異質な力。異常な力。そして、異端な力。神と同じ力を人の身で手にする異端。
「私の師曰く、【蒼天の馬鹿】の力、だそうよ」
馬鹿などと急に言われてアオイは、一体何なんだ、と思った。どこでも馬鹿呼ばわりされる蒼天である、一応神なのに。
「誰なんだ、ソウテンって」
アオイが肩を竦め、その可哀想な人について聞く。するとヴァル子は、さあ、と言って、言葉を続けた。
「知らないわ。ただ、【蒼刻】は、その人の家を血がつながってないと使えないらしいとしか……」
その言葉を聴いて、アオイは、疑問に思う。血がつながっていないと継承できない、すなわち、血、DNAにそれを使うための何かがあると言うことになる。それならば、クローンを作れば、クローンもその力を継ぐのだろうか、と。
アオイには導き出せぬ答えだが、答えは否である。それは、血ではなく、魂に受け継がれる力だからだ。
「ふぅん、なかなかに興味深いな。とりあえず、血のつながりと言う話では、俺の記憶に残っていないアオヨって言う人が母さんなのは間違いないみたいだな」
記憶が曖昧で確信の持てなかったアオイだが、ようやく確信につながったようだ。だが、それだけではない。
「それにしても、【蒼刻】。蒼を刻む力か……」
しばし考え込むように押し黙り、そして、アオイは口を開いた。
「蒼き血潮は、世界を救う、か」
かつて、誰かに言われたような気がしたこと、燈火との戦いのときにも浮かんだその言葉が、アオイの心を揺さぶった。
「蒼き血潮……ブルー・ブラッド、ね」
ヴァル子の意味深な呟き。まるで、何かを知っているかのような、そんな呟きに、アオイは、ヴァル子の方を見た。
「ブルー・ブラッド。蒼色の血。【蒼刻】の別称のこと、らしいわよ。まあ、私の師が言っていたことだし、どのくらい信憑性があるかはわかんないけどね」
ヴァル子は、響花のことをそこまで信頼していない。師として尊敬してはいるが、信頼は薄い。
「【蒼天の血潮】、【蒼刻】、【蒼き力】、呼び方は様々あるけれど、結局は、同じもの。一般的に【蒼刻】と呼ばれているらしいわよ」
……蒼刻、蒼刃について、語らうとしよう。(本編にあまり関係のない話なので飛ばしてもかまわない。)
蒼天。蒼星。蒼空。蒼海。蒼森。蒼葉。蒼刃。蒼に輝く7つの力場。それぞれに意味を持つ。
蒼天。蒼き天空は、全てを包み込む蒼色の天国。魂の行き着き先である天国を意味する。
蒼星。蒼き星は、明るき証。そして、水の星を意味する。数多ある星々の中で、最も温度の高いことを意味する蒼白い星を意味する。
蒼空。蒼き空は、全ての天候を司る大空。天候は、人の感情と重なる大いなるもの。悲しき者は大雨と、嬉しき者は晴々と、落ち込みし者は曇りと。天候と感情とを意味する。
蒼海。蒼き海は、生命の根源。生命を司る大海。全ての根源であり、恵みでもある優しさを意味する。
蒼森。蒼き森は、自然の恵み。生命の生きる場となり、生命を支える地上を意味する。
蒼葉。蒼き葉は、生命の樹の葉であり、自分の位を表す。そして、位……階級を上にすることを意味する。
蒼刃。蒼き刃は、力の証。鋭く重く強い剛力を意味する。
これらは、【蒼刻】を発動したときに現れる【蒼き力場】の中で、頭、両腕部、胸部、腹部、両脚部に造られる重要な力場だ。頭に1つ。腕部に1つずつ。胸部に1つ。腹部に1つ。脚部に1つずつ。合計7つ。
青葉に継がれし、蒼刃の血。魂に深く【刻】まれた【蒼】き力場。【蒼刻】。
では、「シィ・レファリス」とは何なのか。蒼刃でも青葉でもない、その名を継ぐ者は一体何なのか。
結論から言えば、蒼刃の【剣帝】の血を最も濃く継いだ家系である。
初代剣帝・七峰静葉と鍛冶屋の間に生まれた子供が五代剣帝・五威堂弓花と婚約し、生まれた子供が八代剣帝・立花竣。これで3人なのだが、これだけではなく、竣の婚約者の方の家系に戻る。
四代剣帝・篠宮無双、三神の一柱でもある彼女の孫が三代剣帝・蒼刃蒼司なのである。孫と祖母で三代と四代と言うのもおかしいが、無双は規格外なので、と言う説明で納得してもらうほかない。
そして、蒼司は、初代剣帝・七峰静葉と剣王の間に生まれた子、つまりは、鍛冶屋の子供と腹違い……いや腹は同じなので父違いの二代剣帝・七峰静と婚約。後に七代剣帝となる双子、蒼刃蒼衣と七峰蒼子が生まれる。
この蒼子こそ、竣の婚約者である。さらに二人の子供である、七峰剣兎が十一代剣帝であるため、その直系の子孫である「シィ・レファリス」の家には、初代、二代、三代、四代、五代、七代、十一代、と7の剣帝の血が流れているのである。
現在の「蒼刃」又は「青葉」の家に流れる剣帝の血は、5つか6つである。「シィ・レファリス」の傍流は、「蒼紅」と名を変えている故に、「蒼刃」ではない。
これが、「シィ・レファリス」が蒼刃の【蒼刻】を使える理由である。アオイは、蒼刃の血を如実に継いでいるのである。そして、「シィ・レファリス」の家系は……。
「なるほど、蒼、か……」
空の蒼。海の蒼。だが、アオイは、それよりも氷の「蒼」の方が好きだ。レイーナの、そして、母の優しい色。
優しい氷の色。だから、蒼は好きだ。
そう、アオヨも氷の魔法を使っていた……気がする、とアオイは思う。
「まあ、嫌いじゃないな……」
ぼそり、と感慨深く呟くアオイ。そうして、自分の蒼色の髪の毛をくるくると弄るのだった。
その頃、魔法王国の王城、「湖畔の城」にて、茶髪で、小柄な少女のような女性が大きな荷物を持っていた。
女性は、レイーナ・ミルディア。魔法王国が誇る3人の「大賢者」が1人「氷帝大賢者」だ。
美人というよりは、美少女。白色のローブの細部には黄金の刺繍があしらわれている。このローブは、前魔法国王より授かった「聖法衣」である。
本来、「大賢者」に与えられるのは、「炎帝」なら「紅」、「嵐帝」なら「翠」、「氷帝」なら「蒼」、「地帝」なら「黄」のローブが配られる。それぞれ高品質な素材で作られており、魔力を補助する役割がある。
そして、「聖法衣」はそれらよりも補助する量が多いのである。魔力を伝達しやすい生糸を使い編まれた純白。黄金の糸は、魔力を蓄える。まさしく最高のローブ。長年魔法王国で「大賢者」の地位に居ただけある。
「行くのか、『氷の』……」
そう聞いたのは、「嵐帝大賢者」のリーゲル・デストである。そして、行くのか、とは機械帝国へ行くのか、と言う意味の問いかけだ。
「ええ、行きますよ」
静かに言うレイーナ。それを見て、リーゲルは、何か確信を持ったような顔をした。そして、レイーナに言う。
「『氷の』……、一応、国を代表して行くのだ、顔のにやけを直しておいた方がいい」
リーゲルの言葉が示すとおり、レイーナの顔には、笑みが浮かんでいた。隠そうとしても隠し切れない、そんな笑み。
「え、私、笑ってます?」
自分で気づいていなかったレイーナは、驚きのあまり、少し妙な声を出してしまった。そして、自分の手に手鏡を氷で作る。
そこに写っていた笑みを浮かべる自分を見て、レイーナは、愕然とした。そんなレイーナを見ながらリーゲルは言う。
「なにやら、とても楽しみにしているような笑みだ。休み前の学生みたいだぞ」
その言葉に、「う、確かに……」と呻くレイーナ。その容姿も相まって、本当に学生に見えるのが、またなんとも言えない。
「ふふっ、もう、笑いをとめるのは諦めました」
そして、諦めた。もう、どうやっても止まらないと悟ったのだろう。レイーナは、満面の笑みでこう言った。
「私の最高の弟子との再会が待っていますから」
その笑みとともに、レイーナは、自分がアオイとの再会に焦がれていると言う実感を得る。まるで、恋焦がれる乙女の如き恋情を。
「弟子……?『氷の』に弟子がいただけでも驚きだが、機械帝国に、か?」
リーゲルが心底意外そうな顔でレイーナを見た。それに対して、レイーナは不適に微笑んだ。
「あら、別におかしな話ではないですよ?」
その笑みを見たリーゲルは、「ハッ」と鼻で笑ってから、レイーナに言う。
「永久欠番の『賢者』。レファリスと言ったか?それも『氷の』、お前の弟子だったんだろう?」
急に出たアオヨの話。14人の「賢者」の座の中で、最も「大賢者」に近かった女性、アオヨ・シィ・レファリス。
「その名から察するに、かの『炎の』……、クララ・シィ・レファリスの子孫なのだろうが。よもやとは思うが、まさかまだ生きているという事はあるまいな」
レイーナは、その言葉で、彼がなぜ急にアオヨの話を始めたのか得心がいった。機械帝国に居る弟子がアオヨではないか、と疑っているのだ。
「なるほど、そういうことですか……。私が会いに行くのは彼女じゃないですよ」
尤も、無関係ではありませんが、と心の中で思う。そのレイーナの断言に、リーゲルは頷いた。
「そうか、貴殿がそう言うのならそうなのだろう、『氷の』」
そうして、ローブ……「聖法衣」をはためかせ、大きな鞄を手に、その場を後にした。
しばらく進むと、青年がレイーナに声をかけてきた。銀髪の好青年、「炎帝大賢者」のシャイン・ペンドラゴンだ。
「ん、おや、予定よりも随分と早い出立だな」
シャインの物言いに、レイーナは、足を止めて言った。
「機械帝国とは、割と敵対状態にあるんですよ。宿を用意してもらえるとは限りませんし、金品も支給されないでしょうから早めに行って準備をする方が良いんですよ」
レイーナがそういうとシャインは、「そういう理由か」と納得し、レイーナに茶化すように言った。
「なるほど、年寄りの豆知識ってとこか」
レイーナは、普段、あまり言われることのない年寄りと言う表現に苦笑しながら、シャインに向かって言う。
「ええ、まあ。長く生きていると、普通の人よりも知識があるもので」
レイーナの言い方にシャインは、何だが不思議な感じがしたが、それがすぐになんだか分かる。
「ああ!何かに似ていると思ったらウチの婆さんにそっくりなんだな、喋り方とか表現が」
年齢、喋り方、ともに婆くさいらしいレイーナ。本人は全く意識していないが、これから大事な弟子に会いに行くと言うのに婆くさいと言われたら、流石に気にかかる。
「え、婆くさいですか?」
思わず聞いてしまうが、それが更なる墓穴。
「その婆くさいってのも婆さんくらいしか使わないよな」
思わず両手で自分の口を塞ぐレイーナ。シャインは最初、これから外交に行くのに不適切な表現があったら困るからそんなことを言ったのかと思った。しかし、レイーナの表情を見て悟る。
「なるほど、向こうに居る恋人に会いに行くってか?」
シャインはモテる。故に気づいた。レイーナの顔が恋する乙女の顔であることに。だから確認の意味を込めた発言をした。
「なっ、こ、恋人っ……?!ち、ちがっ、違いますっ!」
そして、恋人発言に、思わず取り乱したレイーナ。その様子をシャインは意外そうに見た。
「ふぅん、『氷結魔女』でもこんな風に取り乱すのか。少し意外だ」
シャインがまたも茶化すように言った。その言葉に、レイーナはさらに慌てる。赤面しつつ、シャインに言う。
「べ、別に、恋人なんかじゃありませんっ!ただ、その、……、ちょっとありましたが……」
レイーナの取り乱しっぷりが余計怪しいのだが、シャインは問いたださないことにした。なぜかからっかった瞬間に氷漬けにされる幻覚を見たからだ。
「まあ、そうか。とりあえず、気をつけて行ってこいよ。流石に、すぐに奇襲をされるなんてことはねぇと思うが」
それフラグ!と思わないでもないレイーナだったが口にはしなかった。よもや、ネーナがそんな姑息な罠を許すとは思えないからだ。
そもそも旧知の仲であるネーナがレイーナに対してそんな罠を仕掛けるはずもない。
「まあ、『三色魔導』と恐れられたアンタには言うまでもないか」
三色魔導。それは、名のとおり、三種類の魔法を自在に操るとされる魔法使いのことで、その域まで行けば、確実に「大賢者」に成れると言われている。
レイーナの場合は、周知されているのが、炎と嵐……火と風は「賢者」級まで、氷が「大賢者」級だと言われている。ここまでくれば化け物と相違ない。
「あら、もう、しばらく他の魔法は使ってないから、どうなっているか分かりませんよ?」
肩を竦めて笑ったレイーナ。尤も、色々な二つ名を付けられているのはレイーナだけではない。レイーナは反撃に出る。
「今じゃ、こんな老いぼれよりも、『銀色の貴公子』の方が強いかもしれませんねぇ?」
わざとらしく語尾を伸ばしてからかうように言うレイーナ。「銀色の貴公子」。言わずもがなシャインのことである。
「おいおい、勘弁してくれ。分かった、悪かった。もうからかわねぇって」
まいったという顔でシャインは言った。
そこに、小走りで、リーゲルがやってきた。2人の姿を見るなりリーゲルはホッとした顔をする。
「ふぅ、『炎の』、偶然とはいえ助かった」
やってきて開口一言目がそれであった。シャインは何のことか分からず訝しいものを見る目でリーゲルを見たが、手に持っているものですぐに分かった。
「『氷の』、貴殿、これを忘れていったろう?」
リーゲルの手には、一本の杖があった。聖杖「清楚なる氷の姫」だ。なお、この杖は本来二本一対である。魔杖「艶美なる雪の王子」。その行方は知れないものとなっている。
「あ、忘れていました。どうもすみません」
そういって、リーゲルから杖を受け取った。蒼色の宝玉が先に埋め込まれたレイーナの身長ほどの杖。
杖の先に埋め込まれた宝石の名前は「蒼海石」だ。蒼魔石ではなく、れっきとした宝石のサファイアである。
この宝石には、魔法の威力増加や対魔法性などの効果を齎す付与の役割がある。
たとえば紅なら「炎・攻撃」、翠なら「嵐・運」、金なら「地・防御」、蒼なら「氷・デバフ」となる。
そして、「紅炎石」、「翠空石」、「黄金石」、「蒼海石」はそれらの最高峰のものとして魔法王国内では高値で取引されているほどだ。
機械帝国では、宝石は、貴族が趣味で集めるものであり、価値的に言えば、「蒼魔石」や「紅魔石」、「翠魔石」の方が高値で取引されている。尤も、その大半が国かエンペラークロイツ社やセブンインダストリアルで扱われているのだが。一般企業では、とてもではないが手が出せない。
そして、レイーナの杖に埋め込まれた「蒼海石」の大きさは、握り拳よりも大きい。価値で言えば、かなりの値段だ。しかし、この石自体は、機械帝国に居たころにネーナに貰ったもので、機械帝国と魔法王国で価値換算が異なるので、ネーナにとっては安い石でもレイーナにとっては高価な石だった、と言うことになる。
ようするに、他国で安値で買っただけである。ちなみに、杖の作成は、リリオが行った。それに、外交国でもないし、税関すらないので、実質、ただで貰った杖なのだ。
レイーナは、その杖を握り締めると、再度、リーゲルに礼を言って、ローブをはためかせる。
「ありがとうございました。では、私は、これで」
ちょうど良い感じに、シャインとの妙な会話の流れも断ち切れ、タイミングがよかったのだ。レイーナは、「湖畔の城」を後にする。
これから待ち受ける困難を知らずに、弟子との再会を夢見て、楽しげに道を行く……。
次話:08/23 (土) 00:00 更新予定
>次々話:08/30 (土) 00:00 更新予定
え~、今回の話は、正直言って、文字数稼ぎに桃姫要素をふんだんにもりこんでしまいました……。天龍寺の祖・黒夜響花や蒼刃・七峰など……。え~、申し訳ありませんとしか言えないのですが、まあ、私、桃姫の過去の作品を読んでおられた方なら、多少知っている程度のほぼ、本編に無関係な要素で構成されたものですので、「誰これ、本編に絡んでくんの?」と思われても、たいてい絡んできません(一部を除く)。




