10話:帝城散策
国立機械技術師育成学園に通う青年、アオイ・シィ・レファリス。アオイは、ララナの呼びつけにより、学園をサボってとある場所に来ていた。孤独大陸。世界にある大陸の中で、唯一距離が離れている大陸。その中の一国、機械帝国の帝城、「機械帝城・ララリース」である。
一介の学生であるアオイが、何故、帝城と言う場所に出入りするのか、と言うことについて話そう。
かつて、アオイが8歳、ララナが9歳の頃のこと。アオイは、ふと、目を覚ます。すると、彼は、全ての記憶を失っていた。そして、一人だった。周りには誰もいなく、ただ、一人、アオイは居たのだ。
浮浪の子供に見えたのかも知れない。この情報化社会で、住民登録されていない子供はいないのだが、問い合わせる術もないため、周囲の人間は、見て見ぬふりをする。
アオイは、記憶を失ったと言っても、意味記憶は残っており、エピソード記憶が丸々抜け落ちた状態だった。いや、意味記憶の一部も欠損していたと言えよう。ただ、機械に関する記憶だけは、多く残っていた。日常に関する記憶よりも、機械に関する記憶の方が多かった。
アオイは、ぼんやりと日の暮れた街を放浪する。幼い子供が、日が暮れて暗い……いや、機械帝国は、基本的に、あちこちに街灯がある上に24時間営業の店も少なくないので、暗くはないのだが、子供が居るのは危ないと言える。
どこかでパーティでもあったのだろうか、アオイの通った道には、ドレスなどの服に身を包んだ貴族のような人々が居た。
「おい、誰だね、こんな汚い子供を通したのは!」
肥えて太ったような男が言う。アオイが特段汚いわけではなく、アオイの身なりが貴族のものではない、と言う意味だ。
その様子を一人の女性が見ていた。真っ赤なドレスを着た金髪緑眼の女性だ。ボディーガードがついていることから、身分の高さが窺える。
「わたくしですが、何か文句が御ありで?」
その声には、怒気が含まれていた。無論、女性は、アオイを通すことを許可したことなどない。
「い、いえ、滅相もございません」
貴族の男は震える声を出した。それは、何も、女性の声に怒気が孕んでいる事が分かっていたからではない。その女性が、ネーナ・ララリースだったからだ。王女に目をつけられたら、貴族追放の恐れもあるのだ。声が震えて当然と言える。
「貴方、大丈夫でしたか?」
そうアオイに話しかけるネーナ。そこで、ネーナは、初めてアオイの顔を見た。そして、その面差しにハッとなる。
「アオヨちゃん?」
小さな声で口に出した。同い年だったアオヨとネーナは、仲がよかった。無論、ヴァル子も、だ、表立って仲良くすることはないが、部屋に呼んで女子会をすることも1度や2度じゃなかった。だから、分かる。アオヨに似ている事が。
「……アオイ」
アオイは、かろうじて覚えていた自分の名前を言った。そして、ネーナは確信する。このアオイと言う少年の正体について。
(アオヨちゃんの子ども、よね?と言うことは、アオイ・シィ・レファリス、かしら。それとも、いえ、それはないわね)
そんなことを思いながら、貴族へと向く。そして、アオイを紹介するように、見せて言う。
「この子は、アオイ・シィ・レファリス。三番人の『青蒼の侍女』の息子よ」
三番人・ケルベロスとは、ある種の異名である。機械帝国には、武人と呼ぶべき存在も、賢者と呼ばれる存在もいない。魔造人形もあるが、11の禁忌により、攻撃性はない。つまり、セキュリティーくらいしか、外部から国を守る手段がないのだ。
そんな機械帝国を守る、三人が一時期噂になった。『青蒼の侍女』、『赫紅の忍者』、『黄土の魔女』の三人のことである。王を守る三人は、三首の番犬から名前を取り、三番人と名付けられ、暗殺を目論む貴族達からは酷く恐れられた。
「な、なん、ですと……」
貴族は驚きで声が掠れている。一方、アオイは、何のことだか分からず、ボーっとしていた。
「さ、行きましょう、アオイちゃん」
8歳の子どもを「ちゃん」付けと言うのは、どうかと思うが、ネーナは、親しいと言うことを周囲に認識させる必要がある、と思い、あえて、そう呼んだ。
「……うん」
アオイが敬語を使っていないことも、また、貴族達にそう思わせるのに丁度よかった。王女に甘やかされるほどの人物だと思わせる事ができるからだ。
アオイは、ネーナにつれられて、一つの家に着いた。割と大きな家……現在、アオイやリヒトが住んでいる、あの家だった。
「この家は、ね。私の娘……、ララナって言うんですが……、その子を育てるためだけに、私が依頼して建てて貰ったものなんです」
正確には、違う。正確には、ララナとアオイを育てるために建てた。だから広いのだ。アオイを育てると言っても、最初からこうなると知っていたわけではない。ネーナとララナ、そして、アオヨ、リリオ、アオイ、アオヨの師と暮らすつもりだったのだ。城は追い出されても、別に一緒に住んでいけないわけではない。
「それにしても……、お母さんは?」
首を横に振るアオイ。覚えていないのだ。記憶の片隅にもない。無論、父親もだ。意味は知っていても、その人物を知りはしない。
「そう、分からない、のね……」
そのネーナの言葉に、アオイは、こくんと頷いて、一間空ける。そして、言った。
「覚えてない」
その言葉に、ネーナは、やっと、抱いていた疑問が氷解するように理解できた。アオイが記憶喪失だと悟ったのだ。
「そう、記憶がないのね……。参ったわ……。あの人……、アオヨちゃんの師匠さんなら、どうにかしてくれたかもしれないけれど、随分前に帰っちゃったものね……」
そう言って、はぁと溜息をつく。取り敢えず、ララナと会わせて、そして、一緒に暮らして育てていこう、と決めるのだった。
なお、リリオが一緒に住むことを想定していたために、地下に工房があるのだ。リリオの機械好きを考慮しての設計である。
ララナ・ララリースが初めてアオイに会った時の感想は、微妙なものだった。まあ、初対面でボーっとしている少年に好感を持てと言われても無理があるかもしれないが。
(何、こいつ……)
そんな風に思いながら、じっくりと嘗め回すように、ララナはアオイを見た。それは、いつも、父に、人に会ったらまず、失礼にならない程度に観察しろ、と言われていたことからである。
アオイの外見。少し長め黒髪。真っ黒な瞳。本当に黒い。ララナは、前に見た、ブラックパールを思い出した。それくらいに綺麗な黒い瞳だった。顔立ちも整っていて、それなりに美形だと思えた。体型は、ガッチリしているわけではなく、むしろ細い。頼りにならなさそうな外見の上に、雰囲気がなよなよしていて、女々しい、とララナは思った。
(何なのよ。普通にすればそれなりにいいかもしんないけど……)
どうにもララナは、今のアオイの頼りなさが気に食わないらしい。まあ、現在の様子を見るに、頼りになりすぎてもどうなのか、と思うが。
「……ララナ。この子は、アオイ。貴方と一緒に暮らすことになったから仲良くやりなさい……」
ニッコリと笑いながら、ネーナはララナに言った。そして、ララナは、渋々、片手を前に出す。握手だ。ララナは、何故か恥ずかしいので、そっぽを向いて目を瞑っていた。
「ん?」
アオイは、どうすればいいのか分からず、何をすればいいのか、と記憶を探る。そして、そう言えば、騎士の忠誠の儀式がこんなんだったっけ?と思う。くだらないことだけ覚えているものだ。
アオイは、そっとララナの手をとる。膝を地面に付きながら。そして、ララナの手の甲に、口付けをする。
「ぬわぁあ!」
ララナは、目を瞑っていたので反応が遅れてしまい、手の甲にキスされた。9歳にして、この反応。ませているのだろうか、いや、こんなものか。
(にゃ、にゃによ、こいつ……)
顔を真っ赤に染めて、手の甲を見るララナ。その様子にネーナは、「うふふ」と微笑んだ。少し予想外だったのだ。
(あら、以外に好感触ですね……。そっか、最初にぶっきらぼうだったのは、照れ隠しだったのね)
にやにやと温かい目で、その様子を見ながら、ネーナは、本気であることを考えてみることにした。
(この子を、本当に、……ララナの騎士にでもしてみたら面白いかも、ですね……)
ちなみに、ネーナの語尾、口調がバラバラなのには、訳があって、彼女も元は上流階級貴族の出身なので、高貴な言葉遣いが身についていたのだが、アオヨたちと話すときに、堅苦しいと言われ、直しまくっているうちに混じって、どれがどうだか分からなくなった末が、今のネーナの口調である。
そして、それから十数年の月日が流れた今でも、アオイは、ネーナの世話にはなっていた。しかし、ラオラが退いてからは、ネーナも王宮で暮らすようになり、あの家のオーナーがララナになったのだ。だから、ララナを家主として、アオイは扱っている。
「ここが機械帝城、ですか?」
そして、アオイの隣に居るリヒトが、アオイにそう問いかけた。何故、リヒトもいるか、と言うと、家主に、新しい住人の顔見世くらいさせないといけない、とアオイが思ったからである。
「ああ、そうだ。入るぞ」
そう言って、リヒトをつれて、城内へ入る。しかし、そこで守衛に止められた。アオイは、眉根を寄せて守衛を見た。
「IDの提示を」
アオイは溜息をつきながら、特別許可権限レベル最大のIDを提示した。すると守衛の顔色が変わる。
「こ、これは失礼いたしました」
急に畏まる守衛。最近来たばかりなのだろう、とアオイは見逃してやることにした。そして、守衛が畏まった口調で言った。
「あ、あの、いくら、権限が高くともIDを持たない人間を城内へ入れることは……」
守衛が言っているのはリヒトのことだろう、とアオイは、思い、そして、リヒトの胸部を触る。
「ひゃっ」
リヒトが妙な声を上げる。守衛も息を呑んだ。しかし、アオイの目的は胸をもむことなどではなく、胸部の装甲を外すためだった。
「ほら、この通り、これは、俺の魔造人形だ。IDは発行できない」
そう言うと、アオイは装甲を元に戻した。守衛は、敬礼して、アオイとリヒトに向って謝罪する。
「し、失礼いたしました」
そう言って、二人を通す守衛。二人は、そのまま城内へと進んでいく。そして、誰も居なくなった辺りでリヒトがアオイに話しかけてきた。
「もう、い、いきなり胸を触らないでくださいよ」
リヒトの言葉に、アオイが、「すまん」と適当に謝った。一方、そのリヒトの心中はと言えば。
(お、俺の……。俺のって言われちゃった……)
などと、そんなことを考えていたと言う。そんなに嬉しかったのだろうか。
アオイは、とある部屋の前で立ち止まった。必然的に、アオイについてきていたリヒトも足を止めることになる。重厚な造りの扉。いかにも偉そうな人物が居そうな部屋であると言える。
そんな扉を、アオイは、足で蹴った。バァンと言う大きな音と共に、厚手の扉が、勢いよく開いた。
「ひゃぁ!」
聞きなれたララナの短い悲鳴とガタンと言う椅子から滑り落ちる音を聞きながら、アオイは、ズカズカと部屋の中に入っていく。
「ララナ、居るな」
いきなり入るなりそんなことを言った。ララナは、椅子から這い上がりながらアオイに向って言う。
「順番が逆よ!入る前に居るか確認しなさい!」
ララナ・ララリース。美しい流麗な焦げ茶の髪と茶黒の瞳。両親共に金髪で、父は碧眼、母は緑眼なのに、ララナの髪色も瞳色も違うのは、別に二人の子供ではない、とかではなく、彼女の祖母からの隔世遺伝である。父方の祖母である。ラオラの母はララナと同じ焦げ茶髪、茶黒目だった。ラオラの父は金髪碧眼。
ララナのその髪と瞳。そして、頭には、黄金に輝くティアラが乗っている。これは、王家に伝わる、由緒正しいティアラである。皇帝なら黄金の王冠を。女帝なら黄金のティアラを。それぞれを受け継ぐ習わしになっている。
では、今の皇帝、ララオ・ララリースが王冠を継いで、ララナがティアラを継いでいるのかと言うと、それは違う。
「リヒト、これが現・皇帝のララオ・ララリースだ」
そう、ララナこそ、皇帝、ララオ・ララリースなのだ。国内には、ララオと言う男の皇帝が現皇帝だと伝えられているが、実際は、ララナ・ララリースと言う女性なのだ。そのため、前述の通り、人前には出てくる事がない。
「え?ララオ様って、男の方じゃないんですか?」
リヒトの疑問の声。目の前のララナは、とても大きな胸、リヒトよりも大きな胸を持っている。ヒップもそれなり。腰は……、美味しいもの食べすぎだろう。まあ、太ってはいない。
「んあ?誰よ」
ララナは、平静を装って、……と言っても全然装えていないのだが、アオイにリヒトのことを聞いた。ちなみに、内心では、こんなことを思っていた。
(だ、誰なのよ、あの女!え?ってゆーか、あたしに全く興味ないから、胸がないほうがいいのかと思ってたけど、これって、もしかして、脈ありなんじゃない?胸好きなんじゃない?)
バクバクと鼓動を打つ心臓を感じながら、ララナは、返答を待つ。もし、彼女だ、とか言われたら国家権力で潰す、とも思っていた。
「あ、私、リヒト・シィ・レファリスと言います」
その名前を聞いて、違和感を覚えるララナ。「シィ・レファリス」を名前に持つ人間は、アオイ以外に存在しないはずだからだ。
「嘘ね。あんた、何者?」
鋭い眼光でリヒトを睨みつける。それに見かねたアオイが、リヒトに向って言葉を発した。
「リヒト、脱げ」
その言葉に、室内が凍りついた。まるで空間が凍結されたように、時が止まったように、リヒトとララナの表情が凍りついた。
「えっと…………、はい?」
リヒトは、一応、言うとおりに脱ぎだした。ハラリ、とワンピースをはだけさせ、そのままストンと下へ落とす。
「って、何従ってんのよ!」
ララナの怒声。しかし、リヒトは既に下着姿である。止めるのが遅い。そして、アオイがリヒトの腕や胸部をまさぐり始める。
その行動にララナは、頬を真っ赤に染め、「なっ、なっ、なな」とバグったように口にしている。
「そう言えばアオイさん。こんなときになんですけど、家主の正体は誰にも明かせないんじゃなかったんですか?」
最初に会って、そして、ララナと電話した後に、アオイは、確かにそう言っていた。それに対して、アオイは、リヒトをまさぐりながら答えた。
「お前も家に住むなら、いいかな、って思ったんだが?」
アオイとリヒトとの距離は、確実に縮まっていた。アオイがリヒトのことを「あんた」と呼んでいたのが「お前」に変わっている事がその証と言えよう。
「あ、はい……」
顔を紅く染めて俯くリヒト。ララナは、そのやり取りに、ますます危機感を覚えて、どうやってあの女を亡き者にするか、と言う事で頭がいっぱいになった。
そのとき、パシュとリヒトの胸部、腕部、脚部の装甲が外れた。それを見た、ララナの表情が固まった。
「…………は?」
ララナの口から洩れた言葉。そして、アオイが、ララナに向って、リヒトの説明を始める。
「こいつは、人形だ」
そのアオイの言葉で、ララナは全て納得した。さすがに昔から一緒にいただけあって、アオイの行動についての理解はあるのだ。
(なるほど、ね。珍しい人形だし、腕と脚に蒼魔石を使っているみたいだし。性能は、あれと同じくらいかしら?)
そんなことを考える。アオイが突如、もう一人住人を増やす、と行った理由も得心が言ったので、ララナはほっとした。
「それで?何社製なの?エンクロ?セブアル?」
エンクロとは、エンペラークロイツ社の略称で、セブアルは、セブンインダストリアルの略称である。どちらも帝国直下の魔造人形販売企業である。
「不明だ。と言うより、魔造人形ですらない。既存のものとは、あまりにも形もシステムも、使われている機関も違いすぎる」
そんな物言いに、ララナが、眉を顰めた。魔造人形の製造技術が在るのは、三国の中でも機械帝国だけだ。大陸外にも数点輸出しているが、それでも、外の技術水準なら、解析などできるはずもない。何せ、大陸を横断できるだけの船を造る技術がないのだから。燃料などの問題ではなく、そこまでの耐久が高い物が造れていないのだ。
「じゃあ、誰が?」
誰が造ったのよ、とララナが問う。その問いに対して、アオイは、明確な答えを持ち合わせていなかった。しかし、答える。
「強いて言うなら、神か?」
ララナは目を丸くした。神を信じるなんて馬鹿なことを言い出したアオイが信じられなかったのだ。
「あんた、神とか信じるんだったっけ?」
その言葉に、アオイは、そう言えば、何か、誰かが何とか教の教徒だったな……と思った。誰だったか分からないが、一緒に祈ったこともあったような気がした。
「確か、リンテス教だったっけな」
リンテス教。魔法王国において信仰される四つの宗教の中の一つ。四つの宗教と言っても、それら全てが、一つに集約される、一つの宗教なのだが。
魔法王国における信仰する神は5柱だ。魔法神、炎神、氷神、地神、嵐神。大賢者の称号の「炎帝」、「氷帝」、「地帝」、「嵐帝」は、神の次と言う意味を表している。
そして、宗教は、マリーア教……、即ち魔法神マリーアを崇拝する教えが、魔法王国における唯一つの宗教である。
このマリーア教は、炎神ロゼリアを崇拝するロゼリア教、氷神リンテスを崇拝するリンテス教、地神ミーサを崇拝するミーサ教、嵐神フェルアを崇拝するフェルア教の四つに分かれている。
つまりマリーア教のリンテス派がリンテス教徒となるわけだ。そして、アオイも、誰かとそれを崇拝していた気がするのだ。
「全ての始まりを齎す氷の神。天地開闢より炎と共に生を受け、生の厳しさと雪解けの恵みを与えし神。この悩みを雪のように溶かしてくださることを願い、祈りを捧ぐ」
と、両膝を付き、胸の前で手を組んで、目を瞑り唱えた。それがリンテス教のものであるかどうかは、ララナには分からなかったが、とりあえず宗教の信仰の儀式であることは分かった。
「で?そのリンテス様とやらが、それを造ったの?」
ララナは肩を肩を竦めて、アオイに向って問いかける。それに対してアオイは、はぁと溜息をつきながら言う。
「そんなわけがないだろう?そんな空想上の神が、これほど高度なものを造れるはずがないだろ」
そもそも、その神達は、魔法の神であって機械の神ではないので、こんな高度物は造れない。
「じゃあ、何で宗教の話なんてしたのよ!」
アオイの言動に怒るララナ。やはり思いっきり無駄なことをしているので、無駄なことをしない主義と言うアオイのこの間の言動は嘘だろう。
「お前が、神を信じるかとか言い出したからだろう?」
そう反論するアオイ。そんなことを言ったら、元は、「神か?」などと言ったアオイが根源な気がするのだが。
「アオイさんは、火々夜さんの言っていた『神造人形』と言う言葉を聞いていたんですね」
火々夜さんとは、先日、リヒトと死闘を繰り広げた火々夜燈火のことである。滅多に言う人のいない、「火々夜さん」などと言うとどの人物だろ、となるので、燈火と呼び捨てるくらいが丁度のいい人物だ。
「ああ、まあな。字面からして、神が造った物だろう?」
アオイの言葉に、リヒトは、暫し黙りこくった。しかし、決意したように口を開いたのだ。
「私は、【神造人形】と呼ばれるものです。正確には、【神造人形】と呼ばれる予定だったもの、なんですけどね。7機の【未完成人形】と9機の【神造人形】を造ったのは、【彼の物】と呼ばれる神だと言われています」
【彼の物】によって造られた人形、故に、【神造人形】。【彼の物】と言う存在は、人形の他に【曲】を残している。それによって選ばれたのが【神醒存在】である。
「言われている、か。と言うことは、会ったこともないのか」
アオイが残念そうな声を上げた。これほどの技術を持つ相手だ。その技術を盗みたいと思うのは当然だろう。盗むといっても、真似る、教わることであり、盗品などではない。
「あの箱もその神様が造った物なんだろうが……。分からない事が多すぎるな」
アオイは、そうぼやきながら、ララナに向き直る。そして、会話を続ける。
「そう言えば、『氷帝大賢者』とやらが来るそうじゃねぇか」
その言葉に、ララナが顔を顰めた。外交問題は、ララナにとって苦い話なのだろう。特に、あまり関係のよくない隣国との外交は。
「あんまり知らないけど、お母様のお知り合いらしいのよね」
溜息交じりに、そんなことを言うララナ。「氷帝大賢者」が一国の王女と知り合いだと言うのは一体どう言うことなのだろうか。
「へぇ、知り合い。ネーナさんと……」
なにやら考えるように、アオイは、顎に手を当てる。そして、目を瞑って考える。繋がりを探るように。しかし、それを拒むように、アオイの頭が痛む。
「な、なんだ?」
そう、微かに残る、鼻腔を擽るような暖かい匂い。茶色の髪。クリスタルのような透明な蒼。
「なんだよ、これ」
温かな氷、温かな手、心地のいい香り。じわじわと蘇るかつての記憶。しかし、やはり、途中で防がれる。そんな時、リヒトの声が響く。
「――【天球の瞳】起動。……っ、何か来ます!」
リヒトの声。されどアオイは反応を見せない。動きを止めたままだ。リヒトは、アオイとララナを引っ張り、無理矢理避けさせる。
――ガシャァン!
窓を突き破るように二人の女性が入ってきた。真っ黒なスーツとハット、靴、黒一色で身を固めた男装の麗人と、抜群のプロポーションで長い黒髪を後ろで結ってポニーテイルにしている女性。
「な、何者?!」
その二人は、ギル・アーデルハイトとナナ・ヤツギ・明夜である。そう「メーヤ」である。
「我等が王の命に基づき、貴殿、ララオ・ララリース皇帝を暗殺させていただく」
ララオ・ララリースの暗殺こそ、彼女らに与えられた任務なのだ。
次話:08/09 (土) 00:00 更新予定
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