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未完成人形の永久機関  作者: 桃姫
第1章 機械帝国編
1/15

01話:プロローグ

 更新は不定期です。

 また、この作品に登場する人物、団体、単語、事件は、実際のものとは関係ありません。

 国立機械技術師育成学園。その学園は、所謂、大学の様なものだった。機械に対する技術を学ぶためだけの学園。それは、この国、機械帝国(ララリース)の未来を担うための人材を育成するための学園であることを意味する。そのため、入学金は要らず、無償で入学できる。


「あ、また、あいつゴミ漁ってるぜ、だっせー」


 その学園に、そう指を差して笑われる青年がいた。青年の名前は、アオイ・シィ・レファリス。ゴミ漁りとは、ゴミ捨て場でゴミを漁っている行為のことを言うのだが、アオイは、そのゴミ漁りを頻繁に行っていた。それ故に、学園の生徒のほとんどからそんな風に言われるようになったのだ。


 ゴミ捨て場、それは、この国において二種類存在する。一つは、生ゴミやプラスチック、家庭ゴミなどの廃棄場所。そして、もう一つは、機械の廃材やスクラップになった機械などの機械部品を捨てておく場所のことである。アオイが漁っているのは無論後者である。


「せ、先輩……。あ、あんなこと言わせておいていいんですか?」


 アオイの制服の袖をちょこんと引っ張りながらアオイにそう言ったのは、ミュウ・ラ・ヴァスティオン。アオイの後輩で、今年で二十歳(はたち)だと言うのに、愛らしい少女の様にアオイについて回っている。


 ミュウ・ラ・ヴァスティオン。その髪は、まるで明るい炎のようなオレンジ色の髪をしている。そのオレンジ色の髪を両耳の上辺りで括っているツインテールが特徴だ。頭の天辺には、癖毛があり、俗に言う「アホ毛」に見える。瞳の色は、鮮やかな青色をしていて、その青は、透通る空のような青色だと、もっぱら学園の女性達の間で話題になっている。そして、その宝石のような瞳を際立たせるように長く伸びたオレンジ色の睫毛。前髪に隠れてしまっている眉毛も無論オレンジ色だ。スッと通った鼻。口紅を塗っていないのにも関わらず鮮やかな真っ赤な唇。白い肌だが、少し朱色がかった頬。全体的に小さな顔立ちで、まるで少女のような童顔だ。身長は、アオイと並んでもよく分かるが、アオイは、男の中でも背が高いほうだ、と言うのも差し引いても明らかな身長差。150センチの後半くらいではないかと思われる。その割に胸はある方で、一般女性の平均よりも少し大きいくらいである。アンバランスな肉体にコンプレックスを抱いている。


 彼女が今着ているのは、この学園の制服である。ブレザーにネクタイ、チェックのスカートと言う、大学と言うより高校に近い。そもそも、大学には、基本的に制服は無く、私服が基本なのだが。それでも制服が用意されたのにはいくつか訳があり、その中でも大きな理由が、国立機械技術師育成学園に所属している証になるから、と言うものだ。と言うより、ほとんどそのためだけの制服だ。


 何せ、この学園において、ほとんどの授業時間が、実習服、あるいは作業服と呼ばれるもので過ごすことになるのだから。


 ブレザーにも、作業服にも共通で、胸元には、国章の刺繍が入っている。それを着ているだけでそれなりに作業ができる証として認められているため、卒業後もその作業着で仕事をする人間が多い。


「別に構わん。言いたい奴には言わせておけばいいんだよ。こんな宝の山のことをゴミ山扱いする奴等のことなんてどうでもいい」


 アオイは、あっけらかんとそう言った。アオイには、そんな他人よりも目の前の宝の山の方がよっぽど大事なのだろう。


(い、いえ、わたしにも、それはゴミ山にしか見えないんですが……)


 ミュウが、そんなことを思いながら、アオイの方を見た。しかし、アオイは、目の前の宝の山(ゴミ)に夢中で気づいていない。


「あ、先輩。わたし、今日は稽古があるんで、もう帰りますね」


 ミュウがアオイにそう告げる。アオイは、「ああ、そうか」と興味なさそうな返事を返した。ミュウは、名残惜しそうにアオイを見てから、ゴミの山の前に立つアオイの側を離れて帰って行った。


 そんなことを全く気にしていないアオイは、ゴミの山、もとい、宝の山へと足を踏み入れた。

 ザックザックとアオイが歩くたびに足元で機械の山が崩れる音がする。土や砂などの柔らかいものと違い、ほとんどが金属の板や部品なため、変形してピッタリ動かなくなる、と言うことはなく、非常に崩れやすくなっているのだ。そして、崩れた機械たちの中で、アオイは、面白そうな物を見つけては、しゃがみこんで、使えるかどうかを試す。


「おっ、これは、30年前の音楽再生用機械(プレイヤー)か」


 アオイは、見つけたプレイヤーを弄る。しかしどうやら音がでないらしい。だから破棄されてしまったのだろう。しかし、アオイは、それをポケットにしまいこんだ。


「今あるのと組み合わせれば十分使えるな。再生機能が壊れていてもスピーカーに繋げば音が出るかもしれないし」


 そんな利用方法を呟きながら、また機械の山を漁りだす。光っている物、大破している物、まだ使えそうな物、様々な物を見つけては、ポケットや持って来た移動用の電動リアカーに積み込んでいく。

 電動リアカーは、学園の備品である。機械を弄る関係上、大きな電化製品などの運搬は必須になるため、学園が無償で貸し出しているのだ。充電費用は自己負担だが、物を簡単に運べるため割と重宝する。しかし、学園の電動リアカーは、数世代前のものであるため、少々速度が落ちる。


「これは、……80年くらい前の年代物のタッチパネル式端末か」


 アオイが見つけたのは、タブレットPCやスマートフォンと呼ばれる類の物なのだが、アオイの生きる時代では、既に型落ちも型落ち。他の国では未発達の機械技術も、機械帝国(ララリース)では、随分昔の技術である事が多い。昨今の携帯端末は、タッチパネルではなく投影式の端末である。携帯端末から投影される映像は触ることもできて自由自在に動かせる。所謂、オーグリメンテッド・リアリティーと言う奴だ。昔のものは、スマートフォン、スマホと呼ばれていたが、現在の端末の名称は、オーグリメンテッド・リアリティー・フォン。通称、オリフォやARフォンと呼ばれる。


「珍しいな。珍しすぎて、マニアに高値で売れるんじゃないか?」


 そんなことを考えながらもスマホをポケットに入れたアオイ。アオイは、この様に、高値で売れる物も探している。マニアックな品は、マニアに高値で売れるため、アオイにとってはありがたいものだ。保存状況や使用状況があまり良くないことも多いが、古いものほど、下の方にあるため、さほど雨風の影響を受けていないことが多い。


「ふんっ、こんなもんか……」


 そして、辺りが暗くなってきた頃合でアオイは、立ち上がった。すると、運悪く機械の山が崩れてしまった。相当派手に崩れたのか機械が積みあがってできた山が一つなくなってしまった。


「おっと……」


 アオイは、崩れた山を見て、どうしようかと逡巡してから、少しだけ見て大事(おおごと)になっていないことを確認してから帰ろうと決めた。


「誰もいないよな……」


 アオイは、少し暗くなりつつあったので、携帯型ライトで街灯程度に明るさを調節して辺りを照らす。アオイの持つ携帯型ライトは、市販の物とは異なり、明るさが失明する程度まで上げられる特製品だ。


「良かった、誰も巻き込んでねぇ……っ?!」


 そう、巻き込んでないと思ってライトをしまおうと角度を変えたとき、白い何かが目に入る。細い。少し煤けているが、鉄パイプよりも少し太い先のほうに五本の棒が付いているような……。


「人、か?」


 思わず声に出してしまったアオイは、その見えている腕のような物へと駆け寄った。近くへ行くにつれ、ますます人の腕に見えてならない。アオイは、にじみ出る冷や汗を気にしないようにしながら、腕のような物のところへたどり着いた。


「腕、だよな……」


 アオイは、声に出しながら、腕をよく見る。不思議と煤けてはいるが、血などの外傷は一切ない腕。では、腕の先はどうなっているのか。アオイの視線は、機械に埋もれた先へと向かう。幸いにも、上に乗っているのは、大した重さがない軽い物ばかりだった。


「おい、大丈夫か?」


 アオイは、声をかけながら物を動かしていく。軽いので、簡単に動かせるし、回収するわけではないので、横に落として行けば問題ないから比較的楽な作業だった。


「こ、これは……」


 煤けた……ボロ(きれ)の様な衣服を纏った美しい女性だった。一瞬、アオイは、天使かと思ったほどだった。もはや、空想上の存在と言われる、天使、それと見紛うほどの美貌。そして、傷一つない綺麗な身体。煤けているが、血は一切出ていない。そのことから、アオイは、一つの推測をする。


「まさか、魔造人形(まぞうにんぎょう)か……?」


 魔造人形。それは、機械帝国(ララリース)にとって欠かせない存在であった。いまや、多くの工場、畑、田んぼで魔造人形が働いている。力仕事や汚れる仕事は全て魔造人形が(おこな)っているのだ。他にも、危険地での救助活動や捜索活動などを行っているので、もはや、この国になくてはならないのだ。


「でも、こんな高度な魔造人形」


 そんな魔造人形が、ありえるのか……、とアオイは、思った。それから、少し見て、その魔造人形と思わしき物の異常を感じ取った。


「ん?まさか、壊れているのか?」


 アオイは、彼女に恐る恐る震える指で触れてみる。


――ぷにっ


 そんな柔らかい感触にアオイは、目を丸くした。柔らかい。その感触は、まさに人間の肌の張りそのものだった。いくら魔造人形には人工皮膚が張られているとは言え、中身が機械である以上、人間と同じようになるのは不可能である。それなのに、目の前の彼女の肌は、本当の人間のようだった。


(まさか、本当に人間なのか……?)


 嫌な予感がアオイの脳裏を過ぎる。だからこそ、魔造人形の特徴である魔造機関の確認用ボタンがあれば、人形なのは間違いないはずだと思い、アオイは、ボタンを探してみる。しかし、見当たらない。


(い、いや、既存品とは違うんだったらボタンも別のところにあるはずだ)


 そう思ったアオイは、彼女の腹に手を触れた。……その瞬間、眩い光が辺りを包んだ。アオイは、思わず目を瞑る。


「――【黄金の果実(ゴールデン・アップル)】の正常起動を確認」


 鈴の音の様な美しい声色で彼女は言った。しかし、その言葉の内容は、まるで、機械のような単純な内容だった。


「――【神に背く者(ミナリア)】、――【天球の瞳(ユナオン)】、正常起動。身体(ボディ)の各部破損状況を確認」


 まるで機械の音声アナウンスのように、淡々と語っていく女性に、アオイは、暫し硬直したまま見つめることしかできなかった。


「外装に不備はありません。……内部、脚部、腕部の異常を確認。自己修復不可能。チェッキングモードを終了します」


 女性は言葉とともに、一度瞳を閉じた。碧色の瞳が、再び開かれると、その瞳は、確実にアオイに向けられていた。


 女性は、立ち上がろうとするが、先ほどの声でも言った通り、「脚部」と「腕部」が故障しているのだろう。上手く立てていない。そして、女性は、アオイに言葉をかける。


「あの……、すみません。起こしていただけないでしょうか?」


 女性の、先ほどとは全く違う人間味溢れる声に、アオイは、女性に手を差し伸べた。そこでアオイはあらためて気づかされる。


(何て、綺麗なんだろうか……)


 金色(こんじき)の髪が、暗くなりつつある空の光ですら眩く光を反射し煌いている。双眸の碧眼は、そんな黄金の中でエメラルドの宝石のように見える。煤けたボロ布のような服でさえ、彼女が着れば、美しい絵画のような印象を受ける。まだ倒れこんでいるから分かりにくいが、身長はアオイと同じくらいあるだろう。地面に押し付けられた胸は、むにゅりと形を変形させ、その形がはっきり分かる。大きな胸だった。そして機械の山の中に見える臀部の肉つきもいいように見える。そして、ところどころ見えている腰もくびれているようで、まさに女性らしい体型であった。顔つきは、女性と少女の中間くらいの顔立ちをしている。


「ありがとうございます」


 鈴の音のような返事でアオイは、ようやく我に返った。そして、アオイは、女性のことを見た。女性もまたアオイのことを見た。


「あの……、何か?」


 アオイが見すぎたのか、女性は、アオイにそう問うた。アオイは、少し躊躇ってから、念のために聞いてみた。


「あのさ……。こんなことを聞くのは失礼だけど、あんた、人間じゃないよな」


 アオイの言葉に、女性は、暫く停止した。そして、目を二、三度パチクリとさせる動作は、人間のようだった。


「それは、私が、人間であるか、否かと言う質問ですよね?でしたら、はい、その通りです。私は人間ではありません」


 あっさりと言ってのけた女性。それに対して、アオイは、少し質問の意図を変えて質問をする。


「じゃあ、やっぱり、魔造人形なのか?」


 アオイの言葉に、女性は、いや、……人間ではないのに女性と表現するのは些かおかしいが、女性と表現させてもらおう。女性は、少し迷うように視線をさまよわせてから、アオイに問いかけた。


「あの……、魔造人形とは、何ですか?」


 アオイは、一瞬、何を問われたのか分からなかった。魔造人形と言う言葉は、この国において常識である。しかし、ふとそこで、隣国に「傀儡(くぐつ)」と呼ばれる魔造人形に似た技術があると言うことを思い出した。


「じゃあ、傀儡なのか?」


 その質問に、対しての女性の反応は、釈然としないような、聞かれている事がよく分かっていないような反応だった。


「あの……傀儡とは、所謂、操り人形のことですよね?」


 この問い返しには、アオイが困惑した。アオイも実のところ、傀儡に対して、と言うより隣国に対してそれほど詳しいわけではないので噂に聞いた程度だったのだ。


「いや、よく知らないんだが……。しかし、魔造人形でも傀儡でもないんだったら、あんたは一体何なんだ?」


 アオイの疑問に、女性は、暫く「う~ん」と唸りを上げて、答えを探すような仕草をする。あまりにも人間のようだが、彼女は、自身を人間ではないと言った。では、一体、彼女は何なのか。


「そうですね……。私は、ノン・クリア・アインツです」


 女性は、ノン・クリア・アインツと名乗った。あまり人間の名前とは思えない名前に、アオイは、訝しげな表情をする。その表情を見て、アオイの疑問に気づいたのか、彼女はアオイに教える。


「これは、あくまで番号のようなものなんですよ。【未完成(ノン・クリア)】の一号(アインツ)と言う」


 そう寂しげな顔をして言う彼女に対して、何も言えなくなるアオイだが、アオイはまだ聞きたい事があった。根本的な事が分かっていないのだ。彼女と言う存在は一体何なのかと言うことである。


「……そうだ!修理、しないとな」


 暗くなる気分を、大きな声で払いのけ、アオイは、彼女に言った。彼女は、確かに脚部と腕部が故障しているのだ。


「修理、してくださるのですか?」


 彼女の言葉に、アオイは、頷いた。実際に修理すれば魔造人形との違いが分かるかも知れないし、彼女の正体を知る事ができるかもしれない、と言う思惑を孕みつつも、アオイは、彼女の身体を抱えた。


(うっ、重っ……)


 その重量に、アオイは思わず腰を抜かしそうになった。しかし、踏ん張り堪えて、ゆっくりと電動リアカー乗せた。


「悪いな。他の荷物とかもあるが、倒れることは無いし、10分もすれば家に着けるだろうから我慢してくれ」


 アオイの言葉に、彼女は、「はい……」と答えた。そして、電動リアカーは動き出す。ほとんど音を立てず日の沈んだ、されど街灯で照らされた夜道を電動リアカーで、進んでいく。


「あっ……、綺麗な月」


 彼女は、空を仰ぎ見て、そう言った。そう、それは、まん丸の綺麗な月だった。アオイも空を仰ぎ見る。


「ああ、綺麗な、月だな」









 アオイの家は、学園から徒歩で15分ほどの距離にある帝国の特殊住宅街の一角にある一軒屋だ。しかし、家の地下には、工房があり、機械の組み立てや修理、設計などが、そこで行えるようになっている。元々、この家は、アオイの持ち物ではない。とある女性の持ち物であり、それを借りているだけに過ぎない。そのため、家の表札には「ララナ」と言う文字が書かれている。


「地下に直行するぞ」


 アオイは、女性にそう声をかけながら地下エレベーターで地下の工房へ直行する。電動リアカーごと、地下へ降りると、すぐさま電動リアカーを引き摺って作業台の前に置く。アオイは作業台の上に乗っていた資料類を全て乱雑に落としてスペースを確保する。


「動かすぞ」


 そう女性に声をかけて、女性の膝裏と背中に手を回し抱き上げた。そして、そのまま台の上へと移動をさせる。重いのを堪えて踏ん張りながら、台の上に女性を横たえた。


「腕のパーツと脚のパーツを直したいんだが、何処の会社のどんなパーツか分かるか?」


 アオイの問いかけに、女性は、少し何と言おうか迷ってから、言い方を決めたらしく、答えを口にした。


一点物(ワンオフ)です。いえ、正確には、七つだけしか存在しません」


 そう告げる彼女の言葉に、アオイは、目を白黒させて、驚いた、と純粋に思う。昨今の魔造人形は、効率化のために、同タイプの魔造人形を髪色や瞳色を変えて販売しているケースが多い。壊れた時の変えが効き易いからだ。しかし、七つだけ、と言った。アオイの知る限り、第三世代以降の魔造人形で七対しか造られていない、なんて言う話は聞いた事が無い。国家機密や個人製作の線も考えたか、どちらも限りなく零に近いだろう、とアオイは思う。国家機密にしてまで魔造人形を造る意味はないし、魔造人形を個人で造れるほどの機械技術師は国のお抱えになっているはずだ。


「じゃあ、まず、どんな部品が……素材が使われているか調べるから、このパソコンに接続できるか?」


 アオイの言うパソコンとは、AR投影式のモニターが付属した、コンピュータのことである。コンピュータに関しては、OSの発展等で、演算速度が限りなく向上したと言う事がある。無論、アオイにとっては、生まれた時から有るような物に過ぎない。


「外部接続ですか?おそらく可能です」


 そう言うと、彼女は、手を差し出した。その手にはいつの間にかケーブルが握られており、そのケーブルは、彼女の胸部の方へと伸びていた。その先がどうなっているのかはボロ布のような服で隠れて見えない。


「このケーブル……、形状は、今のやつと変わらないな」


 アオイは、ケーブルの接続部の形から彼女の造られた年代が分かるのでは、と思ったが、そのケーブルは、今の魔造人形に使われているものと変わらなかった。ちなみにだが、アオイは、どの年代のケーブルでも対応できるように、変換用のアダプタをきちんと開発している。


「じゃあ、繋ぐぞ」


 アオイの言葉とともに、彼女は目を瞑る。静かに眠るように目を閉じる。するとその瞬間、パソコンのモニターに外部との接続に関するメッセージが表示される。


――「外部装置・NC1と接続しました」


 そのメッセージが表示された瞬間、彼女の方に変化が現れる。静かに、瞼を開いたのだ。しかし、その瞳の焦点はまるであっていない。


「外部装置に接続しました」


 最初にアオイが会ったときのような機械のような内容を口にする彼女。そして、モニターにフォルダーが表示される。


「これが、内部データか……」


 アオイは、内部データと思わしきデータを開いて、ドラッグしてスクロールする。指先で操作が可能なので楽に閲覧できる……のだが、途中でアオイの指が止まる。驚愕のあまり、思わず声が出る。


「な、何だっ、これ……。そんなわけあるか!」


 アオイの怒鳴り声。それは、ありえないシステム設定をされていることに対するものだった。


「……嘘だろ。こんなもん、物理法則を無視してるぞ。いや、それだけならいい」


 本当は良くないのだが、魔造人形の様な、魔力を動力源にしている存在がある以上、物理法則はそこまで重要ではないのだ。


「熱の第一法則も質量保存も、魔力運用論ですら無視じゃねぇか。一体、どんな設定してやがんだ?」


 アオイは、再び指を滑らせる。それが何処に対する設定なのか。そして、気づいてしまう。


「動力炉、――【黄金の果実(ゴールデン・アップル)】、だと……」


 アオイは、一瞬、ありえない事が頭に過ぎったが、すぐさま首を振って否定した。なぜならありえないからだ。


「いや、流石にこれはありえねぇ。おそらく、設定のミスか……。いや、だとしたら、根本からして動力炉が作動しないで動けねぇはずだ」


 アオイは、答えを探す。しかし、結論的に言えば、答えなど見つからなかった。どれだけ探しても、なんなのかは分からなかったのだ。


「いや、まあ、気にしたら負けか……」


 そんな風に、もはや気にしないことを決めたのは、答えが見つからなくてどうしようか、と悩んでからすぐだった。


「それよりも先に、パーツに関して調べなきゃな」


 魔造人形とは違うと分かっていても、魔造人形ならば、内部データにパーツの詳細などが記されているのだ。無論ロックが掛かっているが、もし修理の時に部品のナンバリングを忘れた時にすぐ分かるようにするためだ。


「あった、これか……」


 七つしかないのに、部品一覧が存在すると言うのはおかしな話である。だからアオイは、七つしかないと言うのは嘘ではないか、などと思っていた。そして、ファイルを開こうとして、メッセージが表示される。


――「パスワードを入力してください」


 パスワードが分からなければ、部品パーツを閲覧できない。アオイはとりあえず、正規品の魔造人形に使われているパスワードを打ち込んでみる。


――「パスワードが違います」


 ビープ音とともに、そんなメッセージが表示される。どうやら違うらしい。アオイは、パスワードを考えてみるが、思い当たるものは無い。しかし、そこで、彼女の名乗った名前を思い出す。


「ノン・クリア・アインツ」


 それをそのまま打ち込んでみる。しかし、結果は、再びのビープ音だった。そのビープ音とともに、メッセージ。


――「パスワードが違います」


 アオイは、だったら、と思いつく言葉を頭の中で整理する。そして、浮かんだのは、――【黄金の果実(ゴールデン・アップル)】。


「【黄金の果実(ゴールデン・アップル)】」


 音声入力で打ち込まれたその文字。そして、ロックが解除された。出ていたメッセージが消えて、一つのファイルが開かれる。


「これが、部品のファイルか?」


 そう思って、読もうとする。しかし、文字化けが激しくて読めないところが多い。所々読めないが、それでも読めるところだけを読んでみる。


「これは、■造■■である。型式番■、N■1。名称は、こ■を開いている、君に決め■もらい■い。【黄金の果実(ゴールデン・アップル)】は■■■■だ。これを開い■者が悪意あ■者でないことを祈り■つ、部品を記そう」


 そうして部品が記されていたのだが、アオイは、その文章が気になって仕方が無かった。おそらく、こうであろうと言う穴埋めは可能だ。しかし分からない部分もある。


「これは、■造■■である。型式番号、NC1。名称はこれを開いている、君に決めてもらいたい。【黄金の果実(ゴールデン・アップル)】は■■■■だ。これを開いた者が悪意ある者でないことを祈りつつ、部品を記そう」


 本人……人ではないのだが、本人が、魔造人形では無いと語った以上、「■造■■」人形ではないのだろう。そして、「■■■■」に関しては、全く分からない。


「とりあえず、NC1っていうのは、ノン・クリア・アインツのことなんだろうな。だから、それは名前じゃないってことか?だから、名前を決めてくれって?」


 そんなことを言いながら部品をチェックするが、どれ一つ聞いたことの無いものだった。製品情報、会社名から何から何まで。


「どんなアームパーツだよ。レッグもそうだけど」


 アオイは、実際に見たほうが速いのではないかと、実際に見ることにした。そうすればどんなパーツを使っているのかが分かるからだ。


「少し、覗かせて貰うぞ」


 アオイは、そう言いながら、彼女のボロ布のような服を剥ぎ取った。その瞬間、白雪のような柔肌が露わになった。まるで、純潔の乙女の如き穢れ無き身体。その胸部の中心から、ケーブルが延びている。普段は見えないようになっているようで、きちんと蓋まで付いている。


「…………」


 いやらしいとかそんな感情が湧かないほど、美しい体だった。思わず、息をするのも忘れそうになるくらい。


「っ!んなことをしてる場合じゃない。パーツを見なきゃ」


 我に返ったアオイは、彼女の腕に触れる。柔らかい肌。それは、まるで人間のものだ。白い肌とそして、張り巡らされた血管……のように見えるコード。ほとんど人間にしか見えない。

 肌を触っていると、パシュと何かが開く音がして、カバーが外れた。中から出てきたのは、砕けた骨となるパーツ。


「これは、っ……蒼魔石(サファイア)でできてるのか?」


 この場合のサファイアとは、宝石ではなく、特殊な加工魔性金属のことだ。しかも、蒼魔石(サファイア)紅魔石(ルビー)のような硬度が高く、尚且つ伝導率のいいものは、かなりの金額になる。しかもそれが、全ての骨格を形成しているのだ。一体、いくら掛かると言うのだろうか。


「いや、微妙に違う……。蒼魔石(サファイア)とは構成成分が微妙に違う気がするが……。だが、それに限りなく近い物でできている。腕と脚。全部直すだけの蒼魔石(サファイア)は、何とか揃ってるんだが……」


 そう、そして、かなりの金額が掛かる蒼魔石(サファイア)がアオイの家には置いてある。何故置いてあるか、と言うのは、この家の持ち主が持っていたからと言うことになるのだが。


「全部使うと怒られそうだが……。まあ、いいか。あいつのことだ。最初は怒るが、なんだかんだで許してくれるだろう」


 そんな風に人の好意を逆手にとって物を浪費しまくるダメな男なアオイ。蒼魔石(サファイア)を持ってくると、電動ヤスリとヤスリ、紙ヤスリを持って腕と脚の骨組みの形に整える。


――ギュルル


 そんな音を立てながら削っていく。その慣れた手つきは熟練の者であることがよく分かるものだった。そして、ヤスリで削った削りカスもきちんと残るように袋の上でやっている。貴重な物だけに粉々でも価値があるからだ。


「よし、できた」


 20分くらいだろう。そんな短い時間で、アオイは、腕と脚の計4本の骨組みを削りだした。紙ヤスリで細かく形を整えていく。そして、砕けた骨組みを出して、そこに入れてみる。


「ピッタリだな」


 全てのカバーを開けて、砕けた物を抜き出して、全てに新しい物を入れる。完璧な仕上がりだった。


「終わったぞ」


 アオイの言葉に反応するように彼女は、目を瞑る。パソコンのモニターには、「接続が切れました」の文字が現れる。そして、再び、目が開かれた。


 ゆっくりと身体を起こす彼女は、凄く快適そうだった。腕を動かし、脚をぶらぶらとさせる。


「異常はありません。凄いですね……。ありがとうございました」


 彼女は、礼を言った。そんな彼女に対してアオイは、暫し考えるような、様子を見せてから、彼女にこう言った。


「なあ、少しお願いがあるんだが、聞いてもらえるか?」


 アオイの言葉に彼女は、少し意外そうな顔をしてから、笑顔でアオイに答えを返した。その向日葵の様な眩い笑顔で。


「はい、いいですよ。助けてもらったのに、お礼もしないのはこちらの気分が良くありませんから」


 その言葉に、アオイは、やはり人間臭いな、と思った。この女性が人間ではないのは、先ほど確認したはずなのだが、それでも人間に見えてしまう。


「じゃあ、暫く、あんたの様子を観察したいし、腕部と脚部の代替品に異常が出ないかも確認したいから、暫く一緒にいてもらえないか?」


 つまりは、暫く一緒に暮らしてくれ、と言うアオイのお願いに、彼女は、きょとんとするものの、すぐに笑顔になって、アオイの言葉に答える。


「はい、よろしくお願いします!」


 その返事に、……その笑顔に、思わず目を細めるアオイ。眩い笑顔だったからだ。そして、アオイは、返事をする。その笑顔から決めた彼女の呼び名を含めて。


「ああ、こちらこそよろしくな。リヒト」








 ――これが、最高の機械技術師を目指す青年と未完成の人形の出会いだった。そして、この出会いは、様々な騒乱を巻き起こす。騒乱は、出会いを齎し、二人の周りには人が集まっていく。


 これは、そんな彼らの物語である。

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