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菫・辰巳 (同じ曲を受け継いで歌う)


菫 「心療内科に、通院しているらしい」

辰美 「本人がそう言ったんですか」

菫 「調査結果だよ」

辰美 「先生も暇ですねえ」

菫 「本来なら、助手の仕事なんだがね」

辰美 「よくある、ウツ病ってやつですか」

菫 「解離性同一性障害。いわゆる、多重人格さ」

辰美 「ジキルとハイドみたいな?」

菫 「そこまで漫画チックなやつじゃない。完全に人格が入れ替わるのではなく、どうやら彼女には、もう一つの人格が、あたかも実在するように見えているらしい」

辰美 「そういうのを、幻覚といいませんか」

菫 「分類は学者に任せるさ。私は専門家じゃないんだ」

辰美 「で、もう一つの人格とは、どんなやつなんですか」

菫 「彼女の幼馴染だった」

辰美 「だった?」

菫 「亡くなってるんだよ。その男の子は十五歳の時に、交通事故でね」

辰美 「そうですか」

菫 「彼女は、ずいぶんショックを受けたらしい。やがてその男の子が、彼女の人格の一部として、あらわれるようになった」


辰美 「そういうのを、幽霊といいませんか」

菫 「きみ、幽霊と幻覚の違いがわかるかね」

辰美 「さっぱり」

菫 「簡単な実験でわかるんだ。寝転んだ状態で、そいつがあらわれるのを待つだろう。幽霊なら地面に対して垂直に立っているが、幻覚は顔面と水平にあらわれる」

辰美 「本当に?」

菫 「私が実験したわけじゃない。昔のエライ学者の話さ」


辰美 「幻覚だか多重人格だか、知りませんがね。現在も彼女は、その症状が続いているということですか」

菫 「よほど、忘れられなかったんだろうね。彼女の人格の一部を乗っ取るほどに、その男の子のことが」

辰美 「なんという名前なんですか」

菫 「えっ」

辰美 「その男の子は、なんという名前なんですか」


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亜紀 「ノックしても、お返事がなかったもので」

菫 「えっ」

亜紀 「勝手に入って来てすみません。お話し中だとは思ったのですが、重大なご報告があったもので」

菫 「話?」

亜紀 「さっきまで、だれかとお話しされてましたよね」

菫 「あ、ああ。助手のやつですよ。いいところに来られました。さっそくお茶を……」(振り返るが、辰美はいない)

亜紀 「どうなさいました」

菫 「助手のやつですよ。さっきまで、ここにいたんですがね」

亜紀 「わたしはてっきり、電話中かと」

菫 「……おかしいな」

亜紀 「きっとお疲れになっているのです」

菫 「疲れる要因がありません。私はバイタリティ溢れる女で、しかも事務所は閑古鳥が鳴いております」

亜紀 「だから、疲れるのではありませんか」


菫 「外は雨でしょうか」

亜紀 「降水確率は50パーセントだったのですけど」

菫 「今日、お越しになったのは?」

亜紀 「けりをつけようと思いまして」

菫 (キックする動作で)「けりを?」

亜紀 「最後に一つだけ残っていましたでしょう」

菫 「彼をアヤめるための、50番めの方法ですね」

亜紀 「はい」

菫 「もったいぶるわけじゃありませんが」

亜紀 「はい」

菫 「私もあれこれ考えましてね。異常巻アンモナイト化した脳を、元の螺旋に戻そうと七転八倒いたしました」

亜紀 「いわゆる、原点回帰ですね」

菫 「最もシンプル、かつ、機能的な方法を、ひとつだけ見過ごしている。そんな気がしてなりませんでした」

亜紀 「呪い殺したり、ボアに食べさせたりするのではなく?」

菫 「非常に現実的な方法です」

亜紀 「お聞かせください」


菫 「第50番めの方法を、自殺とします」

亜紀 「ジュ、殺ではなく?」

菫 「ジ、殺です。これでジ・エンドです」


亜紀 「去年の夏、福生のお祭に行ったときのことです」

菫 「いきなり思い出語りですか」

亜紀 「彼が航空機好きなもので、その日だけ解放された横田基地を見に行ったのです」

菫 「電車オタクだけではなかったのですね」

亜紀 「はい。その影響で、私も、こんな小咄を考えつきました」

菫 「どのような?」

亜紀 「零戦のパイロットが、グラマン機と闘いながら一言。『これはドッグファイトなのか? キャットファイトなのか?』」

菫 「……わかりませんね。そのアメリカンな小咄の妙味が、わたしにはさっぱり」

亜紀 「彼は半日くらい、笑い続けてくれたのですが。ともあれ、基地を出た私たちは、商店街のショッピングを楽しみました。その日はたいへんな人出で、いつしか私は、彼とはぐれていました。電話しても、なぜかずっと話し中で、元来、方向オンチの私は、焦れば焦るほど、さびれた方へと足を踏み入れてしまいます。そうして、一つの角を曲がったところ、英語の標識が、路地にぽつんと立っていました」

菫 「何と書かれていたのですか」

亜紀 「デッド・エンド」


菫 「行き止まり。袋小路をあらわす、珍しくもない標識ですよね」

亜紀 「はい。間もなく、彼からの電話が鳴って、そのときは、笑い話で済んだのですが。標識の文字が、どうしてもずっと頭を離れませんでした。今にして思えば……」

菫 「まるで未来を暗示していたようだ、と?」

亜紀 (うなずく)

菫 「考えすぎではないでしょうか。結果を知った後でこじつければ、どんな偶然も必然らしく見えてきます」

亜紀 「ですが、こんなことが、私にはたまに起こるのです。例えば中学生の頃、大切な友達を事故で亡くす何ヶ月も前でした、いつものように家の前で別れたあと、もうその友達が二度と戻らないような気がして、悲しくて淋しくて、思わず玄関のチャイムを押してしまったことがあります。ぼろぼろ泣いている私を見て、ドアを開けた姿勢のまま、友達はびっくりしていましたけど」

菫 「デ・ジャ・ヴュ、ではなく、その反対のようなものでしょうか」


亜紀 「目を閉じれば世界が消える」

菫 「はい?」

亜紀 「50番めの方法は、そういうことなのですね。私が消えてしまえば、彼もまた消える。私が私自身をアヤめることと、彼をアヤめることは同様である」

菫 「あの……」

亜紀 「なるほど、これ以上確実で完全な殺人はありません。ありがとうございました」(真面目に、深々と頭を下げる)

菫 「お礼まで言われたあとに恐縮なのですが、どうも私の言葉が足りなかったみたいです。自殺幇助、くらいの意味だったのですが」

亜紀 「幇助、ですか」

菫 「ええ。あなたでしたら、彼の弱点を知り尽くしているでしょうし、例えば婚約を破談に追い込むことも可能でしょう。ひいては……」

亜紀 「現実的なんですね」

菫 「現実的過ぎてロマンのカケラもありませんが。実現可能なプランとして、原点に帰ってみたまでです」

亜紀 「私としては」

菫 「はい?」

亜紀 「ボアに呑ませたり、藁人形に釘を打ったり。そんなありそうにない方法を、あれこれ出している時のほうが、楽しかったのかもしれません」

菫 「そうですか。あまりお役に立てませんで」

亜紀 「充分です。最後のひとつはやっぱり、ほかになかったと思いますし」


菫 「そういえば、重大な報告があると、仰いましたよね」

亜紀 「そうでした。ここへ来る直前、久しぶりに友人から電話がかかってきました。彼女は、彼の同僚とつきあっています」

菫 「内容は?」

亜紀 「彼が、みずからをアヤめたそうです」


辰美 (入ってきて)「と、警察では断定したようですが、最初は他殺の疑いがもたれたみたいですよ。とにかく現場が、複雑怪奇なことになってましてね。切り傷や刺し傷が無数にあるわ、首には縄が巻きついたままだわ。鈍器で殴られたような跡さえあって、おまけに密室ですよ」

亜紀 「解剖の結果、胃の中から複数の毒物が検出されたそうです。また、遺体の周りには、めちゃくちゃに壊された鉄道模型や、無数の五寸釘、蛇のぬいぐるみなどが散乱していたといいます」

菫 (呆然と)「それを他殺というのでは……?」

辰美 「ええ、まるで見立て殺人ですよ。誰がクックロビンを殺したかってやつですよ。でも……」

亜紀 「死因は突発性心筋症なんです。だから、一概に自殺とは言えませんが、突発的な狂気にみまわれて、自傷した挙げ句のショック死ではないかと」

辰美 「なにしろ完璧な密室ですからね。そう解釈する以外、ほかに考えようがないということで、警察も頭を抱えているみたいですよ。先生、聞いてるんですか? 先生」

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