9-10
9
亜紀 「今日で十日めですね」
菫 「考えてみれば」
亜紀 「はい?」
菫 「私は一度も、あなたにお茶をお出しした記憶がない」
亜紀 「どうぞ、お構いなく」
菫 「これもみんな、助手のやつが、外をほっつき歩いているせいでして」
亜紀 「お忙しいのですね」
菫 「まさか。いつ来られても閑古鳥が鳴いているでしょう」
亜紀 「閑古鳥って、どんな声で鳴くのでしょう」
菫 「カンコ……いえ、鳴かず飛ばずがこの鳥の身上です」
亜紀 「お茶を淹れるのが得意なのですか」
菫 「助手ですか」
亜紀 (うなずく)
菫 「いえ、あの給湯室という場所に、私が入れないだけでして。閉所恐怖症のバリエーションですか」
亜紀 「なにかイワクでも?」
菫 「一年半だけ、OLをやっておりました」
亜紀 「わかる気がします」
菫 「もし私に、給湯室恐怖症という症状がなければ、今頃助手は、とっくにトラの餌食ですよ」
亜紀 「トラ?」
菫 「リストラという」
亜紀 「いくつになりましたっけ?」
菫 「年齢の話でなければ、40です。残された方法は、10個。景気よくカウントダウンといきたいところですが、そろそろ出てくるネタもまた、異常巻アンモナイトと化してきました」
亜紀 「アンモナイト、ですか」
菫 「螺旋がほぐれて、ぐにゃぐにゃになった貝殻の化石をご存知でしょう。まるで現在の、私の頭の中を象徴しています」
亜紀 「そのぐにゃぐにゃにねじくれた、41番めの方法とは?」
菫 「呪殺です」
亜紀 「ジ、殺ではなく?」
菫 「ジュ 殺です」
亜紀 「例えば、草木も眠る丑の刻」
菫 「はい」
亜紀 「ひと気のない、神社の境内に、白装束の女が一人」
菫 「そうです」
亜紀 「頭には二本の蝋燭をさし、片手に木槌、もう片方の手には、五寸釘と藁人形」
菫 「なかなか似合うんじゃないでしょうか」
亜紀 「女は、樹齢数百年の神木に、藁人形を押しつけ、その中心に五寸釘を差しこむと、おもむろに木槌を振り上げて……」
菫 「いい感じです」
亜紀 「思い知れえ」(打ちつける仕草)
菫 (胸を押さえて)「うっ」
亜紀 「思い知れえ」(打ちつける)
菫 「ううっ」
亜紀 「私がどんなに悲しかったか」
菫 「はあ、はあ」
亜紀 「思い知るがいい」(打ちつける)
菫 「うわああああっ」(もがき苦しむ)
亜紀 「というやつですか」
菫 「洒落ではすまないような気がしてまいりました」
亜紀 「でも、この方法に効果があるという、科学的根拠はあるのでしょうか」
菫 「物理的に証明するのは難しいでしょうね。ただ、私の学生時代の友人に、もの好きがおりまして。実験をこころみたのです」
亜紀 「丑の刻参りの?」
菫 「略式ですが。実験の客観性を保つため、何の恨みもないが、毎日顔を合わせるクラスメイトを想定しまして。夜ごと、午前零時に、自室で人形に釘を刺したといいます。すると一週間も経たないうちに、相手は目に見えて調子を崩しましてね。友人が何食わぬ顔で具合を尋ねると、原因はわからないけど、胸が苦しくて死にそうな気がする、と」
亜紀 「殺してしまったのですか」
菫 「いえ、さすがに怖くなって実験を中止したところ、みるみるその人は元気を回復したとか」
亜紀 「案外簡単なのかもしれませんね」
菫 「はい?」
亜紀 「人をアヤめるのって」
菫 「まあ、ある種の気休め。その実験だって、単なる偶然が重なっただけかと」
亜紀 「偶然を必然に変えるのが、魔法というものでしょう。似ていると思いませんか?」
菫 「似ている?」
亜紀 「わたしたちがやっているゲームと。夜な夜な五寸釘を打ちこむ行為は、とてもよく似ています」
菫 「あるいはそうかもしれません」
亜紀 「百物語というのがありますよね。百本の灯芯を用意して、怖い話を一つするたびに、一本ずつ消してゆく。百話めが終わり、灯芯が消されて真っ暗になると、本当にお化けが出るという」
菫 「なるほど、あなたはこう仰りたいのですね。恋人をアヤめる50の方法が出揃ったとき、何かが起こるかもしれない、と」
亜紀 「気休めなんでしょうね」
菫 「もちろん、そうでしょう」
10
辰美 「気休めにしては、高くつきすぎないか。貯金まではたいてさ」
亜紀 「保険証をもって、心療内科でカウンセリングを受けたほうが、安上がりなのかわかってるけど」
辰美 「カウンセラーは、ネガティブなイメージを、揉み消そうとする?」
亜紀 「あなたを消そうとしたようにね」
辰美 「普通の反応だろう。オレなんか、本当はここにいちゃいけないんだ」
亜紀 「それに私は病気じゃないし。やっぱりどうしても、貯金をはたいて、探偵をやとう必要があったんだと思う」
辰美 「もうすぐだけど、どうするのさ」
亜紀 「もうすぐ?」
辰美 「50の方法が出揃うだろう」
亜紀 「どう……って、それで終わりよ」
辰美 「忘れてしまえそう?」
亜紀 「私は忘れることが苦手だけど」
辰美 「だからオレとも、こうして話ができるんだ」
亜紀 「でも彼は現実に生きてるのよ」
辰美 「だから?」
亜紀 「わからないの。私が何を望んでいるのか。ただひとつだけ言えるのは……」
辰美 「なに?」
亜紀 「私は彼を本当にアヤめたいほど、憎んでなんかいない」
辰美・亜紀 (歌う)




