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亜紀 「今すぐでなければいけませんか」
菫 「話してください」
亜紀 「せめて一晩」
菫 「今すぐでなければ、意味がありません」
亜紀 「でも、それと私の依頼と、どんな関係があるのでしょう」
菫 「後ほどご説明します。何も予備知識なしで、話していただきたいのです」
亜紀 「わかりました」
亜紀 「あれは、二十歳になったばかりの頃でした。私は大学二年生で、児童文学研究部に所属していました。九月だったと思います。たしか、人形劇の打ち上げでした。居酒屋の二階の座敷を借りきって、二十名ほどの部員がいました。目の前には大きなチューハイのグラスがあり、隣には、男子の先輩がいました。三年生の、あまり好きではない、飲ませることで有名な、その先輩に勧められるまま、私は漫然とグラスを口へはこんでいました。疲れていて、虫の居所がよくなくて、何より断るのが面倒でした。周囲は、異様な盛り上がりをみせており、女子部員の間から、悲鳴が上がったかと思うと、別の三年男子の先輩が、服を脱ぎ始めました。私はその先輩に、淡い恋心をいだいていました。機械的にグラスを傾けながら、眺めるうちに、先輩は踊るように身をくねらせて、どんどん脱いでゆきます。ほとんどの女子が目を逸らす中、男の人の裸って、骨っぽいんだなあとか、ぼんやり考えていました。あとで思えば、かなり酔いが回っていたのでしょう。先輩がボクサーショーツを下ろした瞬間、意識がとぎれました。次の日の午後三時になって、ようやく病院のベッドで目を覚ましたのです」
菫 「……それで?」
亜紀 「あやうくあれが、この世で最後の光景になるところだった……というお話です」
菫 「……」
亜紀 「面白くなかったですか?」
菫 「いえ、たいへん、面白いですよ。いろんな意味で」
亜紀 「急に、何か笑える話をしろと言われても」
菫 「できないものですよね。ゆえに、心理テストとしては、興味深い結果が得られる」
亜紀 「心理テストだったのですか?」
菫 「佐藤さまにはどんなストレスがあり、どんな願望をお持ちなのか。探偵として把握しておくことは、あながち無意味ではありますまい」
亜紀 「それで、わたしにはどんな願望があるのでしょう」
菫 「フロイト先生もびっくりの、わかりやすさですが」
亜紀 「蛇ですよね、やっぱり」
菫 「はい?」
亜紀 「第十八番めの方法です。動物を使うのでしたよね」
菫 「そっちの話ですか。少々ドキッとしてしまいました。そうですね、虎に食べさせるよりは、ずっと現実的と言えましょう」
亜紀 (黒板に絵を描く)
菫 「帽子? 頭陀袋? いや、ツチノコかな」
亜紀 「ボアに呑まれた彼の図です」
菫 「毒蛇を用いるのではなく?」
亜紀 「それでは第四の方法、毒殺と同じですもの。さて、ここで出題です。彼は頭から呑まれているのでしょうか。それとも、足のほうから呑まれているのでしょうか」
菫 「シュレーディンガーの猫ならぬ、シュレーディンガーの彼ですね。
亜紀 「答えは?」
菫 「頭からでもあり、足からでもある。そのどちらでもあり、どちらでもない」
亜紀 「ボアの腹を裂いてみなければ、わからないのですね」
菫 「そういうことです」
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菫 「九州出身らしい」
辰美 「はい?」
菫 「彼女さ。だからあの飲み会の話が本当なら、九州でのできごとだ」
辰美 「本当なら?」
菫 「上京したのは、大学卒業直後。就職が決まったからではなく、その逆で、飲食店でのアルバイト生活が、三年間続いている。それから設計事務所に採用されるも、一年で倒産。またアルバイトに戻って、二年後に、現在勤めている不動産会社の事務の職を得た」
辰美 「彼のほうは?」
菫 「早稲田から新卒で採用され、今に至る」
辰美 「不公平にできてますねえ。人生というステージは」(ギターを弾きはじめる)
菫・辰美 (歌う)




