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辰美 (ギターを背に、頭にタオルをかけて駆けこんでくる)「先生、只今戻りましたよ。先生、スミレ先生!」


辰美 「あれえ、だあれもいないなあ。電気もつけっ放しで、先生、どこへ行っちゃったんだ。(タオルで頭をふきながら)参ったなあ。急ぎだというから、雨の中を走って帰ったのにさあ。ま、用事のほうは、なんとか間に合ったみたいだから、いいけどさ」


辰美 (椅子にかけ、ギターをつまびく。チューニングを確かめてから、おもむろに「観客」に話しかける)「本日は○○公演、『カレをアヤめる50の方法』にご来場いただき、誠にありがとうございます。こんなふうに、ときどき歌をまじえながら、楽しいお芝居をお届けする所存です。ま、本当はボクの歌がメインなんですけどね。では一曲めを聴いてください。この曲は……(アドリブ少々)」


菫・亜紀・辰美 (歌う)


  3


菫 「まだ調査中というのは、ご理解いただいておりますね」

亜紀 「はい。ただ、電話で申しましたとおり、私が一方的にプランを受け取るのではなく……」

菫 「一緒にサツ……アヤめる方法を考えたい、と」

亜紀 「そうです」

菫 「失礼ですが、あなたにはクラフト・エビング的なところがおありになる?」

亜紀 「はい?」

菫 「率直に申しますと、変態性欲者でいらっしゃる?」

亜紀 「性欲にノーマルもアブノーマルも、ないのではないでしょうか。でも、虐殺に対して、性的興奮を覚えたことはありません」

菫 「純粋に、憎しみの問題ということですか」

亜紀 「いいえ。愛情の問題です」

菫 「わかりました。こちらとしましては、純粋にマネーの問題でしかありませんから。前金を受け取りました以上は、佐藤さまの意に沿えるよう、努力いたします。(書類を取り出し)まだ青写真とも呼べませんが、でき得る限りは、ご披露しましょう」

亜紀 「宜しくお願いします」

菫 「第1の方法をやく殺とします。手で咽を絞めて殺……アヤめる行為を意味します」

亜紀 「女性が男性を、というのは難しそうですね」

菫 「泥酔させた上で行うのが確実でしょう」

亜紀 「彼はお酒は飲みますけど、決して度を超すようなことはありませんでした。飲み過ぎて迷惑をかけるのは、常にわたしのほうでした」

菫 「共犯者という選択肢は」

亜紀 「ありません」

菫 「では応用例も含めて、とりあえず保留にしましょう。第2の方法を、刺殺とします。鋭利な刃物を用いることで、女性でも比較的手軽に、男性をアヤめることが可能となります」

亜紀 「刃物を構えて、彼の胸に飛び込んでゆけばよいのですね」

菫 「はい。血の花束をプレゼントするために」

亜紀 「わたしには、ちょっとロマンチック過ぎるようです」

菫 「犯罪の隠蔽も困難となりますね。もしそれをあなたが、望むとすれば」

亜紀 「一応は逃げてみるつもりですけど、現場から動ける自身は、まったくありません。きっと、動けないんじゃないかと思います」

菫 「恐ろしくて? それとも、悲しくて?」

亜紀 「人の感情なんて、そう簡単に割りきれるものじゃないでしょう」

菫 「第3の方法を、撲殺とします。これも女性には不利なやり方ですね。ただ、使用する兇器によっては不可能ではありませんし。人類最初の殺人者、カインを例にとるまでもなく、最も原始的で、本能的な方法といえます」

亜紀 「どんな兇器がよいのでしょう」

菫 「たとえば……(部屋の隅のギターに目が行く)」

亜紀 「ギターを弾かれるのですか」

菫 「これは辰美のやつが……」

亜紀 「タツミ?」

菫 「助手の名です。日向辰美。そういえば、今日も今日とて、どこをほっつき歩いているのやら」

亜紀 「私の幼馴染にも、タツミという名の男の子がいました。中学の頃まで一緒でしたが……」

菫 「うちの助手は、一応女なんですよ。えーと、そうそう。エラリー・クイーンのとある小説では、マンドリンが兇器となっておりましたか。ウエイト不足の嫌いはありますが、当たり所を充分考慮すれば、非力な女性にとって、理想的な兇器のひとつと言えましょう」

亜紀 「次の方法をお聞かせください」

菫 「第4の方法を、毒殺とします。言わずと知れた、女性による殺人の代表格です」

亜紀 「毒物を入手するのが、ネックでしょうか」

菫 「大きな声では言えませんが、ちょっと調べれば、身の周りは毒物だらけです」

亜紀 「ルクレチア・ボルジアの時代はとうに終わったのに、今も数々の毒殺魔があらわれては、新聞を賑わしていますものね」

菫 「カレーはお好きですか?」

亜紀 「私はそうでもありませんが、彼はとても。ミシュラン五つ星の専門店から、家庭の味に到るまで、熱心に味わっていました。ボクの前世はインド人だとか、シソの葉だったとか」

菫 「シソの葉?」

亜紀 「ダイバダッタ」

菫 (咳払いして)「殺人計画を練っているときに、真顔でそんなことを。ともあれ、毒物を混入するのに、これほど最適な料理は、ほかにないでしょう。好物でしたら、なおのこと。ただ問題は……」

亜紀 「問題は?」

菫 「別れた男と差し向かいで、カレーを食べる機会は、そう簡単に作れないことです」

亜紀 「5番目の方法を聞かせてください」

菫 「射殺となりますが」

亜紀 「これで一〇分の一ですね」


   4


辰美 「あと45とおり」

菫 「めぼしい方法は、おおかた出尽くしたさ。あとは奇をてらうか、残酷に走るか、どっちかだろう」

辰美 「どうしてそんな依頼を?」

菫 「こっちが聞きたいよ。現実に探偵を雇う以上、タダじゃないんだし」

辰美 「ご令嬢ってわけじゃ、ないんでしょう?」

菫 「平凡なOLってやつさ。不動産会社の事務をやっている。なけなしの貯金をはたいて、こんなことにつぎ込んで」

辰美 「例のカレシとは?」

菫 「およそ二年半前に知り合った。友達の友達だったとか。ダブルデートに始まり、意気投合して付き合い始めた。今どき珍しいくらいの健全さだねえ」

辰美 「二年半は長いほうですよね」

菫 「長いよ。お互い本気だったのは、確からしい。そろそろプロポーズという段になって、破局がおどずれた」

辰美 「破局とは?」

菫 「縁談話。カレの勤め先が合併をもくろんでる会社の、重役の娘との、ね」

辰美 「逆玉ってやつ」

菫 「どうだか。政略結婚である以上、カレにも事実上、選択肢はなかったのさ。佐藤亜紀に対して、泣く泣く別れ話をもちかけるしかなかった。亜紀のほうでも理解を示し、二人は最後のキスを交わした」

辰美 「泣ける話ですねえ。でも、割り切れなかったんだ」

菫 「人間の感情は、そう簡単に割り切れるもんじゃない」

辰美 「例のカレについても、調べたんでしょう」

菫 「できた男だよ。前世がインド人だったかどうかはともかく、浮ついたところがまったくない。真面目で礼儀正しくてユーモアがあって。仕事はできるし、おまけに美男ときている」

辰美 「じつは女狂いだったとか、世にもおぞましい性癖の持ち主だとか」

菫 「そういった欠点というか、人間らしさが見当たらないところが、むしろ欠点なのかもねえ。だから」

辰美 「だから?」

菫 「割り切れなかったんだ。円周率のように、無限に出てこない答えが、佐藤亜紀を苦しめ続けているんだろう」

辰美 「円周率ですか」

菫 「恋愛とは、円周率のようなものである。田中菫」

辰美 (ギターを弾きはじめる)

菫 (歌う)

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