チラリズムと青春
来週はテストだ。
大学のテストなんて、中学高校に比べればかなりヌルい。基本的にはテスト前日の一夜漬けでなんとかなるっていうんだから、大学ってやっぱり遊ぶ所だよな。
ちょっと勉強して成績取ってりゃ、あとは長期休みを優雅に過ごすだけでいい。俺達の一個上の先輩達は就職活動とやらに熱心みたいだけれど、公務員になる予定の俺には縁遠い話だ。就職氷河期において、文系学部の学生が一般企業に就職するなんていうのは至難の業と言えるだろう。私立の名門だとか、有名な国公立大学だとか、そんなレベルになってくれば就職口なんて腐るほどあるのだろうけれど、二流私立に通う俺には、土台無理な話だ。
「あ、くっそ……また負けた」
目の前の画面に映るGAME OVERの字に心の中で小さく文句を垂れると、足元の鞄を持ってその場をあとにした。
学校から家へ帰るために経由する駅に、新しいゲームセンターができた。今日がそのオープンデー。最近、格闘アーケードゲームにハマった俺は、同じゲーセン仲間に誘われて立ち寄った。テストも近いっていうのに何してんだろう……とか、思わないこともなかったけれど、大抵は徹夜作業で乗りきれることを知っているから、焦燥感はあまり感じられない。
他の台で未だゲームをプレイしている仲間に帰りの挨拶をして、俺はそのまま駅のホームへと向かう。
改札を出ると、運良く電車が入ってきた。この時間は学生の帰宅ラッシュと社会人の帰宅ラッシュの間をうまく縫っていて、人の数が適度に設定されている。これより早いと高校生が、これより遅いとサラリーマンが、それぞれ蟻の群れみたいにぞろぞろと電車に乗ってくるもんだからたまったもんじゃない。
「あれ?」
適度に空いている車内を見渡すと、中に見知った女性を見つけた。
「野木さん?」
座席に座って読書に夢中になっていた。彼女は、野木詩織。
大学からの知り合いで、一年生の時に語学の授業でたまたま席が隣同士だったことがきっかけで、話をするようになった。
彼女は根っからの本の虫で、気が付けばいつも何かを読んでいる。
「あ、宮沢くんじゃないか。今帰りなのか?」
野木さんは本から顔を上げて俺の存在を認識すると、無表情と笑顔のちょうど真ん中辺りの、微妙な表情を浮かべた。野木さんは他人と関わるとき、いつもこんな顔をしている。元々とても美人な方だと思うのだけれど、この表情からはそれが伝わらないから残念だ。
「そうそう。さっきまでゲーセンで空手家と闘ってた」
「そうかそうか。まま、隣に座りたまえよ」
野木さんは空いている隣の席を軽くはたくと、どうぞどうぞと両手でその席を勧めてきた。断る理由もない俺は、野木さんの勧めに素直に従うことにする。
「野木さんがこの時間に電車に乗ってるのって、なんか新鮮だね」
「そうかい?あぁ、いつもはもう少し遅い電車に乗っているからかな」
「これより遅いのって、ちょうどサラリーマンの帰宅ラッシュじゃないの?」
「そうだね。確かに電車は一面真っ黒になるね」
野木さんは妙に楽しそうにそう答えると、「あ、そういえば……」と突然思いついたかのように話題を変えた。
「宮沢くんは、今朝の暴風をご存知かな?」
「暴風? 警報なんて出てたっけ?」
「いやいや、警報とまではいかないのだけどね。まぁ、そこそこに風が強かったのだよ」
今朝は弟を幼稚園まで送らなければならなかったので、そのまま朝早く学校へ行って、図書室で仮眠をとっていた。だから外の状況なんて全く知りもしない。
「へぇ、そんなに……それで、それがどうしたの?」
僕の疑問に野木さんは少し眉をひそめる。何か不機嫌にさせるようなことを言ってしまったのだろうか。内心少しひやっとしたけれど、野木さんはすぐに口を開いてニヤっとしてみせた。
「風といえば……パンチラですよ」
思わず僕の思考が停止する。
パンチラって……今、パンチラって言った?
「は?」
「風といえばスカート!スカートといえばマリリン・モンロー!マリリン・モンローといえば?」
「……パンチラ?」
「いえすざっつらいと!」
野木さんは随分楽しそうにしている。俺はといえば、ちょっとついていけてない。
「いやぁ、私の友人がとてもとても貴重なパンチラを見たといって自慢してきたので、どうしてもこの話がしたくてうずうずしていたんだ」
「貴重な……ぱ、パンチラって何……?」
そもそもパンチラに貴重とか貴重じゃないとかあるのだろうか。
というか、公衆の面前でパンチラなんていう語句を恥ずかしげもなく口にできる野木さんに敬意を表してこの場から連れ去りたくなってしまう。変な目で見られるということを、この人は少し学んだほうがいいかもしれない。
「いい質問ですな。そんな宮沢くんに座布団をさし上げましょう」
「大喜利か!」
「ナイスつっこみですね。で質問の答えなのだけれど」
野木さんの会話のテンポって、どうしてこういつも独特なんだろうか。彼女は見た目こそ可愛いのだから、もっとちゃんとコミュニケーションがとれれば、ほどほどにモテると思うんだけど。
「貴重なパンチラとは、ずばり!女子高生のパンチラのことでございます!」
「声がでかいよ!」
野木さんの突然の大声に、周りの人間が一斉にこちらを見た。おまけに単語が単語なだけに、中には不審人物でも見るかのような軽蔑の眼差しを向ける人もいて、俺としては今すぐこの場から立ち去りたい気持ちで一杯だ。
「あぁ、ごめんなさい。つい興奮してしまって……」
シュン、と落ち込む野木さんをよそに、俺は内心ホッとする。そして話の続きを促すと、さっきよりトーンの低い声で野木さんは詳細を語りはじめた。
「今朝の風は、随分とまた荒れていてね。自転車なんてろくに乗れたもんじゃなかったんだ。私は運悪くスカートを履いてきてしまったのだけれど、チラリズムをしないためにスカートを抑えるのに必死だったよ」
「はぁ……」
「それでね、それだけ風が強かったわけだから、当然今時の女子高生なんてもう風の悪戯の餌食なわけさ。格好の餌なわけさ。彼女たちのスカートは次々とめくれ上がってしまって、今日の女子高生のおよそ八割がスカートの中……つまり、そのいたいけな乙女の花園を世間の皆様に盗み見られてしまったわけだ」
野木さんの話に沿って、俺の頭はみるみる想像を膨らませる。
次々とめくり上がる女子高生のスカート……それを抑える赤面した少女達……黒髪の乙女の、花園の中……。
その先の想像を俺はストップせざるを得ない。危うく鼻血が出るところだったからだ。
「で、そのご友人の自慢というのは?」
最早妄想にも近い想像を振り払うように、俺は野木さんに質問をした。何か喋らなければ、なんとなくいけないような気がしてしまったのだ。
「あ、そうだったね。その私の友人というのが、風の悪戯で少女達の可憐な花園が次々と暴かれていくのを、一部始終見届けた、という旨のメールがここに送られてきたのだよ」
素早く取り出された携帯の画面を見ると、そこにはさっき野木さんが話した内容と同じものが文面として残っていた。
俺は一部始終を見届けたという彼もしくは彼女のことを考えて、次の瞬間にはこう叫んでいた。
「羨ましすぎるわぁぁ!!」
電車を降りると、駐輪場までしばらく歩く。
先ほどの俺の叫び声はちょうど電車のブレーキと相殺されてうまく誤魔化されたようだった。不幸中の幸いとはこのことを言うのだろう。
駐輪場から自転車を出して項垂れながら自転車に跨りペダルを漕いでいると、目の前に女子高生が数人で歩いているのが見えた。
ふと電車の中での会話が思い出されて、何となく罪悪感に駆られた俺は、女子高生から視線を逸らして横切ろうとした。
そのときだった――。
「きゃあ!!」
ビュウウッという強い風が吹いたと思ったら、ほぼ同時に女子高生の叫び声が聞こえた。
驚いて振り返ると、慌ててスカートの端を押さえる女子高生の姿が目に写る。ただ、残念なことに、その中身までは見ることはできなかった。
「……ロマンとは、こういうことか」
そんな簡単に見えてしまっては情緒に欠ける。
俺はぼんやりとそう思いながら自分の中で確実に芽生えつつある妙な性癖に、ショックを隠し切れない。
一人の帰り道、俺は心の中でこっそり泣いたのだった。
今日は非常に風の強い一日でした。
はじめまして。原なつめです。
帰り道、女子高生が歩いていました。
風が強い一日でしたから、もしかすると女子高生の生パンが!生パンチラが!と少し期待していたのですが、残念ながらそう簡単には拝めませんでした。
自分が女子高生時代のことを思い出し、そういえば女子高生のスカートって鉄壁なんだよな、とかぼんやりと懐かしいことを思い出した一日でした。
宮沢くんは多分純粋な男の子なのでしょう。きっともやしっこなのでしょうね。
野木さんは変態美少女です。まぁ、少女なんて歳でもありませんが……。
今後、宮沢くんの性癖が、野木さんの手によって大きく育て上げられるのかと思うと、胸が熱くなりますね。頑張れ野木さん!
さて、遅くなりましたが、最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
拙い文章ではありますが、お楽しみいただければ幸いです。
少しずつ精進して参りますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。
2012/07/13/Fri/01:47/Natsume Hara




