第一章 灼熱の天王星 3
そんな日の夜。
フェンリルはウラヌスを探して庭に出ていた。
本来なら、ウラヌスはすでにベッドに入って爆睡している時間なのだが何故か今日はいない。
おかしい、とフェンリルは首をかしげた。
朝の依頼を嫌がる仕草も尋常ではなかったし、どこか乗り気でないようだった。
炎のような長髪を揺らし、ステップを踏むように歩を進める少年。
その姿は、夜に揺らめく獄炎のようにも見えた。
刹那、体を凍えさせるような夜風が吹き渡った。
思わず肩を震わせるフェンリルの耳に、
「へ…へくしっ!う~、寒…」
というどこか幼さの残る声が届いた。
声の発生地点は近くの木の陰のようである。
コイツは…。と呆れると、フェンリルは声をかけた。
「おい、そこにいるんだろう、ウラヌス」
すると、影からひょこっと少年が顔をみせた。
その少年はぎこちなくはにかむ。
「何だフェンリルか…。姉貴だったらどうしようと思ってた」
「…あのな」
苛々とした様子でウラヌスの隣に座り、フェンリルはため息をつく。
「?どうしたんだよ、そんな顔して」
本気で不思議な顔をするウラヌスにさらに苛立ちを覚える炎。
「ひとつ聞かせろ、何でそこまで依頼を拒む?」
「いや、そんなことないって…」
「嘘つけ。俺を誰だと思っているんだお前」
その声とともに、彼の眼球の鋭さが一気に増す。
まるで、獲物に飢えた狼のように思えてきて…。
ウラヌスは硬直している自分にすら気づけなかった。
「やろうと思えば、俺はお前を瞬殺できる。それを分かって言ってんだろうな?」
わずかに怒気をこめた声に、朱色の瞳の少年は寂しげに笑って答える。
「…優しいから、できないんだろう?」
「…八ッ」
鼻で笑うと、フェンリルは目を元に戻す。
体中からにじみ出ていたオーラもすっかり消えている。
「んじゃ、話すんだな?」
「分かったよ…。お前にキレられるのは困るからな…」
諦めの色を顔に出すと、ウラヌスはポツポツと語りだした…。
「ていうか、フェンリルも覚えてるだろ、昔のこと」
「…ああ、あれか」
ぼくはただ、ともだちがほしかっただけなんだ。
ふつうにあそんで、ふつうにけんかする、ふつうのともだちが。
なのに。
なのに!!
「だめよ、あんな危ない子と遊んじゃ!」
「あの子は使命を背負った子なのよ、近くにいたら危ないわ!」
「神獣使いの子なんて、やめなさい!」
おなじくらいのこどもたちも。
「うわああ!ばけものだー!」
「あいつ、しんじゅうっていうばけものとともだちなんだってー」
「こわいね」
「うわ、こっちくるよあいつ!」
「こっちこないで!だいきらい!」
にんげんなんて、だいきらいだ!
「あー、思い出すだけで吐き気してきた」
頭を抱えるウラヌス。
実を言うと、彼は実質ナオミ、フェンリル、アルテミスの三人以外と話したことすらなかった。
理由は簡単。
話す前に相手が逃げるから。
神獣使いや魔法使い、騎士は国を守るという栄光の任務を持ちながら、人々の差別を受けることも多い。
「他人と話すのが怖いから。それが理由か、情けない」
さりげなくひどい言葉を浴びせながら、フェンリルは憂いを帯びた表情になった。
その差別に苦しむ姿を、フェンリルはいやというほど見てきたのだから。
やがて、パートナーは依頼以外家から出ることはなくなった。
―――対人恐怖症ってやつか…?
しかし、ここで甘やかすとウラヌスはもう元には戻らない。
それも事実だった。
「…その苦しみを背負っているのはお前以外にも腐るほどいるってことを忘れるな」
気づけば、夜は白み始めていた。
依頼にいく、朝が近づいてくる。
ウラヌスの世界が広がる瞬間が、一刻一刻と。