ととのえ洗い
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふう、このジーンズもなかなか色落ちがおさまらないな。
洗濯は大量の水にもまれる行為。当然、それは生地へしみ込んだ色にとって、大いなる試練だ。
誰かが手間暇をかけてこさえたものが、別の誰かや何かによって台無しにされようとしている。たとえ悪気はなかったとしてもだ。
武器や拳交えなくとも、世界がいかに競争に満ちているかが分かる例かもしれない。全員に同じだけの幸福を与えるには、あまりに狭い領域だからだ。
その中にあって、自分の利益をどう確保するか。あるいは不利益を被らないようにどう動くか。いつの世も問題だ。
そいつは、人のみならず働いているこの機械たちもまた同じかもしれない……少し前に友達から聞いた話なのだけど、耳へ入れてみないかい?
一人暮らしに妖精はいない。
以前、友達が話していたことだ。一人暮らしはすべての面倒を自分で見なくてはならない。
やればやっただけ、やらなければやらなかっただけ、いろいろなものは溜まっていく。自分が手を入れない間、そいつらがなくなることはない。
逆をいえば、もしそれらが勝手に消えたり、現れたりするようならば泥棒なりが入っている証拠になる。自分のやったこととやらないこと、できていることといないことを覚えておくのは大事だとね。
友達も、これから話す経験があるまでは、ここまでの思考には至らなかったらしい。自分が楽できるならば、都合のよい展開があったってかまわないはず。それこそ神様の思し召しかなにかで。
天罰の逆、天恵を都合よく信じていたってところかな。
だからある日、自室の洗濯機がやたらきれいになっているのを見てびっくりしたとか。
友達の家の洗濯機は、かなり年季が入っていて洗濯槽はもちろん、外見にもところどころ錆びが浮かんでいるほど。本来なら取り換えるべきときなのだろう。
けれど、稼働はどうにかするということで使い続けてはいたものなのだとか。もはや事故が起きたら自己責任なレベルだが……感覚は人それぞれだろうな。
で、その日の洗濯機の汚れが、不自然なほどに落ちていた件。友達はいちおう、拭えば落ちるレベルであることは確かめていたようだ。
そして、まずはやはり泥棒の侵入を警戒した。ものが取られていないかを確かめ、それらの被害がないのを見て、一息ついた。
一度外出して戻るとなると、記憶にはいまひとつ自信が持てない。それでも、ぱっと見てきれいになっているとの判別はつく。
いぶかしく思っていたものの、その日から友達の部屋は、じょじょにきれいになっていったそうだ。
飲み物の容器などは変わらないが、壁や床などの汚れだ。ほんの一角、気にしていなければスルーしてしまえそうな面積。それが何日も繰り返される。
長い時間をかけて、きれいになっていった友達の住まい。怪しさはぬぐえなかったが、助かっていたのも事実。わざわざ自分から汚す気になれずに、時間が過ぎていったものの。
一か月ほど過ぎたころだ。
友達は聞きなれない洗濯機の回転音で目を覚ました。
タイマー式になっている。普段、自分が使っている機能だからそれ自体は問題ない。
ただ音が、普段と異なり悲鳴のように聞こえたのだそうだ。人のそれではなく、獣を思わせるだみ声。それを響かせながら機械が回り続けている。
聞いていて、何分ともちそうになかったとは友達の談。たまらず起き出して、洗濯機を無理やり止め、蓋を開いてみたとか。
その瞬間、飛び散った。
真っ青な液体だったが、量が尋常じゃないうえに、時にラジコンじゃないかという奇妙な軌道でもって部屋のあちらこちらへ飛んでいく。
そこで汚れるのは、この一か月できれいになっていったところだ。こびりつくや悪臭を放つその飛沫を拭うと、下からはきれいになる前の元の汚れたちが顔をのぞかせたらしい。
洗濯機の中の他の服たちは、意外なほどに無事だったと、友達は語る。
あの飛沫にそなえた、何者かの準備がたまたま汚れたちをコーティングするためだったんじゃないか、とも。




