実らない嫁と呼ばれましたが、病弱当主と林檎粥の食卓を選び直します
かつん。
柄の太い匙が椀の縁に当たり、林檎麦粥へ沈んだ。
三口。
林檎を四分の一残す人は遠慮深い。三口で匙まで落とす人は、嫁の査定より先に寝かせるべきである。
「まあ。イリンカさんの接いだ木は花を落とし、夫となる方は匙を落とすのね」
アンカ様は検分用に摘ませた花を卓上へ広げた。白い花弁が、罪人の首でも取ったように得意げである。花に罪はない。置き方にはある。
「これでは、実らない嫁と呼ばれても仕方がないでしょう。ねえ、ヤーニス」
ヤーニス様は椅子の背に沈んだまま、わずかに頷いた。
反論する力も、匙と一緒に椀へ落ちたらしい。
「先に粥をいただいても?」
「検分の最中ですよ」
「冷めますので」
正確には、もう冷めている。厨房からここへ来るまでに冷えたのではない。運ばれる前から鍋の端へ追いやられていた温度だ。
嫁候補の仕事は、当主に冷たい朝食を食べさせながら花の落ちた責任を引き受けることらしい。ずいぶん忙しい。給金が出るなら三人分いただきたい。
私は椀を持ち上げた。
「温め直しますね」
「話を聞きなさい」
「聞いております。花が落ちた。名札が替わった。それをわたくしの接ぎ木のせいにしたい。三つとも」
アンカ様の口元が止まった。
先月、彼女の使用人が苗木の名札を運び替えたところを、私は見ていた。カールリスも見ている。
だから傷んだ一区画を切り捨てなかった。あそこを残せば、今年の実入りは減る。病んだ枝を見張る手間も増える。それでも接ぎ目と、後から入れられた切り口と、交換された名札を同じ場所に残した。
今ここで言い争っても、アンカ様の声量が勝つだけだ。林檎の木は大声に弱くないが、衰弱した当主は弱い。
「証明できるの?」
「三度目の検分で」
「三度目ですって?」
「三度目なら、外から検分役がいらっしゃるそうですから」
アンカ様は花弁を一枚、指先で潰した。
ヤーニス様の指は、もっとひどかった。樹液と冷えで皮膚が割れ、匙の柄を握った箇所から赤い筋がのぞいている。
その手で頷かせるのは、紙より簡単だろう。
私は厨房へ向かった。鍋を火へ掛け、林檎をもう少し細かく崩す。甘みはある。香りもある。麦も柔らかい。冷やした者の配点だけが零点だ。
温めた椀を戻すと、ヤーニス様は目だけを上げた。
「余計なことをするな」
声は、湯気より薄かった。
「では、これは余計な分です」
私は自分の椀から煮林檎をひと欠け移した。
「食べられませんか」
「いらない」
「四口目も?」
彼の眉が寄った。
怒る力がある。よろしい、一点追加。
けれど持ち上げた匙は、口へ届く前にまた震えた。
私は椀を受け取った。嫁の採点は保留。朝食は三口。要臥床。
この家でいちばん先に実らなくなるのは、果樹ではなく当主のほうだった。
* * *
「傷のある実ばかりです。二度も失敗を重ねるなんて」
二度目の小検分では、アンカ様が傷果を銀盆へ積んだ。
山盛りである。悪評は少量ずつ出すより、盛ったほうが豪華に見える。料理なら大歓迎なのだが、これは食べても酸っぱいだけだ。
「家の将来を考えれば、嫁候補としての資質まで疑われますね」
「その傷は接ぎ目とは関係ありません」
「言い逃れは結構。ヤーニスもそう思うでしょう?」
アンカ様の声は、私へ向くと一段高くなり、語尾が続く。そこへ廊下から検分役の到着予定を知らせる声が届くと、彼女は喉を整えた。
「お茶を。早くしなさい」
使用人には命令形だった。
家のため、家のため。家はずいぶん喉が渇くらしい。
ヤーニス様は返事をしなかった。卓上へ置いた手の亀裂が、前回より深くなっている。
「お湯を借ります」
「また余計なことを」
今度の声は、湯気くらいには濃かった。
「温め直しますね」
「私の手をか」
「粥です。ヤーニス様はお湯へ入れません」
彼の口元が一瞬だけ動いた。
笑ったのか、咳をこらえたのか。前者なら二点、後者なら寝台へ直行である。採点が難しい男だ。
傷果の検分は短く終わった。アンカ様が私の責任だと結び、ヤーニス様が頷かなかったぶんまで頷いたことにした。
私は彼の手を湯で洗った。固まった樹液を柔らかい布で落とし、亀裂へ軟膏を塗る。
「自分でできる」
「右手で右手は洗えません」
「左手がある」
「その左手も割れています」
逃げ道、閉鎖。
寝室の敷布は湿っていた。窓を開けると、古い空気が庭へ押し出される。敷布を替え、枕を乾いたものへ替え、夜には眠るまで火を守り、毛布を肩まで掛けた。
「嫁候補の仕事ではない」
「ええ」
「では、なぜする」
「寝具が湿っています。指が割れています。粥が冷めています。三つとも放っておく理由がありません」
ヤーニス様は私から顔を背けた。
拒まれたので、翌朝も鍋を温めた。拒絶には腹が膨れる効能がない。
その夜、彼は四度目を覚ました。
一度目は咳。二度目は窓の外を見た。三度目は毛布を蹴り、四度目は自分で掛け直した。前夜より咳と咳の間が延びている。
朝には五口。
匙は落ちなかった。
五口食べる男は、三口の男より二口ぶん手強い。回復とは、世話をする者に対する抵抗力まで増すらしい。
「もういい」
「あと一口です」
「腹がいっぱいだ」
「昨日より二口多いので、今日はヤーニス様の勝ちです」
「何と争っている?」
「昨日のヤーニス様と」
「勝手に戦わせるな」
声に厚みが戻ってきた。
よろしい。文句を言う肺は、黙って頷く肺より頼もしい。
公式検分まで、あと六日。
私は傷んだ一区画を残し、毎朝、同じ粥を温めた。
* * *
三度目の検分の日、アンカ様は椅子を用意していた。
果樹園へ続く石床の中央。肘掛けつき。毛布つき。脇の卓には、ヤーニス様が話したことになる説明書まで置かれている。
「当主はまだ身体が弱くておりますの。家のため、わたくしが補います」
客前用のアンカ様は声が丸い。焼いた林檎なら上出来の丸みだ。中身まで甘いかは、切らねば分からない。
検分役が椅子と書面を見比べた。
「当主ご本人の説明は?」
「もちろん。こちらへ署名だけいただきます」
アンカ様が林檎の皮を剥きながら言った。
「ヤーニス。いつものように頷けばいいのよ」
ヤーニス様が椅子の背へ手を置いた。
私は離れた卓上の椀を見た。
空である。
一椀、全部。
昨夜は一度も呼び鈴が鳴らず、朝まで眠った。指の亀裂も塞がっている。
私が代わりに答えることはない。食べて、眠って、立てるところまで戻った人の言葉を、世話をしたという理由で奪えば、アンカ様と同じ椅子へ座ることになる。
ヤーニス様が肘掛けを掴んだ。
ギィッ。
椅子の脚が石床を引っかいた。
次の瞬間、彼は椅子を脇へ押しやった。
ガァン、と背が柱へぶつかる。
三口で匙を落としていた手が、それを退けたのである。
胸の奥で誰かが卓を叩いた。よし! ただし私の顔は嫁候補らしく澄ましておく。口元が勝手に持ち上がる件については、林檎の糖分の責任とする。
「代筆は必要ない」
ヤーニス様は言った。
アンカ様の手元で、林檎の皮が途中から切れた。
「無理をしないで。あなたのために用意したのよ」
「私のためなら、私が断っても問題はないはずだ」
「家のためでもあります」
「では、家の当主が断る」
検分役たちの顔が、アンカ様からヤーニス様へ向いた。
彼は一歩を踏み出した。
速くはない。右足を置き、身体を運び、左足を置く。石床を抜け、土へ下りる。私は横へ並ばず、半歩後ろを歩いた。
転びそうなら支える。
答えそうになったら、口を閉じる。
世話焼きには後者のほうが難しい。私の舌は、粥の煮え具合と他人の質問へ口を挟むためにできている。
カールリスが収穫籠を持って待っていた。
「籠を」
ヤーニス様が手を出す。
「空でも重いですよ」
私が言うと、彼は横目で見た。
「一椀食べた」
「一椀は馬一頭分の筋力になりません」
「馬にはならない。籠を持つ」
カールリスが籠を渡した。
塞がった指が取っ手へ回る。匙より太い。彼は両手で一度持ち上げ、右手だけへ移した。
籠の底が膝に当たり、ぽん、と乾いた音を立てた。
「持てる」
「見れば分かります」
「なら、その顔をやめろ」
「どの顔でしょう」
「林檎を丸ごと盗み食いした顔だ」
失礼な。丸ごとではない。芯は残す。
検分役の一人が、傷んだ列の前で足を止めた。
「ここが、接ぎ木に失敗したとされる区画ですか」
「はい」
「なぜ切り捨てなかったのです」
「接ぎ目と、後から入れられた切り口を残すためです」
「収穫を失うと承知で?」
「承知していました」
アンカ様が進み出た。
「それこそ、この娘が果樹園の利益を損なった証拠です。家のためを思うなら、すぐに処分すべきでした」
検分役は私を見た。
「接ぎ目の失敗ですか」
「いいえ。傷は接ぎ目より下です」
「名札は?」
「交換されています。わたくしが接いだ列の札がこちらへ移されました」
「誰が交換を?」
「アンカ様の使用人です。わたくしとカールリスが見ました」
アンカ様の顎が上がった。
「使用人の勘違いでしょう。苗木の数など、誰がいちいち覚えているというの」
カールリスが無言で片手を上げた。
指を三本。
次に、両手を開いた。
「交換前、この列は三。向こうは十」
検分役が訊いた。
「交換後は?」
「札だけ逆。木は三と十」
「切り口を作った者は?」
カールリスは傷んだ幹を示し、それからアンカ様の後ろに控える使用人へ指を向けた。
「この切り口を作った手は、ここにいる」
「無礼な!」
アンカ様の声が細く尖った。
「伯母上」
ヤーニス様が呼んだ。
彼は傷んだ枝を持ち、接ぎ目と切り口を確かめてから、列を端から数え始めた。
一、二、三。
向こうの列へ歩く。
一、二、三、四。途中で籠を左へ持ち替え、最後まで数える。
「十だ」
「ヤーニス、あなたは休んでいなさい。数字はわたくしが説明します」
「三と十は、休まなくても違う」
品のよい声で、ずいぶん俗なとどめを刺した。三と十。確かに違う。粥なら七口分も違う。重大である。
アンカ様は卓上の書面を取り上げた。
「ともかく、こちらはすでにまとめてあります。家内の行き違いとして——」
「署名しない」
「話を大きくしないためよ」
「小さく書けば、十本が三本になるのか」
「わたくしは家を守ってきたのよ!」
その声だけは、果樹園の端まで実りそうだった。
ヤーニス様は籠を地面へ置いた。
どすん。
「伯母上には、別会計の家へ移ってもらう。今後、居住棟への立ち入りと、果樹園の人事、仕入れ、苗木の選定には関与させない」
アンカ様の顔から、客前用の丸みが消えた。
「病み上がりのあなたに何ができるの。誰が家を回すと思っているのよ」
「私だ」
「一人で?」
「一人で決めるところから始める」
私は口を挟まなかった。
ここで「わたくしも」と言えば、彼が取り戻した決定を、横から半分食べることになる。朝食なら半分いただくが、これはだめだ。
「椅子を戻して。ヤーニスを休ませなさい!」
アンカ様が使用人へ命じ、自分でも柱際の椅子へ手を掛けた。
ヤーニス様は収穫籠を持ち上げた。
ごつん。
籠が椅子の進路を塞いだ。
「いらないと言った」
検分役たちはアンカ様を見なかった。
立って答える当主へ一度、接ぎ木師である私へ一度、順に顔を向けた。
「処置する区画と、来季の接ぎ穂について、当主と接ぎ木師から改めて提出を」
「分かった」
「承知いたしました」
二つの返事が重なった。
アンカ様は途中で切れた林檎の皮を握ったまま、別の出口へ向かった。
追わない。謝罪も要らない。彼女の声が届かない家と、彼女の手が触れない苗木があればいい。
私は傷んだ木へ向き直った。
「この一区画は切り戻します」
「残さなくていいのか」
ヤーニス様が訊いた。
「もう検分は終わりました。傷を証拠のために飼う趣味はありません」
「では、新しい穂木を選ぶ」
「今日は休んでからです」
「一椀食べた」
「一椀を免罪符にするのはおやめください」
彼は籠を持ったまま、ほんの少し笑った。
「あなたが粥を免罪符に育てた」
回復した病人は、口まで達者になる。
世話の成果が私へ牙を剥いている。嬉しくなど——いや、嬉しい。ここは正直に採点しよう。満点。
ただし、一椀で午後の仕事まで許可するとは言っていない。
検分役を見送った後、私は道具小屋で接ぎ木刀を拭いた。一区画ぶんの損失は消えない。名札を戻しても、切られた木が勝手に立ち直るわけではない。
けれど次に選ぶ枝は、私たちが決められる。
私たち。
その二文字を勝手に置いた自分へ気づき、布で刀を磨く手に力が入った。
「イリンカ」
戸口から呼ばれた。
振り返ると、ヤーニス様が盆を持っている。両手で。
収穫籠の次は盆。回復した手は忙しい。
「寝台へお戻りください」
「断る」
「では椅子へ」
「それも断る」
「病み上がりの方が覚える言葉として、断るは便利すぎますね」
「あなたが教えた」
盆の上には、林檎麦粥が二椀あった。
同じ白い椀。同じ麦。同じ煮崩れた林檎。片方だけ大盛りに見えるのは、きっと湯気のいたずらである。そうであってほしい。私の分が少ない可能性については、領地を挙げて調査したい。
ヤーニス様は卓まで歩き、私の前へ椀を置いた。
「食べてくれ」
「毒見ですか」
「あなたは毎朝していたのか」
「味見です。料理人の権利です」
「作ったのは厨房だ」
「温めた者にも権利はあります」
「なら今日は私に権利がある」
彼が向かいへ座った。
私は椀を覗いた。林檎は均等。量もほぼ同じ。疑って申し訳ない。ほぼ、という箇所には今後の協議が必要だが。
「話がある」
匙を取ろうとした私の手が止まった。
ヤーニス様は自分の椀へ触れなかった。
「検分が終わっても、ここにいてほしい」
「接ぎ木師としてですか」
「それだけなら、給金と契約の話をする」
「嫁候補として?」
「それだけなら、家の都合の話になる」
窓の外で、枝が風に擦れた。
「では、何として残せとおっしゃるのです」
「それを、あなたと決めたい」
軽口が喉の手前で座った。
ヤーニス様は私の指先を見た。接ぎ木刀を握り続けて硬くなった箇所を、ひとつずつ確かめるように。
「あなたは、私が拒んだ翌朝にも鍋を温めた」
「冷えた粥が嫌いですから」
「自分の椀ではなく、私の椀を」
「残されると厨房が困ります」
「厨房へ戻さず、自分で食べていたな」
見られていた。
三口の日も、五口の日も、残りは私の昼食になった。食べ物を粗末にしないだけである。決して、彼がどこまで食べたか舌で確かめていたわけでは——少しは確かめていた。
「手を洗った」
「割れていました」
「敷布を替えた」
「湿っていました」
「眠るまで火を守った」
「夜は冷えます」
「それを、私が断っても続けた」
「必要でしたので」
「必要なことを、誰がしても同じだったか?」
答えが口まで来て、止まった。
違う。
誰かに任せればよかった。命じれば済んだ。温度を確かめ、咳の間を数え、四度目に毛布を掛け直した指がまた開いていないか朝いちばんに見る必要など、私にはなかった。
「私は、あの頃の自分をほとんど覚えていない」
ヤーニス様の声は低かった。
「腹が減っているのか、眠れないのか、何を決めたくないのかも分からなかった。伯母が言えば頷いた。頷けば、それ以上考えずに済んだ」
彼は塞がった指を開いた。
「それでも毎朝、同じ人が来た。私が何も返せない日にも」
私は椀の縁へ視線を落とした。
「同情ではありません」
「分かっている」
「義務でも」
「分かっている。義務なら、検分の証拠だけ守ればよかった。あなたは私まで守った」
「守った、という言い方は少し違います」
「どう違う?」
「ヤーニス様が、ご自分で選べるところまで戻っていただきたかったのです。わたくしに都合のよい答えを選ぶところまで、ではありません」
彼の手が、椀の横で止まった。
「今日、あなたは何も言わなかった」
「お答えできる質問ばかりでした。とても苦労しました」
「口を挟まないことに?」
「はい。舌を噛むかと思いました」
「そこまでか」
「代わりに答えるほうが簡単でした。でも、それではアンカ様の代筆と同じです」
ヤーニス様は目を閉じ、短く息を吐いた。
椀の湯気が二人の間を上がる。
「私は今日、最初にあなたの接いだ木を確かめた」
「はい」
「自分への扱いを先に責めることもできた。だが、あなたが残した一区画を見たかった」
「はい」
「なぜだと思う?」
「当主として必要だったから」
「それだけなら、検分役へ任せた」
「カールリスを信じているから」
「信じている。だが、数えたのは私だ」
「一椀食べたことを誇示したかったから」
「それもある」
あるのか。あったのか。ずいぶん可愛い誇示である。
彼の口元が緩み、また戻った。
「あなたの仕事を、自分の目で確かめたかった。私の世話をする手ではなく、木を生かす手として知りたかった」
私の指が、椀の下へ隠れた。
「私はあなたに守られる病人のまま、婚姻を申し込むつもりはない。あなたを私の世話役として置くつもりもない」
「では」
「果樹園を共に担ってほしい。あなたが接ぐ木を、私が数える。私が決めた仕入れに、あなたが駄目だと言う。あなたが食事を忘れれば、私が仕事を取り上げる」
「最後のものは権限の濫用です」
「あなたは半年していた」
「病人への正当な介入です」
「では、働きすぎの接ぎ木師にも正当に介入する」
反論のため口を開いたが、彼が続けた。
「そのうえで、婚姻を申し込みたい」
私は口を閉じた。
求婚と朝食を同じ卓へ載せるのは、配膳として重すぎる。しかも粥が冷める。大問題だ。
けれど彼は「家のため」と言わなかった。
「確認いたします」
「ああ」
「わたくしが、傷んだ木を残すと決めることがあります」
「代価を聞く。聞いたうえで任せる」
「逆に、すぐ切ることも」
「理由を聞く」
「ヤーニス様の判断へ反対もします」
「私もあなたに反対する」
「わたくしの粥のほうが少なければ抗議します」
「今日は同じ量だ」
「林檎が一片、そちらのほうが大きいです」
彼は自分の椀を見た。
本気で探した。
私はこらえきれず、肩を揺らした。ヤーニス様はしばらく林檎を睨み、それから匙でいちばん大きな一片をすくった。
私の椀へ入れる。
「これで?」
「わたくしのほうが多くなりました」
「では半分返せ」
「一度いただいたものです」
「共同経営は前途多難だな」
「婚姻もおそらく」
「断るか?」
声から笑いが消えた。
私は、彼の手を見た。
三口で匙を落とした手。
毛布を掛け直した手。
椅子を退け、枝を持ち、三本と十本を数え、収穫籠で椅子の進路を塞いだ手。
今は、私の椀へ林檎を返した手。
「いいえ」
それだけでは足りない。
「接ぎ木師として、あなたと果樹園を担います」
彼が頷いた。
「生活を共にする相手として、あなたが朝まで眠ったか確かめます」
「私も、あなたが朝食を食べたか確かめる」
「そして、嫁候補としてではなく」
私は彼の目を見た。
「わたくし自身の選択として、婚姻をお受けします」
ヤーニス様の指が、匙の柄を強く握った。
落ちなかった。
「イリンカ」
「はい」
「粥が冷める」
「それは大変!」
二人で同時に匙を取った。
理解と信頼と婚姻には、温かい朝食の確保も含まれる。
* * *
傷んだ一区画は切り戻した。
新しい接ぎ穂は、私が候補を三つ選び、ヤーニス様が収穫の記録を確認し、カールリスが枝の丈夫さを指で示して決めた。
「これがいいと思います」
「先ほどは、こちらだと言わなかったか」
「実物を見て変えました」
「三日前にも変えた」
「木は書面どおりに育ちません」
「あなたも予定どおりに休まない」
「わたくしは木ではありません」
「木なら、もう寝台へ運んでいる」
アンカ様は別会計の家へ移った。居住棟にも経営にも戻らず、それで話は終わった。
私たちには、新しい枝と朝食のほうが忙しい。
ある朝、日の出前から接ぎ木刀を持って庭へ出ようとすると、戸口にヤーニス様が立っていた。
盆を片手に、もう片方の手を差し出す。
「刀を」
「朝露が乾く前に見たい木があります」
「粥が冷める前に食べろ」
「一列だけ」
「一口も食べていない」
「戻ってから二椀いただきます」
「信用できない」
「未来の妻を信じてください」
「未来の妻が朝食から逃げている」
私は右へ避けた。
彼も右へ動いた。
左。
左。
もう一度、右。
盆の上で椀が危険な音を立てた。これはいけない。林檎麦粥に罪はない。
「分かりました。食べます」
「刀を」
「食べながら持ちます」
「置け」
「これは接ぎ木師の手です」
「知っている。だから休ませる」
ヤーニス様は私の手から接ぎ木刀を取り上げた。
最初は匙も持てなかったくせに。今では盆と刀を同時に確保して、私の逃走経路まで塞ぐ。行動変化にもほどがある。
私は食卓へ連行された。
「一椀、全部」
「ヤーニス様もです」
「もう食べた」
「わたくしの分まで?」
「食べていない」
「椀を見せてください」
「疑り深いな」
「共同経営者ですので」
数年後も、朝の食卓には空の椀が二つ並んだ。
その隣には収穫籠が二つ。
接ぎ木刀は一つ。
先に食べ終えた者が確保する決まりになったため、私たちの朝食だけは、年々ものすごく速くなった。




