第6話 話しかけられない理由
次にカフェへ行ったとき、少しだけ空気が違った。
混んでいるわけでもない。
時間帯も、いつもと同じ。
それなのに、店に入った瞬間、胸がざわついた。
彼はいた。
カウンターの奥で、いつも通り仕事をしている。
でも、視線が合わなかった。
こちらを見ていないわけじゃない。
ただ、意識的に避けられている気がした。
席につき、メニューを開く。
注文を告げると、彼は淡々と対応した。
声の調子も、動きも、完璧に“店員さん”だった。
「いつものですね」は、なかった。
少しだけ、胸が沈む。
自分でも驚くほど、はっきりと。
カップを運んできたときも、言葉は最低限だった。
「どうぞ」
それだけ。
以前あった、あの一瞬の間も、
視線の残りも、今日はない。
気づかれたのかもしれない。
だから距離を取っているのかもしれない。
そう考えた途端、心臓が重くなる。
何かしたわけじゃない。
でも、何かを期待していた自分に気づいてしまった。
ノートを開くが、文字が進まない。
カウンターのほうを見ると、
彼は別の客と静かに話している。
その表情は、落ち着いていて、
必要以上に優しくも、冷たくもない。
わたしにだけ、違う。
そう思ってしまう自分が、少し嫌だった。
帰るころ、レジに立ったのは別の店員だった。
彼は、奥で作業をしている。
声をかける理由なんて、どこにもない。
それでも、背中越しに存在を感じてしまう。
外に出ると、夕方の空が暗くなり始めていた。
歩きながら、女友達の言葉を思い出す。
――気をつけなよ。
何に、だろう。
期待すること?
それとも、期待されること?
答えはわからない。
ただ、ひとつだけ確かなのは、
今日は少し、さみしかったということだった。




