第5話 少しだけ違う距離
女友達と別れてから、しばらく歩いた。
駅へ向かうはずが、気づくと反対方向へ足が向いている。
考えないようにしていた。
さっきの会話も、あの言葉も。
それなのに、体のほうが先に動いていた。
カフェの前に立って、立ち止まる。
今日は来ないつもりだった。
そう決めていたはずなのに。
ドアを開けると、いつもと同じ音がした。
ベルの音。
少しだけ安心する。
店内を見回して、彼を探してしまう。
いた。
カウンターの奥で、カップを拭いている。
こちらに気づいたのかどうか、わからない。
視線が合いそうで、合わない。
席につき、メニューを見るふりをする。
実際には、文字は頭に入っていなかった。
注文を告げると、彼は顔を上げた。
前よりも、視線がしっかり合った気がする。
「いつものですね」
そう言われて、胸が一瞬詰まった。
覚えられている。
それだけのことなのに、心拍が早くなる。
「はい」
短く答える。
カップを運んできた彼は、今日は少しだけ距離を保っていた。
近すぎず、遠すぎず。
でも、その“測った感じ”が、逆に意識を刺激する。
「どうぞ」
声は変わらない。
でも、置き方がいつもより慎重だった。
女友達の声が、頭の中でよみがえる。
――気になってるだけじゃない?
違う。
そう言い聞かせる。
ただ、ここが落ち着く場所なだけだ。
ノートを開いて、文字を書く。
集中しようとすればするほど、
カウンターのほうが気になった。
彼は忙しそうに動いている。
でも、時々こちらを確認しているような気がする。
気のせいだ。
そう思う。
でも、その「気のせい」が、今日は何度も繰り返される。
帰るとき、レジで支払いをする。
彼は一瞬だけ、ためらったように見えた。
「……ありがとうございました」
間があった。
ほんの一瞬。
でも、それが気になって仕方がない。
外に出ると、夜の空気がひんやりしていた。
歩きながら、胸の奥を探る。
もし、気づかれているとしたら。
もし、彼も何かを感じているとしたら。
それは、安心なのか。
それとも、困ることなのか。
答えは出ないまま、
足だけが、家へ向かって動いていた。




