第22話 聞いてはいけない質問
コーヒーが運ばれてきても、手をつけられなかった。
カップの縁から、湯気がゆっくり立ち上る。
その向こうで、彼はカウンターの内側に立っている。
忙しくはない。
でも、こちらに来ようとしない。
今なら、聞ける。
そう思った瞬間、
聞いたら戻れない、という感覚も同時に押し寄せる。
それでも、席を立った。
カウンターの前に立つと、
彼はすぐに気づいた。
少しだけ、息を吸うのが見えた。
「何か、ありましたか」
いつもと同じ言い方。
でも、今日は逃げ道を作っていない。
「……少しだけ、いいですか」
そう言った自分の声が、
思ったより落ち着いていて、驚く。
彼は、うなずいた。
「はい」
周りに客はいない。
それでも、声は自然と低くなる。
「ここ、ずっとじゃないですよね」
一瞬、間が空く。
ほんの一瞬。
でも、十分だった。
「ええ」
彼は否定しなかった。
「期間は、決まっています」
それ以上は、言わない。
こちらを見る目も、変わらない。
「どうして、ここに?」
続けて聞く。
もう、止まれなかった。
彼は、少しだけ視線を外した。
カウンターの端を見る。
「事情があって」
そう言ってから、言葉を選ぶ。
「今は、ここが必要だったんです」
それは、答えのようで、
核心からは、確実に距離があった。
「……そうなんですね」
それ以上、踏み込めなかった。
聞けば、きっと全部壊れる。
彼は、こちらを見て言った。
「すみません」
謝られる理由が、わからなかった。
でも、その一言で、胸がきつくなる。
「謝られること、じゃないです」
そう返すのが、精一杯だった。
少しの沈黙。
彼は、ゆっくり続ける。
「ここでは」
一拍置いて、
「これ以上の話は、できません」
拒絶じゃない。
でも、線ははっきりしていた。
「わかりました」
そう言って、席に戻る。
足取りが、少しだけ重い。
聞いた。
でも、全部じゃない。
それが、いちばんつらい。
それでも、
何も聞かなかった頃より、
距離は確実に変わってしまった。
カフェを出るとき、
彼は何も言わなかった。
その沈黙が、
答えよりも重く残った。




