第20話 気配だけが先に来る
カフェに入った瞬間、何かが違うとわかった。
音でも、匂いでもない。
空気の重さが、少しだけ変わっていた。
彼は、カウンターの奥にいた。
でも、いつもより動きが静かだった。
急いでいるわけでも、疲れているわけでもない。
ただ、余計なことをしない人の動きだった。
視線が合う。
一瞬。
すぐに逸らされる。
以前なら、気のせいだと思えた。
でも今日は、はっきりわかる。
意識されている。
そして、避けられている。
席に座り、コーヒーを待つ。
落ち着こうとするほど、感覚が鋭くなる。
彼は、必要なことだけをする。
声も、距離も、完璧に保たれている。
「どうぞ」
その一言に、余計な温度はなかった。
それが、少しだけ苦しい。
周りを見る。
常連らしき人たち。
何も変わらない、いつもの風景。
変わったのは、わたしだけ?
それとも、彼も同じ?
コーヒーを飲みながら、
胸の奥で、同じ考えが何度も浮かぶ。
――もうすぐ、いなくなるんじゃないか。
根拠はない。
でも、これまでの断片が、
勝手につながってしまう。
帰り際、レジに立った彼を見る。
声をかければ、何か聞けるかもしれない。
「いつまで、ここにいるんですか」
たったそれだけの質問。
でも、喉が動かない。
聞いたら、終わる気がした。
「ありがとうございました」
結局、それしか言えなかった。
外に出ると、夕方の空が低い。
歩きながら、思う。
知りたい。
でも、知る勇気がない。
何も言われていないのに、
終わりだけが、先に来てしまった。
その気配が、
一日中、離れなかった。




