第19話 決められた期限
閉店後のカフェは、昼間とは別の顔をしていた。
照明が落とされ、店内は静かだ。
カウンターの上には、片付け途中のカップが並んでいる。
彼は、無言で拭き上げていた。
集中しているようで、実はそうでもない。
「なあ」
オーナーが、背中越しに声をかける。
軽い調子。
でも、いつもより少しだけ低い。
「そろそろ、話しておこうと思って」
手が止まる。
振り返らずに、続きを待つ。
「うちのが戻るの、予定どおりだ」
オーナーは、事務的に言った。
「来月の半ば」
「……そうですか」
声は落ち着いていた。
自分でも驚くほど。
「引き継ぎは、再来週からな」
それだけ言って、オーナーはカウンターに腰をかける。
少し間が空く。
店内の静けさが、逆に重い。
「ここ、楽しかったか?」
唐突な質問だった。
「ええ」
答えは、すぐに出た。
考える必要がなかった。
「そうか」
オーナーは、それ以上聞かない。
彼は、布巾を畳みながら考える。
来月半ば。
日付が、頭の中で形を持つ。
終わりが、はっきりした。
「送別会とか、やります?」
半分冗談のつもりで言う。
「いらん」
即答だった。
「そういう柄じゃないだろ」
小さく笑う。
確かに、そうだ。
「次は?」
オーナーが聞く。
「決まってます」
嘘は言っていない。
ただ、全部を言っていないだけだ。
カウンターの向こう側を見渡す。
彼女がよく座っていた席。
窓際。
あの角度。
今日、来ていたことも知っている。
誰かと一緒だったことも。
見てしまった。
見ないふりをした。
「余計なことは、するなよ」
オーナーが、釘を刺すように言う。
「わかってます」
それは、
彼女に対してか、
自分に対してか、
もう、区別がつかなかった。
店を出ると、夜風が冷たい。
歩きながら、スマホを取り出す。
連絡先は、何も入っていない。
それでいい。
最初から、そういう関係じゃなかった。
そう思いながら、
それでも、来月半ばという言葉が、
胸の奥で、静かに鳴り続けていた。




