第17話 見てしまう理由
それから、カフェにいる時間の感じ方が変わった。
以前は、勉強の合間。
ただの休憩。
理由はいくらでもつけられた。
今は違う。
ここにいる時間そのものが、
数えられるものになってしまった。
席に座ると、自然と彼を探してしまう。
忙しそうか。
疲れていないか。
今日は、少し笑っているか。
そんなことばかり見ている。
彼は、相変わらず静かだった。
必要以上に話さない。
距離も、きちんと保っている。
それなのに、
目が合う回数は、確実に増えていた。
この日も、コーヒーを置くとき、
ほんの一瞬だけ視線が重なった。
「……今日は、暖かいですね」
不意に、彼がそう言った。
天気の話。
誰にでも言える、どうでもいい話。
「そうですね」
そう答えながら、
胸の奥が、かすかに揺れる。
たったそれだけ。
それだけなのに、
今日は、その一言を覚えてしまった。
彼がカウンターの奥に戻る背中を見る。
姿勢がいい。
動きに無駄がない。
前なら気づかなかったことまで、
全部、目に入ってくる。
隣の席の客が立ち上がるとき、
椅子を引く音に、彼がすぐ反応する。
小さな気配り。
自然な間合い。
どうして、今まで気づかなかったんだろう。
そう思うと同時に、
気づいてしまった自分が、少し怖くなる。
帰る前、レジで会計をする。
彼は、いつもより少しだけ迷ったあと、
口を開いた。
「……最近、お忙しそうですね」
こちらを見ている。
逃げ道のない距離。
「まあ、いろいろ」
曖昧に答える。
「無理しすぎないでください」
声は低く、落ち着いていた。
その言葉が、
接客の決まり文句じゃないと、
なぜか分かってしまった。
「ありがとうございます」
そう言う声が、少しだけ震える。
店を出て、歩きながら考える。
どうして、こんなにも見てしまうんだろう。
終わりが近いから。
それだけじゃない。
たぶん、
見られていると感じているからだ。
彼のほうから、
ほんの少しだけ踏み込まれた気がして、
胸の奥が、静かにざわついていた。




