第11話 保とうとした距離
しばらく、カフェへ行く回数を減らそうと思った。
毎日じゃない。
週に一度くらい。
それくらいが、ちょうどいい。
自分にそう言い聞かせた。
終わりがあると知ってしまった以上、
踏み込みすぎないほうがいい。
期待しない距離を、保つべきだ。
そう決めて、久しぶりにカフェのドアを開けた。
彼は、いつも通りカウンターにいた。
何も変わっていないようで、
でも、こちらを見る目が一瞬だけ揺れた気がした。
気のせいだと思う。
そうであってほしい。
窓際の席に座り、注文を済ませる。
今日はノートを持っていなかった。
長居するつもりはなかった。
カップが運ばれてくる。
彼はいつもより少しだけ近くに立った。
「今日は、勉強じゃないんですね」
不意に、そう言われた。
声は低く、落ち着いている。
ただの雑談。
そうわかっているのに、心臓が跳ねる。
「え、あ……」
一瞬、言葉に詰まる。
「ちょっと、休憩で」
「そうですか」
彼は小さくうなずいた。
それだけで終わると思った。
終わらせたかった。
でも、彼はその場を離れなかった。
ほんの数秒。
迷っているような間。
「最近、見かけなかったので」
その一言で、胸の奥がざわつく。
見られていた。
気づかれていた。
「忙しくて」
無難な答えを返す。
「……そうですよね」
彼はそう言って、少しだけ視線を落とした。
それ以上、会話は続かなかった。
彼は仕事に戻り、
わたしはコーヒーを見つめた。
距離を保つつもりだった。
でも、たった数言葉で、
それがどれほど難しいかを思い知る。
帰る前、レジで会計をするとき、
彼はいつもより柔らかい声で言った。
「また、どうぞ」
その言葉が、
ただの接客以上に聞こえてしまった自分に、
小さく息を吐く。
距離を保とうとすればするほど、
この人の存在が、
はっきり輪郭を持ってしまう。
それが、少し怖かった。




