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婚約破棄から修道院送り、無能と呼ばれてガッカリです

作者: 満原こもじ
掲載日:2026/02/26

 ガタゴト。

 王都郊外ともなると道もあんまりよろしくないですから、馬車だと揺れますね。

 腰が少し痛いです。

 しかしわたくしは馬車で送ってもらえただけ恵まれていますね。

 窓越しに外を眺めます。


 わたくしはペネロピー。

 昨日まではアンダーセン公爵家の娘で、トバイアス王太子殿下の婚約者でした。


『ペネロピー・アンダーセン。貴様との婚約は破棄だ!』


 本当に唐突でした。

 三日前の夜会でエスコートしてもらえなかったので変だな、とは思ったのです。

 トバイアス殿下とピンク髪の聖女ゾーイ様がこれほど急速に親しくなっていること。

 そしてトバイアス殿下が強硬な手段に出たこと。

 ともに予想外でした。


 そこからはよくある話です。

 覚えのない罪状を並べ立てられ、婚約破棄が決定。

 お父様も泣く泣くわたくしを修道院に送らざるを得ませんでした。


 悔しいか、ですか?

 特別そんなことはありません。

 トバイアス殿下とは完全な政略で、特に思慕の情などありませんでしたから。

 また対応が後手に回ったのは、わたくしとアンダーセン公爵家の情報収集力不足のせいです。

 敗北者に未来がないのが貴族の世界ですが、自分に恥ずるところはありません。

 感情に流されず、敗北を事実として客観的に見られる自分を誇りに思います。


 ああ、行く手に見えてきましたね。

 あれが泣く子も黙る……。


「聖オーギュスト女子矯正修道院ですか」


 真偽はわかりませんが、ここに放り込まれて還俗した修道女はいないと聞きます。

 辛酸という言葉はオーギュスト修道院のためにあるとか、闇よりもなお暗き場所とか言われています。

 脱走者がいないのは、不埒な企てを考えた瞬間消されるからとも。

 王都に比較的近い場所にありながら、正しい実態はほとんど知られていない謎の修道院です。


「でも……」


 普通の修道院に見えますね?

 外見ではですが。

 もっと高い壁や鉄条網で囲まれているのかと、勝手に想像していました。


「お嬢様、到着です」

「ありがとう。でもわたくしはもう、お嬢様ではないのですよ」

「お嬢様……」


 御者の手を取って馬車を降ります。


「お嬢様は何も悪くありません!」

「そうね。でも善悪など何の関係もないことなのよ」


 陥れられるほうが悪いというのは、一面の真実なのです。

 負け犬には言い訳さえ許されない。


「お父様に気を落とさないように伝えてね」

「お嬢様……」


 被害がわたくしだけで済んだのは、アンダーセン公爵家にとっては僥倖ではないでしょうか?

 あるいは殿下が見せた隙なのか王家の甘さなのか。

 お父様ならまだまだ巻き返せます。


 だけど殿下がアンダーセン公爵家の後ろ盾を切ってまで聖女を取るとは驚きでした。

 それほどの力が聖女ゾーイ様にはあるのでしょうか?

 わたくしの見えていないところでありました。

 忸怩たる思いです。


「お名残り惜しいですが……」

「いいのよ。あなたもお仕事でしょう?」


 御者と馬車が泣く泣く去っていきます。

 さてと、聖オーギュスト女子矯正修道院の門を潜りましょう。

 これで俗世に戻れないと思うと、感慨はありますね。


「こんにちは」

「はい」


 近くにいた修道女に話しかけると、驚いたような表情で見返されました。

 ああ、あまり訪問者はないのかもしれません。

 しかし普通の修道女のように見えますが……。

 噂では極悪修道女の集まり、みたいに言われているのですけれど。


「本日よりお世話になりますペネロピーと申します」


 家名は……捨てるべきですね。

 わたくしは一生この修道院で過ごすのですから。


「新入りの方でございましたか。礼拝堂へどうぞ」


 小さな礼拝堂に案内されます。

 掃除が行き届いていることに好感が持てますね。 


「少々お待ちください。修道院長を呼んでまいります」

「はい」


 きびきびと動く修道女。

 世間の噂とは当てにならないものです。

 規律の取れた素敵な修道院ではないですか。

 安心しました。


「おや、あんたが新入りかい?」

「ペネロピーと申します。よろしくお願いいたします」

「あたしゃ修道院長を押しつけられているサンドラだよ」


 サンドラ修道院長は五〇絡みの一見修道女らしくない女性でした。

 何というか、パワフルで俗っぽい感じがいたします。

 修道院の長であって、修道女ではないのかもしれませんね。


「一人で来たのかい?」

「はい? 馬車で送ってもらいましたが」

「……ということじゃなくてね」


 サンドラ修道院長はわたくしをしげしげと眺めます。


「……ここに送られてくる令嬢は、ほぼ例外なく嫌だ嫌だと泣き喚いて引きずられてくるもんなんだ」

「そうなのですね?」


 それを教育して規則に従う修道女に鍛え上げるとは。

 素晴らしい修道院ではないですか。

 ぜひその指導術を……いけない、もうわたくしは王太子殿下の婚約者ではないのでした。


「……荷物は?」

「えっ? 身一つで来いという指示でしたので」

「本当に身一つで来たのかい?」

「はい、まずかったでしょうか?」


 あっ、付け届けが必要なのでしょうか?

 修道院の常識は知りませんでした。

 申し訳ないです。


「いや、いいんだよ」

「い、いえ、恐縮です」

「俗世への未練を断つために、物を持ってこさせないようにしているんだ。それがまた難しくてね。修道院入院の前に一騒ぎあるのが常なのさ」

「そうなのですね?」

「あんたは変わっているね」


 かかかと笑うサンドラ修道院長。


「ペネロピー・アンダーセン。トバイアス王太子殿下の元婚約者。間違いないね?」

「ありません」


 詳しい報告書があるようですね。


「妃教育を蔑ろにし、身分を笠に着た行動が多い。特に聖女ゾーイを目の敵にし、迫害したとあるが?」

「そう思われているのは残念です」

「ふうん。言い訳はしないんだね?」

「意味がありませんから」


 お妃教育は努力していたつもりです。

 教師陣からも出来がいいとは言われていたのですが。

 聖女ゾーイ様、どこかの男爵家の令嬢とは聞いていますが、それ以上のことは髪の毛が見事なピンクであることくらいしか知りません。

 目の敵にしたと言われても困りますね。

 ほとんど接触がなかったのですから。


「こちらへおいで」

「はい」


 奥の部屋へ。

 院長室でしょうか?


「お入り」

「失礼いたします」

「これを触ってみな」


 何でしょう、丸いオーブ?

 おそらくは何らかの魔道具だと思われます。

 触ると白く輝き出しました。


「わあ……」

「……やはりね。無能が」

「む、無能?」


 ショックです。

 何が悪かったのでしょうか?


「あんたは聖オーギュスト女子矯正修道院では全く役に立たないということさ」

「そ、そんな……」

「出かけるよ。あんたも用意しな」

「えっ? どこへ?」

「王宮さ」


 えっ? えっ?

 どういうことなのです?


          ◇


 ――――――――――王宮にて。


「何でこんな娘を聖オーギュスト女子矯正修道院に寄越したんだい? まったく冗談じゃないよ!」


 何と陛下御夫妻と宰相閣下、宮廷魔道士長官の前でサンドラ修道院長がまくし立てています。

 居並ぶメンツが尋常ではないのですが。

 修道院長って偉い方なのでしょうか?

 陛下が困惑気味です。


「サンドラよ、どういうことだ?」

「どうもこうもないよ! これを見な」


 宮廷魔道士長が呟く。


「裁きの宝玉ですな。他人の性格を暴くという魔道具」

「そうさ。ペネロピー、触ってみな」

「は、はい」


 人の性格を暴く魔道具なのですか?

 先ほどと同じく白く輝きます。

 これは何を意味するのでしょう?

 驚愕の宮廷魔道士長。


「白い! そしてこの光度は?」

「そうさ。この娘は聖オーギュスト女子矯正修道院じゃ足手まといなんだよ!」


 な、何が悪いんでしょう?


「あの、わたくしに何か足りないものが?」

「他言無用だよ。ここにいる者くらいしか全容を知らないんだ」


 陛下御夫妻と宰相閣下、宮廷魔道士長官が難しい顔をしていていらっしゃる中、サンドラ修道院長が説明してくれます。

 人間の感情は強いパワーを持っているものだそうです。

 確かにやる気がないと何にもできないですものね。

 特に嫉妬や野望、怒り、貪欲さ、破壊衝動などの強い感情は、魔力資源として有用なのだと。


「そうしたマイナス方向の強い感情を抜き取り、魔力として利用できる魔道具が、聖オーギュスト女子矯正修道院にはあるのさ」

「つまり聖オーギュスト女子矯正修道院の修道女が従順で勤勉なのは、悪感情を抜かれてしまっているから?」

「理解が早いね。オーギュストにいるのはとんでもない元悪たれ令嬢ばかりさ。しかし時々負の感情を取り去ってやれば、あたしゃ魔力を得られるし、やつらは真人間として生きていけるということだ」


 つまり負の感情を抜き取ることは、善良な人間に戻すことができる上に利用可能な魔力を確保することができる?

 何と、そんなカラクリだったとは。

 おそらく牢獄や強制労働所などでも同じように魔力を集めているのでしょう。


「要するにペネロピー嬢は無実だと?」

「少なくとも悪いことをしたとは考えちゃいないし、あんたらを恨んでもいないね」

「ペネロピー嬢、すまなかった!」

「い、いえ、陛下。もったいないです。お顔を上げてください」


 冤罪が晴れたと思っていいのでしょうか?

 お父様に迷惑がかからなくなったのは嬉しいですね。


「トバイアス王太子と聖女ゾーイを出しな」

「うむ、トバイアスと聖女ゾーイを呼べ!」


 すぐに呼び出されてきたトバイアス王太子殿下と聖女ゾーイ様が、わたくしを見てビックリしていました。


「トバイアス、聖女ゾーイ。そこな魔法の宝玉を触ってみよ」

「おうおう、いい色だねえ」


 真っ黒です。

 これが負の感情を宿した色なのでしょう。


「何ということだ……トバイアス! つまらん小細工をしおって。卑怯だと思わんかっ!」

「陛下、聖女ゾーイはオーギュストで預かるよ。文句ないね?」

「ない」

「そ、そんな!」

「あんたは往生際が悪いね。それでこそうちに必要な人材だ。いい魔力を搾り取れそうだよ」


 サンドラ修道院長がとてもいい笑顔です。


「トバイアス、お前は廃嫡だ。第二王子パトリックを王太子に立てる。これは決定だ!」

「くっ……」

「地下牢でしばらく反省しておれ」


 バタバタと処遇が決まっていきます。

 強い者がより強い者に倒される様を見るようです。


「サンドラ、感謝する」

「陛下も調べさせていたんだろう?」

「もちろんだ。しかしペネロピー嬢を糾弾する報告書に意外と信憑性があってな。このままだと決着まで長引きそうだったのだ。傷浅く済んで助かった」

「おやおや。王太子が廃嫡されたのに傷が浅いのかい?」

「ペネロピー嬢の傷がな」


 ああ、陛下ありがとうございます。


「報告書に信頼性かい? どうやら協力者がいそうだねえ」

「この際膿を出し切ってくれる」


 サンドラ修道院長が満足げに頷く。


「ペネロピー嬢、公爵邸まで送ろう。公爵には後日正式に謝罪すると伝えてくれ」


          ◇


 ――――――――――後日、王宮にて。


「兄はゾーイを気に入っていたんだ」


 わたくしは正式に王太子となった第二王子パトリック殿下の婚約者に指名されました。

 パトリック様は優秀ですし、その、イケメンでお優しくいらっしゃいますので……。

 ぽっ。


「ゾーイ様の力を評価していたわけではなかったのですか……。ゾーイ様はお美しくていらっしゃいますからね」

「何を言う。ペネロピーのほうが可愛いぞ」


 もう、パトリック様はすぐこういうことを仰るんですから。

 ゾーイ様は貴重な聖魔法の使い手ということで『聖女』とされていましたが、現在その称号は剥奪されています。

 聖魔法を発動できる魔道具もありますので、聖女の存在は象徴的なものに過ぎないのですが。

 ……オーギュストで負の感情を魔力として供出してください。

 きっとスッキリすると思います。


「兄上はバカだ。アンダーセン公爵家の力なくして、国をまとめられるものか」


 頷かざるを得ません。

 ゾーイ様に特別な力を見出していたのかと思いましたが、そうではなかったようです。

 トバイアス元殿下が王になっては、国が乱れるところでした。


「が、兄上には感謝もしているんだ。こうしてペネロピーを手に入れることができたからね」

「パトリック様ったら」


 以前からパトリック様の視線を感じることはありました。

 でも口に出すのは形式的な挨拶の言葉だけでした。

 もちろんわたくしがトバイアス元殿下の婚約者だったからでしょう。


「……わたくしもパトリック様の婚約者になれて嬉しいです」

「兄上の婚約者よりも?」


 コクリと頷きます。

 パトリック様は優秀で支え甲斐がありますから。


「嬉しいよ、ペネロピー」


 優しく笑いかけてくるパトリック様にドキドキします。

 トバイアス元殿下が婚約者だった時にはなかった感情でした。

 今のわたくしはとても幸せです。


「わたくしはサンドラ修道院長に感謝したいです」

「聖オーギュスト女子矯正修道院のか。サンドラは優れた魔導士としても知られているんだ」

「そうなんですか?」


 修道女らしくはないと思いましたが、魔道士だったとは。


「実力者なのは確かなんだけどね。ちょっと王家とは壁があってさ」


 かもしれません。

 修道院長の陛下に対する言葉、とげとげしかったですものね。


「サンドラは甘いものが好きなんだ」

「ちょっと意外ですね」

「ああ、でも王家が露骨にサンドラの機嫌を取るわけにもいかなくてね。ペネロピーがサンドラに会いに行くのは不自然じゃないから、王家としてもありがたいんだよ」

「事情は了解いたしました。パトリック様も一緒にオーギュストに行きませんか?」

「ふむ、行ってみようか。ちょっと色っぽくない場所だけれども」

「修道院内は女性ばかりですよ?」


 アハハウフフと笑い合います。

 郊外デートの約束を取りつけました。

 胸がときめきますねえ。


 聖オーギュスト女子矯正修道院にまいりましょう。

 足りない甘さの分は、おいしいスイーツをお土産に持って。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

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