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古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


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第九十六話:最初の暖簾分け

私の逆転策―――それは、レオの冷徹なビジネスモデルとは真逆を行く、あまりにも人間的で、非効率な文化の伝播だった。その計画が円卓会議で正式に承認されると、『聖女の厨房』は、これまでとは全く違う種類の熱気に包まれた。店の営業は半日に短縮され、午後は全て、旅立つ弟子たちのための、最後の研修に充てられたのだ。


「いいかい」私は、真剣な眼差しで私を見つめる十数人の弟子たちを前に、麺を打ちながら語りかけた。「あなたたちがこれから作るのは、私のラーメンの『コピー』じゃない。私のラーメンの『魂』を受け継いだ、あなたたち自身の、全く新しいラーメンなんだ」

私は、レシピを教えなかった。教えたのは、哲学だけだ。

スープの取り方ではなく、素材の声の聞き方を。

麺の打ち方ではなく、食べる人の心を想う、手の温め方を。

完璧な一杯を目指すのではなく、その土地で手に入る、不揃いな食材たちの個性を、どうすれば最高に輝かせてあげられるかを。


そして、出発の一週間前。私は、最初の「暖簾のれん分け」を行う二人の弟子を選んだ。

一人は、一番弟子のケン。彼は、一度はレオの誘惑に心が揺れたが、自らの過ちを認め、誰よりも強く、私のラーメンの魂を理解しようと努めてくれた。

もう一人は、アヤという若い娘。彼女は、調理の腕はまだケンに及ばないが、人の笑顔を見るのが大好きで、そのスープには、いつも太陽のような温かさが宿っていた。


決戦の日と同じように、街の中央広場には、大勢の市民が集まっていた。だが、そこに漂うのは緊張ではなく、我が子の旅立ちを見守るような、温かい期待感だった。

ステージの上で、私はケンとアヤを隣に立たせ、ミーシャがこの日のために用意してくれた、二枚の真新しい暖簾を広げた。

それは、私の店のものとは違う、彼らのための暖簾だった。

生成りの麻布に、私の手で、こう染め抜かれている。

【一杯の温もりを、君の街へ】


「ケン、アヤ」私は、二人にそれぞれの暖簾を手渡した。「今日、あなたたちに、私の暖簾を分けます。これは、私の店の名前を貸す、ということじゃない。私の信じる『食卓の温かさ』を、世界中に届けるという、大切な使命を託す、ということです」

私は、二人の目をまっすぐに見つめた。

「私の味を、真似なくていい。私のやり方に、囚われなくていい。北の国には北の、海の街には海の、そこにしかない恵みがあり、そこにしかない人々の暮らしがある。その声を聞き、その土地の人々と一緒に、あなたたちだけの最高の一杯を、見つけ出しなさい」

二人は、涙を浮かべながらも、力強く頷いた。

「はい、親方!」


ケンは、鉱山で働く男たちが体を温められるようにと、北の国の、雪深い鉱山都市を目指す。

アヤは、様々な文化が交じり合う場所で、新しい味の可能性を探りたいと、南の国の、活気あふれる港町を目指す。

ドルフさんが、餞別だと言って、二人に特製の旅の鍋を渡し、ゴークが、泣きながら二人を抱きしめる。街の人々からは、「頑張れよ!」「いつでも帰ってこいよ!」という、温かい声援が飛んだ。


その光景を、『美食殿 極』の最上階から、レオは魔法の水晶を通して、冷ややかに見つめていた。

「……感傷的な、猿芝居だ」

側に控える執事に、彼は吐き捨てるように言った。

「非効率、非合理的、再現性ゼロ。ビジネスの基本が、何も分かっていない。あんなやり方で、世界に文化が広まるものか。種を蒔いている間に、私は帝国を築き上げる」

彼は、その非効率な光景に、何の脅威も感じていなかった。


街の門で、私は、旅装を整えた二人の背中を、そっと押した。

「行ってらっしゃい」

「「はい、行ってまいります!」」

二人は、一度だけ、深く頭を下げると、それぞれの未来へ向かって、力強く歩き出した。

それは、あまりにも小さな、二つの点だった。

だが、その点が、やがて世界中に広がり、レオの冷たい帝国を、温かい湯気で包み込んでいくことになるということを、まだ誰も知らなかった。

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