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古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


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第九十話:弟子たちの葛藤

レオの経済戦争は、冷たい雨のように、じわじわと街の熱を奪っていった。仕入れ値は高騰を続け、日に日に食材の質は落ちていく。私は、限られた材料の中で、知恵と工夫を凝らしてなんとか店の味を保っていたが、そのスープからかつての生命力が失われつつあることは、誰の目にも明らかだった。厨房には、以前のような明るい笑い声はなく、重苦しい焦燥感が漂っていた。


その変化を、最も間近で、そして最も痛切に感じていたのは、私の下で働く弟子たちだった。中でも、一番弟子のケンは、日に日にその表情を険しくしていった。彼は、私がこの街で初めて取った弟子であり、私のラーメン哲学を誰よりも深く理解し、尊敬してくれている青年だ。


「……親方。申し訳ありません。今日の麺、少し加水率を間違えました」

彼は、自分の仕事に一切の妥協を許さない。だが、最近は、そんな些細なミスを繰り返しては、深く落ち込むことが多くなっていた。それは、彼の技術が落ちたからではない。最高の食材を使えず、最高のラーメンを作れないという、料理人としての純粋なフラストレーションが、彼の心を蝕んでいたのだ。


その夜、店の後片付けを終えたケンが、一人、夜道を歩いていた時だった。

彼の前に、一台の、音もなく滑るように走る黒塗りの馬車が止まった。扉が開き、中から現れたのは、レオナルド・デ・ロッシ、その人だった。


「少し、時間をいただけないかな。未来の巨匠」

レオの口調は、驚くほど穏やかで、そして敬意に満ちていた。ケンは警戒しながらも、その圧倒的な存在感に、逆らうことができなかった。


馬車の中で、レオは最高級のワインをケンに勧めながら、静かに語り始めた。

「君の仕事は、毎日見させてもらっているよ。素晴らしい才能だ。聖女リナの魂を、最も色濃く受け継いでいるのは、君だ」

その予期せぬ賞賛に、ケンは戸惑う。

「だが」とレオは続けた。「才能とは、正しい舞台を与えられてこそ、真に輝くものだ。君は、この小さな街の、沈みゆく船の厨房で、その才能を朽ちさせていくつもりかい?」


レオは、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。それは、彼が幻影で見せた、王都の一等地に立つ『SEIJO RAMEN』一号店の、壮麗な設計図だった。

「私は、君を、この店の総料理長として迎えたい」

「……!」

「君の給金は、今の十倍を約束しよう。いや、金だけの話ではない。君には、世界中の『SEIJO RAMEN』を統括する、マスタートレーナーの地位についてもらう。君が育てた弟子たちが、世界中で、聖女のラーメンを……いや、『君のラーメン』を作ることになるのだ」


それは、悪魔の囁きだった。だが、それは同時に、あまりにも甘美な、夢の提案でもあった。

「莉奈殿は、偉大な芸術家だ。だが、経営者ではない。彼女のやり方では、この素晴らしい文化は、この街と共に、緩やかに滅びるだけだ。だが、君ならどうだ?君が私の手を取れば、聖女の教えを、本当に世界中へ広めることができる。それは、莉奈殿への裏切りかね?いや、むしろ、最高の恩返しになるのではないか?」

レオの言葉は、ケンの心の、最も柔らかい部分を巧みに抉った。そうだ、自分は、親方のラーメンが世界一だと信じている。その味を、もっと多くの人に届けたい。それは、偽らざる本心だった。


「……考えさせて、ください」

ケンは、絞り出すようにそれだけを言うと、馬車を降りた。手の中には、彼が気づかぬうちに、レオがそっと握らせた、金貨の詰まった重い袋があった。


その夜、ケンは眠れなかった。

脳裏で、私に初めて麺の打ち方を教わった日の記憶と、レオが提示した輝かしい未来が、激しくぶつかり合う。

親方を裏切ることなど、できるはずがない。だが、このままでは、親方のラーメンも、自分たちの未来も、ジリ貧になっていくだけではないのか。

レオのやり方は、魂がないかもしれない。だが、彼の力を使えば、親方の魂を、世界中に届けることができるのかもしれない……。


翌日、厨房に立ったケンの顔には、深い葛藤と苦悩が、隠しようもなく刻み込まれていた。彼は、私の目を、まっすぐに見ることができなくなっていた。

私は、その変化に、すぐに気づいた。

だが、彼に何も問うことはできなかった。

レオの仕掛けた見えざる経済戦争は、ついに、私の最も大切な、仲間たちの心の中にまで、その戦線を広げていたのだ。

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