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古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


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第八十九話:見えざる経済戦争

ミーシャが交渉のテーブルで一矢報いたというニュースは、円卓会議に、そして街に、束の間の安堵をもたらした。商人代表たちは「我々の主張が通った!」と胸をなでおろし、市民も「やはり聖女様がついている」と、日常を取り戻し始めていた。レオが無料で配っていた魂のない模倣品も、物珍しさが薄れると共に、人々は見向きもしなくなっていた。誰もが、このまま平穏な日々が続くと信じようとしていた。


だが、その水面下で、レオナルド・デ・ロッシが仕掛けた、もう一つの静かなる戦争は、すでに始まっていたのだ。


最初の兆候は、些細なものだった。

数日後、円卓会議の席に、街で一番のパン屋の親方が、血相を変えて駆け込んできた。

「ど、ドルフ議長!大変です!小麦粉が、全く入ってこなくなりました!」

親方の話によると、長年、親子三代にわたって取引を続けてきた近隣の小麦農家が、突然、契約の打ち切りを告げてきたという。理由は、ただ一つ。「四海通商連合が、これまでの倍の価格で、今後十年間の収穫分を全て買い上げると言ってくれた」と。


「なんだと……!」

ドルフさんの顔色が変わる。

その報告は、始まりに過ぎなかった。翌日には、湖の漁師組合が、漁獲物の優先交渉権を四海通商に譲渡したという報せが。その次の日には、森のキノコや山菜を採集するギルドが、連合と独占的なパートナーシップ契約を結んだというニュースが。

レオは、ジロのように特定の希少食材を狙い撃ちにしなかった。彼が狙ったのは、もっと根源的なもの。パン、魚、野菜といった、この街の食卓を支える、ごくありふれた食材の、供給ルートそのものだった。


街は、パニックに陥った。

市場の物価は、日に日に高騰していく。昨日まで銅貨で買えた野菜が、今日は銀貨を積まなくては手に入らない。人々は、自分たちの食卓が、見えない力によって脅かされていることに、ようやく気づき始めた。


その日の円卓会議は、怒号と悲鳴に満ちていた。

「議長!このままでは、我々は干上がるだけですぞ!」

商人バルトロが、青い顔で叫ぶ。

ドルフさんは、テーブルを拳で叩きつけた。

「あの野郎、交渉の裏で、こんな汚え手を使いやがって!これは、俺たちの街への明確な攻撃だ!」

しかし、レオの側近として会議に出席していた法務魔術師は、涼しい顔で言い放った。

「お言葉ですが、議長殿。我々は、何一つ、法を犯しておりません。ただ、自由な『市場競争』の原理に従い、生産者の皆様に、より良い条件を提示したに過ぎません。より良い取引を選ぶ権利は、彼らにあるはずです」


その冷徹な正論に、ドルフさんは言葉を失った。そうだ、これは戦争ではない。「ビジネス」なのだ。そして、剣と拳しか知らない彼らは、この新しい戦いのルールを、何一つ知らなかった。


その夜、『聖女の厨房』の厨房は、重い沈黙に包まれていた。

ミーシャが、震える手で帳簿を広げる。

「莉奈さん……見てください。小麦粉、塩、野菜、全ての仕入れ値が、この一週間で、平均して三割も高騰しています。このままでは……」

彼女は、言葉を続けた。「……あと一月で、この店は赤字に転落します」


私は、ミーシャの言葉に、ただ黙って頷くことしかできなかった。店の価格を上げる?それは、私の哲学に反する。だが、このままでは、店は潰れてしまう。

私は、ようやく、レオの真の狙いを理解した。


彼が研究厨房で無料で配っていた、あの魂のない模倣品。あれは、ただの当てつけや、技術の誇示ではなかった。

あれこそが、この経済戦争の、最終兵器なのだ。

私の店を、この街の全ての食堂を、経済的に締め上げ、干上がらせた後で。彼は、あの安価で、大量生産可能なラーメンを、この街の新しい「標準の味」として、人々の前に差し出すつもりなのだ。

腹を空かせた人々の前に。


レオは、私のラーメンの魂を奪うだけでは飽き足らない。

この街の、温かい食卓の記憶そのものを、根こそぎ破壊し、彼の商品で上書きしようとしているのだ。

それは、剣で街を焼かれるよりも、ずっと恐ろしい、文化の完全なる支配だった。

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