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古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


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第八十八話:交渉のテーブル

ジロの警告と、魂のない模倣品の出現。その二つが、私たちにぐずぐずしている時間はないと告げていた。

翌日、円卓会議の名において、レオナルド・デ・ロッシに対し、契約に関する第一回の公式な交渉の席が設けられた。戦場は、会議棟の一室。私の魂の所有権を巡る、言葉の戦争が、今、始まろうとしていた。


私が厨房を守る間、私たちの代表としてそのテーブルに着いたのは、ミーシャだった。彼女の後ろには、この街の最高権力者として、そして彼女の後見人として、ドルフさんが腕を組んで座っている。

対するは、優雅な笑みを浮かべるレオ。そして、彼の両脇を固めるのは、揃いの黒いローブを身にまとった、二人の無表情な男女。彼らこそが、四海通商連合が誇る、契約と法律の専門家集団―――「法務魔術師団」だった。


「さて、ミーシャ殿」レオが、まるで旧知の友人に語りかけるように、口火を切った。「契約書の草案は、ご覧いただけたかな?私たちの、輝かしい未来への、第一歩だ」


ミーシャは、その言葉に乗せられなかった。彼女は、経営者としての冷静な目で、レオをまっすぐに見つめ返すと、契約書の一点を、細い指で、しかし力強く指し示した。

「第一条について、です」

ミーシャの声は、静かだったが、議場の空気を震わせるほどの、強い意志が宿っていた。

「『レシピに関する全ての知的財産権は、永久に譲渡される』。……この一文、私たちには到底、受け入れることはできません。これは、パートナーシップなどではない。莉奈さんの魂を、売り渡せという宣告です」


その、あまりに直接的な物言いに、ドルフさんが満足げに頷く。

だが、レオは全く動じなかった。彼は、むしろ「よくぞ気づいてくれた」とでも言いたげに、にこやかに微笑んだ。

「おや、これは失礼。言葉が足りなかったようだ。ミーシャ殿、これはあなた方を縛るためのものではない。むしろ、あなた方の『ブランド』を、世界中の模倣品から守るための、絶対的な『盾』なのですよ」


彼の隣にいた法務魔術師の一人が、呪文でも唱えるかのように、淀みなく言葉を紡ぎ始めた。

「四海通商法・第七章『商標権保護法』に基づき、国際的なブランド展開を行う場合、その根幹となる知的財産の所有権が、事業主体に完全に帰属していることが、絶対条件となります。これにより、第三者による権利侵害に対し、連合の総力を以て対抗することが可能となるのです」


聞いたこともない法律。矢継ぎ早に繰り出される、難解な専門用語。ドルフさんの眉間に、深い皺が刻まれる。これが、彼らのやり方なのだ。相手を情報の洪水で溺れさせ、思考を停止させ、自分たちの土俵へと引きずり込む。


だが、今のミーシャは、もうただの経理係ではなかった。

「お待ちください」彼女は、冷静に相手の言葉を遮った。「所有権の『譲渡』ではなく、特定の期間と地域を定めた『使用許諾契約ライセンス・アグリーメント』という形もあるはずです。それであれば、莉奈さんの権利を守りつつ、あなた方の事業も保護できる。私たちは、魂を売るつもりはありませんが、その奇跡を世界に広めるための『手』を貸す用意はあります」


ミーシャの的確な反論に、レオの目が、初めて、面白いものを見るかのように、キラリと光った。彼の隣にいた法務魔術師たちも、一瞬だけ、その無表情を崩した。彼らは、この田舎街の、若い娘が、自分たちの専門領域である「ライセンス契約」という概念を知っているとは、夢にも思っていなかったのだ。


「……素晴らしい!」

レオは、手を叩いて賞賛した。「驚きました、ミーシャ殿。あなたほどのビジネスセンスを持つ方が、このような街に埋もれていたとは。実に、興味深い」

彼は、優雅に立ち上がると、ミーシャに手を差し伸べた。

「よろしい。あなたの提案、実に合理的だ。一度持ち帰り、我が方の法務部と、前向きに検討させていただこう。いやはや、今日の交渉は、実に有意義だった」


その日の交渉は、それで終わった。

会議室を出たドルフさんは、疲労困憊の様子で、壁にもたれかかった。

「……ちくしょう。剣で斬り合う方が、よっぽど分かりやすくていいぜ。あいつら、何を考えてやがるか、腹の中が全く読めねえ」

ミーシャもまた、青ざめた顔で、深く息をついた。

一見、私たちの主張が通ったかのように見える。だが、彼女は感じていた。レオのあの余裕の笑みの裏にある、底知れない何かを。

これは、ただの交渉ではない。相手が、こちらの出方と実力を測るための、最初の小競り合いに過ぎないのだと。


そして、その予感は、すぐに現実のものとなる。

私たちが、言葉の戦争に神経をすり減らしている、まさにその裏側で。

レオの、もう一つの、そして本命の戦争―――見えざる経済戦争の、静かなる砲声が、すでに街に響き始めていたことに、私たちはまだ気づいてはいなかった。

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