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古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


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第八十二話:いつも通りの厨房で

「再生の谷」から私たちが帰還した時、街は、まるで毎日が建国祭であるかのような、喜びに満ちた熱気に包まれていた。

人々は、食事が美味しいという、当たり前だったはずの奇跡を、心から祝福していた。私の店の前には、感謝を伝えようとする人々の列が途切れることはなく、厨房は再び、嬉しい悲鳴を上げることになった。


世界を救った後も、私の日常は、何も変わらなかった。

朝は早くに起きてスープの火加減を確かめ、昼は戦場のような厨房で鍋を振り、夜は仲間たちと賄いのラーメンをすする。その、どこにでもある、いつも通りの一日が、私にとっては世界を救うことよりも、ずっと尊く、そして幸せなことだった。


数週間が過ぎた、ある日の昼下がり。

店の厨房の扉が、静かに開いた。そこに立っていたのは、純白の調理衣に身を包んだ、ジロだった。彼の顔には、もう以前のような冷たい仮面はなく、どこか吹っ切れたような、穏やかな表情が浮かんでいた。

「……よう」

ぶっきらぼうな彼の挨拶に、厨房にいた弟子たちが、びくりと体をこわばらせる。

「人手が、足りていないようだな」

彼は、そう言うと、当たり前のように厨房に入ってきて、私の隣に立った。そして、私が驚く間もなく、山のように積まれた野菜を、神業のような手つきで、寸分の狂いもなく刻み始めたのだ。


「……え、えええっ!?」

「ジ、ジロ様が、うちの厨房に……!?」

弟子たちが、目を丸くして固まっている。

「何をしている、手を動かせ」ジロは、私を一瞥して言った。「最高のスープがあっても、それに見合う仕事ができなければ、宝の持ち腐れだ。お前の弟子たちは、基本がなっとらん」

彼は、悪態をつきながらも、その完璧な技術で、次々と仕込みをこなしていく。それは、彼なりの、不器用な感謝の表現なのかもしれなかった。


その日から、奇妙な日常が始まった。

ジロは、自分の店『Jiro's』の営業がない日には、ふらりと私の厨房に現れ、文句を言いながらも、完璧な仕事で仕込みを手伝っていくようになった。

「お前の麺は、まだ加水率にムラがある」

「このスープの塩分濃度、0.02%高いぞ」

彼の指摘は、相変わらず科学的で、一切の妥協がなかった。だが、その言葉の奥には、不思議と、温かい響きが感じられた。

私も、負けてはいない。

「あなたのチャーシューは完璧ですけど、もう少しだけ、人の手の温かみがあっても、いいんじゃないですか?」

「……うるさい、感傷料理人め」

そんな私たちの言い争いは、弟子たちにとって、最高の教科書となった。私の「心」と、彼の「技術」。二つの相反する哲学が、この厨房で日々ぶつかり合い、融合し、私たちのラーメンを、さらに新しい次元へと押し上げていった。


ある晴れた日の営業後。

私とジロは、店の屋上で、街に沈む夕日を眺めていた。

「……結局、神饌しんせんとは、何だったんでしょうね」

私がぽつりと呟くと、彼は、しばらく黙って空を見ていたが、やがて、静かに答えた。

「さあな。だが……」

彼は、眼下に広がる、家々の窓から漏れる温かい明かりと、夕餉の匂いを見下ろした。

「……あれが、答えの一つなのかもしれん」


彼の視線の先には、冒険者が、商人が、農夫が、そして子供たちが、それぞれの家庭で、それぞれの食卓を囲み、「美味しいね」と笑い合っている、無数の、ささやかな日常の風景が広がっていた。

そうだ。

神饌しんせんとは、伝説のレシピでも、究極の一杯でもない。

誰かが、誰かのために、心を込めて作った温かい食事。そして、それを、大切な人たちと分かち合って笑う、その時間そのもの。

それこそが、どんな神の奇跡にも勝る、最高の「ごちそう」なのだ。


私は、立ち上がると、エプロンの紐をきゅっと結び直した。

「さあ、戻りましょうか、ジロさん」

厨房には、まだ仕込みが残っている。

明日も、お腹を空かせた人たちが、私たちのラーメンを待っているのだから。

私の、そして私たちの長くて温かい物語は、これからも、この湯気の立つ、いつも通りの厨房から続いていく。

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