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古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


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第八十一話:彩りの世界

忘却の谷に落ちた、ただ一筋の、黄金の涙。

それが、世界が再び色彩を取り戻すための、最初の絵の具となった。


雫が染み込んだ灰色のひび割れた大地から、まず、一本の小さな緑の芽が、ためらいがちに顔を出した。それは、あまりにもか弱く、しかし、この死の世界ではありえないほどの力強い、生命の宣言だった。

その芽を中心に、奇跡はさざ波のように広がっていく。

緑が、死んだ大地を覆い尽くす。苔が岩肌を飾り、枯れ木だったはずの枝々から、一斉に若葉が芽吹いた。そして、足元では、赤、青、黄色、色とりどりの、誰も見たことのない花々が、まるで競い合うかのように咲き乱れていった。

干上がっていた川床に、清らかな水が湧き出し、せせらぎの音を立てて流れ始める。それは、世界の産声にも似た、優しい音楽だった。


「……おお……」

ケイレブ様の部隊の騎士たちが、その神々しいまでの光景に、ただ呆然と立ち尽くしていた。剣と鋼の世界に生きてきた彼らが、生まれて初めて目にする、生命の創造の瞬間。

祭壇の前に佇んでいた石のゴーレムは、その再生された谷を満足げに見渡すと、私たちに一度だけ、深く頷いたように見えた。そして、その巨大な体は音もなく崩れ、ただの苔むした岩塊へと還り、新しい世界の風景の一部となった。


そして、その再生の波は、この谷だけには留まらなかった。

それは、世界全体へと、温かい湯気が広がるように、染み渡っていったのだ。

その頃、私たちの街では、人々が、ほぼ同時に、その奇跡に気づき始めていた。

市場で、色褪せた人参を前にため息をついていた農夫が、自分の目を疑った。手の中の人参が、見る見るうちに、鮮やかなオレンジ色を取り戻していく。

パン屋の窯の中では、いつもよりずっと大きく、ふっくらと膨らんだパンが、芳醇な小麦の香りをあたりに満たさせていた。

食堂のテーブルでは、味気ない豆のスープを口にした子供が、突然、目を輝かせて叫んだ。

「おいしい!」

その一言が、この数ヶ月、街から失われていた、最も尊い言葉だった。


『聖女の厨房』では、ミーシャたちが、残された食材で賄いのスープを作っていた。その鍋から、突如として、忘れかけていた濃厚な野菜の甘い香りが、力強く立ち上った。

「……これは!」

ミーシャがスープを一口すする。その瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「……いつもの味だわ。莉奈さんの、温かいスープの味が、戻ってきた……!」

『美食殿 極』のラボでは、ジロが魔法水晶の前に釘付けになっていた。街の井戸水、土、空気、その全てを示す「生命力エーテル」の数値が、異常な速度で、急上昇を続けている。グラフは、絶望の下降線を突き破り、天を突く勢いで、生命の復活を告げていた。

「……やり遂げたか。あの、感傷料理人が」

ジロの口元に、初めて、ライバルを称える、穏やかな笑みが浮かんだ。


人々は、理由もわからぬまま、家から、仕事場から、広場へとあふれ出てきた。誰もが、何かを確かめるように、空気を深く吸い込み、隣人と顔を見合わせ、そして、同じように笑っていた。

彼らを苛み続けていた、あの満たされない、静かな飢餓感が、嘘のように消え去っていたのだ。

食事が、美味しい。水が、美味しい。ただ、呼吸する空気さえもが、美味しく感じられる。

その根源的な喜びに、街は、温かい涙と笑顔に包まれた。


忘却の谷。今はもう、その名を返上し、「再生の谷」と呼ぶべき、生命に満ちた場所。

私は、疲労のあまり、その場に座り込んでいた。だが、心は、これ以上ないほどに満たされていた。

ケイレブ様が、黙って、革の水筒を差し出してくれる。私はそれを受け取ると、谷に湧き出したばかりの、清らかな水を一口含んだ。

それは、私がこの世界に来てから飲んだ、どんな高級なワインよりも、どんな奇跡のスープよりも、深く、甘く、そして美味しい、生命の味がした。

私たちの戦いは、終わったのだ。

空を見上げると、灰色の雲は消え去り、どこまでも青い空が広がっていた。

さあ、家に帰ろう。

あの温かい湯気が立つ、私たちの厨房へ。

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