表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/375

第七十七話:最後の麺打ち

黄金に輝く、生命のスープ。

それは、私とジロの知恵と技術、そして街の人々の想いが一つになって生まれた、神饌しんせんの「魂」だった。だが、どれほど崇高な魂であろうと、それを受け止める「身体」がなければ、その力は発揮されない。

一杯のラーメンにおける、最後の、そして最も重要なピース。麺。

その創造が、私たちの最終工程となった。


広場の中央に、街一番の木工職人が、この日のために作り上げた、巨大な麺打ち台が設置される。その横には、石臼が置かれ、山のように積まれた小麦の粒が、その出番を静かに待っていた。

「……この小麦は」

その光景を見ていたジロが、分析魔道具を片手に、驚きの声を上げた。

生命力エーテルの数値が、異常に高い。私が知る、どの品種よりもだ。一体どこでこれを……?」

私は、広場の片隅でこちらをキラキラした目で見つめている、子供たちの一団に、優しい視線を送った。

「これは、前の建国祭の時、子供たちが育ててくれた小麦を、種籾たねもみにして、この二年、街の畑で大切に育ててきたものなんです。この小麦には、この街の未来そのものが詰まっています」

私の言葉に、ジロは息をのんだ。彼が金で買い集めた、どんな最高級の品種改良小麦も、この子供たちの希望が詰まった一粒には、敵わないのかもしれない。


「さあ、始めよう!」

ドルフさんの号令で、まず、ギルドの冒険者たちが、力強く石臼を回し始めた。ゴリゴリという音と共に、生命力に満ちた小麦が、芳醇な香りを放つ、黄金色の粉へと変わっていく。

次に、その小麦粉が、巨大なこね鉢へと移される。

そこに注がれるのは、ドルフさんが自ら汲んできた、街の井戸の、一番水。そして、ケイレブ様が「竜の顎」から持ち帰った、浄化の力を持つという、古代の岩塩が溶かし込まれる。

「かん水」の代わりには、森で見つけた特殊な木の実の灰を使った。それは、麺に独特のコシと、豊かな風味を与えてくれる。

全ての材料が、鉢の中で一つになった。

ここからが、本番だった。


「このスープは、魂です」

私は、集まってくれた街の人々に向かって、静かに語りかけた。

「だから、この魂を受け止める、最高の『身体』が必要なんです。そして、この麺は、私一人では打てません。この街の、みんなの想いを練り込まないと、本当の神饌にはならないから」

私の言葉を合図に、人々は、一人、また一人と、麺打ち台の前へと進み出た。

最初にこね始めたのは、野菜を育ててくれた、農夫の夫婦。その土の匂いが染みついた、節くれだった手が、生地に大地の力を与える。

次に、鉄を打ち続けた、鍛冶屋の親方。その力強い拳が、生地に鋼のようなコシを与える。

子供を抱く母親、本を読む学者、歌を歌う吟遊詩人。

一人一人が、自らの人生と、街への祈りを込めて、一度だけ、その生地をこねていく。

ミーシャは、涙をこらえながら、その光景を記録していた。彼女の涙の塩分が、きっと最高の隠し味になるだろう。

最後に、ゴークが、その山のような巨体で、全ての想いが込められた生地を、一つにまとめ上げた。


その光景を、ジロは、少し離れた場所から、ただ黙って見ていた。

(……非効率だ。不衛生ですらある。一人一人の加える力が不均一では、完璧なグルテンの形成など、ありえん)

彼の科学者の脳が、そう警鐘を鳴らす。

だが、彼の目の前で起きている現象は、彼の理解を、完全に超えていた。

こねられていく生地が、次第に、内側から、淡い、温かい光を放ち始めたのだ。

彼の分析魔道具が、警報のような音を立てる。表示された生命力エーテルの数値は、もはや測定不能の領域にまで、跳ね上がっていた。

「……そういうことか」

ジロは、呆然と呟いた。

「これが、お前の言う『心』の正体か。観測不能なエネルギー……祈り、感謝、愛情。それらが、物理法則を超えた、奇跡の触媒となる……」

彼は、生まれて初めて、自らの科学の、その先にある世界を、垣間見た気がした。


全ての想いを吸い込んだ生地を、最後に私が受け取る。

私は、全神経を集中させ、その生命の塊を、ゆっくりと、丁寧に、一本の麺へと切り出していく。

完成した麺は、ジロが作るような、完璧に均一なものではなかった。

一本一本が、違う表情をしている。あるものは力強く、あるものは優しく、あるものは少し不格好で、笑っているかのようだった。

だが、その全体が、一つの生命のように、穏やかに呼吸しているかのように見えた。

魂のスープ。

そして、生命の麺。

神饌しんせんラーメンの、全てのピースは、今、ここに揃った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ