第七十話:反発する天才たち
ケイレブ様たちが飢えたる竜と死闘を繰り広げていた頃、私とジロの旅もまた、別の意味での戦場と化していた。
私たちが最初に目指したのは、古文書に記された「太陽の祭壇」へと続く、古い巡礼路の入り口だった。だが、道は「静かなる飢餓」の影響で荒れ果て、食料を求める獣たちが、以前よりずっと凶暴になっていた。
その日も、私たちは巨大な猪の群れに襲われ、辛くも撃退したところだった。ジロは従者が持つ魔道具で敵を牽制し、私は前世のサバイバルの知識で罠を仕掛ける。私たちの連携は、ちぐはぐながらも、なんとか機能していた。
問題は、その後に訪れた。
「……見てください、ジロさん!」
私が指さしたのは、崖の中腹に自生する、数本の希少な薬草だった。それは、食べた者の体力を穏やかに回復させる効果を持つ、「月雫草」。今の私たちには、何より必要なものだ。
私が崖を登り、慎重にその薬草を摘み取って戻ると、ジロはそれを無言で受け取り、携帯用の分析魔道具にかけた。
「なるほど。微量だが、生命力を活性化させるアルカロイドを含んでいるな。乾燥させ、粉末にして他の触媒と合わせれば、濃縮されたエリクサーが作れるかもしれん」
彼の目は、科学者のそれだった。
「何言ってるんですか!これは、今夜のスープに入れるんですよ!」私は、思わず反論した。「今日の戦いで、みんな疲れています。この薬草の優しい味と香りが、どれだけ心を癒してくれるか……」
「非効率的だな」
ジロは、私を一瞥もせず、冷たく言い放った。
「たかだか数人の心を『癒す』という曖昧な効果のために、これほど希少なサンプルを消耗するなど、愚の骨頂だ。これは、後に『神饌』を構築するための、貴重なデータとなるべきものだ」
「料理は、データじゃない!」私の声が、荒野に響いた。「目の前にお腹を空かせて、疲れている人がいる。その人たちのために、今、この瞬間に、最高の一杯を作る。それが、料理人の仕事じゃないですか!」
「感傷だな」ジロは、鼻で笑った。「お前のそういう情に訴えるだけの非合理性が、結局はスープの味をブレさせ、再現性を失わせる。料理は、慈悲ではなく、完璧な計算の上に成り立つ芸術だ」
私たちの議論は、決して交わることがなかった。
この旅の間、私たちは常にこうだった。焚き火の火加減一つ、水の配分一つをとっても、私たちの料理哲学は、ことごとく反発しあった。
さらに悪いことに、「静かなる飢餓」の影響は、私たち自身にも及んでいた。私が持ってきた、あれほど心を込めて作ったはずの携行食のラーメンも、日を追うごとに味がぼやけ、ただのカロリー摂取のための作業食と化していく。満たされない空腹が、私たちの苛立ちを増幅させ、互いの言葉から思いやりを奪っていった。
その夜、私たちは結局、別々の焚き火で、別々の食事をとった。
私は、月雫草を入れた、温かいスープを仲間たちに振る舞った。その優しい香りに、誰もがほっとした表情を浮かべた。
一方、ジロは、一人離れた場所で、栄養素だけを計算した、味気ない携帯食を口に運んでいた。
二つの焚き火の間に、深く、そして冷たい亀裂が走っている。
(この旅は、本当にうまくいくのだろうか……)
月を見上げながら、私は深い不安に包まれた。
私たちは、同じ目的地を目指しているはずなのに、その心は、これまでで最も遠く離れているように感じられた。




