第五十九話:二つの「未来」
ゴォォォン……!
終了を告げる、三つ目の鐘が鳴り響き、広場は熱狂と緊張が入り混じった、すさまじい喧騒に包まれた。ドルフさんがステージ中央に進み出て、声を張り上げる。
「両者、調理やめ!これより、審判の刻とする!」
最初に、ジロが自らの作品を、執事の手で審判席へと運ばせた。
それは、銀のドーム状の蓋で覆われていた。執事がその蓋を取り去った瞬間、広場全体から、どよめきとも悲鳴ともつかぬ声が上がった。
蓋の下から、魔法で冷やされた白い霧が溢れ出し、それが晴れると、一杯の、信じられないほど美しいラーメンが姿を現したのだ。
器は、氷の魔法で削り出した、透明なクリスタルボウル。
その中に満たされたスープは、どこまでも透き通り、光をキラキラと反射させている。寸分の乱れもなく整えられた乳白色の麺の上には、まるで宝石のように、完璧に計算され尽くした具材が配置されていた。
時間魔法で熟成され、ルビー色の輝きを放つチャーシュー。
竜の卵を使ったという、太陽のように輝く黄金色の味玉。
そして、スープの表面には、錬金術で精製された金粉が、天の川のようにきらめいていた。
「……私の『未来』です」
ジロが、マイクを通じて、静かに、しかし絶対的な自信に満ちた声で語り始めた。「料理は、もはや温情や感傷で語る時代ではない。魔法と科学の融合による、完璧な芸術です。この一杯は、私が作り上げた、この街の富と名声の象徴。誰も追随できない、孤高の未来の姿です」
審判員たちが、恐る恐る、その芸術品にレンゲを入れた。
まず、セオドーラ様が、そのスープを一口すする。そして、彼女は、驚愕に目を見開いたまま、固まった。
「……完璧な、調和。一点の曇りも、迷いもない。まるで、神が設計した世界のようだ……」
ムツィオ司教は、一口食べただけで、あまりの衝撃に言葉を失い、天を仰いでいる。
市民代表のアンナさんも、ただ「夢のようです……」と呟き、その瞳は恍惚に濡れていた。
その反応を見て、観衆の誰もが、そしてジロ自身も、この勝負の決着を確信した。
「では、次に、聖女リナ殿のラーメンを!」
ドルフさんの声に、次にゴークが、大きな木の盆に乗せて、私のラーメンを運んだ。
だが、その一杯が審判員の前に置かれた瞬間、観衆は、先程とは全く違う意味で、どよめいた。
そこに置かれていたのは、どこにでもあるような、見慣れた、温かい味噌ラーメンだったからだ。
器は、街の職人が作った、素朴な陶器のどんぶり。
スープは、具材が溶け込んだ、家庭的な茶褐色。
麺も、よく見れば太さがわずかに不揃いな、手打ち麺。
トッピングも、厚切りのチャーシュー、山盛りの炒め野菜、そしてネギ。豪華さも、目新しさも、どこにもない。
ジロのラーメンが完璧な宝石だったとすれば、私の一杯は、道端に転がっている、ありふれた石ころのようだった。
「……なんだ、あれは」
「いつもの、聖女様のラーメンじゃないか」
観衆から、失望の声すら聞こえてくる。ジロは、その光景を、鼻で笑った。
私は、静かにマイクの前に立った。
「私のラーメンは……この街、そのものです」
私の声は、震えていなかった。
「見た目は、特別じゃないかもしれません。完璧でもないでしょう。でも、この一杯には、この街の、たくさんの人たちの『未来』が、溶け込んでいます」
私は、審判員たちに、そして民衆に、語りかけた。
「この一杯の『未来』を、どうか、あなたの舌で、心で、見つけ出してください」
審判員たちは、戸惑いの表情を浮かべながらも、そのありふれた味噌ラーメンに、レンゲを伸ばした。
ジロの圧倒的な芸術品の後で、この素朴な一杯が、一体何を語るというのか。
勝敗は、もはや決したかに見えた。




