第五十八話:決戦の火蓋
第一回建国祭当日。街は、建国以来の熱狂に包まれていた。
空には色とりどりの旗がはためき、通りには出店が立ち並び、吟遊詩人が革命の英雄譚を歌い上げている。だが、人々の真の目的はただ一つ。広場の中央に設けられた、巨大な特設ステージだった。
ステージの両脇には、二つの厨房が設えられていた。
片や、ジロの厨房。黒を基調とした、最新鋭の魔道具が並ぶ、まるで未来の実験室のような空間。
片や、私の厨房。使い慣れた鉄鍋や木の調理台が並ぶ、温かみのある、いつもの『聖女の厨房』を再現したような空間だ。
その対照的な二つの厨房が、これから始まる戦いの全てを物語っていた。
「さあ、待ちに待った時が来たぜ!」
ステージ中央に立ったドルフさんが、魔力で増幅させた声で叫ぶと、広場を埋め尽くした観衆から、割れんばかりの歓声が上がった。
「これより、第一回建国祭・頂上ラーメン決戦を執り行う!審判員は、この街の市民を代表し、抽選で選ばれた農家の奥様、アンナさん!治癒神殿より、我らがムツィオ司教!そして、この日のために王都からお越しいただいた、神聖審問官、セオドーラ様だ!」
観衆が、再びどよめく。セオドーラ様のサプライズ登場は、この対決が王国公認の、歴史的な一戦であることを、人々に強く印象付けた。
ドルフさんが、高らかにテーマを再確認する。
「テーマは『未来』!制限時間は、鐘三つ分!それでは、両選手、入場!」
まず、黒の厨房に、ジロが静かに姿を現した。
純白の調理衣をまとった彼は、一瞥も観衆にくれることなく、ただ自らの厨房だけを見つめている。彼の後には、執事たちが、魔法で冷やされたアタッシュケースに入った、謎の食材を次々と運び込んでいく。その王者のごとき風格に、観衆は息をのんだ。
続いて、私が、木の厨房へと足を踏み入れる。
だが、私は一人ではなかった。ミーシャ、ゴーク、そして弟子たち。いつもの仲間たちが、私の後ろに続いていた。彼らが運んできたのは、高価な食材ではない。先日の人参、冒険者が見つけた岩塩、そして、ひときわ大きな樽に入った、あの「みんなの味噌」。
私の登場に、広場の半分から、割れんばかりの「リナ」コールが巻き起こった。私は、その声援に、深々と頭を下げた。
「両者、準備はいいな?」
ドルフさんの問いに、私とジロは、無言で頷く。
広場を隔てて、初めて、私とジロの視線が、真っ直ぐにぶつかった。
彼の瞳には、絶対的な自信と、私への侮蔑。
私の瞳には、静かな決意と、仲間たちへの信頼。
ゴォォォン……!
開戦を告げる、巨大な鐘の音が、街中に響き渡る。
その瞬間、二つの厨房の空気が、全く別の色に染まった。
ジロの厨房は、静寂に包まれていた。
聞こえるのは、魔法の炎が、シューという精密な音を立てるだけ。彼は、まるで音楽を奏でるように、寸分の狂いもない動きで、熟成肉を切り出し、氷結濃縮法でスープのエッセンスを抽出していく。それは、一人の天才が全てを支配する、完璧な独奏会だった。
一方、私の厨房は、活気と熱気に満ちていた。
「ゴークさん、野菜を刻んで!」
「ミーシャさん、麺の加水率、お願い!」
「みんな、声出して行こう!」
私と仲間たちが、声を掛け合い、笑い合い、一つのオーケストラのように、調和の取れたリズムで調理を進めていく。子供たちが育てた小麦を麺に打ち、農家が作った人参をスープに加え、そして、樽の蓋が開けられると、街のみんなの想いが詰まった、芳醇な味噌の香りが、ふわりと広場に広がった。
観衆は、その対照的な光景に、固唾をのんで見入っていた。
静と動。
孤独と協調。
完璧な技術と、温かい人の輪。
それは、まさに、二人が提示する「未来」の姿、そのものだった。
やがて、終了を告げる鐘まで、あとわずか。
二つの厨房から、それぞれの完成を告げる、神々しいまでの香りが立ち上り始めた。
街の未来を賭けた、二つのラーメン。
その答えが、今、示されようとしていた。




