第五十四話:頂上決戦の提案
私の「魚介系スープ」による『聖女の厨房』の復活は、街の空気を一変させた。絶望は消え、活気が戻ってきた。だが、それは新たな火種を生むことにもなった。
街は、今や二つの熱狂的な派閥に分かれていたのだ。
「やっぱり、聖女様のラーメンが一番だ!あの魚介スープの深い味わい、何度でも食いたくなる!」
「何を言うか!『極』の完璧な一杯こそ至高!あれは、もはや芸術品だ!」
酒場では、冒険者たちが毎夜のようにラーメン談義に花を咲かせ、激論を交わしている。市場の商人たちも、自分がどちらの店の常連かで、互いに張り合うようになった。それは、街の活気の源であると同時に、人々の間に新たな壁を作る、危険な熱狂でもあった。
その状況に、最も頭を悩ませていたのが、円卓会議の議長であるドルフさんだった。
「……まずいな」
会議の席で、彼は腕を組み、低い声で唸った。「前の領主や、王都の侯爵が敵だった頃の方が、よっぽどマシだったぜ。あの頃は、みんなで一つの方向を向いていた。だが、今はどうだ。街の奴らは、どっちのラーメンが美味いかで、仲間割れ寸前じゃねえか」
商人代表のバルトロも、困り顔で頷く。
「確かに……。『極』派の問屋が、『聖女厨房』派の小売店には品物を卸さない、なんていう揉め事まで起き始めています。これは、街の経済にとっても、看過できない問題ですぞ」
このままでは、せっかく一つになった街が、内側からバラバラになってしまう。
ドルフさんは、数日間、眉間に深い皺を刻んで考え込んでいたが、やがて、何かを決意したように、次の会議の席で、テーブルを拳で叩いた。
「もう、ごちゃごちゃ言うのはやめだ!」
彼の突然の大声に、代表者たちがびくりと肩を揺らす。
「どっちが美味いか、なんて話、ここでしてても埒があかねえ!だったら、街の奴ら全員の前で、はっきりさせようじゃねえか!」
ドルフさんは、にやりと、悪童のような笑みを浮かべた。
「再来月は、俺たちが領主ソラムを追い出して、この街が新しく生まれ変わったことを祝う、第一回の『建国祭』だ。そのメインイベントと称して、街の広場で、でっかい料理対決を開催する!」
そのあまりに大胆な提案に、議場は水を打ったように静まり返った。
「聖女リナと、美食殿のジロ。この二人に、真っ向から勝負してもらう。そして、どっちのラーメンが、この街の魂にふさわしいか、民衆自身の投票で決めさせるんだ!」
それは、対立を無理に抑え込むのではなく、むしろ巨大な祭りのエネルギーへと昇華させてしまおうという、ドルフさんらしい、豪快で、そして的確な一手だった。
街の分断を、街全体を巻き込む、最高の一大エンターテイメントに変えてしまう。その提案に、代表者たちはやがて、興奮したように賛同の声を上げ始めた。
その日の夕方、ドルフさんは私の店にやってきて、事の経緯を説明した。
「……料理対決、ですか?」
私は、思わず聞き返した。人々のためにラーメンを作るのは好きだが、誰かと優劣を競うなど、考えたこともなかった。
「すまねえ、莉奈。だが、もうお前だけの問題じゃねえんだ」ドルフさんは、真剣な目で私を見た。「お前のラーメンと、あのジロとかいう男のラーメンは、もう街の生き方そのものになっちまってる。お前は、お前の信じる『食卓』の姿を、街の奴らに、そしてあのスカした野郎に、見せつけてやるしかねえんだよ」
その言葉は、私の胸に重く、そして熱く響いた。そうだ、これは、私の信じるラーメンの哲学を守るための、戦いなのだ。
「……わかりました。やります」
一方、その知らせは、円卓会議の使者によって、『美食殿 極』のジロの元にも届けられた。
彼は、執務室で、使者が差し出した挑戦状に目を通すと、その端正な唇に、初めて心の底から楽しそうだと言える、冷たい笑みを浮かべた。
「……面白い。愚かな民衆に、本物の『芸術』と、ただの『餌』の違いを、白日の下に教えてやる、いい機会だ」
街の掲示板に、『第一回建国祭・頂上ラーメン決戦!』と書かれた、巨大な布告が張り出される。
それを見た民衆は、今までの鬱屈した対立を忘れ、まるで子供のように、祭りの日を待ちわびて、熱狂の渦に包まれた。
街の未来を賭けた、一杯と一杯の、魂のぶつかり合い。
決戦の火蓋は、今、切って落とされた。




