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古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


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第四十九話:ケイレブの遠征

厨房に広げられた地図の上の、赤い染み。それは、ジロの金という名の毒が、どれほど深く、そして広範囲に、私たちの生命線を蝕んでいるかを、残酷なまでに示していた。

「このままじゃ、じり貧だ」

ドルフさんが、唸るように言った。「奴のやり方は、戦争そのものだ。兵站を断ち、敵が干上がるのを待つ。正攻法じゃ、資金力で劣る俺たちに勝ち目はねえ」

ミーシャも、悔しそうに唇を噛む。

「冒険者ギルドの積み立ても、店の売上も、全てつぎ込みました。ですが、ジロ様の提示する買付価格は、あまりに常識外れです。とても太刀打ちできません」


重い沈黙が、厨房を支配する。このままでは、私たちのラーメンの魂であるスープが、その命脈を断たれてしまう。店の看板を下ろす日が、刻一刻と迫っていた。

その沈黙を破ったのは、これまで地図の一点を、静かに見つめていたケイレブ様だった。

「……ならば、戦場を変えるまでだ」

彼は、すっと立ち上がると、地図のさらに西、誰もが足を踏み入れたことのない、険しい山脈地帯を指し示した。そこは、古代の竜が眠るとされ、「竜のりゅうのあぎと」と呼ばれる、王国でも最高ランクの危険地帯だった。

「ジロの武器は金だ。彼は、金で買える『既知』のものは全て手に入れるだろう。ならば、我々は、金では買えぬ『未知』のものを探しに行けばいい」


ケイレブ様の言葉に、私たちはハッと息をのんだ。

「この街の独立戦争の時、我々は禁忌の森で、新たな食材ルートを開拓した。今回も、同じことだ。ジロがまだその価値に気づいていない、全く新しい食材。我々だけの、聖女様だけの、新たな恵みの地を、この手で切り開く」

彼は、私に向き直ると、その場で静かに片膝をついた。

「聖女リナ殿。この私に、精鋭部隊を率いての、未開の地への遠征許可をいただきたい。あなたの厨房のために、この剣を振う栄誉を、どうかお与えください」

「なっ……無茶だ、ケイレブ!」

ドルフさんが、思わず叫んだ。「そこは、Aランクの冒険者パーティーでも、生きて帰れる保証はねえ場所だぞ!」

「だからこそ、行く価値がある」ケイレブ様の瞳は、一切揺らいでいなかった。「敵が、追随できぬ場所だからこそ」


私は、彼のまっすぐな瞳を見つめ返した。彼は、私のため、そしてこの街のために、命を懸けようとしてくれている。私に、それを止める権利など、あるはずもなかった。

「……顔を上げてください、ケイレブ様」

私は、震える声で言った。

「遠征の許可を、与えます。ですが、それは命令ではありません。私からの、心からのお願いです。どうか、ご無事で。あなたの帰りを待つ人間が、ここにいることを、忘れないでください」

私の言葉に、ケイレブ様は、深く、そして力強く頷いた。


その日から、ギルドは再び活気を取り戻した。ケイレブ様は、かつて禁忌の森を共に旅した、最も信頼のおける仲間たちを集め、遠征部隊を組織した。

私も、ただ待っているだけではなかった。

私は、彼らのために、特別な携行食を開発した。今まで以上に栄養価を高め、極限状態でも体力を維持できるように、滋養強壮効果のある薬草を練り込んだ、特製の「レーション・ラーメン」だ。


数日後の夜明け。

街の西門に、ケイレブ様率いる、わずか十名の精鋭部隊が、静かに集結した。

見送るのは、私とドルフさん、ミーシャ、そしてゴークだけだ。

「ケイレブ様。これを」

私は、出来立ての温かいレーション・ラーメンを詰めた袋を、彼に手渡した。

「きっと、皆さんの力になってくれるはずです」

「……感謝する、リナ殿。必ずや、最高の食材を、あなたに」

ケイレブ様は、それだけを言うと、仲間たちと共に、まだ薄暗い荒野へと、その姿を消していった。

遠ざかっていく彼らの背中を見送りながら、私は強く拳を握りしめた。

戦いは、新たな局面を迎えた。

ジロの経済戦争に対する、私たちの反撃。

それは、未開の地に挑むケイレブ様たちの冒険と、そして、残された私が、ありふれた食材だけで、ジロの完璧なラーメンに対抗しうる、新たな一杯を創造するという、二つの戦線で、同時に始まったのだ。

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