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古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


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第四十五話:美食殿『極(きわみ)』

【美食殿『極』】の開店は、静かに行われた。

祝いの花輪も、民衆を呼び込むための呼び声もない。ただ、黒く磨き上げられた巨大な扉が、陽が高く昇った刻に、音もなく開かれただけだった。

しかし、その静けさとは裏腹に、広場はその日、街が始まって以来の光景に包まれた。王都の紋章を掲げた豪奢な馬車が、次から次へと広場に乗り付けてきたのだ。降りてくるのは、きらびやかなドレスや礼服に身を包んだ貴族、そして王国でも指折りの大商人たち。彼らは、私の店には目もくれず、まるで神殿にでも参詣するかのように、恭しく『極』の扉の中へと吸い込まれていく。

街の人々は、遠巻きに、ただ呆然と、その光景を眺めていた。自分たちの日常とは、あまりにもかけ離れた世界が、突如として街の中心に出現したのだ。


その頃、『極』の店内にいた貴族の一人が、感嘆のため息を漏らしていた。

「……素晴らしい。ここは、レストランというより、もはや芸術館だな」

店内は、黒と白を基調とした、ミニマルで洗練された空間だった。客席同士はゆったりと離され、他人の会話が耳に入らないように設計されている。給仕たちは、物音一つ立てずに客の間を動き、完璧なタイミングで水やワインを注いでいた。BGMは、魔法で奏でられる静かなクラシック音楽。誰もが大声で笑ったりしない。誰もが、これから始まる美食の儀式を、固唾をのんで待っていた。


やがて、メニューが配られる。

そこには、ただ一言、こう書かれていた。

【本日のラーメン:金貨一枚】

「き、金貨一枚だと!?」

どよめきが、抑えられた声量の中で広がった。金貨一枚。それは、一般市民の家族が、一ヶ月は裕福に暮らせる金額だ。ラーメン一杯の値段としては、常軌を逸していた。

しかし、その値段は、客たちの不満を煽るどころか、逆に彼らの選民意識と期待感を極限まで高めていた。金貨一枚を払える者だけが、この奇跡を体験できるのだ、と。


全ての客席から注文が取られると、店の奥にある厨房が、ゆっくりと明るく照らし出された。そこは、客席から調理の様子がすべて見える、劇場のような「ステージキッチン」だった。

その中央に、純白の調理衣をまとったジロが、静かに立っていた。

彼は、汗をかきもしなければ、慌ただしく動きもしない。まるで、精密な手術を行う外科医か、オーケストラを指揮するマエストロのように、静かに、そして美しく、調理を進めていく。

魔法で制御された炎が、寸分の狂いもなくスープの温度を保ち、彼の指先から生み出される麺は、機械で引いたかのように、全てが同じ太さ、同じ長さで揃えられていた。


やがて、完成した一杯が、給仕の手によって、客席へと運ばれてくる。

その器を見た者は、誰もが息をのんだ。

漆黒の器の中、黄金色に澄み切ったスープが、宝石のように輝いている。寸分の乱れもなく折り畳まれた麺の上には、完璧なピンク色に仕上げられたチャーシュー、竜の卵を使ったという半熟煮卵、そして仕上げに、食用金粉が星のように振りかけられていた。それは、ラーメンというより、もはや食べる芸術品だった。


貴族たちは、恐る恐る、その黄金のスープを一口すする。

そして、その顔は、驚愕に、次いで恍惚に、染め上げられた。

「……なんだ、これは。口の中に、幾重にも重なった旨味の波が押し寄せてくる……」

「この麺の喉越し、完璧だ」

「天上の味わいとは、このことか!」

それは、私の作るラーメンとは、全く違う種類の感動だった。私のラーメンが、疲れた心に染み渡る「温かい毛布」だとしたら、ジロのラーメンは、脳髄を直接揺さぶる「美しい雷撃」だった。

その日、ジロが作り上げた一杯は、またたく間に王都の社交界を駆け巡り、「美食の魔王が作り上げた、究極の一杯」として、伝説の始まりを告げた。


『聖女の厨房』の営業が終わり、後片付けをしていた私の耳にも、その噂は届いていた。弟子の一人が、興奮したように報告してくれたのだ。

「親方!広場の新しい店、ラーメン一杯で金貨一枚も取るらしいっすよ!信じられねえ!」

私は、ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

夜、店の窓から、広場の向こうにある『極』を見る。煌々と明かりが灯り、中からは楽しげな貴族たちの笑い声が微かに聞こえてくる。私の店とは、何もかもが違う。

それは、剣や魔法による脅威ではなかった。

私の信じる「食の哲学」そのものに対する、あまりにも強大で、そしてあまりにも美しい、挑戦状だった。

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