第四十二話:再び、聖女の厨房で
王都の使節団が去ってから、一ヶ月が過ぎた。
街は、まるで長い冬から目覚めたかのように、輝かしい活気を取り戻していた。王都から正式に「食文化特別自治区」としての独立を認める通達が届き、人々は自らの手で勝ち取った平和を、誇らしげに謳歌していた。交易路は完全に再開し、市場には以前にも増して多くの食材が並ぶようになった。
そして今日、街の中心には、あの日以来、ずっと待ち望まれていた温かい湯気が、再び立ち上っていた。
【ラーメン処 聖女の厨房】
真新しくなった看板を掲げた店の前には、開店を祝う人々の長蛇の列ができていた。その表情には、飢えや不安の色はなく、ただただ、あの愛すべき一杯との再会を待ちわびる、幸せな笑顔が咲き誇っている。
「「「いただきまーす!!」」」
開店と同時に、店内は威勢のいい声と、麺をすする幸せな音に満たされた。
厨房に立つのは、もちろん私だ。すっかり体力を取り戻し、以前にも増して手際よく鍋を振るう。
ホールでは、ゴークが「あいよっ!特製味噌、一丁上がり!」と、客席にラーメンを運び、レジではミーシャが「売上、絶好調です!」と私に嬉しそうにウインクして見せた。
店の隅の、いつもの特等席。そこでは、ドルフさんとケイレブ様が、円卓会議の運営を巡って相変わらず口論しながらも、実に美味そうにラーメンをすすっている。時折、贖罪のためか、こっそり店の掃除を手伝いに来るムツィオ司教の姿もあった。
革命、戦い、そして静かなる尋問。
たくさんのことがあった。私たちは、この街を、このささやかな日常を守るために、巨大な権力と戦ってきた。
何のために?
それは、難しい政治のためでも、高尚な信仰のためでもない。
私は、立ち上る湯気の向こうにある、その笑顔の数々を見渡した。
日々の激務に疲れた冒険者が、スープを一口すすり、「くぅーっ!」と至福の表情を浮かべる。
偏食だった子供が、母親の心配をよそに、夢中で麺を頬張っている。
身分の違う商人たちが、同じテーブルで、同じラーメンを囲んで笑い合っている。
私がこの世界に転生して、本当にやりたかったこと。
聖女として崇められることでも、歴史に名を残すことでもない。
ただ、目の前で、お腹を空かせた人たちが、私の作った温かいラーメンを食べて、「美味しい」と笑ってくれる。
この光景。
この温かい一杯のために。
その全てが、あるのだ。
それだけで、十分すぎるほど、幸せなのだ。
「はい、おまちどうさま!濃厚体力味噌ラーメン、一丁!」
私は、出来立てのラーメンをカウンターに置きながら、心からの笑顔で言った。
私の、そして、私たちの長くて温かい物語は、まだ始まったばかりだ。




