表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/375

第三話:奇跡の工房と最初の信徒

翌朝、私が目を覚ますと、世界はすっかり変わってしまっていた。


私が間借りしている安宿の窓の外には、早朝にもかかわらず人だかりができていた。皆、私の部屋の窓を、ありがたいものでも見るかのように見上げている。目が合った村人が、感極まったようにひざまずいた。


「おお……聖女様がお目覚めになられた……!」

「ありがたや、ありがたや……」


……外に出られない。

聖女という称号は、かくして私からささやかなプライバシーを奪い去った。


途方に暮れていると、宿の扉が荒々しくノックされた。ギルドマスターのドルフさんだった。


「聖女様、ご準備を。あなたの『工房』ができましたぞ」


ドルフさんに連れてこられたのは、ギルドの裏手にある、使われていなかった石造りの倉庫だった。昨日までは埃をかぶったガラクタ置き場だったはずが、見違えるように綺麗に片付けられている。中には、巨大な調理台や、新品の大鍋、山と積まれた薪まで用意されていた。


「ここが、今日からあなたの城であり、神殿だ」


ドルフさんの言葉に、私はゴクリと喉を鳴らす。想像以上の規模だ。

倉庫の中には、二人の男女が直立不動で待っていた。


「紹介しよう。あなたの奇跡を手伝う、最初の信徒……いや、助手だ」


一人は、ゴークという名の、熊のように大柄な戦士。昨日、私を最初に胴上げした男だ。彼は私を見るなり、その場にひざまずいて恭しく頭を垂れた。

「聖女様!このゴーク、我が肉の壁をもって、聖なる糧作りをお守りいたします!」

主な仕事は力仕事全般。薪割り、水汲み、大鍋のかき混ぜなどを担当してくれるらしい。


もう一人は、ミーシャという名の、眼鏡をかけた小柄な少女。元々はギルドの経理係で、その几帳面さを買われて抜擢されたという。

「聖女様の御業、そのすべてを記録させていただきます。後世に、正しく奇跡を伝えるために」

彼女は羊皮紙とインクを構え、キラキラした目で私を見ている。どうやら私の助手兼、奇跡の記録係らしい。


(……ダメだ。こっちも話が通じなさそうだ)


私の不安をよそに、「聖女の奇跡工房」はこうして動き出した。

しかし、すぐに問題が山積した。


「聖女様、この大鍋で作ると、どうも味が安定しません……」


ゴークが、巨大な寸胴鍋を必死にかき混ぜながら言う。

一人前のスープを作るのと、百人前のスープを作るのとでは勝手が違う。モンスターの骨の種類や部位によって、ダシの出方が全く異なるのだ。


「ミーシャさん、骨の種類ごとに重さを計って、煮込む時間を変えてみましょう。レシピの標準化スタンダードかをします」

「『ひょうじゅんか』……!なんと神聖な響き!記録します!」


ミーシャがすごい勢いでメモを取る。


「聖女様!『灰トカゲの苔』の灰、日によって効果が違います!」

ゴークが持ってきた灰は、採取した場所によってアルカリ性の濃度がバラバラだった。これでは麺のコシが安定しない。


「……pHペーハーを調べないと」

「『ぺーはー』……!?古代の神々の御言葉ですか!?」


私は慌てて首を振る。

「ち、違います!ええと、この『紫カブ』の汁を使います。これに灰を溶かした水を垂らして……ほら、赤くなれば酸性、青が濃くなればアルカリ性が強い、という……」

「なんと!聖女様は植物の声すらお聞きになられるのか!」


私の前世の、夏休みの自由研究レベルの知識が、この世界では神託として扱われていく。ミーシャの羊皮紙は、凄まじい速さで「聖女様の御言葉録」に変わっていった。


そんなドタバタが続く中、ギルドの前では大きな動きがあった。

氷壁の騎士ケイレブ様を隊長とする、第一回『聖地巡礼団しょくざいツアー』の出発式だ。彼らの目的は、私のラーメンに必要な特殊な素材を確保してくること。


「我々は、聖女様の奇跡を支える礎となる!いざ、出発!」


ケイレブ様の号令と共に、街中の人々からの大歓声を受けて、精鋭の冒険者たちが出発していく。

……ただの素材調達なのに、まるで魔王討伐のような壮大さだ。私は工房の窓からそれを見送り、思わず胃がキリリと痛むのを感じた。


数日後。

試行錯誤の末、ついに量産体制が整った。

工房の棚には、均一な品質の即席麺とスープの素がずらりと並ぶ。ミーシャが考案した油紙の蓋も完璧だ。


「聖女様……いよいよですね」

ゴークとミーシャが、固唾を飲んで私を見守る。


私は、記念すべき量産型一号の器を手に取り、厳かに頷いた。

沸騰したお湯を注ぎ、木の蓋を置く。


工房に満ちる、沈黙の三分間。


やがて蓋を開けると、ふわりと、あの奇跡の香りが立ち上った。

一口スープをすする。……うん、完璧!店の味だ!


私が成功を確信したその時、ドルフさんが工房に入ってきた。


「ほう……いい匂いじゃないか」


彼は私の手から器をひったくると、スープを一口、麺を一口すすり……そして、初めて会った時から一度も崩さなかったポーカーフェイスを、満足気に緩ませた。


「……これなら、いける」


彼は工房に並んだ完成品を見渡し、野心的な笑みを浮かべた。


「よし、聖女様。三日後、この街で最初の『聖餐式せいさんしき』を行う。あなたの奇跡を、待ち望む民に分け与える時だ」


「せいさんしき……?」


その大袈裟な言葉に、私は首を傾げる。

ドルフさんは、まるで世界の王にでもなったかのように宣言した。


「ああ。一杯、銀貨五枚。数量限定、一人一杯まで。うちのギルドが、あなたの最初の奇跡―――『カップラーメン』の販売を行う」


工房の棚に並ぶ、おびただしい数のカップラーメン。

それはもはや、私の夜食ではなかった。

人々の信仰と、期待と、そして欲望を一身に背負った、美味しくて、厄介な、怪物だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ