第二話:聖女の価値とギルドマスターのそろばん
「聖女様!万歳!」「聖女様!万歳!」
冒険者たちの野太い声援に包まれ、私の身体は無情にも宙を舞う。いわゆる胴上げだ。
屈強な男たちの汗と土埃の匂いが、せっかくのラーメンの香りを上書きしていく。
(やめて!私の!私のラーメンが伸びるううぅぅ!!)
心の中で絶叫したその時、地を揺るがすような怒声が響いた。
「この馬鹿者どもがッ!!」
声の主は、ギルドマスターのドルフさん。その鬼のような形相と、右目の眼帯の奥から放たれる殺気に、熱狂していた冒険者たちがぴたりと動きを止める。
「聖女様をそんな風に乱暴に扱ってどうする!その奇跡を成したもう御手に傷一つでもつけてみろ、ギルドごと叩き出すぞ!」
ドルフさんの言葉に、冒険者たちはハッとした顔になり、慌てて私をそっと、壊れ物でも扱うかのように地面に降ろした。
(お、おぉ……ドルフさん、ナイスフォロー……!)
私が安堵したのも束の間、ドルフさんは私の腕をがっしりと掴むと、有無を言わせぬ力で引っ張っていく。
「聖女様、こちらへ。詳しいお話を伺いたい」
その目は、聖女を敬う目ではなかった。
新たな金鉱を発見した山師の、ギラギラとした目に近かった。
ギルドマスターの執務室。
私を真ん中に、ドルフさん、氷壁の騎士ケイレブ様、そして興奮冷めやらぬ神官様が座っている。机の上には、先程の食べかけのラーメンが「聖遺物」のように鎮座していた。麺は見るも無残に伸びきっている。悲しい。
「さて、莉奈……いや、聖女様。単刀直入に聞こう。先程の奇跡……あの『聖なる糧』は、再び顕現させることができるのか?」
ドルフさんの問いに、私はこくこくと頷く。
「できますけど……奇跡とかじゃなくて、料理です。ちゃんと手順があって……」
「なんと!神の御業には手順書が!」
神官様が感動に打ち震える。話が通じない。
「まず、小麦粉に『灰トカゲの苔』の灰を混ぜた水を加えて、麺を作り……」
「おお!大地を這う魔物の亡骸を聖灰とし、命の源たる小麦に混ぜ込むのですね!わかります!」
わかってない。全然わかってない。
私が必死にその仕組み―――かん水によるタンパク質の変化や、油で揚げることによる水分量の低下、乾燥保存の原理―――を説明しても、全てが彼らのファンタジーフィルターによって変換されていく。
乾燥 → 命の仮死状態
スープの素 → 旨味の結晶化
お湯を注ぐ → 蘇生の儀式
ケイレブ様は、伸びきった麺を一口すすると、うっとりとした表情で呟いた。
「……味が、変わっている。先程の張り詰めたような食感とは違う、全てを受け入れるような優しさだ。これも聖女様の計算か……」
(違う!伸びてるだけです!)
もうダメだ。この人たちに科学的思考を求めるのが間違いだった。
私の心が折れかけたその時、ドルフさんがパンパンと手を叩いた。
「理屈はどうでもいい!重要なのは、それを作れるのが聖女様だけだということだ。なあ、聖女様。一つ、取引をしないか?」
「取引、ですか?」
「うむ。このギルドが聖女様の活動を全面的に支援する。工房も、資金も、人も用意しよう。代わりに、その聖なる糧を、我がギルドで独占販売させていただきたい」
ドルフさんの目が、そろばんを弾くようにカチカチと動いているのが見えた。
彼はわかっているのだ。この「カップラーメン」が持つ本当の価値を。
冒険者は、危険と隣合わせの過酷な職業だ。
遠征に持っていける食料は、日持ちのする乾パンと干し肉だけ。冷たい野営地で、温かく、腹持ちが良く、何より「美味しい」ものが食べられるとなれば、どれほどの価値を持つか。
ケイレブ様が静かに口を開いた。
「ギルドマスター、これは金儲けの道具ではない。聖女様の慈悲の御業だ。だが……もしこれが普及すれば、多くの冒険者の命と心が救われるのも事実だろう。俺からも頼む、聖女様。どうか、その奇跡を我々にもお分けいただきたい」
最強の騎士にまで頭を下げられてしまった。
断れるはずがない。というか、私にとっても悪い話ではなかった。
「……材料の調達が、とても大変なんです。『灰トカゲの苔』は、湿った洞窟の奥深くにしか生えませんし、スープに使うモンスターの骨も、安定して手に入るとは限りません」
私の言葉に、ドルフさんはニヤリと笑った。
「そこだ。我がギルドの出番だろう」
彼は窓の外で騒いでいる冒険者たちを親指で指す。
「明日、聖女様の奇跡の材料を求める『聖地巡礼団』の募集をかける。参加希望者は殺到するだろうよ。なんせ、聖女様への貢献は、神々への信仰の証にもなるんだからな!」
神官様が「おお、素晴らしい!」と涙ぐんでいる。
冒険者たちは、危険な素材探索を「信仰の証」として、むしろ喜んで引き受けるだろう。
完璧な、そして悪魔的な需要と供給の一致。
「……わかりました。そのお話、お受けします」
私は観念して頷いた。
「ただし、条件があります」
「ほう、なんだ?」
「完成したラーメンは、私も……お腹いっぱい、好きな時に食べていいんですよね?」
私の必死の問いに、ドルフさんもケイレブ様も神官様も、一瞬きょとんとした顔をした後、声を揃えて言った。
「「「当たり前ではないですか」」」
こうして、私のラーメン工房―――後に「聖女の奇跡工房」と呼ばれることになる施設の設立が決まった。
ギルドという巨大な組織をバックにつけ、私はようやく、安定したラーメンライフへの第一歩を踏み出したのだ。
……聖女だと誤解されたまま、という巨大すぎる問題から目をそらしながら。




