表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/375

第二十三話:平穏な食卓と王都の影

革命の喧騒が遠い昔のように感じられる、穏やかな昼下がりだった。

街の中央広場に面して建つ【ラーメン処 聖女の厨房】は、今日も変わらず活気に満ちていた。木の扉が開かれるたびに、鶏ガラと野菜の優しい香りがふわりと外へ流れ出し、道行く人々の足を止めさせる。


「へい、お待ち!濃厚体力味噌ラーメン、ニンニク増しだ!」

熊のように大きな体躯のゴークが、湯気の立つどんぶりを屈強な冒険者の前に威勢よく置く。冒険者は「待ってました!」と顔を輝かせ、レンゲを手に取った。

レジカウンターでは、ミーシャが眼鏡の奥の瞳をきらめかせながら、帳簿にペンを走らせている。店の経営を一手に担う彼女の姿は、かつてのギルド経理係だった頃より、ずっと自信に満ちていた。


そして、厨房。そこは、私の城であり、神殿だった。


「莉奈さん、次の麺、そろそろ茹で上がります!」

「ありがとう!こっちのスープも最高の状態だよ!」

私は、巨大な寸胴鍋から立ち上る湯気の向こうで、助手に声をかける。この一年で、何人かの若者が私の下で働くようになった。彼らはもう、私を「聖女様」とは呼ばない。「親方」か「莉奈さん」と呼んでくれる。その響きが、私には何より心地よかった。


あの日、領主ソラムが追放されてから一年。

私たちの街は、「円卓会議」という新しい仕組みの下で、ゆっくりと、だが確かに復興を遂げていた。ギルドマスターのドルフさんが悪戦苦闘しながらも街の代表として会議をまとめ、氷壁の騎士ケイレブ様が騎士団を再編して街の守りを固めている。誰もが、自分の役割を果たし、この平和な日常を築き上げてきたのだ。


その日常の中心に、このラーメン屋がある。人々はここで腹を満たし、身分の違いなく同じテーブルで笑い合う。私がこの世界で本当に実現したかった、ささやかで温かい光景が、ここにはあった。


「ふぅ……」

昼の営業のピークが過ぎ、私はカウンター席で賄いのラーメンをすすっていた。今日の気分は、復興のきっかけになった、あの素朴な醤油ラーメン。野菜の甘みが体に染み渡る。この優しい味が、今の街の象徴のようにも思えた。


「相変わらず、いい匂いをさせているな」

不意に、低い声がして顔を上げると、そこにはドルフさんとケイレブ様が立っていた。どうやら円卓会議の帰りらしい。


「ドルフさん、ケイレブ様!お疲れ様です。いつもの、でいいですか?」

「ああ、頼む」とドルフさん。

「俺は塩で」とケイレブ様。


二人が席に着き、私が再び厨房に立とうとした、その時だった。

街の外れで時を告げる鐘が、予定外の刻に、高く、厳かに鳴り響いたのだ。それは、通常の時報ではない。王都からの公式な来訪者を告げる、特別な鐘の音だった。


店の空気が、ぴんと張り詰める。

ゴークが店の入り口から外を覗き込み、息をのんだ。

「莉奈さん……こ、これは……」


広場の向こうから、整然とした隊列を組んだ一団が近づいてくるのが見えた。先頭に掲げられているのは、この地方領主のものではなく、王国そのものを示す金獅子の紋章。一糸乱れぬ行進で進む百名以上の騎士たち。その誰もが、ケイレブ様が率いていた精鋭部隊にも劣らない、冷たく鋭い気を放っていた。


やがて、その行列は広場の中央でぴたりと止まった。民衆が遠巻きに見守る中、馬に乗った二人の人物が、ゆっくりとこちらへ向かってくる。


一人は、壮年の男性。豪華だが華美ではない、最高級の生地で仕立てられた礼服を身にまとっている。その切れ長の瞳は、街の建物を、人々を、そして私の店を、まるで品定めするかのように冷ややかに見つめていた。王国宰相代理、グランヴィル侯爵。彼の纏う空気は、この街の温かさとは相容れない、絶対的な支配者のそれだった。


もう一人は、黒い法衣に身を包んだ女性。歳は三十代ほどだろうか。その美しい顔立ちは、まるで信仰心を形にしたかのように厳格で、一切の俗な感情を読み取らせない。腰に提げた銀の聖印は、地方の治癒神殿ではなく、王都の太陽を司る中央神殿の高位聖職者であることを示していた。神聖審問官、セオドーラ。彼女の視線は、他の何物にも向けられていなかった。ただ一点、私の店の看板―――【ラーメン処 聖女の厨房】に、まっすぐに突き刺さっていた。


ドルフさんが、忌々しげに舌打ちする。

「……厄介なのが来たな。王都の狸と、神殿の狐だ」

ケイレブ様は、無言で立ち上がり、いつでも剣を抜けるように、私の前にそっと立った。


グランヴィル侯爵とセオドーラは、店の前で馬を降りると、ゆっくりと店内を見渡した。侯爵の口元に、侮蔑ともとれる微かな笑みが浮かぶ。

「ほう。ここが、反乱軍の拠点となり、領主を追放したという街の心臓か。……なるほど。得体の知れない匂いが充満している」


その言葉に、店にいた冒険者たちの間に殺気が走る。

だが、それを制するように、審問官セオドーラが静かに口を開いた。その声は、冬の湖面のように冷たく、澄んでいた。

「あなたが、古文書に記された奇跡を再現し、『聖女』と呼ばれている者ですかな?」

彼女は、私をまっすぐに見つめて言った。

「王都中央神殿の名において、この街の秩序と、あなたの『奇跡』についての調査を開始します。まずは、この街の統治者たちに、話を聞きましょうか」


侯爵がドルフさんを一瞥し、セオドーラは私を一瞥する。二人の視線は、それぞれの獲物を定めたかのように、冷たく、そして揺るぎなかった。私たちの勝ち取った平穏な食卓に、王都という巨大な影が、はっきりと落ちた瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ