第二十一話:崖の上の刃、バリケードの咆哮
夜明けの光は、戦場の残酷さを容赦なく照らし出していた。
ギルドのバリケードは、もはや半壊状態だった。冒険者たちは、その瓦礫を盾に、満身創痍で戦い続けている。
「―――押し返せえええッ!!聖女様のいる場所を、奴らに渡すなァ!」
ドルフさんの戦斧が、血飛沫と共に閃く。彼の身体は無数の傷で覆われているが、その闘志は微塵も衰えていない。
ゴークは、巨大な盾で仲間を守りながら、押し寄せる兵士たちをその剛腕でなぎ払っていた。だが、その動きは明らかに鈍くなっている。
数の暴力が、英雄たちの勇気を少しずつ、しかし確実に削り取っていく。
もはや、陥落は時間の問題だった。
ドルフさんの脳裏に、一瞬だけ、死の覚悟がよぎった。
(……だが、悪くねえ人生だったぜ)
仲間と酒を酌み交わし、最後は、信じるもののために戦って死ぬ。
彼が斧を握り直し、最後の突撃を敢行しようとした、その時だった。
領主の館の、最上階。
戦況をバルコニーから見下ろしていた領主ソラムは、勝利を確信し、口元に冷酷な笑みを浮かべていた。
「愚かな者たちだ。私の秩序に逆らえばどうなるか、その身をもって知るがいい」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、背後の扉が内側から爆発するように砕け散った。
「な―――!?」
ソラムとヴァレリウスが驚愕に目を見開く。
そこに立っていたのは、全身から青白い闘気を立ち上らせ、その場違いなほど静かな怒りをたたえた、氷壁の騎士ケイレブだった。
「……ありえん。あの崖を登ったというのか」
ヴァレリウスが、信じられないというように呟く。
「お前たちの秩序は、民の腹も、心も満たせなかった」
ケイレブは、静かに剣を構える。
「我々は、温かい一杯のラーメンがもたらす、ささやかな平和のために戦う」
「狂人が!」
ソラムが、壁に飾られていた自らの愛剣を抜き放つ。
「この私を、ただの料理人のために討つつもりか!」
二つの刃が、王の間で激突した。
ソラムの剣技は、確かに領主のそれに相応しい、王道のものだった。
だが、今のケイレブは、人を超えていた。聖女の祈りと、仲間たちの想いをその身に宿した彼の剣は、もはや神域の速度に達していた。
キンッ、という甲高い音。
ソラムの剣が、中ほどから弾き飛ばされ、床に突き刺さる。
次の瞬間、ケイレブの冷たい刃が、ソラムの首筋にぴたりと当てられていた。
勝敗は、ただの一合で決した。
下の戦場では、ギルドの防衛線が、ついに崩壊しようとしていた。
「もうダメか……!」
冒険者の一人が、膝をつく。
その時だった。
領主の館のバルコニーに、二つの人影が現れた。
一つは、氷壁の騎士ケイレブ。
そしてもう一つは―――その剣を喉元に突きつけられた、領主ソラム本人だった。
ケイレブは、捕らえたソラムを民衆と兵士たちの前に晒すと、雷鳴のような声で叫んだ。
「―――全軍に告ぐ!領主ソラムは、我々が捕らえた!武器を捨て、投降せよ!」
その信じられない光景に、戦場の全ての人間が、動きを止めた。
攻めかかっていた兵士たちは、顔を見合わせる。自分たちの王が、たった一人の騎士に敗れた。もはや、戦う理由も、命令する者もいない。
カラン、カラン、と。
一人が剣を捨てると、それは連鎖するように広がり、やがて、広場は兵士たちが捨てた無数の武器で埋め尽くされた。
静寂。
その静寂を破ったのは、血まみれのバリケードの内側から上がった、一つの雄叫びだった。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」
ドルフさんが、ゴークが、そして生き残った全ての冒険者たちが、天に向かって勝利の咆哮を上げた。
絶望的な戦いを、彼らは耐え抜き、そして、勝ったのだ。
崖の麓の森で、その雄叫びを、私は聞いていた。
仲間たちの、生きている声。
夜が明け、昇り始めた太陽の光が、森の木々の間から差し込んでくる。
私は、その場に崩れるように座り込み、両手で顔を覆った。温かい涙が、あとからあとから、溢れて止まらなかった。
戦いは、終わった。
私たちの、長くて、温かい一日が、始まろうとしていた。




